161_講和会談2
────お願いロルフ。ちゃんと話して
────………………
俺は答えない。
しかしエミリーは、諭すように語りかける。
────ロルフ。私たちは何も、逃げた馬を探し出して捕まえてこいと言ってるわけじゃないの
────ただ、何が起きたかをきちんと知りたいし、そして、然るべき言葉を貴方の口から聞きたい
────ただそれだけなんだよ?
────………………
────ロルフ、分かるよね?
────………………
────兄さま
フェリシアも俺を見ている。
だが俺は答えない。
────ねえロルフ、騎士になるんだよね? 騎士だってミスを犯さないわけじゃない
────ただ、ミスを犯した時、それを毅然と受け止めて反省できるのが騎士だと私は思う
────団長の仰るとおりだ!
────加護なし! 団長のお言葉をよく聞け!
────無能なりに一片でも誇りを持ったらどうだ!
叫ぶ幹部たち。
審問会は騒然としていた。
────ロルフ、謝罪しなさい
凛としたものだ。
騎士団長の威厳に満ちた態度である。
彼女は名望ある騎士団長であり、英雄なのだ。
そんな彼女が俺に謝罪を求めるのは、俺の味方であるためにそれが必要だから。
それは分かっている。
だが俺はもう決めていた。
ここで言うべき言葉を。
示すべき決意を。
「お断りします」
◆
「…………どうして?」
揺れる瞳で、エミリーは問う。
「約束があるから」
「………………」
「………………」
静寂が、俺の拒絶を
だが俺の考えは変わらない。
「…………いま、共に居る人たちとの間に約束はあるかもしれない」
「…………」
「でも、私との間にも約束はあるはず」
婚約とはつまり、幸せにすることを約すものである。
確かに俺は、かつてそれを約束した。
「その約束は、貴方が反故にしたんでしょ」
俺の隣から発せられる声。
リーゼである。
元々、彼女は感情を隠さない人だ。
だが声がここまで怒気を孕むことは珍しい。
エミリーは表情を変えぬまま、リーゼへ目を向ける。
互いの視線がぶつかり、そしてまた静寂が訪れた。
数秒か、数十秒か。
先ほどの武官とは違い、二人とも決して視線を外さなかった。
そして肌を刺すような沈黙の果て、エミリーが口を開く。
「……貴方が、ロルフの言う約束の相手?」
「そう。彼は魔族すべてと約束した。未来を守ると。最優先の約束相手が幼女だっていう疑惑は持ち上がってるけど」
「……何を言ってるの?」
「貴方は過去だって言ってる」
「………………」
「………………」
二人は、なお睨み合っている。
隠そうともしない敵意が表情に現れていた。
「リーゼさん、と言ったわね。ここは講和の折り合いをつける場よ。そのためにこちらは提案してるの」
「だからその提案はいま断られたでしょ」
「…………思い出した。貴方、ロルフを殺そうとした女ね。あの時は子供みたいなものだったけど」
「見てのとおり色々な部分が大人になったわ。貴方と違って。ああ、貴方は中身も子供のままみたいね」
「………………」
二人が言っているとおり、彼女たちは以前、会っている。
四年前、エルベルデ河の戦いで、当時騎士団の一員であった俺はリーゼと交戦しており、その場にはエミリーも居たのだ。
顔を合わせたのは僅かな間だけだったが、両者の記憶には残っていたらしい。
戦場で
「リーゼさん。貴方たちだって、まさか最後の一兵まで戦うのが望みではないでしょう? 平和的に相互理解へ至れる道があれば、それを選びたいはず。こちらからそれを言ってるのよ?」
感情を落ち着けるようにゆっくりと、エミリーは言った。
そして視線を俺へ向ける。
「クロンヘイム団長をすら倒したロルフが、その実績を持って帰る。そして私が全面的に彼の味方になる。もちろん時間と努力は必要だけど、でもロルフの声を聞く者は、きっと現れる」
「彼の声を一切聞こうとしなかった王国が、そして貴方が、今さら何を言ってるのよ」
「今度は聞くわ」
「信じられない」
「………………」
「………………」
どうも本論から離れた感情論が始まりそうな気配。
それを察知したのか、ごほんと咳払いが響く。
アルバンのものだった。
集まった視線を一つ一つ丁寧に見返すと、彼は口を開く。
「いずれにせよ実現性を欠く提案だ。ロルフが王国に戻ったところで、国是を変えるアプローチが可能な道理など無い」
王国にとって、俺と連合の離間は重要で、そのために王国復帰のプランを提示してくるケースは一応あり得た。
だが、そういうカードはあれども、実際にそれを切ってくる可能性は、さすがに低いと思っていた。
