103_殴り込み2
騎士たちはゆっくりと近づいてくる。
俺は
やはり領軍とは動きが違う。
統率が取れているのだ。
横に居る仲間を意識しながら、距離とタイミングを測りつつ展開している。
勝手に動いている敵は一人も居ない。
皆、落ち着いて、連携を維持しつつ戦おうとしている。
だが、
護衛隊として領主の傍に残った者たちだ。団の中でも、より"上品"な者が選ばれたのだろう。
であれば、こちらにとって相性の良い相手と言える。
「おぅらぁ!!」
シグが突っ込んで行く。
騎士たちの頭には、こう来たらこう動くというセオリーが幾つも組み上がっていた。
その選択肢の多さ、そして選択の正確さと速さが、彼らの強さを支えているのだ。
だがシグは、いずれの定石にも当て嵌まってやろうとはしない。
想像の枠外から剣を振り入れて行った。
「うぉっ!?」
人のそれとは違う、まるで獣のような呼吸とタイミングで飛び込んで来るシグに、騎士たちは虚を突かれて後退する。
だがスピードもパワーも、シグのそれは騎士たちの想像を上回っていた。
明らかに騎士たちの対応が遅れる。
ざくりという音と共に鮮血が飛んだ。
一人が、鎧の隙間にシグの剣を受けたのだ。
胸を深く裂かれ、仰向けに倒れゆく。
目線と動きから言って、その騎士が敵の連携の要だった。
連携を仲立ちし、全体をコントロールする役目だったのだ。
その男をシグは最初に倒した。
何故かと問われれば「勘」と答えるだろう。
がきり。
次の瞬間、シグの背後で金属音が響く。
彼へ向けて振り下ろされた剣を、俺が弾き返した音だ。
そして返す刀で、俺はその騎士を斬り伏せた。
「ぐぁっ!」
騎士が倒れると、シグは俺を睨むように見ながら、犬歯を見せて笑った。
分かりづらいが「別にカバーは要らなかったが褒めてやる」といったところか。
「空間を広く使え! 囲んで追い込むぞ!」
騎士が叫ぶ。
彼らは、すかさず陣形を変えて対応してきた。
敵もさるもの、切り替えが早い。
そこへ、ずかずかとシグが踏み込んでいく。
まるで馴染みの酒場へでも入っていくかのように、無遠慮に間合いを踏み散らしている。
アーベルでは、俺もあれに苦戦したものだ。
そのまま身構える敵へ近づき、その横をずいと通り過ぎる。
そして後ろに居た別の敵へ剣を振り下ろした。
「がっ……!?」
剣を受けた男は、頭骨を割られて崩れ落ちた。
そちらの男に隙があったが故の行動だが、それにしてもセオリーを完全に無視している。
深く踏み込んだ結果、他の敵にも近づき過ぎてしまったシグに、左右から騎士たちが斬りかかっていった。
その二人が、同時に斬られて倒れる。
俺が左、シグが右を倒したのだった。
「貴様らぁぁっ!」
次の瞬間、声を上げながら残りの敵が殺到してくる。
先頭の敵の剣を、俺の剣が受け止めた。
同時に、その敵へシグの剣が振り下ろされる。
「ぎゃぁっ!」
悲鳴を上げながら倒れる敵の後方、剣を振り上げる敵へ、俺が突きを繰り出す。
シグは振り返り、俺の背後に迫っていた敵へ、恐るべき剣速で上段を振り入れる。
「ごっ!?」
「ぐあっ!」
会敵から大して時間が経っていないが、敵は半数に減っていた。
だが騎士たちは、なおも斬りかかってくる。
領主の喉元に刃が近づいているこの状況で、退くことはできないのだ。
そして襲い来る幾つもの剣を、俺とシグは迎え撃っていく。
シグがプレッシャーをかけ、俺が斬り込む。
俺がいなし、シグが仕留める。
精鋭の第三騎士団に、まったく怖さを感じなかった。
「あーっはっはっは!! こいつは良い! 思ったとおりだ! てめえ、俺と
舞台の悪役のような哄笑を響かせるシグ。
まあ、俺も同じことを思っていたところではある。
◆
敵は全て倒れ伏している。
ホールが十六人の騎士たちの血で赤く染まっていた。
元々、調度が高価なばかりで趣味が良いとは言えないホールではあったが。
「言っとくが、俺は九人倒したぜ。そんでお前が七人」
「俺のアシストがあってこその九人だろう」
