117_次なる戦いへ

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 お待たせして申し訳ありません。

 本日(6/13)より投稿を再開します。


 第4部終了までの継続投稿となります。

 投稿頻度は週に3回です。

 月曜・水曜・金曜の18時に投稿します。

 (最初の10話は毎日投稿します)


 今後とも本作を宜しくお願い致します!

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 水音と共に、水飛沫みずしぶきが舞い上がります。

 飛沫は陽光を反射して、きらきらと散っていきました。

 水が光をたたえる光景は、きまって美しいものです。


 ですが私の目により美しく映るのは、その水飛沫を上げて力強く泳ぐ、二人の男性の姿です。

 全力で泳ぎ続ける彼らからは、訓練にかける真剣な意気込みが伝わってきます。


 水泳を訓練に採り入れる方は珍しくありません。

 偏った負荷をかけずに筋肉を鍛えることができるうえ、心肺能力の向上にも繋がるのです。


 当然、水場が無いとできないので、やりたくてもやれないケースは多いと聞きます。

 ですがこのヘンセンには水泳に適した大きな池があり、この種の訓練も可能なのです。


 今日は泳ぐには肌寒いのですが、あの二人には関係が無い様子。

 ロルフさんに言わせると、水が冷たい方が精神が引き締まるのだとか。


 高い訓練効果を得るために適切な気温も必要だということは、彼にも分かっています。

 ただ、どうやら彼は、頑健な精神を保つことに重きを置いているようです。

 ですが精神論を他者に強要することはありません。あくまで自身の考え方として、心の強さを重要視しているのです。

 訓練中、彼の表情は真剣そのものです。


 そして、後ろを泳ぐシグさんも真剣です。

 彼は、訓練には真摯な態度で臨みます。地道な日々の研鑽をいとう人ではないのです。

 失礼ながら、少し意外でした。

 強い人には、やはり相応の理由があるということなのでしょう。


 シグさんには、このヘンセンに来るまで泳いだ経験が無かったそうです。

 それで、ロルフさんが訓練で泳いでいるという話を聞くに及び、興味を示したのです。


「いいじゃねーかそれ。俺も付き合うぜ」


 そう言って、初めて水に入ったシグさんでしたが、ロルフさんから簡単な指導を受けただけで、たちまち泳げるようになってしまいました。

 少し遅れつつも、しっかりロルフさんに付いていってます。

 激しく水を巻き上げる大きなフォームには、無駄が多いようにも見えますが、あれがシグさん流なのでしょう。

 実際、初めてとは思えないほどに、凄いスピードで泳いでいきます。


 やがて二人は大きな池を往復して泳ぎ切り、水から上がってきました。

 ぜえぜえと、荒い息遣いが聞こえます。

 私はこちらへ歩いてくる二人の、その見事な体躯に目を奪われました。


 ロルフさんの体は、大きく重厚です。

 まるで巨木のよう。

 花や動物が自然と寄り添ってくるような、周りの全てから頼りにされる、まっすぐ立った深緑の巨木です。

 それでいて、鋼鉄と見紛うような筋肉は、強力な大剣を思わせもします。


 ロルフさんが大剣なら、シグさんはさしずめ剥き身の匕首あいくちです。

 がちりと引き締まった全身は、何やら凄みをはらんでいます。

 いつかの遠征で、竹林に見た虎を思い出しました。

 彼の筋肉の脈動は、危険な肉食獣のそれと同じなのです。


「モニカ」


 二人の体に共通しているのは、幾つもの古傷に彩られているという点です。

 そこにある歴戦の重みが、肉体に強烈な存在感を与えています。

 そしてその体の美しい隆起。そこへ走る血管。

 彼らからは、得も言われぬなまめかしさを感じるのです。


「モニカ」


 古来より、多くの芸術家が裸体に美を見出してきたことにも頷けます。

 彼らの肉体は、宝石のような高貴さを持つ一方で、生命が内に秘める激しい炎の存在も感じさせるのです。

 鍛え上げられた体は、かくも尊いものなのかと、興奮を禁じ得ません。

 つい、熱い息が漏れてしまいます。


 私の目を釘付けにしたまま、二つの肉体はどくどくと脈打っていました。

 水に濡れたそれは、とても官能的です。

 そして上気し、ほんのりと桜色に染まる様は、どこかコケティッシュでさえあります。

 触れたくなる衝動に駆られるのです。


「ねえちょっと」


 まったくもって、けしからぬ肉体です。

 あのように挑発的な造形美が二つも。

