86_決意の双剣

「ぐ……!」


 剣を振り抜いた後、全身に痛みが走った。

 膝を着きそうになったが、何とかこらえる。

 やはり『凍檻』コキュートスのダメージは大きい。

 外傷こそ無いが、回復には時間が必要だ。

 いま攻められたら少しヤバい。


 だがその危険は無さそうだ。

 目を前にやると、フェリシアはわなわなと震えていた。


「あ……あぁ……」


 絶対必中の『赫雷』イグニートスタブをすら斬り捨てられたのだ。

 フェリシアはもう、次の手が打てなくなっている。

 いや、それだけじゃない。


「が……あぐぉ……ごぼぉ……!」


 膝をつき、嘔吐するフェリシア。

 魔力を急に使い切ることによる魔力欠乏の症状が出ている。

 彼女の魔力は、完全に底をついたのだ。


 彼女が魔法のみならず、戦いというものをもう少し知っていたなら、違った展開もあっただろう。

 崩しや駆け引きを含む攻撃の組み立てがあって、その中にあの熱線が組み込まれていたら、防ぐのは格段に難しくなっていた筈だ。


「おぶ……おごぉぉ……!」


 だがフェリシアは『赫雷』イグニートスタブを単発の攻撃として放ってきた。

 だから俺は対応できたのだ。

 踏んできた場数の違いがこの結果に繋がったと言える。


 もっとも、ここまでに受けたダメージは俺の方が大きい。

 このまま戦闘が続くなら、まだ分からないが……。


「は………かはっ……!」


 当然こうなる。

 フェリシアは背を向けて、よろよろと走り出したのだ。

 魔法を尽く斬られたうえ、魔力も使い切った。彼女にはもう、戦いようが無い。

 騎士団の総隊長が、吐瀉物で身を汚し、敗走していくのだった。


「フェリシア……」


 遠ざかる小さな背中に向けて、妹の名をつぶやく。

 そして俺は、どしゃりと膝を着いた。

 未だダメージは抜け切らず、彼女を追うことが出来ない。

 そのことへの安堵が、俺の中には確かにあった。


 それだけではない。

 近接戦闘に持ち込んだ時、フェリシアの『冷刃』チリィブレイドに手間取り、俺の剣は彼女の肩口を浅く捉えるに留まった。

 だが俺は、本当に手間取っていたのだろうか。


 氷の刃は二十本にも及んだとは言え、俺にとっては決して難しい状況ではなかったように思う。

 あの時、本来なら俺の剣は、より深くフェリシアの体を捉えていたのではないか。


「……どうなんだロルフ。大逆の煤まみれアルガよ…………」


 見えなくなっていく背中を見つめながら、俺は自問していた。


 ◆


 正門を突破した私たちは、その先の広場で領軍と激突していた。


「リーゼさん! 負傷者は退がりました!」


「了解! 残った皆は第七部隊と連携して!」


 部下に指示を出す私へ、目の前の男が襲いかかって来る。

 その手にあるのは、斧槍ハルバードという長柄の武器だ。


「よそ見か黒豚! 舐めるなァ!」


「こいつ……!」


 人間が魔族を指して言う蔑称には色々あるが、黒豚呼ばわりされたのは初めてだ。

 乙女の私としては、さすがにカチンとくる。

 コイツは絶対に鼻を叩き割ると心に決めるのだった。


「逃がさんぞ黒豚! そこだ!」


「つっ!」


 でも、この男は手強い。

 兵力に勝り、優位に戦いを展開する私たちだったが、敵のなかに混ざっているザハルト大隊には手を焼いていた。


 特に、目の前に居るコイツは頭ひとつ、いや、みっつ抜けてる。

 槍と斧と鎌を組み合わせた武器、斧槍ハルバードを巧みに操っての攻撃はかなり危険で、並の兵では一息に薙ぎ払われてしまう。

 私が単身、対処するしかなかった。


「やぁっ!!」


 遠間とおまから、双剣の間合いに持ち込もうと踏み込んでいく。

 しかし男は斧槍ハルバードで阻み、そのまま柄でかちあげてきた。


「おら!」


「あぐっ!」


 顎を強かに打ちつけられ、視界が揺れる。

 私はバックステップで再び遠間に下がり、追撃を避けた。


「黒豚がドタバタとよく逃げ回る。戦う気あるのか?」


「く……!」


 コイツは、ロルフが交戦したウルリクという男に違いない。

 見ていた兵が両拳を握りながら語った話によると、あのシグムンドという男と二人がかりだったらしい。


 にも関わらず、ロルフはシグムンドの剣を叩き折り、このウルリクに手傷を負わせたのだ。

 ザハルト大隊が割り込まなければロルフが勝ち切っていたと、兵は熱をあらわに伝えていた。


 でも私が見る限り、この男には隙が無い。

 ロルフがどうやったのか、皆目見当がつかなかった。

 やはり彼は一段も二段も高い場所に居るらしい。


 とは言えこの先、足手まといにはなりたくない。

 この男に一対一で後れを取っている場合じゃないのだ。

 負けるわけには行かない。

 双剣を握りしめ、ここまでの日々を思い出す。


 正直なところ、族長の娘としての日々にはストレスもあった。

 世襲制じゃないから私が族長になるってわけじゃないんだけど、でも私は父さんに似てそこそこデキる奴だったらしく、皆はやたらと私に期待した。


 特に戦いに関しては子供の頃から非凡と言われた。

 個の戦闘力に長け、優れた戦術眼も持っていると褒めそやされた。


 女の子である私としては、そんなことを言われても別に嬉しくない。

