157_想定外

 ローランド商会が、ヘンセンに支部を作った。

 ヴィリ族支配地域、ゴルカ族支配地域、レゥ族支配地域に、旧王国三領を巻き込んだ経済圏。それはほぼ出来上がっている。

 同盟の成立が追い風になったのだ。


 今度は、これを安定させるフェイズに入ったわけだ。

 商会の支部設立は、その施策の一つである。


 支部では現地の魔族を雇い入れている。

 そして商会の人間たちがこちらに赴任し、ノウハウを伝えているのだ。

 ただし、支部長には魔族の者が就いた。トーリの差配である。


 ちなみにトーリ自身も、ここへの出向を望んだ。

 ヘンセンを重要と踏んでいるためであるが、それ以前にこの地をずいぶん気に入っているらしい。

 彼はかなり頻繁にここを訪れており、多くの者に顔を知られている。

 お気に入りの宿の一室を年間通して押さえている程だ。


 大商会のトップにしては、何ともフットワークの軽いことである。

 この地を視察し文化を知るのも大事な仕事、ということではあるのだろうが。


 しかし、さすがに会長の出向は断念せざるを得なかった。

 旧タリアン領の本部に多くの仕事があるため、部下たちが泡を食って彼を引き留めたのだ。

 それを受け、彼自身も引き下がったというわけである。


 だが彼のことだから、仕事は何とかしてしまえるような気がする。

 恐らく、会長がこちらに来ては、せっかく魔族をてた支部長の実効力を弱めてしまうと、彼自身、考えたのではないだろうか。


 いずれにせよ、種族間の交流はさらに深まることとなったのだ。

 また、同盟の名称は、ごく単純に"連合"となった。軍は連合軍だ。

 異なる種族の同道に何か気の利いた名称を、という考えは俺にも皆にもあったが、シンプルな呼び名に思いを込めるのもまた良しという判断である。


 その連合内では、軍事面でも連携が進んでいる。

 まずは人間サイドの軍が再編された。

 反体制派の傭兵たちは正式に軍属となり、そこへ旧王国三領から、戦える者たちが合流したのだ。


 魔族側にしてみれば、敵国から奪った支配地域の者に軍事行動を許すということになり、これはかなり大胆な決定である。

 さすがに反対意見も少なくなかった。

 だが、対ロンドシウス王国として一つになるには、必要な決断だったのだ。


 それに、彼らのトップに就いたのはデニスである。

 あの霊峰を共に戦ったのだ。間違いなく信頼出来る。


 なお、"反体制派"という呼称は改められ、"反乱軍"となった。

 新しい呼称は公募されたのだが、当たり障りの無い呼称に落ち着いた。

 実は"デニス軍"という応募が最も多かったのだが、デニスが握りつぶした。

 王政から離れて出発しようというのに、民意を蔑ろにするのか、と何人かから言われたらしいが、デニスは断固拒否したようだ。


「いや、妙な嫌がらせは止めろ」


 とのこと。


 それと、"連合"の中に"反乱軍"があるのは、何だか変じゃないか? という意見もあった。

 それはそうかもしれないが、しかし、まあ良いと思う。

 どこかちぐはぐ・・・・なのも、俺たちの売りである。


 それから旧イスフェルト領については、これまで同様、現地の人間による参事会で統治させている。

 ただ、ヨナ教の支配力が強かった地域であるため、今度は難しさがあるだろう。

 この先、努力と工夫と、そして時間が必要である。


 ◆


「む、来たようだぞロルフ」


 アルバンが指さした先から、馬車が向かってくる。

 あれに乗っているのは、駐在武官だ。


 各魔族軍と反乱軍は、それぞれ武官を派遣し合うことになった。

 連絡役を務めつつ、互いのやりようを吸収するのだ。

 簡単ではないが、ある程度、軍制を統一出来たらという期待もある。


 今日はそんな重要な役割を担う、反乱軍からの駐在武官が赴任する日である。

 俺とアルバンは、役人たちと共にそれを出迎えていた。


 そして馬車が俺たちの前に停まる。

 扉を開いて中から現れた人物に、まずアルバンが声をかけた。


「遠路はるばるようこそ。族長アルバンが歓迎する」


「恐れ入りますアルバン殿。ですが今日こんにちに至っては遠路と言うほどのものでもありません。同じ陣営内というだけで、ずいぶん近くなったと感じますよ」


「いかにも。精神的な距離も縮めたいものだ」


「同感です。そのためにも、色々と勉強させて頂きますね」


 そう言ってから、駐在武官はこちらを向く。

 そしてにこりと笑った。


「これからよろしく、ロルフ」


「こちらこそ、フリーダ」


 反乱軍の中にあって、ひときわ実力と人望を持つ彼女。

 実績も申し分ない。霊峰の戦いにも最前線で参加し、済生軍最強の剣士、スヴェンとも交戦した人物である。

 加えてこれまでの魔族サイドとの縁も鑑み、反乱軍からの駐在武官は彼女になったのだ。


 親友であるアイナとカロラから離れることに迷いもあったそうだが、最終的にはこの任を快諾したらしい。

 これが我々の未来のため重要な責務であるという点を考えてくれたのだ。


 それに、今はもう、アイナとカロラに無体をはたらく領主は居ない。

 あのあと話を聞く限り、元第五騎士団団長タリアンは想像以上の暗君だったようだ。

 だがそれも、あの夜フリーダによって倒された。


 また、フリーダ自身が言ったとおり、今や旧タリアン領は近い。

 同じ連合内の領地であり、間の陸路も整備されつつある。

 友人たちには、会おうと思えばいつでも会いに行けるというものだ。