 それが、訓練後の激しい息遣いに上下しているのです。

 由々しき事態と言うほかありません。

 やはり直接触って、色々と確認しなければならないでしょう。


「グヘヘヘヘ」


「モ、モニカ!?」


「あら、リーゼさん。いかがなさいました?」


 気がつけば、隣にリーゼさんが立っていました。

 彼女は上官ですが、私を姉のように慕ってくれています。

 私も年上の女性として、見本であろうと常より心掛けているのです。

 私たちは戦場に身を置く者ですが、かと言って女性としての自分を見失うべきではありません。

 淑やかさ、繊細さ。そういったものを、私から学んでほしいのです。


「えっと……大丈夫?」


「? 何がですか?」


 怪訝な目でこちらを見つめるリーゼさん。

 よく分かりませんが、最近の激務で彼女もお疲れなのでしょう。

 私も、もっとサポートしてあげなければなりませんね。


「リーゼも来てたのか」


「服着なさいよ」


 近寄るロルフさんから目を逸らし、すげなく着衣を促すリーゼさん。

 水泳は普通、全裸か肌着のみで行いますが、この二人はちゃんと肌着を着けています。

 なので恥ずかしがることもないのですが、リーゼさんには目の毒のようです。

 かわいらしいことですね。


「トーリさんたち、もう来てるわよ」


 タリアン領での会戦、そしてバラステア砦の再奪取から、六か月が経過していました。

 ロルフさんたちは、あの戦いのあと友誼ゆうぎを結んだ人間の有力者と、今日、対話を持つことになっているのです。


「でも約束は午後からでしょう? 慌てなくても大丈夫ですよ」


 そう言って、二人にタオルを手渡しました。

 ロルフさんは丁寧に、シグさんはぶっきらぼうにお礼を言って、体を拭き始めます。


 二人の体の表面を流れる水滴がぬぐい去られていき、美しい肉体が陽光の下に現れます。

 訓練を経て、より美を増した肉体です。

 私はそれを、この目で堪能するのでした。


 ◆


 俺たちはアルバンの屋敷に、トーリを迎えていた。

 彼は茶色い髪と口ひげを持った細身の中年男性。そして、人間だ。


 六か月前の戦いで陥落せしめたタリアン領。

 そこに本拠を持つローランド商会は、王国最大の商会として知られている。

 向かいに座るトーリは、その商会の会長なのだ。

 また、あの戦いの中でタリアンから救ったアイナの、父親でもある。


 そのアイナと、同じくタリアン邸に捕らわれていたカロラが、随行してトーリの横に座っていた。

 対してこちらはアルバンと数名の文官。そして武官は俺とリーゼだ。

 ほかの高級武官は任務中。フォルカーもアーベル総督の任に戻っている。


「ではトーリ殿。タリアン領の参事会も問題なく回っていると?」


「左様ですアルバン様。アーベルというモデルケースがあったのも活きました」


 旧ストレーム領では、人間たちで構成された参事会を置いて、統治にあたらせていた。

 魔族による直接統治は当面避けている。

 そして新たに奪取したタリアン領でも、同様の手法を採ったのだ。


「私もそうですが、実利的な考えを持つ者たちは、貴方がた魔族への差別意識が比較的低く、協力的です」


 まあ私の場合は最早王国が嫌いというのもありますが、と続けるトーリ。

 実際、彼は進んで俺たちに協力してくれていた。


「ここしばらくの小康状態のおかげで、こちらも地固めができました」


 トーリがそう言うとおり、ここ最近は大きな戦いが起きていない。

 六か月前、俺たちがタリアン領を落とした後、そのタリアン領から東に少し離れたアルテアン領も陥落した。

 落としたのはレゥ族という氏族だ。

 王国は立て続けに領土と、多くの将兵を失った。第三騎士団半壊の憂き目にも遭っているのだ。


 彼らには、国内を安定させるのに時間が必要だった。

 また俺たちとしても、新たに得た領地の運営を軌道に乗せるため、時間が欲しかった。

 結果、この数か月、俺たちと王国は睨み合い、互いを牽制したまま内政に注力している。


 この間、参事会の取りまとめのほか、諸々に協力してくれたのがトーリなのだ。

 彼の実務能力は群を抜いていた。

 ローランド商会会長の肩書は伊達ではないようだ。


「それと、イスフェルト領の動向ですが、やはり予想されたとおりです」


 トーリは、次の戦場と目されるイスフェルト領についても報告する。

 あそこは王国のみならず、ヨナ教にとっても重要な地だ。

 教団も王国に同調し、厳戒態勢を敷いているらしい。


 いよいよ次の戦いが近いということだ。

 この数か月、大きな戦いは起きていなくとも、各地での散発的な戦いは続いている。

