171_誓いと戦場

 煤の剣を回収し、俺は戦う力を奪還した。

 だが、改めて気を引き締めねばならない。

 敵の規模も正体も分かっていないのだ。

 行動を誤らぬよう、より細心の注意をもって動かなければ。


 現状、優先事項はリーゼたちとの合流だ。

 だが、彼女たちの居場所は分からない。


 リーゼは会敵を避け、講堂から離れてくれた。

 俺が予想したとおり、あそこに彼女らの姿は無かったのだ。

 それは良かったが、しかし、では何処に居るのかというと、まったく情報が無い。


 また、敵に関する情報も不足している。

 想像以上の強者が居ても、おかしくはないのだ。


「…………」


 強者が居る可能性。

 それを考慮するにつけ、俺は会談の直前に会った者のことを思い出した。

 ラケル・ニーホルム。

 彼女もこの地に来ていたのだ。


 梟鶴きょうかく部隊の一員。

 騎士団の幹部であり、つまり強者である。

 彼女が敵に回り、リーゼらを捕らえているという事はあり得るだろうか?


 ラケルについて思い出されるのは、激しく戦鎚を振るう姿だ。

 彼女は力を信奉するタイプで、戦闘スタイルにもそれが現れていた。

 強力な一撃で、正面から敵を粉砕する戦士なのだ。


 純粋な戦闘力では、第五騎士団でエミリーに次ぐものを持っているだろう。

 多分だが、一対一なら梟鶴部隊の現隊長であるイェルドよりも強いと思う。


「だが……」


 だがリーゼが不覚を取るような相手かと言うと、そうは思えない。

 難しい相手であることは間違いないが、それだけだ。


 もちろん、俺が知るのは一年半前のラケルであり、今の彼女はより強くなっていることだろう。

 しかしそれでも、俺はリーゼを信じることが出来る。

 彼女の双剣の方が強い。


 それにそもそも、ラケルが今回の陰謀に加担している可能性は高くないはずだ。

 それは即ち王国や、そしてエミリーを裏切るということなのだから。


「……とは言え、だから味方と言うことにもならないか」


 結局のところ、今この学術院に居る者の中で、誰が敵で誰が味方なのか。

 誰の手を取り、誰を除けば良いのか。

 全体像がまったく見えない。

 だからこそ、確実に味方である連合側との合流が急務である訳だが。


「敵と味方か……。講和のためにここへ来たのにな」


 結局剣を求め、戦っている。

 誰が何をはかり、こうなったのか。

 どうしてもそれを知らねばならない。


「そのためにどうすべきか。考えても、リーゼたちの居場所は分からないしな……」


 もう一度、敵から情報を引き出してみるか?

