96_消えぬ憎悪
ゴルカ族との会談は、彼らが逗留する宿の広間で行われる。
今回は先方の希望で、ごく少数の出席者のみ。こちらからはアルバンと俺。
ゴルカ族からは、族長のドゥシャンとその秘書官だけだ。
俺たちはテーブルを挟んで向き合っていた。
この宿は町いちばんの高級宿らしく、広間は格式を感じさせる作りになっている。
ゴルカ族の族長、ドゥシャンは、アルバンと同じく五十がらみで、歴戦の戦士を思わせる風貌をしていた。
太い顎に分厚い胸板、そして丸太のような腕を持っており、赤い長髪は獅子のたてがみを思わせる。
武断的な性格が強いというゴルカ族の族長らしい容姿だ。
まず互いが一通りの自己紹介を終えたあと、そのドゥシャンが口を開いた。
「呼びつけてしまって済まない、ロルフ殿。あんたと話してみたかったんでな」
「光栄だ」
「厳つい大男を想像してはいたが、予想どおりだったよ」
そう言って大笑するドゥシャン。
アルバンと同じく豪快な気質を思わせる。
だが、笑顔の後ろに何か別の感情があるようにも見えた。
「見ろ。怖くてディタが縮こまってしまっている」
「ぞ、族長。そんなことは……」
ドゥシャンの隣で、その秘書官であるディタが小さくなっていた。
二十代の女性だ。
少し俯きながら、小さな声でドゥシャンの言を否定しようとしている。
「ロルフ、貴賓の秘書官殿を怖がらせるんじゃないぞ」
「怖がらせているつもりは無いのだが……」
不本意な言われようだった。
第一、アルバンとドゥシャンも柔和な風貌とは言えない。
「まあ王国に反逆し、あまつさえ領土を奪った男だからな。そのぐらいのツラ構えでなくては。さあ、一連の戦いについて聞かせてくれ」
笑いながらそう言うドゥシャン。
それに応じ、俺はヘンセンに来てから領都を落とすまでの戦いについて語って聞かせた。
◆
「そうか。そしてエストバリ姉弟が討たれた結果、領軍も降伏したと」
「ああ。こうしてアーベルは落ち、俺たちはストレーム領を奪取したんだ」
俺が話している間、ドゥシャンはかなり頻繁に、それでいて鋭い質問を繰り返した。
戦略、戦術の両面から、今回の戦いを理解し切ろうとしているようだ。
そして俺が一通りを話し終えると、彼は腕を組んで息を吐いた。
「むう……。苛烈な連戦を、見事に戦い抜いたものだ。ディタはどう思う?」
「すごい戦いです。私には想像もつきません……」
消え入りそうな声で感想を言うディタ。
ドゥシャンが続けて言った。
「ロルフ殿の言葉は自身の功を誇大にせず、客観に徹したものだ。それでいて、敵と味方の見るべきところをしっかりと伝えている。話を聞くだけで、あんたという男の非凡さが分かるというものだ。会わせてもらったのは正解だった」
「そこまでの評価を頂けるとは思っていなかった。恐縮だ」
こうも褒められると逆に居心地が悪い。
褒められ慣れていないのも困りものだな。
「さて、ヴィリ族と結んで兵を出すのは我々も望むところだし、同盟は予定どおり締結するとして、今後の展開を改めて聞いておきたい」
ドゥシャンは居ずまいを正して問いかけてきた。
俺は頷き、これからの戦いについて説明する。
「次に攻めるのは、旧ストレーム領の東に隣接するタリアン領だ。地形の関係上、そこしかない。それに向け、ゴルカ族を加えたうえで軍の再編を急ぎたい」
「王国から旧ストレーム領へ攻めてくる可能性は?」
「ほぼ無い。俺たちの進軍先がタリアン領であることは向こうにも分かっているからな。防壁に守られた領都を攻めるより、タリアン領に引き込んで魔族軍を叩こうとするだろう」
アーベル侵攻の際、俺たちは領軍をアーベルの外に引っ張り出して叩いたが、今度はそれが逆の立場になるのだ。
もちろん勝敗まで逆にするつもりは無いが。
俺の答えに、横でアルバンが頷き、そして補足する。
「タリアン領との領境は広い平原になっている。そこで我々を迎え撃とうとする筈だ。小細工の利かない正面衝突になる。だからこそドゥシャンよ、数が、ゴルカの兵が必要なのだ」
「分かるともアルバン。相手は清騎士クロンヘイムが率いる第二騎士団か? あそこが一番近いよな?」
「そうだが、俺とロルフの見立てでは、第二は出てこないと思っている」
「ああ。第二騎士団は今、動けない。おそらく第三が来るだろう」
