107_見解の相違
「それにしても広い館だ」
そんな感想が口をついて出た。
途中、何度か衛兵と会敵したが、問題なく撃破している。
だが、あまり時間をかけてはいられない。
囚われているアイナとカロラが心配だし、俺たちと同じく館に潜入しているフリーダの安否も気になる。
俺は曲がり角を折れ、廊下を走る。
たぶん、ここを進むとシグが向かった先にぶつかるはずだ。
いったん合流するか?
がたり。
その時、俺の耳が物音を拾った。
立ち止まり、あたりを見まわす。
こっちの方……この扉だ。
物音は、確かにこの扉の奥から聞こえてきた。
耳を当てて中の様子を窺うと、何かが動く気配がする。
中に誰かが居るようだ。
どうやら扉は施錠されている。
俺は剣を握り直し、扉に正対すると、思い切り蹴破った。
どかりと音をあげて開いた扉の先は、倉庫になっていた。
棚が並び、そこへ日用品の類が詰め込まれている。
そして床には、手足を縛られた全裸の女性が居た。
◆
「ありがとう。来てくれたんだね」
「ああ」
拘束を解いたあと、棚からシーツを引っ張り出し、その女性───フリーダにかける。
俺の外套はまるでサイズが合わないのだ。
フリーダは、俺が背を向けている間に、白いシーツを裸体に巻いた。
彼女はシーツを両膝の上で短く折り、かつ両肩を出す形で纏った。
動きやすさを優先したようだ。
「あのさ」
「ああ」
「あたし、ロルフに助けられる時、いつも全裸だよね」
「そうだな」
「これだとちょっとハダカに有難味が無いね」
「かもしれん」
「もうちょっと感想は無いのかい? ハダカだよ?」
感想。
何を言えというのだ。
先日、蔵書院に行った際、無遠慮な物言いでリーゼに殴られたばかりだ。
さっきはシーラに対する騎士の感情の機微に気づけず、詰めを誤った。
女性というものに関する考え方について、やや方針を見失っているところなのだ。
「……いや、特に無い」
「まあ、それで正解なんだけどね」
正解らしい。
そうだよな。衣服を奪われ囚われていた女性に対して、その裸体の感想を述べるなどマトモではない。
判断を誤らなくて良かった。
おかしなひっかけ問題はやめて欲しいところだ。
「……それで、フリーダは単身潜入していたんだよな? ここまでの状況を説明してくれるか?」
時間が勿体ない。
俺たちは倉庫を出て、歩きながら小声で会話をする。
「ああ。あたしは昨日、ここへ一人で潜入したんだ」
身のこなしに優れたフリーダは、衛兵たちの目をかい潜り、館内への潜入に成功したらしい。
だがアイナとカロラをすぐに逃がすようなことをすれば、即座にローランド商会の関与が疑われる。
したがってフリーダの目的は館内の情報収集だった。
二人がどこに囚われているか、タリアンは普段どこに居るか、警護状況はどうなっているか、それらの情報を集めるために忍び込んだのだ。
「もっとも、二人の安否を確認して、すぐに助けるべき状況と判断されたら即座にそうせよと、トーリ会長からは言われてるけどね」
アイナの父親であり、ローランド商会の会長でもあるトーリは、娘を案じる善良な父であるようだ。
彼は、娘達が見舞われたアールベック子爵家での悲劇についても把握しているらしい。
そして前回の事件を解決したフリーダを頼り、もしアイナたちがまた傷つけられるような事があれば、領主に盾ついてでも動いて欲しいと願ったのだそうだ。
「幸い、取引材料である二人は、まだ無事だった。今のところはね。でも取引が終われば、タリアン子爵はもう遠慮しない」
「問題ない。タリアンは今夜討つ」
「ロルフが来てくれて助かったよ。信じてなかったわけじゃないけど、敵地深くへの
「捕まったのは仕方がない。衛兵だけならともかく、第三騎士団の存在は計算外だったのだろう?」
「まあね。でも捕まる前に、必要な情報は収集し終えた。子爵の部屋はこの先だよ」
そう言って、フリーダは歩く先を指さした。
この向こうなら、やはりシグが先に行っているかもしれない。
「捕まったあと、ローランド商会との関連を疑われなかったか?」
「疑われたけど、無関係な賊で通したよ。それに子爵が興味を向けたのは、そこじゃなかった。アイナとカロラにまだ手を出せない分、あたしで欲を満たそうとしたわけ」
タリアンは、手足を縛られたままのフリーダを寝室に連れ込むと、拘束はそのままに服を剥ぎ取った。
そして事に及ぼうとしたらしい。
「しかしフリーダの手痛い反撃にあったと」
「そう。汚い顔を寄せて来たから、唇を噛みちぎってやった。あいつ、のたうち回ったあと、怒りに任せてあたしを張り飛ばして、それからさっきの倉庫に放り込んでいったのさ」
「そうか。大変だったな」
「ぜんぜん。どうってこと無いって」
手をひらひらと振りながら、平然と答えるフリーダ。
相変わらず強い
彼女は、アールベック子爵家の事件で辛い目に遭ったアイナとカロラを案じ、行動を起こしている。
だが、あのとき辛い目に遭ったのはフリーダも同じなのだ。
それなのに、自分ではない者のために危険な行動をとっている。
「フリーダ。君が強い人だという事も、無理をして平静を装っているわけではない事も分かっている。だがそれでも、助けになれる事があれば、いつでも言ってくれ」
