101_強欲な男

 タリアン邸。

 大理石の暖炉に金の燭台、大鹿の剥製と、豪華な調度の広間にタリアンは若い女性の客人を迎えていた。


「よく来てくれたな」


「団長。いえ、タリアン子爵。お久しゅうございます」


 第五騎士団の梟鶴きょうかく部隊から派遣されてきた騎士。

 彼女は強力な回復魔法に加え、極めて効果の高い支援魔法も使いこなす術士である。


「それとソフィ様。初めてお目にかかります。シーラ・ラルセンでございます」


「ソフィ・タリアンです。お会いできて嬉しい。父からよく貴方の話を聞いています」


「まあ怖い」


 そう言って、ころころと笑うシーラ。

 彼女はタリアンと旧知であり、また、敵に寝返ったロルフ・バックマンの事も詳しく知っている。

 そのため、第五騎士団から助勢として遣わされたのだ。


「子爵様。第三騎士団の状況は?」


「昨日から領境の平原に陣を張っている。まだ魔族軍の姿は見えないが、ユーホルト団長に油断は無い」


「父上と旧知のリンデル殿も張り切っていましたね」


「わざわざ第一から駆けつけてくれるとは、リンデルも義理堅い男だ。勿論シーラにも感謝しているぞ」


「ふふ。もったいないお言葉です」


 リンデルはユーホルトの指揮下に入り、第三騎士団に同行しているが、シーラは後から戦場に入る予定だ。

 彼女はあくまで、後方にあって知見を与える客員参謀の立場なのだ。


「私も出ますからね父上。私が着く前に第三騎士団が勝ち切ってしまわなければ良いのですが」


「それもあり得る。だが過信は禁物だぞ」


 ソフィは、自らが戦場に出ることをタリアンに承諾させていた。

 彼女は第二騎士団に在籍した際、魔族との戦を経験してはいるが、基本的に後方支援を任されていた。

 実際に剣を取って魔族を斬り伏せた経験はまだ無い。

 それだけに、今回の戦いが楽しみなのだ。


「むろん過信などしません。ただ剣の声に身を委ねるのみ。まあ、願わくばロルフ・バックマンに戦いの何たるかを教えてやりたいところですが」


「バックマンか。愚か者だと知ってはいたが、まさか王国を裏切るとはな」


「聞けば父上に迷惑をかけ続けた無能者。そして加護なしの大逆犯。もし会うことがあれば、この私が身のほどを分からせてやりましょう」


 そう言って、剣呑な空気を漂わせるソフィ。

 そこへシーラが、諫めるように声をかける。


「あの者、剣はそこそこ使います。さらに魔法を斬るという情報もお聞き及びの筈。油断なさいませぬよう」


 参謀役としてロルフへの評価を口にするシーラ。

 元々、彼の剣には見るべきものがあった。ただ魔力が無いため無意味だったのだ。

 だが彼が魔法や障壁を斬れるようになったのなら、もう無意味ではない。

 タリアンや、その薫陶くんとうを受けたソフィが後れを取るとは思わないが、気の緩みは禁物と考えるのだった。


「分かっております。油断などしません。しかし現実として、実力でぶつかり合えば負けようの無い相手。尻込みして調子づかせる必要もありますまい」


「確かにそのとおりです。しかしあの者にはさかしさもあります。子爵様、エルベルデ河を覚えておられますか?」


「……ああ。多少なりとも戦場が見えているようではあったな」


 タリアンにとって、エルベルデ河の記憶は苦々しいものだった。

 行軍に関するロルフの差出口さしでぐちを受け入れるしかなかった事や、そのロルフが河川の堰き止めを察知して敵陣に飛びこみ、活躍と言えなくもない働きをしたことに、今なお腹立たしさを感じる。

 タリアン自身はさして存在感を示せなかったこともあり、思い出すだに不快なのだ。


「問題ありません。賢しくとも、所詮は愚者の浅知恵。どれほど父上の世話になったかも分からず吠えたてるばかりの、汚い野犬です」


「うむ。そのとおりだ」


 娘の頼もしい言葉に、深く頷くタリアン。

 自分たちの強さと高貴さがあれば、あのような裏切り者も魔族軍も、恐れるに足りないと確信している。


「奴は、この私への嫉妬心をはらのなかで渦巻かせるあまり、物事が見えなくなっているのだ。私との間に因縁を感じ、恐らくは私と剣を交えて決着をつけたいと考えているのだろう」


