156_宴

 今日は酒宴だ。

 新たな友人たちと親交を深めようという趣意である。


 集まったのは、あの日、大神殿で戦った者たち。

 俺とリーゼとシグ、そしてアルとマレーナだ。


 場所はリーゼの家、つまり族長邸の、だだっ広い一室。

 椅子とテーブルは使わない。

 木の床に置いた座布団へ座り、椀に注いだ酒を酌み交わすのだ。

 ヴィリ族式である。


「お酒、いっぱい持ってきたわ。これなんか、かなりいいお酒みたいよ。オッサンの秘蔵のやつをくすねてきたの」


 オッサンとはアルバンのことだろうか。

 基本的にリーゼは父親を敬愛しているが、たまにこんな物言いをする。


「大丈夫なのか? そんなことをして」


「いいのよ。あのオッサン、私の香油を勝手に使いやがったし」


 よく分からないが、年頃の女性を子に持つ父親は、とても大変なのだな。


「あ、あの、おら、こういうの初めてなんだども……」


「こういうのって、宴会が?」


「そ、それもだし、その、とも……知り合いと一緒にっていうのが……」


「ダチと呑むのが初めてだってか。ロルフも似たようなもんだぜ」


「私もだ」


 コミュニティに上手く馴染めなかった者たちが勢ぞろいというわけだ。

 何だか可笑しくなってくるな。


「それじゃあ、新しい友情に乾杯ね!」


 ◆


「そうか。苦労したんだな、マレーナ」


 マレーナは場に気後れしているようであったが、リーゼが柔らかく話しかけ続けた結果、自身について語ってくれた。

 彼女は、人とはずいぶん違う道を歩んできたようだ。


「人間なのに、初めから魔力を持ってるなんてね。どうしてなのかしら?」


「あの、どうやら、先祖のどこかに魔族が居るみてえで……」


「ふむ。そういうケースがあると私も聞いたことがある。教会はそれを認めていないが」


 マレーナは、魔力を持っていることが幼少期に分かったのだそうだ。

 故に神疏しんその秘奥を受けていないとのこと。

 恐らく、魔力は生まれた時から備わっていたのだろう。


 彼女には魔族の血が流れているらしく、それはヨナ教の教義において異常で、許されざることだった。

 魔族と人間が子をせるなどと、ヨナ教が認める筈も無いのだ。

 女神ヨナを奉ずる者たちが、マレーナをどう扱ったか。

 それは想像に難くない。


「たぶん先祖の中に居たアホが、魔族の奴隷を孕ませやがったんだろうな」


「ちょっと! 愛し合ってのことかもしれないでしょ!」


「いやあ……現実的に、それはちょっとねえだよ。きっとシグさんの言うとおりだあな」


 そう。

 残念ながら、唾棄すべき類の輩に、奴隷が意に沿わぬ懐胎を強いられた、というのが最も考えられるケースだ。

 その結果、子がされた。

 だが……。


「魔族との間に子が出来ても、教会がそれを葬る筈だ。私はそこまで悪辣な話を見聞きしてはいないが、想像はつく」


 そうだな。

 しかし全てを葬れるわけではなかった。

 網の目を抜ける者が居り、その子孫がマレーナというわけだ。


「誰かが子を殺したくないと願った結果、マレーナが居るんでしょ? じゃあやっぱり愛があったのよ」


「あの国の人間にそんなん期待できねえよ。しょうもねえ理由で殺さなかった可能性の方が遥かに高いぜ」


「あんたねえ!」


 確かにシグの言うとおりかもしれない。

 だが、今ここにマレーナが居ることには、当然大きな意味がある。


「マレーナ。素晴らしいとは思わないか」


「え?」


「君の存在は、魔族と人間の間に、種による隔たりが無いという事実を証明している。思想や肌の色に関係なく、愛し合って子をせるという事実を」


「…………」


 マレーナの先祖に起きたことが想像のとおりなら、それは当然悲劇だ。許されることではない。

 だが、いずれにせよマレーナという存在は尊いのだ。

 その事実に変わりは無い。


「えっ……と、ロルフさん……」


 ぽかんとした表情のマレーナ。

 何か変なことを言っただろうか。


「その、あ、ありがとう。おら、凄く嬉しいだよ」


 今日、初めて笑顔を見せるマレーナ。

 花のような笑顔であった。


 ◆


「うむ。イスフェルト家は侯爵家だな」


 夜は深まり酒宴も進む。

 今度はアルの話を肴にさせてもらっていた。


「侯爵かあ。アルはやっぱり気品みたいなものがあるね。ロルフも妙に品性があるし、貴族ってみんなそうなのかな?」


