172_道を違える者たち

 ビョルンが振り抜いた短剣は、敵の喉を斬り裂いた。

 斬られた男は、声にならぬ声を漏らしつつ膝をつく。


 そこへ戦棍メイスを振り上げて襲いくる、次の敵。

 その空いた胸へ短剣が突き立てられる。

 ビョルンが短剣を抜くと同時に、敵は吐血して倒れた。


「……!!」


 残った敵たちが気色ばむ。

 彼らの注意は一斉にビョルンへ向いた。


 それを幸いとし、俺は一気に踏み込んで煤の剣を振るう。

 俺から意識を逸らしていた敵は、黒い刃に対応出来なかった。


 一閃し、また一閃。

 ばらりごしゃりと、煤の剣の重々しい暴威が三人の敵を沈める。


 瞬く間に、六人のうち五人が沈んだ。

 残って距離を取る一人は判断力のある者だったようだが、それが彼を益することは無かった。

 彼は、採れる行動が無いという結論を得てしまい、命を捨てた。

 ただ無言で戦棍メイスを振り上げたのだ。

 そしてビョルンによって、事も無く討たれる。


 男が倒れ込み、そこに残るのは六体のむくろ

 この場の戦闘は終わった。

 それから少しの間を置いて、ビョルンは口を開く。


「使いづらい短剣だ」


「どういたしまして」


 不調法なビョルンの言葉。

 もっとも、礼を期待していた訳でもない。興が乗ったのか、俺の返答も皮肉を帯びた。


「それと、本職を囮にする戦い方は不愉快極まりない」


 さきほど俺は、敵の注意がビョルンに向いたことを利用して斬り込んだ。

 確かにビョルンを囮にしたかたちになる。

 一目で俺の意図に気づくあたり、やはり彼は有能であるらしい。


「それは済まなかった」


「口ではどうとでも言えるわ!」


 彼はしばしば見かける、煩型うるさがたの兵であるようだ。

 近衛といえば真面目をこそ是とする者たち。

 且つ、それなりの年かさとなれば、こういう人物にもなるのだろう。


「詫びにと言う訳ではないが、この短剣、一応このまま持たせてもらうぞ」


 使いづらいのではなかったのか、などと、わざわざ拗らせるようなことは言わない。

 剣を持ってもらう必要があったから渡したのだ。


「好きにしてくれ。もともと俺のものじゃない」


「教会の者から鹵獲ろかくした短剣だな。ふん、ずいぶん美しいものだ」


 良い剣士は得物えものを選ばぬと言ってやりたいところだが、俺がそれを言うのは自虐でしかない。

 それより気になったのは、ビョルンの口調である。

 装飾ばかりが美しくて実用性に欠ける短剣をくさすような口調であった。


 教会を嫌悪している訳ではあるまい。彼はヨナ教徒であり、そして俺を憎んでいる。それはまず間違いない。

 だが、この事態を引き起こした者たちへも怒りを向けているのだ。

 王女への忠誠ゆえだろう。


「…………」


 ビョルンは無言で歩き出した。

 俺はその背中に声をかけようとはせず、代わりにビョルン同様、歩き始める。

 俺たちの足は北へ向いていた。


「付いてくるな」


「俺もこちらに用がある。さっきの敵に聞いたからな」


「ふん……」


 教会の男は、戦棍メイスを振りあげながら叫んでいた。"行かせん"と。

 この先、つまり学術院の北側へ俺たちを行かせたくなかったのである。

 彼らにとって重要なものがあるということだ。


「言っておくぞ。本職が貴様を斬らないのは、この短剣を借りと取ったからではない。殿下が貴様との対話を望んだからだ」


 彼が俺へ剣を向けないのは、王女セラフィーナへの忠義のため。

 逆に言えば、王女が戦いを望むなら、どのような状況であっても斬りかかってくるだろう。


 王女の近衛だ。忠義が厚いのも当然である。

 そして忠誠心という代物は、一般には美しいものとされる。俺にもそれを嫌う理由は無い。

 だが、盲信に属さない本物の忠誠を持つ者はことのほか少なく、彼がどちらであるのかはまだ分からない。


「だが本職の邪魔はするな」


 そう言って彼は釘を刺してくる。

 背を向けて歩いたまま、こちらを向こうともしない。


「ビョルン。分かっていると思うが、王女の安全を確保することは、こちらにとっても重要だ」


「…………」


「さしあたり、俺たちの利害は一致している」