「父上と? なんと身のほど知らずな……」


 呆れた顔でかぶりを振るソフィ。

 タリアンも、処置なしと言いたげな表情で嘆息する。


「迷惑なことだ。奴のせいで随分カネもかかってしまったしな。まあ、この戦で奴と魔族どもを片付ければ、心も落ち着くというものだろう」


 タリアンは、ロルフ・バックマンに対する自身の対応の甘さを悔やんでいた。

 もっと徹底的に排斥するべきだったのだ。

 寛容にも騎士団に居させてやったというのに、その結果がこれである。

 加護なしは、慈悲を与えられても、その有難味を解さないらしい。


「確かに戦費はかさんでしまいますね。子爵様と言えど、第三騎士団の駐留費などは大きいでしょう」


「とは言え、立て替えるだけだがな。あとで領内から徴収する。特にローランド商会が頑張ってくれよう」


「そう言えばこの地にはローランド商会があるんでしたね。でも商会の者は概してお金にシビアなもの。出してくれますか?」


「ああ、問題ない。出させる算段はついている」


 タリアンは三日前、ローランド商会の会長、トーリに、巨費の捻出を申し渡している。王国最大の商会と言えども不可能な出費だ。

 それを減らして本来の額とする代わりに、アイナとカロラをタリアン邸で引き取る腹積もりなのだ。


 タリアンはこれを、いわば身請けだと考えていた。

 金銭面での融通の代わりに、女性を迎え入れる。

 対価を用いた正当な取引だと思っているのだ。

 実際は権力によって女性を手篭めにしている形だが、自身はそう思っていない。


 大逆犯と魔族どもを、このタリアン領で叩き潰す。

 そのための戦費は領民に出させる。

 戦利品代わりに、商会の美しい娘たちを手に入れる。


 そうだ、とばかりにタリアンは手を叩いた。

 この機にローランド商会への発言力も強めてしまおう。

 アイナとカロラの処遇を手札にすれば、商会の幹部に子爵家の息がかかった者を送り込むことも可能な筈だ。


 そうとも。欲しいものは全て手に入れる。

 このために騎士団長にまでなったのだ。

 自分は栄誉ある第五騎士団の団長を務めた人間であり、しかも領主なのだ。


 タリアンは、軟禁している二人の美しい女性を思い出す。

 交渉材料に使うため、今は閉じ込めているだけだが、戦とカネの件が片付いたら遠慮する道理も無い。

 二人とも前回の事件で傷ついているだろうし、温もりというものを教えてやるとしよう。


 今はアイナもカロラも頑なだが、加護なしと魔族どもを蹴散らし、その強さを見せてやれば態度もやわらぐというものだろう。

 そう考えながら二人の肢体を思い出し、口角を上げるのだった。


 ◆


 天蓋付きの豪華なベッドに、アイナとカロラは座っていた。

 部屋の扉には外から鍵がかかっている。


 馬車で移動中、タリアン子爵の部下たちに呼び止められ、アールベック家の事件について聞きたいことがあるとの理由で、子爵の屋敷に連れて来られたのだ。

 それは有無を言わせないもので、事実上の連行だった。


 タリアン子爵は好色で知られており、何人もの妾を囲っている。

 強引な手段で妾にされた者も少なくない。

 境遇をはかなみ、自ら命を絶った女性も居たと聞く。


「…………っ」


 アイナは、ぶるりと体が震えるのを感じた。

 それを見て、隣に座るカロラが声をかける。


「アイナ、大丈夫?」


「……ええ。怖いけど、でも大丈夫。ありがとう」


 幼少期よりの親友、カロラは、アイナにとって姉妹のようなものだった。

 実務能力に優れ、商会の仕事でもアイナを助けている。

 アイナ同様、さして心が強いわけでもない普通の女性だが、このような状況でもアイナを気遣う。

 カロラがひとつ年上なので、自身の役割を姉のようなものと捉えているのかもしれなかった。


 そのカロラから見て、今のアイナはよく耐えている。

 以前、かどわかされた時は、ただ泣くのみだった。


 今は違う。

 あのアールベック家の事件で、自分にも立ち向かうことができると知ったのだ。

 だから怖くても耐えている。

 カロラも同じだから、その気持ちがよく理解できるのだった。


「きっと大丈夫よアイナ。子爵は、私たちをトーリ様との交渉材料にしたい筈。すぐに怖いことをしたりはしないわ」


「そうね。……頑張る。頑張ろうね、カロラ」


 抱き合い、涙に声を震わせながらも、気丈に心を保つ二人。

 大丈夫だ。

 あの時、教えてもらった。

 人は恐怖と戦えるって。


 だから大丈夫。

 きっと大丈夫。

 心を壊されはしない。

 何も諦めはしない。


 二人は、ひしと抱き合い続けた。

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