81_収容所突入1
俺の視線の先で、炎の魔法が立て続けに爆ぜた。
収容所の門に、魔族軍の魔導士たちが放った
そして木と鉄で出来た門は完全に破壊され、そこに突入路が出来る。
真昼を迎えたころ、俺たちは収容所への攻撃を開始した。
まず戦闘開始の狼煙で門を破壊する。
ここまでは目論見どおりだ。
ここの門は城門とは違う。破壊するのは難しくない。
しかし、この先が少し難しい。
あの門は、突入路としてはかなり小さい。
戦力の一斉投入が出来ず、俺たちは兵数の有利を活かせないのだ。
だが俺たちは門を通り、収容所に立てこもる領軍を倒さなければならない。
領都内に領軍が居る限り、この街の制圧は成就しないのだ。
俺は、その領軍を指揮しているエストバリ姉弟のことを考える。
領軍を無力化するには、姉弟を倒さなければならない。
勝利条件は、辺境伯の排除から、エストバリ姉弟の排除に変更されたのだ。
それを伝えるシグムンドの言葉を思い出す。
「ああ? ぶった斬ってやったぜ、辺境伯の野郎はよ」
少年の治療が終わり、落ち着いた後、俺たちはシグムンドから話を聞いた。
彼が自陣を飛び出た経緯や、向こうで何が起きているかを確認したのだ。
そのなかでシグムンドは、辺境伯を斬ったことを伝えた。
あの男の剣の腕は、斬り結んだ俺が理解している。
仕留め損なってはいないだろう。
倒すべき敵の最高司令官は、すでに死んでいたのだ。
であれば、主を失った領軍は降伏しそうなものだ。
だが彼らは、今なお収容所に立てこもり、組織的反抗を見せている。理由は不明だった。
シグムンドによれば、辺境伯はこちらの読みどおり、街からの脱出を図っていたようだが、その際にザハルト大隊のヴィオラ団長に指揮権を委譲したらしい。
つまり、いま領軍を動かしているのはヴィオラ・エストバリということになる。
これらの情報は事実なのか。敵の
そういう警戒を抱くべき状況ではある。
だが俺は、その警戒は不要だと確信していた。
シグムンドは嘘を言っていない。
あの涙と絶叫は、本物の感情の発露だった。
俺としては、彼に聞きたいことが他にも色々ある。
だが今はとにかく、目の前の戦いに集中しなけらばならない。
フォルカーの号令がかかった。
それを受け、領軍が立てこもる収容所へ魔族軍が突入していく。
門の周りで戦闘が始まった。
敵のなかには、傭兵の姿も見える。
ザハルト大隊の者だろう。
「なんでザハルト大隊は逃げないのかな?」
隣に居たリーゼがそう言った。当然の疑問だ。
エストバリ姉弟には、この地に義理立てする理由が無い。
辺境伯が死んだなら、さっさと立ち去れば良いのだ。
それなのに、今なお踏みとどまり、領軍と共に戦っている。
指揮権の委譲を、生前に辺境伯から託された約束と捉え、戦うことを選んだのか?
だがそんなウェットな考え方をするだろうか?
彼女らはプロの傭兵だ。雇い主が死んで報酬を受け取り損なったなら、すぐに仕事を切り上げるのが普通である筈だ。
或いは、たとえば意に沿わぬ戦いを強いられている可能性は無いだろうか。
弱みを握られて、王国に従わざるを得ない状況にあるとか。
いや、逆に姉弟の方から王国に取り入ろうとしているケースもあり得るか。
辺境伯は後継ぎを立てぬまま死んだのだ。
エストバリ姉弟が空席を狙って行動を起こしても不思議ではない。
二人は確か領地を持たぬ貴族家の出だし、そういう野心を持っている可能性は低くないだろう。
「リーゼ。エストバリ姉弟は、自分たちの野心のために、辺境伯の死を伏せたまま戦いを続けているのかもしれない。辺境伯の死を領軍に伝えることは離間工作になると思うか?」
「ううん。ならないと思う。辺境伯が死んだ証拠も無いし、そもそも聞く耳を持ってもらえないよ」
そうだよな。
領軍をよく知る俺も同意見だ。
戦いの後のことを考えれば、辺境伯の死は俺たちにとって追い風と言える。
この地の領主としての正当性を主張する者が居なくなったのだから。
だが、敵を倒しきらなければならないという点は変わっていないのだ。
音に聞こえたエストバリ姉弟。この戦場で出会ったとして、勝てるだろうか。
俺は僅かな身震いを感じながら、門の周囲で繰り広げられる戦闘を見据える。
そして、ひとつ息を吐いてリーゼに言った。
「そろそろ俺たちも行く」
「分かった。気をつけてねロルフ。皆も」
リーゼがふり返った先には、俺と共に行く兵たちが居た。
俺を含めて六人の少人数で捕虜の元へ向かう。
彼らは緊張した面持ちで頷き返した。
「よし、行くぞ!」
俺たちは門へ向けて駆け出すのだった。
