77_領都侵攻3

「今度は逃がしゃしねえ! くたばりやがれ!!」


 がきり、がきんと夜の領都に響く剣戟音。


 男はまたもや乱打を見舞ってくる。

 剣技のセオリーから外れた斬撃だが、未熟というわけではない。

 剣は、俺が対処しづらい角度で振り入れられて来る。

 この男は本能的に正しい刃筋を知っているようだった。


 そして剣にはしっかりと魔力が込められている。

 俺の手にあるのが煤の剣でなかったら、とうに負けていただろう。


 その煤の剣を通し、一撃ごとの衝撃が、ごつりと骨身に響いていく。


「重いな……!」


 この男は膂力も一級品だが、剣に体重を乗せるのが上手いのだ。

 剣でガードしても、腕にダメージが蓄積してしまう。


 体系だった剣技を修めてきた俺にとって、その体系から逸脱したこの男の剣は厄介だった。

 定石を無視したフォームのため、技の起こりが分からず、対応が遅れてしまうのだ。

 そして重い攻撃に耐えて隙を見つけても、そこを突く前に斧槍ハルバードが襲ってくる。


「そこだっ!」


「させん!」


 刺突を剣で払い、今度は横薙ぎの斧に捉えられないようバックステップで距離をとる。

 だが呼吸を整える間も与えられない。


「休ませるかよオラァ!」


 間髪いれず、剣の男が飛びかかってくる。

 膂力だけでなく、スタミナもかなりのものだ。


 再びがつがつと剣が打ち付けられてきた。

 剣の男は、その目を闘争の愉悦に輝かせている。


 対して俺の方は、努めて冷静に相手を観察していた。

 これだけ受け続ければ活路も見えると言うもの。

 これがどういう剣で、どう対処すべきか、だいぶ分かってきた。

 この男は調子に乗って振り回し過ぎたのだ。


 この男の剣は我流なのだろうが、こういう剣に近い剣術体系はある。

 崩しや牽制のための攻撃を殆ど行わず、ただ必殺の気合いを込めて剣を叩きつける事をこそ是としたものだ。


 よって、その戦い方をする者たちは一振りの攻撃力を限界まで高めている。

 この男もその類と言えた。


 圧力に満ち満ちた剣をガードさせられれば、骨にまで衝撃が響き渡り、全身が硬直して動きを封じられてしまう。

 そのため二撃目もガードせざるを得ず、後手に回ることになるのだ。


 これに対処するには、思い切った判断が必要だ。

 俺ははらを決め、ガードしながら機を窺う。


 その間も斧槍ハルバードの男は、死角の方へ動きつつ、俺が心底イヤだと思うタイミングで攻撃してくる。

 だが集中力を途切れさせるわけには行かない。

 斧槍ハルバードを煤の剣で迎撃しつつ、そして剣の乱打をガードしつつ、俺はチャンスを待った。


「こいつ! 何てしぶとさだ!」


「いいかげん終わりにしてやらァ!!」


 剣の男が上段に振りかぶった。

 ここだ。

 真っすぐの振り下ろしを待っていたんだ。


 俺の脳天へ向け、大気を斬り裂くような迫力とともに剣が襲い来る。

 それに対し、俺も同時に上段斬りを放っていた。


「っ!?」


 突如防御を捨てて斬りかかって来た俺に、男が驚く。

 俺の剣は男の剣の軌道に割り込み、刀身同士をかち合わせる。

 そして男の剣の背を、俺の剣が捕えた。


 ────ばきん!