「てめえの七人も俺がアシストしてんだよ!」
そう叫ぶシグ。
実際、この男の強さには驚かされた。
アーベルで俺と戦った時より明らかに強い。
実戦からこそ多くを吸収するという者は少なくないが、シグはその最たる者に見える。
この男は、戦えば戦うほど強くなるのだ。
それも尋常ではないスピードで。
だが戦いから何かを得ているのは俺も同じだった。
日々、自分が強くなっていくのを感じている。
ヘンセンで戦った時よりも、アーベルで戦った時よりも、俺は強くなっている。
そのアーベルでも、例えばシグとウルリクの二人組を相手に戦うこと無く、最初からエストバリ姉弟と対峙していたら、俺は負けていたと思う。
日々の修練に加え、戦いの経験が俺を強くするのだ。
このタリアン領での戦いが終わった時、俺はより強くなれているだろうか。
いや、ならなければいけない。
王国を倒せる強さに至れるよう、己を高め続けなければいけないのだ。
「ロルフ、俺にプランがある」
そんなことを考えている俺に、シグが言い出す。
彼の意識はすでに次の敵へと向いていた。
「ああ、二手に分かれよう」
「ここは二手に分かれ……くっそ、こいつ」
俺たちが暴れ始めた以上、外の衛兵も集まって来る。
侵入者のことは、タリアンにも伝わるだろう。
目的の達成を急ぎたいところだ。効率重視でいった方が良い。
俺たちは二階に上がり、頷き合うと二手に分かれた。
そして敵の懐へ、より深く踏み入っていくのだった。
◆
「敵襲……?」
常に穏やかなシーラの声音にも、若干の緊張が混ざる。
領境の平原で、第三騎士団と魔族軍は明朝にも衝突する予想だった。
それを受け、客員参謀として戦場へ向かおうとしていたところ、このタリアン邸が襲撃を受けたのだ。
ここは、タリアン邸の二階、子爵の執務室である。
目の前では、タリアン子爵とソフィが、衛兵から報告を受けていた。
「バカが! 館への侵入を許したというのか!」
「はっ! 申し訳ありません!」
衛兵は顔を冷や汗に塗れさせ、縮こまって謝罪している。
彼も、まさかこの館が戦場になるとは思っていなかったのだ。
「第三騎士団から出させた護衛隊は何をしている!」
「一階を担当する部隊が、先ほどホールで交戦していたようです。で、ですが詳しい状況は不明で……」
「く……役立たずめ!」
激昂するタリアン。
そうでなくても、この日はすこぶる機嫌が悪かった。
どうしてか、口元に怪我をしている。
そんな彼に代わり、シーラが衛兵へ訊ねた。
「敵の数は分かっているのですか?」
「二人です。うち一人は黒髪黒目の大男で、黒い剣を持っているとの事」
それを聞き、一同が驚きに目を見張る。
そしてソフィが問いかけた。
「ロルフ・バックマンの情報と一致します。本人でしょうか」
「その可能性は高いかもしれませんね。彼は、こういう事をやりかねませんから」
シーラが答えた。
"こういう事"とは、少人数で敵の館に突入するという行動を指している。
「拍子抜けです。どんな
ソフィは、そう見解を述べた。
タリアンも頷く。
「余程この私と決着をつけたがっていると見える。小蠅が勇ましいことだ。まあ、ここまで来ることができるとも思えんが、もし来たなら望みどおり遊んでやろう」
侵入者が加護なしの無能者と分かり、途端に余裕を見せるタリアン。
ソフィも、大逆犯を自ら倒す機会が嬉しいらしく、目に野心の光を浮かべている。
「子爵様。私の支援魔法が役に立ちましょう。この階に居る第三騎士団の方たちと連携させてください」
「分かった。行ってくれシーラ」
子爵の許可を得て、シーラは執務室を後にする。
そして数か月ぶりの再会への思いに、口元を三日月に歪めるのだった。
「従卒さん。貴方の勘違いを肥大化させてしまった責任の一端が、私たちにもありましょう。せめて私の手で始末をつけてあげますからね」
戦いを前に、彼女が感じているのは愉悦だった。
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