102_殴り込み1
アールベック子爵邸で出会った三人。フリーダに、アイナとカロラ。
屋敷に囚われていた彼女たちは、俺に協力してくれた。
そしてアールベック子爵父子の犯罪を暴き、彼らを失脚させたのだ。
子爵父子を捕縛した時の、フリーダの美しい剣技をよく憶えている。
印象的な剣士だ。
そのフリーダから手紙が届いた。
大逆犯ロルフが彼女の知るロルフであることは、ローランド商会の調査結果から確信したそうだ。
彼女はローランド商会の会長、トーリと親交があり、驚いたことにアイナは彼の娘であるらしい。
手紙の内容は、俺に助けを求めるものだった。
そこには、タリアン子爵の所業、領民が過度の負担を強いられる現実、そしてアイナとカロラが囚われたことが書かれており、どうか助けて欲しいとあったのだ。
俺は、またもや彼女たちが権力者の悪意に晒されていることへ怒りを覚えつつ、即日、この手紙について軍の幹部会で報告し、意見を聞いた。
当然、殆どの者が罠の可能性を指摘した。
「あの時の会話の内容など、俺とフリーダにしか分からない符牒が書かれている。本人の手紙と見て間違いない」
「その本人に悪意がある、あるいは脅しによって書かされている可能性は無いのですか?」
「前者は確実に否定できる。共に戦った人だ。彼女をよく知っている。また後者であるなら、
「貴方を呼び寄せることが出来なければ人質を害するとでも言われ、やむなく符牒を入れている可能性もありそうですが」
「そうであるなら、状況を伝えるために何らかの意図をメッセージに含めると思う。そういう意志の強さがある人なんだ。だがここにはそれが無い」
考え込む幹部たち。
この手紙には、第三騎士団が待ち構える領境の平原を外れ、
ごく少人数でしか行動できないルートだが、これが事実なら、敵の本丸を直接突けるということになる。
俺たちにとって極めて有益な情報だ。
「ロルフ。判断材料が、貴方しか知らないフリーダなる人の人格というだけでは、やっぱり弱いと思う」
リーゼが言う。
彼女の言うことはごく常識的で、正論だった。
だが続けてこうも言った。
「でも私は貴方を知ってるし、貴方の戦略センスも分かってる。感情で判断を誤る人ではないという事も。だから貴方が、その情報を元にタリアン子爵を直接突けると考えたのなら、その考えを支持するわ」
リーゼがそう明言すると、ほかの幹部たちも頷いた。
ありがたい事だ。
そのうちの一人が言う。
「ただ、どのみち平原での戦いは避けられません。子爵を討っても平原に第三騎士団が健在では、結局彼らは子爵邸に殺到し、領の中心地を確保します。そして王国は子爵の後釜を連れてくるでしょう」
「そうね。騎士団を排除して、あの地を制圧しなければならない。その点は変わらないわ。別動隊が子爵邸を突くのと同時に、軍は第三騎士団と戦う」
「子爵邸に行く別動隊の人選が問題ですね」
「一人は俺だ。将軍に任じられたばかりなのに軍から離れて申し訳ないが、現地でフリーダらと連携できるのは俺だけだ」
「それに守りの固い子爵邸に押し入るんだし、強さから言ってもロルフでしょうね」
「随行者はどうします?」
「あまりぞろぞろ歩けない。俺を含め三人……いや、二人が限度だろう」
「私が付いて行きたいところだけど、さすがにムリね。そうなると……」
◆
「はん。本当に敵に会わず、ここまで来れちまうとはな」
木々の向こうにタリアン邸を眺めながら、シグが言った。
たった二人での隠密行動が奏功したらしく、俺たちは誰にも見つからず、ここまで来ていた。
シグはこのタリアン領の出身だが、さすがに旧ストレーム領から山間を回って子爵邸に至るルートなど知らなかったようだ。
むしろこれを知っているフリーダが凄い。
ローランド商会から情報を得たのかもしれない。
王国最大の商会であるローランド商会は、情報収集とその扱いに長けることで有名だ。
避難なり緊急輸送なりのために、領外へ繋がるルートを把握していてもおかしくない。
「ここでもう少し待つぞシグ。夜になってから突入する」
「あいよ」