 向こうに居る二人も、同じ思いであるらしい。

 もっとも、アイナは一時、自身もこちらへの赴任を企図していた。

 考えることは父トーリと同じである。

 本部に必要だからと引き留められてしまった点も同じだ。

 アイナとカロラにも、トーリ同様、来た時は良い宿を提供せねばな。


「軍上層部との顔合わせは明日だ。今日はゆっくりしてくれ」


 そう伝える俺に、フリーダは頷いた。

 彼女もこれから忙しくなるだろう。


「ロルフは、これから別の任務とかあるのかい?」


「いや、今日は一日、フリーダのアテンドに充ててある」


「お、嬉しい。それじゃ、町の案内とかしてくれる?」


 ◆


「思ったより人間も居るんだね」


 ヘンセンの町を歩きながら、フリーダが感想を漏らす。

 確かに、ちらほらと人間の姿も見かけるようになった。

 連合成立以降、人の行き来は、だいぶ活発になっているのだ。

 ローランド商会の支部が出来た点も大きい。


「少し前まで、人間は俺とシグしか居なかったんだがな」


 望んだ世界の片鱗がここにある。

 まだまだ途上ではあるが、感慨深い。


「好奇の視線、みたいなものもあまり無いね。みんな、人間に慣れつつあるのかな」


「そうだな。だが、垣根のすべてが取り払われた訳じゃない。まだまだ敵意をぶつけられることはあるだろうが……フリーダ」


「大丈夫。そのへんは分かってるよ。簡単なことじゃないんだ」


 種族間の争いの歴史は長く、多くを奪い合ってきた。

 人間を許せぬ者はまだ大勢いる。


 ディタのように、理性では許したいと願っても、感情がそれを阻害するケースも少なくない。

 ゆっくりと雪解けを図っていくしかないのだ。


 だが展望は開けている。

 それを証明するものの一つが、まさにそのディタである。

 彼女は、霊峰での勝利に一役買ってくれたのだ。

 戦地に踏み留まり増援にまわるよう、レゥ族軍に進言したのは彼女だった。


 それを知らされた時、俺は心底からの喜びを感じた。

 そして先の式典で彼女の姿を見つけ、礼を述べたのだ。

 彼女は表情を変えぬまま「分かった」と言うのみだったが、その表情から険は薄れていた。


「やっぱり初めて見るものも多いな。んー、ワクワクするね」


 フリーダの声が弾んでいる。

 彼女もまた、大事な役割を担ってくれることだろう。

 期待は大きい。


「いや、ワクワクしてちゃ駄目か? 戦争やってんだし不謹慎だよね」


「そんなことは無いんじゃないか?」


 命の奪い合いをしているからと言って、常に神妙にしているべきなどと、そんな馬鹿げた話も無い。

 命に敬意があればそれで良いはずだ。

 むしろ笑顔でいることはあまりに大事だと思う。

 それを忘れれば、血だまりに戦う中で、人の感性を失うことにもなるだろう。


「そうかい? じゃ、せいぜい楽しくいこうかな」


「ああ、そうするべきだ」


 それから町を案内しつつ、これからのことを話す。

 フリーダは、ヴィリ族軍のやりようをしっかり学びたいと語った。

 もともと軍属ではない彼女だが、名うての傭兵だったのだ。戦いについてはよく知っている。


 元傭兵を多く抱える反乱軍に、軍としてのノウハウを導入するには、そのノウハウを傭兵たちの流儀に「翻訳」する作業が大事だ。

 フリーダはその役目に最適の人材だし、そして彼女自身、役目をよく理解していた。


「やっぱり優先は教練の視察かな」


「そうだな。戦力の底上げをどのように行っているか。そこについて学び合い、擦り合わせるのが重要だと俺も思う」


「うん。あと組織構成だけど、真似られる部分とそうでない部分があってさ───」


 砕けた口調と態度が特徴的なフリーダだが、性根はかなり真面目な人物である。

 今後についてよく考えていることが、彼女の言葉から伺える。


 歴史上初めてとなる、種族を超えた同盟。

 組織間の齟齬を無くし、正しく連携していくために、やるべきことは多い。


「それと、出来れば合同訓練もやりたいんだよね。三か月……いや、二か月後ぐらいにはそこまで持っていきたい。駐在武官の権限を少し超えた話だけど」


「いや、現地の武官である俺への進言だ。権限のうちだろう。まあ俺に対してはそのあたり気にせず、思ったことを言ってくれると嬉しい」


「おっけ。それでいくよ。まあ私とロルフの仲だもんね。色々見られちゃったし」


「………………」


「お、何か思い出しちゃった?」


「いや、そんなことは」


 会うたび裸だったフリーダだが、そこばかり覚えているという訳ではない。


「美しい剣技の方が、よほど印象に勝っている」


「それもやや失礼なんだけど……」


 そうなのか?

 難しい話だ。


「ロルフさん!」


 窮地に陥りかけた俺を呼び止めたのは、部下である兵の一人である。

 救われたと思う俺だったが、兵の表情は切迫していた。


「急ぎ、本部に戻ってください!」


「どうした。何があった?」


 ただごとではない雰囲気に俺は問う。


「それが……」


 彼の口から、事態が告げられた。

 それは誰も予想していないものだった。


 王国に動きがあったのだ。

 それは今後の戦いについて考える俺たちの虚を突いた一手である。


 だが、にわかには信じられない話だ。

 俺も、上手く思考がまわらない。


 王国から申し入れがあったらしい。

 講和の申し入れである。



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