王国はそのカードを、"国是を変えよと言うなら将軍ロルフ自らが戻り、それを為すべし"と理由づけをしたうえで提示してきたのだ。
王国側の面々の反応から見て、エミリーがそれを強く主張したのだろう。
思い切った話である。
だが、やはり無理のある話に聞こえる。
アルバンの言うとおり、実現性を欠く。
「では実現性を欠かず、かつ平和的なプランを聞かせて頂きたい」
そう求めたのは、宰相ルーデルスだった。
大きな体躯を持つ戦士あがりのアルバンとは対照的に、痩せぎすの男だ。しかし眼光は鋭い。
その冷たく光る目を、油断なくアルバンへ向けている。
アルバンはその眼光を受けて立ち、問いに答えた。
「たとえば、我が連合から纏まった数の特使を出して王都に常駐させ、中央の意思決定に介入させて頂く、といったところだろうな」
「馬鹿な。内政干渉でしかない」
「貴国で
「アルバン殿。自分がどれ程ふざけたことを言っているのか、お分かりでないのか」
「そこまでやらねばならない話なのだ。それに、将たるロルフを人質に出せという話も充分にふざけている」
両者とも落ち着いている。
だが宰相の声には、やはり怒りが見て取れた。
想定どおりに進まぬ議論も苛立ちの種であろうが、魔族との対話それ自体を耐え難く感じているのだ。
冷静なことで知られる彼も、今日ばかりは平常心でいられぬらしい。
「……人質ではない。元々臣民だった者が帰順するというだけだ」
「先ほどヴァレニウス団長もその言葉を用いたが、"帰順"とは非を認めたうえで帰ることを指す。そういう言葉を用いること自体、我らの将星たるロルフを軽んじている証拠だ」
「こちらから見れば、彼は辺境の戦いで敵軍に寝返った男なのだ。帰順と言うほか無かろう!」
ついに声を荒らげる宰相ルーデルス。
だがアルバンは表情も声音も変えること無く反論する。
「彼をその辺境へ追放したのは貴国だ。そしてその追放において、非は貴国にあると先ほどお認めになったはず」
「だからと言って彼の行いが裏切りであることに変わりは無い!」
「その裏切り者に良いようにやられているからと言って、そう憤らずとも宜しい」
「貴公……!」
アルバンの声と佇まいは重々しく、迫力に満ちている。
それが宰相を圧倒しているようだ。
音が聞こえてきそうなほどに、宰相は歯を食いしばった。
「……帰順というかたちを採らざるを得ません。例外ずくめとなる本件の中にあっても、敵軍に降った兵を
その王女の声に、宰相は大きく深呼吸をし、それから居住まいを正す。
王女の前で感情を手放したことに恥じ入っているようだ。
一方で俺は、宰相を上手く諌めた王女の表情に興味を覚えた。
沈痛と表現して良いであろうその顔。
そこには、諦念とまでは言わないが、それに近いかもしれない感情が見て取れる。
会談開始前から疑っていたことだが、やはり彼女は、ヨナ教の支配システムを知っているのではないだろうか?
「そのような体たらくで、如何にして彼へ権限を与えるお
「…………」
思考する俺をよそに、アルバンが指摘する。
それを受けて王女が何かを考えるその隣、エミリーが答えた。
「申し上げたとおり、騎士団長であり、中央での権勢もある私がロルフをバックアップします。私の庇護下でなら、彼に権限と発言力を与えることは可能です」
「庇護って……。まだそんなことを……」
うんざりしたように吐き出すリーゼ。
間髪入れず、エミリーは彼女を睨みつける。
今度はエミリーが感情の制御を失おうとしていた。
「和平へ向けて敵将を迎え入れ、その具申を受ける。それに際し、私はその人を守る。何がおかしいの?」
「守るったって、そもそも守れないでしょ、貴方には」
「守れるわ。今度はそれが出来る。かつてだって、力及ばずとも守ろうとした」
「守ろうとした? 貴方がロルフを?」
「ずっとそうしてきた!」
エミリーは激昂に怒声をあげる。
だがそれを受け止めるリーゼも、明らかに怒っていた。
先ほどからリーゼの物言いは挑発的であったが、そうなってしまうほどに、どうやら彼女は激怒している。
これは珍しい事態で、アルバンも娘の意外な姿に少し驚いているようだ。
「力も無いのに自らを上等と勘違いして恩ある人を見下し、あまつさえ自分の夢想の中に押し込めようとする。王国ではそれを"守る"と言うんだね」
「……ッ! さっきから言わせておけば!!」
がたりと椅子を蹴って立ち上がるエミリー。
王女が瞠目する。
エミリーの手が、腰の剣に伸びていたのだ。
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