俺たちは木々のなかに潜みながら、座って待つ。
貴族の屋敷に忍び込むのは二度目だが、見る限り、前回のアールベック邸に比べてかなり大きい。必然、衛兵も多いだろう。
あの時より難しい仕事になる。
だが今夜は、潜入にはおあつらえ向きの新月だ。
それに前回とは違い、俺には煤の剣がある。
そしてこの男も。
「楽しみだねえ。あん中にはウジャウジャ居るんだろ、敵がよ」
「お前の嫌いなタイプの貴族も居るぞ」
にやりと笑うシグ。
ここまで四日ほどの行程だったが、この男との二人旅はなかなか楽しかった。
「嫌いどころじゃねえさ。俺はこの地で育ったが、まあロクな目に遭わなかったぜ。そん時は先代のタリアン子爵の治世だったけどな」
シグは静かに語った。
彼は何ら保護を与えられない路上の孤児として、この地に生きていたのだ。
「その息子だから恨むって道理は
シグはそう言って、獰猛な笑顔を見せた。
今のタリアン子爵、バート・タリアンは、第五騎士団の前団長だ。
それだけに名望はあり、中央との関係も良いようだが、領民からの評判は良いとは言えないらしい。
「ここまでは敵に見つからずに来ることが出来たが、館に居ると思われる敵の数から言って、最後まで隠密行動を通すのはムリだろうな」
「押し通りゃ良いんだよ。お貴族サマの衛兵どもなんざ、物の数に入んねえだろ」
「厄介な敵がいる可能性もある。油断はするなよ」
「分かってるよ」
一応、注意を喚起したが、そこは問題ないだろう。
シグは強気の発言が多いし、実際に強気だが、かと言って戦いを侮ったりはしない。
こうして向き合えば分かるが、むしろ野生の獣のように、常に神経を尖らせているのだ。
「……シグ、国を捨てたことに後悔は無いか?」
夜を間近に控えた薄闇のなか、シグに問う。
どうも闇というものは人に真剣な思考をさせるものらしく、俺は声を落とし、真面目な問いを投げかけていた。
「
食うや食わずの
国への帰属意識を持てるような環境ではなかったのだろう。
そして彼は、王国と教会が作った価値観を拒絶するままに国を出たのだ。
「だとしても、どうして付いてきてくれたんだ?」
この作戦への同行ではなく、そもそも俺と共に魔族側へ合流した点について、俺は聞いていた。
言葉の足りない質問だったが、シグは理解して返答する。
「お前に付いてきゃ、マシになるんだろ。世の中がよ」
アルノーは、なんの咎も無く突然殺されかけた。
あの収容所では、戦う力など無い者たちが無体に晒されていた。
俺と共に在ることが、そんな理不尽に立ち向かうことになるとシグは理解しているのだ。
確かに俺は、それを考えている。
何者かが作った歪んだ価値観と、それを植え付けるシステムの破壊。
そして弱き人たちが奪われ続ける日々の終焉。
そのためにロンドシウス王国を倒すのだ。
王家の打倒。貴族制に代表される、現支配体制の打破。
それが目標だ。
だが、その類の話をシグにしたことは無い。
そもそもシグは政治の話など聞きたがらない。
にも関わらず、彼は俺を信じているのだ。
「俺と居れば何かが変えられると、どうして思うんだ?」
「あ? そんなもん剣見りゃ分かんだろうが」
面倒くさそうに答えるシグ。
分かり切ったことを聞くなと言わんばかりの表情だ。
「そうか……」
「質問が多いぞお前」
「知りたいんでな、色々。なにせ俺は同性で同年代の友人を持つのは初めてだ」
「なんだよそれ。気持ちワリーな」
イヤそうに顔をしかめるシグ。
つれないものだ。
実際、バックマン領に居たころ、同年代の知人たちはもちろん居たが、俺はやや距離を置かれていた。
次期領主とされていたし、神童などと過分な評価を与えられていたこともあって、気の置けない友人を作るのは難しい環境だったのだ。
いや、環境のせいばかりにもできないか。
「教えてやるよロルフ。ダチができなかったのは言葉が足んねえからだ」
「む……」
「たぶん、腹んなかでは雄弁なんだろ? そんでテメーのなかで完結しちまってんだ」
「………その自覚は無くも無い」
痛いところを遠慮なく突いてくる。