 俺たちヴィリ・ゴルカ連合や、アルテアン領を落としたレゥ族のほか、多くの氏族が大陸中で戦っているのだ。


 そして魔族を殲滅すべしという王国の国是も変わらない。

 戦いが終わる気配など無く、むしろ現在の小康状態は、これから先に待ち受ける激しい戦いを予感させるものだった。


 それを裏付けるような、イスフェルト領内での軍事行動の活発化について、トーリから情報が共有される。

 その報告を受けながら、俺たちは今後の対応を話し合った。


「その関係で、アルテアン領の件でも報告が。アイナ、頼む」


「はい会長」


 父トーリの指示を受け、アイナが返事をする。

 ちらりと俺を見ると、こほんと一つ咳払いし、それから報告を始めた。


「目されたとおり、かの地には王国への地下抵抗運動レジスタンスの存在が確認されました」


「やはりか」


 アルバンが、腕組みをしてそう言った。

 反体制派はいずれの世にも存在するが、アルテアン領に一定以上の規模を持つ抵抗組織が存在することを、彼は予測していたのだ。


「領主が有能でも清潔でもなかったうえ、あそこは元々、独立独歩の気風が強いからな」


「仰るとおりですアルバン様。私も商会の仕事で、このカロラと共に何度か赴いたことがありますが、反骨の気質が強い土地です」


 アイナがそう言うと、横に座っていたカロラが頷く。

 それから、その言葉を引き継いで言った。


「反体制派は、アルテアン領の傭兵ギルドと繋がっているようです。ギルド長がそのリーダーと目されます」


「だとしたら、戦力としても期待できるわね。上手く同調できればだけど」


 リーゼのげんを、皆が首肯した。

 魔族と人間の協力関係には、まだまだ課題が残るが、こうしてトーリたちとは肩を並べることができている。

 以前から期待しているとおり、よしみを結ぶことはできるはずだ。

 そんな思いを肯定するように、アイナが言う。


「同調に向け好材料はあります。フリーダがくだんのギルド長と親しいのです」


「ほう、ロルフと旧知という、あの傭兵か」


「彼女、顔が広そうだもんね」


 アルバンとリーゼも、前回の戦いのあと、フリーダと顔を合わせている。

 ここに居るトーリらと同様、フリーダも王国への嫌悪が強く、そのぶん俺たちと連携することに抵抗を示さなかった。

 おそらく、彼女のような人物をもってしても、魔族への不信はまだゼロではないと思う。

 だが共に在るうちにきっと良い関係を作っていける。


 そして彼女が反体制派のリーダーと親しいのは僥倖だ。

 そういったことが重要なのだ。

 紡いだ縁が次の縁を繋ぎ、環を大きくしていくのだから。


「しかし、地下抵抗組織などというものがよく見つかりましたね」


「まあ、事実上、地下組織ではなくなっていますから」


 文官のひとりが呈した疑問にアイナが答える。

 彼女の言うとおりだ。

 アルテアン領はレゥ族によって陥落し、王国領ではなくなっている。

 地下に潜って活動する必要は無くなっているのだ。


 そのレゥ族も、次のイスフェルト領の戦いに参加することになっている。

 魔族軍は大兵力になる見込みだ。


 だが、敵も大きい。

 イスフェルト領には、済生軍と呼称される、ヨナ教団の私兵集団がいるのだ。

 強力で、その数は騎士団ひとつ分と同等か、それ以上と目されている。


 そして間違いなく、王国も騎士団を出してくる。

 現在は、魔族が戦勝を重ねて領土を切り取っているが、実際のところそれは、王国のごく一部を削いだだけだ。

 今なお王国は強大である。


 むしろ、敵が本腰を入れてくるのはこれからだ。

 ヨナ教団の重要拠点であるイスフェルト領を守るために、王国が出してくる騎士団は、おそらく……。


「ロルフ様」


 思考に沈む俺を、トーリの声が引き戻した。

 見ると、細身の紳士は、向かいで穏やかな表情を浮かべていた。


「怖い顔をしておられますな」


「む……失礼しました、会談中に。次の戦いの大きさを思い、つい考え込んでしまいました」


「ずいぶん正直な将軍様ですな。そこで謝罪する方など、人間の国にはあまり居られませんよ」


「魔族にも居ないけどね、こういうのは」


 リーゼの言葉に、皆が笑声をあげる。

 その声に緊張がほぐれるのを感じた。


 今度の戦いは、俺が経験した過去のどの戦いよりも大きなものになる。

 だが、きっと大丈夫だ。

 俺は胸に勝利を誓うのだった。



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