おぞましいことを! 背教者との間に一致するものなど何も無い!」


 ビョルンは振り返り、俺へ向け声を荒らげた。

 次の瞬間、彼の表情が僅かに強張る。

 視線は俺の背後へ向いていた。


 俺の後ろに何かを捉えたのだ。

 敵が近づいているのかと思い、俺も振り返る。


「…………」


 敵影は無かった。

 あるのは戦いの跡ばかり。

 散らばる戦棍メイスと、倒れ伏す遺体のみである。


「大丈夫か?」


 向き直り、ビョルンに問う。


「何がだ」


 声の中に、感情は見て取れない。

 だが俺の背後に向いたままの瞳が、少しだけ揺れている。


「俺にも覚えがある」


「…………ふん」


 再び俺に背を向け、歩き出すビョルン。

 血に沈む遺体から、ようやく視線を外したのだった。


 ヘンセンでの戦いを思い出す。

 同じ旗を仰いだ者たちを初めて斬る時、強い覚悟が必要であった。

 闘いてほふる。

 それは簡単な話ではないのだ。

 どのような者にとっても。


 ◆


「なるほど。あそこか」


 物陰から覗き込みながら、俺はそう言った。

 視線の先には小さな倉庫がある。

 敵が俺たちを近づかせたくなかったのはあれだ。

 倉庫の前には敵が二人。

 佇まいから察するに、いずれもそれなりの手練れだ。


 手練れとはいえ、突入して斬り伏せるのは難しくない。

 しかし問題は、倉庫の中にも敵が居るかもしれないということだ。

 そこを考慮せず下手に突っこめば、中の人質に危険が及ぶかもしれない。


 そう。恐らくあの中には、誰かが捕らわれている。

 この状況で敵が物資の類に警備を置く理由が無く、また、まさか倉庫に敵側の要人が居るはずも無い。


「奴ら人質を取ったか。であれば、あそこに居るのは殿下ではあるまい」


 ビョルンがそう口にした。

 彼の言うとおりだ。


 敵はそもそも王女の生け捕りには拘らないだろう。事実、爆破により殺害しようとしたのだ。

 仮に捕らわれているとしても、あの倉庫には居ない。

 ロンドシウス王国の王女を捕らえておいて、あんな少人数で警戒にあたる訳がないのだから。

 あの倉庫に誰かが捕らわれているとしたら、それは王女ではなく、王女を釣るための人質だろう。


「どうやら、ここに用は無い」


 そう言って立ち去ろうとするビョルン。

 俺はその背に声をかけた。


「たぶん、あそこに居る者を救っておいた方が良いぞ」


「本職とてそうしたい。だが優先順位をたがえてはならぬ。常より部下にもそう言っている」


 責務の為に非情であろうとするビョルン。

 リスクをとって人質を救う必要は無いと言っている。

 部下云々と付け加えたのは、あそこに居る人質が彼の部下かもしれないからだろう。


「しかし、あんたの流儀にならって言うなら、放置すればそれは王女殿下の宸襟しんきんを騒がせ奉ることになる」


 為政者として英明な王女のこと、人質のために自らを危険に晒すことは無いだろう。どう考えても彼女は、自身の重責を見誤るような人物ではない。

 よって確かにビョルンの考えるとおり、人質は意味を成さない。


 だが俺が思うに、王女の冷静な振る舞いは、年相応の感性を責務によって押し殺したものだ。

 彼女は人質を見捨てるだろうが、その判断はきっと棘となって彼女の心を苛むだろう。

 彼女の本心を思うなら、人質を救った方が良い。


「それだけか? 貴様には別の思惑があるはず」


「ああ、ある。戦術上、敵の選択肢を奪っておくのが望ましい。ここでは人質を救出しておくのが妥当だ」


「ふん。殿下の宸襟しんきんなどと大仰なことを言っておいて、それか」


「あんたが忠誠のすべてを王女へ向けているように、俺にも信ずるものがある。理解の難しい話ではないだろう」


 王女が敬意を払うに値する者であったとしても、その心情を慮って危険を冒すことなど、俺には出来ない。

 危険を冒すのは、別の何かの為だ。

 俺には俺の責務があるのだから。


「で、どうするんだ、ビョルン」


「不快な男だ。強いるような物言いが鼻につく」


「なら王女に聞いたらどうだ。ここに彼女が居たら、あんたに何と命じる?」


「………………」