次点で第五もあり得る。
タリアンと意思疎通が図りやすく、かつ俺をよく知っているからだ。
ただ第五が居るノルデン領は遠すぎるし、そもそも数も少ない。
やはり警戒すべきは第三なのだ。
「そうか、第三騎士団……。団長はユーホルトだったか。アルバンはどこかの戦場で
「ああ。十五年近くも前だ。あの男、その頃からずっと団長をやっている」
マティアス・ユーホルト。
その堅実性と安定感は、中央の信頼を集めてやまない。
弱点を見つけることが最も難しい騎士であるように思う。
厳しい相手だ。
それにしても十五年か。
今さらだが、二十歳の俺は明らかに若輩で、この二人も、それに
年輪の重みに、粛然とさせられる。
「どうしたロルフ殿。考え込んで」
「いや、なんでもない。それで同盟の件だが」
「ああ、すぐにでも締結し、軍の編制に入ろう。ディタ、細かい調整を頼む」
「はい。分かりました」
「感謝するぞドゥシャン」
「アルバン、これからだ。これから更に戦勝を積み重ねて、他の氏族も引き入れて行かねばならない」
「そうだな。そのためにも、今度の戦いで負けてはいられない。ロルフ、頼んだぞ」
「ああ、わかっている」
俺は決意を込めて頷いた。
こうしてヴィリ族とゴルカ族の同盟は成り、俺たちはタリアン領へ侵攻し得る兵力を手に入れたのだった。
◆
会談を終え、俺たちは広間を出た。
そして広間の外で待機していたドゥシャンの護衛らと合流し、皆で宿の廊下を歩いている。
ドゥシャンは礼を知る男のようで、俺とアルバンを出口まで見送ってくれる。
「やはり、話を聞かせてもらって良かったよ」
並んで歩きながら、ドゥシャンが言った。
少しだけ低く、感慨を含んだ声音だ。
彼は今日、終始豪快に笑っていたが、その笑顔には僅かな影が差していた。
それが何なのかを考えていたが、どうやら分かった気がする。
彼は何かを割り切るために、あるいは許すために、この場に臨んだのだ。
「ドゥシャン殿……亡くなったのは
「怖い男だな。分かるのか」
「ずっと悲しい顔をしておられるしな。それにその腕章、たぶん喪章だろう?」
ドゥシャンとディタは、黒地に緑の線が入った腕章をしていた。
緑を、死者に捧ぐ色と位置付ける氏族が幾つかあった筈だ。
ゴルカ族もそれなのだろう。
「悲しい顔をしてたつもりはないんだがな。死んだのは妻だよ」
「そうか……お悔やみ申し上げる。ディタ殿の母君ということだな」
びくりと肩を震わせ、後ろを歩いていたディタが立ち止まった。
アルバンが少し驚いた表情で俺を見る。
「彼女がドゥシャンの娘だと知ってたのか? 俺は言ってなかったと思うが」
「まあ、なんとなくな」
同じ喪章を着けていたし、耳の形が同じだし、何よりディタに向けるドゥシャンの気遣わしげな視線は、父親のそれだった。
ディタは立ち止まったまま、俯いている。
その右手は、自らの懐に入っていた。
「ディタ殿。やめておいた方が良い」
声をかけるが、彼女から反応は無い。
アルバンとドゥシャンは、訝しげに眉をひそめている。
戦士あがりとは言え、今の彼らはあくまで文官。
常より殺気の類に敏感でいられるわけでもないのだろう。ディタという人への信頼もあったに違いない。
だが俺は、会談が始まった時から彼女の持つ敵意に気づいていた。
「俺を殺しても、母君は戻ってこない」
そんな事は分かっている。
彼女の纏う空気が、そう伝えていた。
同時に目を怨嗟で満たし、懐から短剣を取り出す。
そしてそれを俺に向け、跳びこんで来た。
「ディタ!?」
ドゥシャンが驚愕に叫ぶ。
俺は一歩前に出て、短剣を持ったディタの手を掴んだ。
「うああああぁぁぁぁーーー!! 人間が! 人間がぁーーー!!」
泣き叫ぶディタ。
そこへドゥシャンの護衛たちが殺到し、彼女を取り押さえる。
「お前たちが!! お前たち人間が母さまをーーー!!」
短剣を奪われ、羽交い絞めにされながらも、その目は俺から離さない。
鬼気迫る視線を、それで射殺そうとしているかのように俺へ向けている。
「があああああぁぁぁぁぁぁぁーーー!!」
憎悪という刃で自らの喉を破らんばかりの叫喚。
静かな廊下に、叫び声だけが響き続けた。
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