 陽動で敵が集まった中央棟から離れつつ、哨戒中の敵を見つけて……。


 考えながらも慎重に移動する。

 中央棟を避け、足は北側へ向いていた。


「む?」


 その北側の一画で、俺は敵の一団を見つけた。

 だが様子が普通ではない。

 俺の視線の先では、戦闘が行われていたのだ。


「あれは……」


 教会の者と思しき男たちが三人。

 彼らは、王国の近衛兵と戦っていた。


「ぐぁっ!」


 教会の男が倒れ伏す。

 彼は斬られたのではなく、顎をしたたかに殴られていた。

 近衛兵は素手で戦っていたのだ。


 素手で殴りつけているとは言え、荒々しさは無い。

 キレのある体捌たいさばきで戦棍メイスの直撃を避けつつ戦っている。

 近衛兵は魔力障壁を張った体でいなす・・・ように戦棍メイスをやり過ごし、自身のダメージを最小に抑えていた。

 戦い方に老獪さがある。


 その近衛兵が、相手の胸倉を掴み、膝で腹を蹴り上げる。

 短い悲鳴をあげて腰を折った相手の後頭部へ、すかさず肘を叩きこんだ。

 彼は昏倒して倒れる。

 立っている相手は、あと一人となった。


「くそっ!」


 仲間が皆、倒れても、なお果敢に戦棍メイスを振り上げる。

 しかしその腕は、振り下ろす前に掴まれてしまった。

 掴んだまま、近衛兵はもう一方の腕を相手の首に押し込む。

 前腕で首の動脈を潰しつつ、相手を壁に押しつけた。


「知っていることを話せ!」


 気道は塞がれていないが、相手は何も喋ろうとしない。

 血走った目を吊り上げ、しかし口角も上げる。

 そして馬鹿にしたような笑顔を作った。


「殿下を害してはいまいな! 答えろ!」


 近衛兵は叫ぶが、相手は取り合わない。

 そして笑みを浮かべたままの顔を震わせ、気絶した。


「ちっ!」


 近衛兵は舌打ちと共に、相手の体を投げ出す。

 そしてこちらを向き、俺に気づいた。


「貴様は……大逆犯ロルフ」


 怒りに満ちた声と表情。

 年齢はおそらく五十代前半。

 皺の刻まれた顔には、カイゼル髭が蓄えられている。

 細身だが均整の取れた体躯の持ち主だ。


「あんたは確か、ビョルンだな」


 会談の場に居た男である。

 エミリーがリーゼの振る舞いに激昂し、しかし剣に伸ばした手を止めた時、このビョルンは腰の剣に手をかけてしまったのだ。

 結果、彼は王女から退室を命じられている。


 その後、俺が武官ミルドの手首を飛ばした際、悲鳴を聞いて入室してきた。

 そして人を呼ぶために彼が退室した後、あの爆発が起きたのだった。


「生きていたか……」


 憎々しげに俺を睨みつけるビョルン。

 加護なしの大逆犯に対する嫌悪を隠すことは無い。


「ああ。女神に嫌われているのに、不思議と運がある」


 俺は視線を受け止める。

 そして彼の瞳の奥を探った。


 この男、ビョルンは陰謀と無関係と見て良いのだろうか。

 会談場を爆破してまで講和を阻害しようとした者たち。

 そいつらと関わりは無いのか?