◆
収容所正門の戦いは大乱戦となっていた。
飛び交う怒号のなかへ、俺たちは駆け入っていく。
激しい熱気にあてられ、たちまち全身に汗が浮かぶ。
土煙が舞い上がり、肌に砂が貼り付く。
四方八方から、止まぬ剣戟音と、鎧がかち合う音が鳴り響く。
すぐ前で敵の槍が暴れ、すぐ横で味方の剣が猛る。
敵と味方が至近距離で完全に入り乱れていた。
引き倒された敵の上に敵味方が殺到し、倒れた男は全身の骨を踏み砕かれた。
怒号は次第に狂奔の熱を帯び、一帯に轟いてゆく。
戦場は無秩序な混戦の只中にあったが、これは俺たちが意図して作った状況だ。
損害を織り込んででも、一気に肉薄して混戦状態に持ち込む。
敵と味方が入り乱れている状況を素早く作ってしまうのが狙いだった。
こうすることで、敵の矢と魔法を抑える。
味方を撃つ可能性に逡巡し、敵は遠距離攻撃が放てなくなっていた。
特に魔法による広範囲攻撃を封じたのが大きい。
防壁の上から、一方的に撃ち減らされることを最も警戒していた俺たちにとって、この混戦こそ狙い通りだった。
「経験が活きたな」
誰に聞かせるでもなく、俺はそう言った。
バラステア砦で、防衛戦の指揮を執り続けたことが実を結んでいる。
俺には、防衛側がやられるとイヤなことがよく分かっていた。
「おおおおおっ!」
魔族兵の咆哮が響いた。
眼前の領軍兵を斬り伏せ、ずいと踏み入ってゆく。
一歩ずつ、魔族軍が領軍を押し込んでいた。
「く……! 持ちこたえろぉ!!」
領軍の中級指揮官が、悲鳴まじりの怒声をあげる。
その怒声に呼応するように、敵のひとりが叫んだ。
「こっちにいるぞ! 人間だ! そいつを殺せぇ!!」
口角に泡を飛ばしながら、魔族軍のなかに一人いる人間を指さす。
言うまでも無く俺である。
そしてその声を受け、領軍兵たちが襲い掛かって来た。
卑劣な裏切り者の姿をその瞳に映しながら。
好都合だった。
俺が大勢を引き付ければ、戦線が楽になる。
「であっ!」
「ごは!!」
群がってくる領軍兵たちを斬り倒す。
彼らは裏切り者への怒りで、一様に
対してこちらは、努めて冷静に剣を振るう。
乱戦のなかにあってこそ、周囲に引っ張られず、落ち着いて戦場を見渡さなければならない。
そして一人ずつ確実に倒していくのだ。
「くっ……大逆犯め!」
押されていくなか、悔しそうに俺を睨みつける領軍兵。
血涙が噴き出しそうなほどに血走った眼を向け、俺を大逆犯と呼んだ。
加護なしで、
また二つ名が増えた。
もはや人類史に特筆される嫌われ者と言えるだろう。
俺もいよいよ気の毒な感じになってきたな。
俺は別に、この手の面罵に対して「もっと言ってみろ」とばかりに口角を上げる種類の人間ではないのだ。
とは言え"大逆犯"というのは、俺に言わせれば、そう悪い意味じゃない。
体制や
ここはその二つ名も、ありがたく頂戴しておくとしよう。
「どいて! 俺が前に出ます!」
その大逆犯に剣を向ける者がまた一人。
ザハルト大隊の者だ。
領軍兵たちが期待を込めた眼差しをその男に向けながら、道を空ける。
「黒髪黒目のデカブツ! お前がロルフだな!」
「そうだ。お前は?」
「加護なしの分際で剣をとる愚か者め!! 俺が剣の何たるかを教えてやる!」
話を聞かないタイプのようだ。
と言うよりこれは、酔っているな。
「せりゃぁ!!」
男は、まっすぐ踏み込んで剣を振り入れてくる。
俺はそれを煤の剣で防いだ。
ぎん、がきんと音を立てながら、二合、三合と打ち付けられる剣。
その剣には力があり、正しい刃筋をたどっている。
良い腕だ。さすがに領軍兵よりだいぶ強い。
俺は退がりながらガードし、男の剣を見定めた。
「ふん! どうした! 反撃しなければ勝負にならないぞ!!」
やはり男は酔っている。
戦場に強者として立つこと、そして加護なしを討伐することに愉悦を感じているのだ。
「ロルフさん! 加勢します!」
「いや、今は自分の身を守れ」
俺と行動を共にする隊の者たちが声を上げてくれるが、彼らにも欠けずに収容棟へ向かう任務があるのだ。
今は自身を守ってもらわなければ。
「わかりました! では背後をカバーします!」
「すまない。助かる」
皆、有能で戦場がよく見えている。
俺がザハルト大隊の男に対応しやすいよう、カバーに回ってくれた。
「魔族と仲が良いな。加護なし!」
男が剣を構え直した。
こいつを倒せば蟻の一穴になるような気がする。
そう考え、俺も剣を構えた。
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