まあ、これを言ってくれるのが友というものなのだろう。
友と言えば、あの女性たちも友人だ。
それを思い、俺は館に目を向けた。
そして、囚われているアイナとカロラを案じる。
手紙には、商会とは無関係な賊を装い、フリーダも侵入を試みるとあった。
できれば外で合流したかったが、いつ来るか分からない、来るかも分からない俺をただ待つわけには行かなかったのだ。
彼女も無事でいてくれると良いが。
それから俺たちは装備をチェックし、革袋から水を飲み、戦いに備えた。
そして数時間が過ぎ、日が落ちる。
訪れた夜の中、俺とシグは頷き合うのだった。
◆
館の裏手。
巡回する衛兵の姿が途切れるタイミングを狙い、俺は壁に取り付いた。
そして壁に背を向けて立つ。そこへシグが走り込んだ。
俺は両手を重ねて出し、シグの足場を作る。
シグは俺の手に足をかけ、大きく跳躍した。
そして壁の上に昇ると、手を出して俺を引き上げる。
首尾よく壁の内側に入り込んだ俺たち。
なかなかに鮮やかな手並みと言えた。
「俺は貴族の館に忍び込むのは二度目だが、シグも初めてじゃなさそうだな」
「数え切れねえよそんなもん」
俺たちは身を低くし、植え込みのなかを移動する。
貴族趣味で知られるタリアンらしく、色とりどりの花をつけた背の高い植栽が、庭中に広がっていた。
隠れやすく、侵入者にとって都合の良い館と言える。
「バラかこれ。お貴族サマはなんでバラが好きなんだ?」
「さあ。知らん」
「元お貴族サマだろ?」
「俺は別に好きじゃないからな……」
嫌いとは言わないが、バラは華美に過ぎる印象だ。
好きな花はと考え、俺の頭に浮かんだのは鈴蘭だった。
花にはまるで興味の無さそうなシグを見ると、顎先に小さく血が浮いている。
さっきのバラの棘で引っかいたようだ。
「そう言えば頬の傷、悪かったな」
シグの頬には大きな傷跡がある。
アーベルの戦いで俺がつけた傷だ。
「悪いと思ってねえだろ」
「まあ、似合ってるしな」
「傷が似合うってなんだよ」
「そのつもりで治さなかったんじゃないのか?」
「ちげえよ! てめぇにやられたのを忘れねえ為だよ!」
敵に見つからないようにという分別はあるらしい。
シグは、声を潜めながら語気を荒げた。
「……書物で読んだが、顔の傷は女性にもてるらしい」
「書物ってなんだよ。実体験で話せ。女知ってんのかよお前」
「…………」
そんなことを話しながら、植え込みのなかを進んでいく。
やがて俺たちは邸内への進入路を見つけた。
裏口の脇に、衛兵が二人。
いま囲ってる女どもは良い体つきだ、俺たちもおこぼれに与りたい、などと下卑た会話に花を咲かせている。
俺とシグは頷き合うと、同時に植え込みから飛び出た。
「!?」
声をあげることも無く、喉を斬られる二人。
そのまま二人の体を植え込みに押し込む。
「よし、行くぞシグ」
俺たちは館に踏み入った。
ここから先は隠密行動とは行かないだろう。
斬り伏せながら押し通るしかない。
決心を新たにし、美しい
そのままだだっ広い邸内をしばらく行くと、大きなホールに出た。
シャンデリアがぶら下がり、大きく湾曲した階段が左右にある、豪華なホールだ。
そこへ、がしゃがしゃと鎧の音が聞こえる。
「一階ホール! 侵入者だ!」
集まって来る衛兵たち。
いや、衛兵ではない。
「おいロルフ。こいつら外の連中と装備が違うぞ」
「タリアンは第三騎士団の者を身辺に残したようだな」
「小心だねえ」
シグは剣を担ぎ、その刃で自身の肩をとんとんと叩いた。
楽しそうに笑っている。
「貴様ら、何者だ!」
「だから侵入者だよ。いや、カチコミだな」
そう言って剣を構えるシグ。
その横で、俺も剣を握りしめた。
数えたところ、敵は十六人。
一声でこれだけ集まって来たのだ。
しかも、精鋭たる第三騎士団の者たちである。
タフな状況と言えるだろう。
だが、焦りも気負いも無い。
俺の横には、頼れる仲間が居るのだ。
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