 そのまま振り下ろし、煤の剣で男の剣を石畳に叩きつける。

 切り落としと呼ばれる技術で、幾つかの剣術体系では奥義に類されるものだ。

 実戦で使ったのは初めてだが、成功してくれた。


「ぐぁっ……!?」


 手にかなりの衝撃を受けた筈だが、男は剣を手放さなかった。

 だがその刀身は、中ほどから先が失われている。

 超重量を誇る煤の剣によって石畳に叩きつけられたのだ。

 折れるのも当然だった。


 俺はそのまま下段の構えに移行するが、それを見た男は退くでもなく、飛びかかって来た。


「うおおぁぁぁぁぁぁぁーーー!!」


 構わず下段から振り上げた俺の剣が、男の頬を斬る。

 ざくりと頬を裂かれ、血をまき散らしながら、しかし男は止まらず頭突きを見舞って来た。


「ぐっ!?」


 俺はこめかみに衝撃を受け、後ずさる。

 男もたたらを踏んでいた。

 そしてふらつきながら叫ぶ。


「クソがぁぁぁぁ!!」


 そう叫びたいのはこちらだった。

 この男の戦い方は滅茶苦茶だ。


 だが本物の戦場とはこういうものなのだろう。

 いま俺は、訓練からは窺い知れない戦いを経験している。

 絶対に生き延びて、これを血肉にしなければならない。


「シグムンド! どけ!!」


「うるせえ! てめえが邪魔すんな!」


 この二人の間に信頼関係は無いようだ。

 実際、剣の男が前衛で立ち回り、斧槍ハルバードの男が隙を突くという戦法に終始するのみで、あまり優れた連携は見られなかった。

 そうじゃなかったらヤバかったかもしれない。


「ちぃっ!!」


 位置取りもそこそこに、斧槍ハルバードの男は刺突を放ってくる。

 俺はその刺突を剣で払いつつ、一気に踏み込んだ。


「うぉっ!?」


 読めていたのだ。

 もともと周りを巻き込みやすい斧槍ハルバードは、乱戦には不向きな武器と言える。

 冷静さを失い、まともな位置取りが出来なくなっている剣の男が邪魔で、斧槍ハルバードの男は横薙ぎが使えない。

 刺突を選択してくることは分かっていた。


 このチャンスをモノにしなければならない。

 斧槍ハルバードの男に接近した俺は、剣を片手で持って横に構えた。


「!!」


 男の目が見開かれる。

 そして口角が吊り上がった。

 俺の決定的な隙を見つけたのだ。


 斧槍ハルバードには、斧の刃の反対側に鎌の刃が付いている。

 男はそれを一度も使ってこなかった。

 俺の意識を鎌から遠ざけるためだ。

 そして最も有効なタイミングで鎌を使うつもりだったのだ。


 だからそのタイミングを作ってやった。

 あの鎌は、斧より攻撃力に劣る。

 斬りつけるために使うのではない。

 相手の武器を絡め取るためのものだ。


 鎌の刃が、煤の剣にするりとかかる。

 そして男が手首を返し、剣を絡め取る前に、俺はすかさず両手で剣を握った。


 読めていれば反応するのは容易たやすい。

 そのまま煤の剣の重量を活かし、斧槍ハルバードを石畳に叩きつける。


 ────がきん!