「ありがとう。でも、ここに来てくれてる時点で助けになってるよ」
にこりと微笑むフリーダ。
腕利きの傭兵に似合わぬ、優し気で温かみのある笑顔だった。
「で、ロルフの方の状況は?」
「俺は仲間と二人で来ている。シグという男だ。……噂をすれば」
俺たちが歩く先に、剣を肩に担いだ人影があった。
周囲には数人の衛兵が倒れ伏している。
「ようロルフ。そのお姉ちゃんは?」
「彼女がフリーダだ」
「よろしく、シグさん」
「おう」
ぞんざいに答えると、シグは俺に向き直った。
「で、どんな感じだ? 腕んところを少し斬られてるみてえだが」
「第五騎士団から助勢に来た者が居た。シーラという、俺と旧知の術士だ。第三騎士団と連携して襲って来たので撃退したが、彼女は取り逃がした」
「詰めが甘いぞお前」
「済まない」
「まあ、俺もタリアン子爵を取り逃がしたけどな」
「おい……」
シグの方が甘いじゃないか。
そのタリアンがこの作戦のメインターゲットなのだが。
「問題ねえよ。奴はこの先に逃げた。向こうにゃ階段も無え。袋のネズミだ」
シグが、剣で廊下の先を指しながら言う。
この先に子爵が居るようだ。
「と言っても、部屋は沢山あるだろう。虱潰しに探すのか?」
「この先にはアイナとカロラの部屋がある。そこかもしれないよ」
フリーダが言った。
なら、そこへ向かうとしよう。
いずれにせよ二人は助けねばならないしな。
「よし。フリーダ、案内してくれ。あ、ちょっと待て。これを」
「ありがと」
シグが倒していた敵の遺体から剣を拝借し、フリーダに持たせる。
それからフリーダの誘導に従って廊下を進んだ。
彼女の言うとおり、アイナとカロラの部屋にタリアンも居るような気がする。
二人を人質にし、衛兵が集まってくるまで時間を稼ごうとするのではないだろうか。
俺に対し、あの二人が人質として機能することを彼は知らない。
だが、万策尽きたタリアンにやれる事は、女の首筋に刃をあてる事ぐらいだ。
そうなった時の行動について考えながら、廊下を進む。
ほどなく、両開きの大きな扉に辿り着いた。
「フリーダ、ここか?」
「ああ、そうだよ」
俺とシグが扉の前に立ち、フリーダが後ろで構える。
そして頷き合った。
シグと同時に足を蹴り入れる。
ばかんと派手な音がして、扉が開いた。
そして二人の間を通り、フリーダが室内へ駆け込む。
だが敵からの攻撃は無く、そこには予想どおりの光景が広がっていた。
それを前に、フリーダは立ち止まる。
「ちっ、あの賊の女まで出てきたか! どいつもこいつも、なぜ
「フ、フリーダ……」
力なく声を出すアイナ。
タリアンが、彼女を後ろから捕え、その首筋に剣を当てている。
少し離れたところにカロラも居る。青い顔に冷や汗を浮かべ、悔しそうにしていた。
「知り合いか。やはりローランド商会の手の者だったのだな。それ以上近寄るな、
そこへ俺とシグも部屋に入り、フリーダの横へ並ぶ。
そしてタリアンへ向けて俺は言った。
「匪賊とは、集団をなして掠奪に及ぶ者たちのことを言う。まさにお前らのことだ」
「……あ……ああ! そんな、本当に!?」
「ロルフさん……!」
アイナとカロラが、俺を見て声をあげる。
そしてタリアンも。
「来たか……! ロルフ・バックマン!!」
顔中を憤激に染め、両手を震わせるタリアン。
血走った目で、
かと思えば、突然哄笑を響かせた。
「は……ははははは! なんだその顔は! 煤まみれではないか! やはり貴様はどこへ行っても
「…………」
「そう! 貴様はどこへ行っても、いつまで経っても、哀れなままの男なのだ! 故にこその加護なし! 故にこその棄てられし者!」
「…………」
「身の程知らずにも私の前に現れるとは! 復讐のつもりか? 己の無能を棚に上げ、不相応な嫉妬と恨みを募らせるなど!! 恥を知れ!」
「…………」
「どうした? 何も言えぬか? すぐにでも第三騎士団の護衛隊がここへ駆けつけてくるわ! 貴様らもこれまでだ!!」
もうその護衛隊はほぼ壊滅している。
彼が俺という男について改めて語ったので、少し興味を覚えて傾聴してみたが、特に得るものは無かった。
俺も新しい出会いの数々を経て少しは成長していると思うし、ひょっとしたら彼の
「ロルフ。因縁があるみたいだね」
「因縁……? あっただろうか。因縁と言える程のものは無いと思うが」
俺は首を傾げる。
シグはどうだろうか。
この領の出身だし、タリアンを嫌っていた。
因縁に近い思いもあるかもしれない。
だが俺がシグの方を向くと、彼は半眼で首を振った。
どうやらタリアンに興味を失ったようだ。
確かに、逃げ去ったうえ、こうも喚きたてる男を、あえて斬りたいとは思わないかもしれない。
「じゃあ、あたしがケリをつけて良いかい?」
そう聞いてくるフリーダ。
俺が頷くと、彼女はゆっくりとタリアンに近づいていく。
細い裸体に白いシーツを巻いただけの美しい女性が、しかし手には鈍く光る剣を持って静かに歩み寄る。
タリアンは、何故か俺の言葉に驚愕の表情を浮かべていた。
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