 敵意を隠さぬ視線であった。

 苦虫を噛み潰したような顔で、ビョルンは俺を睨んでいる。


 ◆


「そこで止まれ! 何者だ!」


「貴様、大逆犯ロルフだな!」


 俺は正面から倉庫へ向け歩いていった。

 そこへ、二人の敵が怒鳴りつける。

 一人目の誰何すいかに合わせて名乗ろうかと思ったが、二人目に言い当てられてしまった。


「ああ、確かに俺はロルフだ」


 だが折角なので名乗る。

 そして、敢えてゆっくりと倉庫へ近づいた。


「おい! 敵襲だ!」


 がたりと音がして、倉庫の木戸が開く。

 男の声に応え、倉庫内に居た敵が姿を見せた。

 俺は素早く、開いた扉の向こうを視界に収める。


 新たに出てきた敵は一人。倉庫内に留まっている敵が更に一人。

 それから、やはり居た。捕縛された人質の姿が見える。二人だ。

 近衛と思しき男と、もう一人は侍女だった。


 俺は腰の後ろに手をやり、指で数を示す。

 一本立て、それから二本。

 ななめ後ろに隠れているビョルンへのハンドサインである。

 彼の位置からでは視認できない倉庫内に、敵はもう一人。人質は二人。


 それを認めたビョルンは物陰と茂みに身を潜ませながら、倉庫の側面へ回っていった。

 その動きが敵の目に付かないよう、俺は注意を引く。


「こんな所でコソコソと何をしているんだ? お前らは主力から外されたのか?」


 あえて挑発の言葉を吐きつつ、俺は煤の剣を抜いて下段に構えた。

 目の前の相手が武器を抜いた以上、必然、彼らの目はそこへ集まる。

 その隙に、ビョルンは歩を進めた。


「ちっ! 舐めた口を!」


 苛立たしげに言い、敵たちは距離を詰める。

 しかし統制は保っており、後衛が前に出ることは無い。倉庫内に一人残っている敵は、その位置を動こうとしなかった。


 斬りかかる前に、敵を人質から離したい。

 前衛の三人を倉庫から引き剥がせば、後衛も前に出ざるを得ないだろう。

 俺は黒い剣を見せびらかすように揺らしつつ、半歩を踏みこんだ。

 引き寄せられ、前衛の敵たちは二歩三歩と踏み出してくる。


「展開しろ!」


 倉庫内の男が叫んだ。彼がリーダーのようだ。

 前衛の敵たちは指示に呼応し左右に広がった。

 それから、じりじりと近づいてくる。

 ほどなく敵たちは、俺の間合いに入った。


 だが俺は剣を下段に構えたまま、タイミングを計っていた。

 敵たちに視線をぶつけ、距離を取り合う。

 ややあって、前衛と離れすぎることを警戒したリーダーが倉庫外へ踏み出た。

 ここだ。

 このタイミングである。


 がさりと音がした。

 倉庫脇の茂みから、ビョルンが飛び出したのだ。

 同時に、彼は手に持った石を敵前衛へ向け投げつけた。


 俺は即座に、その投石の意味を理解した。

 それは攻撃を目的としたものではない。

 石は、前衛三人のうち、中心と左に陣取る二人の間に落ちた。


「っ?」


 二人は想定しない方向からの投石に、コンマ数秒だけ視線を取られる。

 俺が踏み込むに充分な時間であった。

 次の瞬間、斬撃音が響き、煤の剣で斬られた二人が崩れ落ちる。


「ぐぁっ!?」


 断末魔の悲鳴をあげたのは後衛に居たリーダーである。

 一瞬で二人の部下を失った彼は、同時に自身も絶命した。

 ビョルンの短剣が胸に突き刺さったのだ。


「せいっ!!」


 前衛に一人残った敵へ向け、俺は煤の剣を振り抜く。

 脇腹の傷がずきりと痛むが、剣は乱さない。

 敵も攻撃に転じようとしていたが、俺の方が速かった。

 彼は斬られ、血を吐きながら倒れる。


 ビョルンが飛び出して二秒足らず。

 すべての攻撃が最良に近いタイミングで繰り出され、敵は殲滅されたのだった。

 俺は剣を鞘に納め、倉庫に近づく。

 するとビョルンが、憮然とした表情で言った。


「……このレベルの連携は、本来即席では出来ん」


「それは俺を褒めているのか?」


たわけたことを! 大逆犯に与える賛辞など無い!」


 がなり立てるビョルン。

 認め得ぬ者への怒りが、なお表情に浮かんでいた。



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