「ぐっ!?」


 剣の男と同じ展開だった。

 違うのは、この男が斧槍ハルバードを手放したことだ。


 そして俺は、武器を失った男へ一息に斬りかかる。


「せいっ!」


「うぁっ!!」


 ざしゃりと音を立て、剣が斧槍ハルバードの男を捉えた。

 魔法障壁は張られていたが、それを切り裂いて胸に刃が届く。


「ぐぁ……くそっ!!」


 だがこの男も一流だ。

 咄嗟に反応していた。

 結果、胸への斬撃はやや浅く、致命的なものになっていない。


「おいウルリク!!」


 剣の男が叫ぶ。

 これで彼らの名が分かった。

 斧槍ハルバードの男がウルリク、剣の男がシグムンドだ。


「ぐ……貴様……!」


 胸を押さえながら、ウルリクが俺を睨みつけた。

 抑えた指の間から血が零れ落ちていく。

 俺は剣を握り直し、とどめを刺そうとした。


 その時、地を揺らし、どかどかと打ち鳴らされる蹄の音が俺の耳に響いた。


「……!!」


 俺が斬りかかるより一瞬早く、数頭の馬が走り込んできたのだ。

 そして俺たちの間に割って入る。


「ウルリクさん! シグムンドさん! 第一門を抜いた魔族どもがこっちに来る! ここはもうムリだ! 挟撃されるぞ!」


 傭兵仲間のようだ。

 どうやらリーゼたちはすぐ近くまで来ているらしい。

 報告を聞いて、ウルリクとシグムンドは悔しそうに俺を見据えた。


「……痛み分けにしておいてやる」


 そう言ってウルリクは馬の背に乗った。

 シグムンドも、俺を睨みつけてから別の馬に乗る。

 傭兵たちの動きには淀みが無く、数秒で二人を回収し、俺から離れてしまった。

 そして馬群は急ぎ走り去る。


「…………」


 痛み分け。

 ウルリクはそう言った。


 あのまま続けていれば俺が勝っただろう。

 だが、ああいう者たちは、命の有無にこそ勝負を見出すのだ。

 双方に命ある限りそれは引き分けで、どちらかが命を失くすまで戦いは終わらない。彼の眼はそう語っていた。


「ロルフさん! 無事ですか!?」


「ああ、大丈夫だ」


 周囲で戦っていた魔族兵の一人が声をかけて来た。

 俺たちの視線の先で、領軍も撤退していく。

 この北側第四門の戦いでも、魔族軍が勝利を収めたのだ。


「すみません、加勢できず……」


「皆に役割があって、皆がそれを全うしているんだ。謝罪すべき事など何も無い」


 そう言葉をかけながら、今の戦いを思い返す。

 あの二人の強さは、領軍兵とは比べ物にならなかった。

 それも頷ける。

 傭兵たちの乗る馬、その鞍に、二本の槍を模したマークが刻まれていたのだ。


 あれはザハルト大隊のマークだ。

 戦いを生業にする者であれば、まず誰もが知っている傭兵団である。

 仲間が慌てて迎えに来た点を見るに、あの二人は恐らく幹部クラスだろう。


 そしてザハルト大隊のリーダー、エストバリ姉弟は、王国中に知られる槍の名手だ。連携にも優れていると聞く。

 さっきの二人より手強いに違いない。


「やはり一筋縄では行かないな」


 そう言いながら、夜空を見上げる。

 東の空に、白く輝く下弦の月が昇り始めていた。

 俺は、何とは無しにそれを見つめるのだった。


 ◆


 ヘンセンの町。

 夜空の下、ひとりの少女が、焼け落ちた町並みを見上げていた。

 少女は先ごろまで別の集落に隠れていたのだが、ヘンセンから来た兵士たちに救助され、この地に来たのだ。


 だがその兵士たちが集落に来ている間にヘンセンが攻撃を受けたらしく、彼らは大いに焦っていた。


 しかしヘンセンに来てみれば、戦いは既に終わっていたのだ。

 町の一部は焼け崩れていたが、被害は最小限に抑えられたらしい。

 連れ去られた者も居なかったようだ。


 少女は胸をなでおろした。

 少女の故郷では、酸鼻を極める出来事があったのだ。

 絶対に、もう繰り返されてほしくなかった。


 それから、少女は人を探した。

 この地に来ている筈なのだ。


 だが何処にも居ない。

 尋ね人は、この地に住む人たちとは違い、人間なのだ。

 目立つ筈だが、どんなに探し回っても見つからなかった。


 自分たちを救助してくれた兵士らに聞いてみたが、心当たりは無いようだった。

 実はこの町で起きた戦いには、その人間が深く関わっているのだが、末端の兵士である彼らには、それを知る由も無い。


 その尋ね人は何という名前なのかと兵士たちは聞いたが、少女は答えられなかった。

 知らない。

 少女にとって忘れ得ぬ人なのに、その名を知らないのだ。

 その事実に心が沈む。


 再び焼け落ちた町並みを見上げた。

 人々に被害が少なかったのは幸いだが、激しい戦いがあったことは間違いない。

 そんな激しい戦いのなか、あの人は無事でいられただろうか。

 ましてあの人にとって敵の本拠地であるこの町で。


 少女の脳裏に、最悪の想像が浮かぶ。

 思うだけで、胸を掻き毟りたくなる悪夢。

 考えたくもない結末。


 生きていると信じたい。

 きっと何処かに居ると思いたい。


 だが少女は悲劇に見舞われ続け、信じることに疲れていた。

 信じることに怯えていた。


 あの人は違った。

 いつだって信じた。

 諦めなかった。

 偽らなかった。

 後悔しなかった。


 あの人は見せてくれた。

 あの人は教えてくれた。

 信じることの大切さを。


 だから本当は信じたいのだ。

 信じる心を持ちたいのだ。

 でも、どうしても、胸の奥からイヤな想像が湧きだし、それが少女をさいなむ。


 この心がもっと強かったら良いのに。

 そう思いながら、夜空を見上げた。


 少女は知らない。

 この地で悲劇が繰り返されなかったのは、男が約束を守ったからだということを。

 そしてその約束は、まだ続いているということを。


 少女は知らない。

 男が今なお戦っているということを。

 未来のために、約束のために、今なお立ち向かっているということを。


 見上げる東の夜空に、白く輝く下弦の月が昇り始めていた。

 あの人と同じ月を見ることが出来たら、どれほど嬉しいだろう。

 少女はそんなことを思うのだった。

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