82_収容所突入2

「でああぁぁぁぁっ!」


 ぶつかり合う剣が音を立てる。

 振り下ろされてくる剣を、煤の剣で防ぎながら、俺は少しずつ退がった。


「おお! ザハルト大隊のかたが押してるぞ!」


「いいぞ! そのままぶった斬れ!」


 領軍兵たちの声が、男の愉悦を後押ししたようだ。

 男は眼を爛々と輝かせながら、さらに斬り込んできた。

 俺はその剣を横に払い、上段に振りかぶって反撃に転じる。


 ごつり、がきんと、二度響く金属音。

 立て続けに振り入れた二撃は、男の剣に阻まれた。

 ガードがギリギリ間に合ったのだ。

 男は額に汗を浮かべながら、ニヤリと笑った。


「いいぞ! 見えてる!」


「やはりザハルト大隊が上手うわてだ!」


 領軍兵がはやし立てる。

 男も同感のようだ。

 顔に浮かぶ愉悦は、さらにその色を濃くしていた。


「ふふ……さあ、どうする?」


 男は悠然と中段に構え、俺の剣を誘う。

 そこへ向け、俺は再度斬り込んだ。

 狙いどおりだったのだろう。男は笑みを浮かべたまま、剣で防ぐ体勢に入った。

 ガードからの反転攻撃を企図しているのだ。


 だがその目論見は成就しない。

 俺は、男の対応能力を大きく超える一撃を繰り出した。


 ────しゅどっ


 煤の剣は、事も無く男の胸を斬り裂く。


「えっ……?」


 さっきは、男がギリギリ対応できるレベルの斬撃を振り入れ、実力差を誤認させたのだ。

 この男のように、格下であることが明らかな相手に用いる手だ。

 急に練度が上がった斬撃に、男はまったく対応できなかった。

 普通に戦っても危険の小さい相手ではあったが、リスクの最小化は、戦場でとるべき当然の振る舞いというもの。


「こ、こん、な……」


 事態を理解した次の瞬間、男は絶命した。

 彼が崩れ落ちると、領軍兵たちが一歩後ずさる。

 ここだ。


「いまだ! 押し込めぇ!!」


「おおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」


 俺の声を受け、魔族たちが一気に攻勢へ出る。

 フォルカーはタイミングを見誤らず、これに呼応した。


「第二、第三部隊は負傷者を収容しつつ退がれ! 第六! 突入!」


「待ってたわ!!」


 戦力の一斉投入が出来ないこの戦いでは、部隊を小分けにしている。

 リーゼは直属の麾下と共にフォルカーの指揮下に入っていた。


 そのリーゼの部隊が、ここで突っ込んでくる。

 一部の部隊が退がったところを、スピードのあるリーゼ隊が即座に埋めた。

 タイムラグの無い戦力投入は、魔族軍の数的劣勢を一瞬たりとも作らない。


「はあぁぁぁ!!」


 つむじ風のように飛び込んできたリーゼの双剣が、領軍兵を斬り裂いていく。

 短い双剣を高回転で操る彼女の戦闘スタイルは、このような乱戦において非常に有効だ。


「うわぁ!?」


 領軍はどんどん退がっていく。

 俺は後ろを振り返り、同じ隊の者たちに言った。


「このまま押し通って収容棟へ向かう! いけるか!?」


「はい!」


 そして彼らと共に敵の隊列に突っ込む。

 リーゼの双剣が暴風のように荒れ狂い、その隊列をがりがりと削っていく。


「ていっ!」


「せあ!」


 俺の隊の者たちも皆、腕利きだ。

 もはや及び腰になっている領軍兵たちを斬り倒し、じりじりと戦線を押し上げる。


「左翼! 押し切れ!!」


 フォルカーの指示が飛ぶ。

 リーゼが斬り込んだ左翼側、敵の戦列がかなり薄くなっていた。

 そこへ魔族軍が殺到する。


「おおおぉぉぉぉぉ!!」


 次の瞬間。

 領軍の隊列が決壊し、穴が開いた。

 その穴へ魔族軍がなだれ込む。


「うわああぁぁぁぁぁ!!」


「退け! 退いて立て直せえ!!」


 隊列を維持できなくなり、散らばる領軍。

 そして魔族軍は門を突破し、収容所内へ突入していく。


 ストレーム辺境伯領の終焉は、確実に近づいていた。


 ◆


 私───フェリシア・バックマンは、門の周囲で行われている戦闘を遠くに眺めていた。

 攻め入ってくる魔族軍を押し返そうと領軍の人たちは頑張っているが、どうやら苦戦しているように見える。


 ヴィオラさんは監視塔から全体を見渡している筈だ。そして忙しく中級指揮官へ指示を出している事だろう。