 でも族長の娘として、義務感を感じていた。


 なにより皆が命がけで戦っているのに、知らんぷりは出来なかった。

 子供の頃から知ってるベルタやフォルカーを始め、私の大切な人たちが戦っているのだ。

 戦う力を持たない皆も、その日々を脅かされているのだ。


 うしないたくない。

 だから戦いに参加し続けた。

 エルベルデ河への遠征にも加わった。


 そのエルベルデ河で戦った人間には、衝撃を受けた。

 その男は誰にも防げなかった私の剣を阻み、逆に目の覚めるような剣閃を見せてきたのだ。

 その戦場には、王国最強と名高いエステル・ティセリウスも居て、実際彼女はとんでもなく強かったが、私の興味を惹いたのはその男だった。


 だって男は、ぼろぼろだった。

 傷だらけで血まみれで、立っているのもおかしい状態だった。

 それなのに剣を手に戦い、そして私に勝ったのだ。


 私は、自分がまだ本当の本気じゃなかったと思い知らされた。

 こんな世界で何かを守りたいと思うなら、ああいうレベルにまで行かないとダメなんだ。


 それから私は、さらに真剣になった。

 戦う力を磨き続け、三年後には一軍を任されるまでになったのだ。


 でも、まだ甘かった。

 三年ぶりに会ったその男、ロルフは、さらに強くなっていた。

 私との差はむしろ開いていた。


 でもそこに嫉妬する暇なんて無かった。

 ロルフと再会してまだ五日しか経ってないのに、その五日は怒涛の日々だったのだ。

 ヘンセンで二千からの領軍を倒し、バラステア砦を奪取。

 領都アーベルに残る領軍をおびき出して破り、領都内へ侵攻。

 辺境伯は死に、今は残る領軍との決戦に及んでいた。


 このストレーム領を王国から切り取る寸前まで来ている。

 何年、何十年かけてもまるで到達できなかったところへ、五日で辿り着いた。

 五日前は、こんな状況、まるで想像してなかった。

 ロルフが現れて、すべてが動き出したのだ。


 ロルフは、この戦争を終わらせようとしてる。

 本気で王国を倒そうとしてる。

 私は彼に置いて行かれたくない。


 それを考えながら、うしなってしまった母、ベルタを想う。

 死の瞬間、彼女の眼は私に何かを託していた。

 彼女は私に、子供たちを頼むと願ったに違いない。


 あの子たちの未来を守るために。

 戦いを終わらせるために。

 必要なのは覚悟だ!

 託されたものを、守り抜く!

 置いて行かれること無く、戦い抜く!


 私は決意を燃やし、双剣を振りかぶる。

 そして目の前の男に向け、全力で投擲した。


「!?」


 ウルリクは、飛来する双剣に驚いたようだ。

 でも腹立たしいことに、やはりコイツは一流だった。

 斧槍ハルバードを振り、その柄で双剣を二本とも防いでしまった。

 がきん、がきんと、渾身の投擲を跳ね返す音がする。


「はん!」


 勝ち誇ったように鼻を鳴らすウルリク。

 でもコイツは三本目のことを予想できていなかった。

 それは私自身だ。

 目の高さまで跳躍して飛び込んでくる私を見た時、ウルリクの表情は呆気にとられたものになっていた。

 これでも豚と言える?


 すぐさま斧槍ハルバードで打ち払いに来るが、私はもう斧の刃の内側へ入っていた。

 そして斧槍ハルバードの柄に手をあて、滑るようにウルリクへ肉薄していく。


「がふっ!?」


 両足をウルリクの顔面に叩き込んだ。

 乾坤一擲けんこんいってきドロップキック。

 ウルリクの鼻を叩き割る感触が、靴底から伝わってくる。


 そのまま仰向けに倒れていくウルリク。

 私もそれを追い、覆いかぶさるように倒れ込む。


 同時に、空中で回転していた双剣の一振りをキャッチした。

 そして、それをウルリクの胸に突き立てる。


「はあぁぁぁぁぁっ!!」


 ────どかり!


 倒れながら、ウルリクの胸を地面に縫い付けた。

 彼の吐いた血が、私の頬にかかる。


「がっ……か、は……」


 握っていた手を力なく開くウルリク。

 そこから、彼が頼りにし続けた斧槍ハルバードがごろりと転がり落ちる。

 彼は私を睨みつけたまま何事かを言おうとしたが、言葉を発することは出来ず、そのまま息絶えた。


 それを見届けてから私は立ち上がり、頬の返り血を手の甲で拭う。

 一拍おいて、周囲から歓声が上がった。


「やった! やったぞ! リーゼさんが斧槍ハルバード使いを倒した!」


「やはり頼りになる!」


「まるで水牛のようなド迫力だ!」


 三人目のヤツの顔を覚えつつ、私は戦場を見渡した。

 他にもザハルト大隊の者は居るが、必ず多対一であたるよう、皆には徹底させている。

 それに、このウルリクほど危険な敵は、もう見当たらない。


 残る問題は捕虜の救出と、敵将であり且つこの戦場で最も危険な敵、エストバリ姉弟だ。


 ウルリク一人にこれほど苦戦した私が、エストバリ姉弟に勝てるかと言うと厳しいだろう。

 でも、今はこっちにも凄い奴が居るんだ。

 私たちはきっと勝てる。

 今日、歴史が変わる。


 そのためにも、私は私の仕事をやり遂げなければ。

 そう思い、再び戦場に向き直るのだった。

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