「抜かせ。ヨナ様は背教者にわざわざ凶事を与えはしない。貴様は顧みられない男なのだからな」


「そういうものか」


 ビョルンは丸腰だ。

 会談場から退室させられる際、武装解除している。


 だが今、帯剣する俺に怯むこと無く、正対していた。

 その様子には、腹芸を嫌う性質が垣間見える。

 はかりごとには加担しそうにないが……。


「ビョルン。教会の連中と戦っていたようだが、同じ王国民ではないのか?」


「聞いたふうな口を。王女殿下へ害を為そうとした者たちに、ロンドシウス王国の旗を仰いで良い道理などあるものか」


 ……嘘は無いように聞こえる。

 先ほどの戦いにも、嘘は無かった。


 彼のことは、陰謀と無関係だと前提しておこう。

 もっとも、敵意ある者は通常、敵であり、その面で彼はまず間違いなく俺の敵なのだが。


「大逆犯よ。貴様は何処へ居たのだ」


「俺は爆発で塔から投げ出され、以降、単独行動だ。連合側とも合流出来ていない」


「ふん……」


 加護なしが教会と結ぶ訳が無い。

 さすがにそこは明らかで、彼も、俺が陰謀に加担しているとは考えていないようだ。


「王女とはぐれたのか」


「貴様が知る必要は無い」


「会談の相手が無事なのかは知っておきたい。重要なことだ」


「…………」


 苛立たしげに眉を顰めるビョルン。

 だが王女の安全に関わることだ。

 それは分かっているらしく彼は不機嫌そうな表情で喋りだした。


「……殿下はヴァレニウス団長らと共に講堂を離れた。本職はその様子を、瓦礫と砂埃を隔てておぼろげに見たのみだ」


「追わなかったのか?」


「そのすぐ後、本職は会敵した」


「それで?」


「無論、殿下にお逃げ頂くため交戦した。幸い殿下は本職の戦闘に気づくこと無く離脱なさったが……本職は戦棍メイスで打たれ、昏倒した」


 台詞に悔しさを滲ませるビョルン。

 混乱の中、彼は王女を保護しようとしたが、やはり敵の乱入は早かった。

 ビョルンは丸腰にも関わらず、王女を逃がすために交戦したのだ。

 戦棍メイスで打たれても気絶で済んだのだから、彼はよほど強力な障壁を張れるのだろう。

 技量や魔力量において、相当優れたものを持っていることは、先ほどの戦闘を見ても分かる。


 しかし彼は、強く恥じ入っている。

 王女を守るという職務を遂行出来ていないことは、彼にとって痛恨であるようだ。

 一般的な近衛のイメージどおり、真面目な気質が見て取れた。


 会談の場で激したのは、その気質にそぐわぬ振る舞いであったかもしれない。

 だが、すぐにそのことを恥じ、退室の際には自ら武装を解除していた。

 腰から剣を外し、それを置いて出て行ったのだ。

 近衛を辞するという意思表示である。


 しかし、それを王女が了承していない以上、彼はまだ近衛である。

 そして彼は、剣が無くとも王女を守るつもりであるようだ。


「おい! 何者だ!」


「大逆犯ロルフだな! そっちは王女の近衛か!」


 そこへ新たに敵たちが現れる。

 すかさず、彼らへ向けてビョルンが踏み出した。


 ビョルンは強者だ。

 そういえば、近衛部隊では隊長の座にあると聞いている。

 だが、いくら強固な障壁を張れても、武装した敵と丸腰のまま連戦し、勝ち続けられるものではない。

 次も昏倒で済む保証は無いのだ。


「ビョルン。武器を拾え」


 彼が先ほど倒した教会の者たち。

 その武器が地面に転がっている。


「本職はこんの類は不得手だ」


 戦棍メイスは使えないらしい。

 恐らく剣でなければ、魔力を通すこと自体、上手くいかないという事だろう。


「ならこれを使え」


 講堂で回収した、敵兵の短剣を差し出す。

 リーゼが武器を失っている場合に備え、念のため持っていたものだ。

 だが、この状況では、恐らくビョルンに渡してしまった方が良い。


「背教者の分際で……施しを為すつもりか!」


 憤るビョルン。

 激しい怒りであった。

 確かにそういう反応にもなるだろう。

 だが今は剣を取ってもらうしかない。


「責務があるのだろう。丸腰という訳にもいくまい」


「本職に剣を持たせ、貴様が無事でいられると思うか!!」


「ビョルン。あんたには剣が必要だ。王女もそう考えるはず」


「貴様が殿下の御心を語るな!!」


 ぎりりと歯を食いしばり、俺を睨みつけるビョルン。

 それに構うことなく、敵は迫りくる。


 敵は六人。

 恐らくこの場は、俺だけでも切り抜けられるだろう。


 だが、この判断で間違っていないはず。

 敵の敵を味方とする。もっとも基礎的な兵法の一つである。

 陰謀の全容が分からぬこの状況。戦力が必要なのだ。


 もっとも、味方とするには、あまりにも敵意に満ちた存在である。

 これほど奇妙な友軍を持った記憶は無い。

 その男へ、俺はなお言い募る。


「ここは戦場だ。剣を取れビョルン!」


「断る!」


 頑なであった。

 誰にも譲れぬものはある。

 誇りであったり、誓いであったり。

 そう、誓いである。


「……誓いを立てたか。剣を置いたあの時だな。二度と剣は取らぬと」


「…………」


「王女に誓ったつもりなのだろう。だが彼女には今、剣を持つ味方が必要だ」


 敵は、すぐ傍まで来ている。

 だが俺とビョルンの視線は、互いを捕らえたままだ。


「ビョルン。信念を汚してでも、戦わねばならない時がある」


「貴様ら! 何をよそ見などしている!」


 怒号をあげ、敵はいよいよ至近に迫った。

 だが黙したまま、俺を見据えるビョルン。

 俺もそれを受け止める。


「行かせんぞ! 死ね!」


 敵が戦棍メイスを振りあげた。

 同時にビョルンは手を伸ばして短剣を取る。

 そしてそのまま敵の方へ向きつつ、短剣を振り抜いた。



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