「はん。お貴族サマと品性に関係なんかあるかよ」


「私は養子だがな。元はセイデリア領の商家に生まれたのだ」


「セイデリア領か。行ったことあるぜ。初めて海を見たのはあそこだった」


 海か。

 そう言えば俺は見たことが無い。

 いつか見てみたいものだ。

 その時はミアも連れて行ってやりたい。


「そのセイデリア領では、どんな子供時代を過ごしたの?」


「忘れ得ぬ友が居た。私の少年期は、彼の傍にのみあったと言える」


「その友だちは、今は?」


「私の記憶の中に居るのみだ」


「そう……」


 少年期を共に過ごした、大切な人。

 アルにもそんな人が居たようだ。


 しかし俺の場合、アルとは違って、その人はこの世界に居る。

 それはきっと幸運である筈だが、それなのに俺は、会おうとしない。

 人によっては、そんな俺を許し難く感じることだろう。


 また会うことはあるのか。

 あるとすれば、それはいつなのか。


「長じてからは、新たに友人を得ることも無かった。孤独なものだ」


「モテたでしょうにね」


「周りに女は多かったが……」


「ふん。それじゃ、今まで会った中で一番いい女はどんな奴だ?」


「マレーナであろうな」


「へっ!?」


 大きな体をびくりと跳ね上げ、素っ頓狂な声をあげるマレーナ。

 こうして見ると、中々に表情豊かな人物だ。


「芯がある故にな。人は芯が大事だ。それにマレーナは目鼻立ちが整っている」


「顔かよ。まあ、女の趣味はいいらしい。スカした野郎だがそこは褒めてやるぜ」


「えっ!? えっ!?」


「ふーん。小児性愛者のロルフとはえらい違いね」


「えぇっ!?」


 更に大きな声を上げるマレーナ。

 とんでもない言いがかりである。


 いつの間にか、ずいぶん酒が進んだようで、リーゼの目は据わっていた。

 その据わった目で、彼女はじとりと俺をめつける。

 俺が何をしたと言うのか。

 ここは一つ、被害の分散を図るとしよう。


「シグも年端もいかない少年と同衾しているぞ」


「俺を巻き込んでんじゃねえよ! あれはアルノーが勝手に潜り込んできてんだよ!」


「皆、落ち着け。良い酒は静かに楽しむものだ」


 そう言って、全員の椀に酒を注ぎ足すアル。

 だが、どぼどぼと零しまくっている。

 よく見れば、アルもずいぶん目元に朱が差していた。


 どうやら、リーゼが持ってきたのは、どれもかなり強い酒だったようだ。

 宴もたけなわである。


 ◆


「く……」


「ぬぅ……」


「いやあ、美味しいお酒だあねえ」


 俺とアルは、いよいよ限界に近づいていた。

 そしてそれとは対照的に、まるで酔う気配の無いマレーナ。


「マレーナは、酒に強いんだな」


「そうだか? 普通だと思うだよ」


 そう言って、もう一杯を呷るマレーナ。

 たいへんな酒豪である。

 空いたマレーナの椀に、俺は酒を注ぐ。


「あっ、申し訳ないだ。さ、ロルフさんも」


「いや、俺はもう良いかな」


「そうだか? じゃあ、お水を飲むだよ」


「ああ、そうしよう」


 マレーナは、俺の椀に水を注いでくれる。

 酒品の良い酒豪だ。

 瓶を傾ける手つきも優しくて


「うがーーー!」


 ……うがー?


 声のした方へ振り向くと、リーゼがどたばたと暴れている。

 彼女には酒乱の気があったのか?

 だが満面の笑みだ。満面の笑みで暴れている。


「くっそ! 何なんだよてめぇは! 座ってろ!」


 シグが手こずっている。

 まあ、酔っ払いほど面倒な相手も居ない。


「アルさん、もう一杯いくだか?」


「い、いや、私は」


「どのお酒も滑らかだあね。きっと土地が良いだよ」


「そ、そうであるか」


 穏やかなものだ。

 一方、向こうは忙しい。


「敵が来たらこう! 敵が来たらこう!」


 双剣を振り出すリーゼ。

 駄目だこれは。何かもう色々と駄目だ。


「酔っ払いが刃物持ってんじゃねーよ! くそ! ロルフ! 取り上げろ!」


 いや、俺は近づきたくない。


「こっちのお酒も美味しいだねえ」


「むうぅ……」


「あーっはっはっは!」


「うぉあ! バカかてめぇ! 掠ってるんだよ刃が!!」


 その後、マレーナが優しくリーゼを捕まえて大人しくさせるまで、宴は続いた。



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