 だが、戦闘が開始するや否や混戦に持ち込まれ、防衛側の強みを活かせずにいるようだ。


 彼女も、先の戦闘で部隊長クラスが何人も失われた領軍を、急造の指揮系統でよく動かしていると思う。

 でも、勢いは敵にある。このままでは厳しい。


 そう思っていた矢先。

 領軍の隊列が崩れ、そこへ魔族軍がなだれ込んできた。

 収容所内への突入を許したのだ。


 これは本当に、領軍が負けるかもしれない。

 それは領都アーベルの陥落を意味する。

 このストレーム領が魔族の手に渡ることになるのだ。

 王国史に特記されるべき大難と言える。


 それを引き起こしている当事者のなかに、あの人が居るなんて。

 会って話をしなければ。

 そのために、ヴィオラさんの指揮下に入って、この戦いに参加したのだ。


 だけど、前線に出ることは許されなかった。

 ヴィオラさんは、私があの人と会うことを避けたかったんだと思う。

 だから私はずっと後方待機だ。


 でも実のところ、それで問題ない。

 私には、あの人が現れる場所が想像できる。

 理解は出来ないし、してあげようとも思わないが、魔族を仲間と考えるのなら、彼はその仲間を救おうとするだろう。


 そう思いながら、背後を見やる。

 そこにあるのは、捕虜の収容棟だった。

 この戦場にあの人が居るなら、たぶんここに来る。


 周囲に領軍の姿は無い。

 この後方に残った僅かな兵も皆、正門の方へ向かっていった。

 門を抜かれた今、敵は続々と突入してきている。

 それを食い止めるべく、領軍兵たちは最後の戦いに向かったのだ。


 私はと言えば、動かずここで待つ。

 ただ、あの人を待つ。

 血を分けた私の兄を。


 その兄について、ヴィオラさんが口にした言葉を思い出す。

 今朝、私の戦闘参加について少し口論した時に、彼女はこう言ったのだ。


 ────フェリシアさん、貴方の兄君は、人類国家への裏切りという、我々にはおよそ理解できない選択に至ったのです


 ────そして実力も高く、いまや領軍をここまで追い詰めている。素直にくだるとは思えません


 実力も高く。

 領軍を追い詰めている。

 彼女はそう言った。

 あの人の力を評価していた。


 それを聞いて、私は何とも言えない気持ちにさせられた。

 私はここ数年、兄の力を信じることも評価することも無かった。

 騎士団の皆と同じように。


 私がヴィオラさんの言葉を聞いて抱いた感情は、嫉妬と羞恥心だったかもしれない。

 兄と無関係な、会ったことも無い只の傭兵が、私より兄を理解しているような気がしたのだ。


 私は、兄への幼い憧憬を捨て切れずにいただけなのではないだろうか。

 そして期待する兄の姿と違っていたからと、勝手に失望していたのではないか。

 あのとき私は、そんな思いが僅かに湧き上がるのを感じた。


 でも仕方が無いじゃないか。

 失望させたのはあの人だ。

 無力な人になり下がったのは、あの人なんだ。

 あの人が昔と変わらず敬愛の対象であってくれたなら、今こんなことにはなっていない。


 私だって、兄を見誤っているというわけではないのだ。

 実際にほら、兄がこの収容棟へ向かって来るということは、きちんと予想できていた。


 正直、嬉しくはない。

 来ないでほしかった。

 この戦場に居ないでほしかった。

 すべては間違いで、あの人はまだ何処かで休暇中なのだ。

 そうであってほしかった。


 それなのに、向こうから見知った姿が駆けてくる。

 魔族兵たちが同行しているようだ。

 こちらへ向かう途中、何人かの領軍兵と会敵していたが、同行する魔族兵たちが斬り伏せていた。

 そして彼らは、この収容棟へ近づいてくる。


 やがて兄は、ロルフ・バックマンは、私の前に来て立ち止まった。

 あの追放から五か月。

 たいした事のない年月だと思う。

 でも、審問会で押し黙る兄の姿を見たのが、ひどく昔に思える。

 兄に会うのが、ひどく久しぶりに思える。


「フェリシア」


「兄さま」


 その表情からは感情が読み取れない。

 元々表情の豊かな人ではないけれど、でも昔は、顔を見れば何を考えているか、すぐに分かったのだ。


 でも今は、何も見えない。

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