76_領都侵攻2

 雲の無い夜だった。

 ヘンセン同様、夜戦だ。今度は攻める側だが。


 俺は北側の第四門に対する攻撃を指揮していた。

 俺の指揮下に入るようリーゼが言ったこともあり、魔族たちは皆、指示に従ってくれている。


 敵の方はと言えば、やはり大きく数を減らしていた。

 防衛側が連携しづらい門への同時攻撃も奏功し、俺たちは優位に戦いを進め、そして程なく、門を突破した。


「ロルフさん! やりました!」


「まだだ! 油断するな!」


 敵は諦めず、門の内側に隊列を敷き、俺たちを押し返そうとしてくる。

 ここが抜かれ、辺境伯の身に刃が至れば、ストレーム領の歴史は終わる。

 敵にも当然そのことは分かっている。

 彼らの表情には、決死の思いが浮かんでいた。


 この表情を見せる兵を侮れば、痛い目を見ることになる。

 一層気を引き締め、慎重に行かなければならない。


 かと言って、最後尾で指揮に終始するのは俺の戦い方ではない。

 まして俺は魔族たちの信頼を得なければならないのだ。自ら戦う必要がある。

 そう考え、先陣を切って敵の隊列に攻撃を加えていく。

 そこへ味方の報告が届いた。


「ロルフさん! 北側第一門も我が方有利とのことです!」


「了解だ!」


 リーゼが攻めている北の第一門も優勢のようだ。

 今回、本命は北側で、東側の二か所は陽動だった。


 主力は北側に集められており、東の攻撃部隊は薄い。

 東側の部隊は、攻撃を加えて敵を引き付けることのみを目的としており、門の突破は考えていないのだ。


 寡兵でもって嫌がらせのように散発的な攻撃を加え、敵を釘付けにする。

 これは、魔族たちがバラステア砦を攻める際にしばしば使っていた戦法だ。

 彼らはこれが実に上手かった。


 結果、本命の北側で有利な状況を作れている。

 そして実のところ、俺の部隊とリーゼ隊の両方が本命で、どちらが突破しても良かった。

 突破した方は、そのまま街の中心地へは向かわず、もう一方の門へ向かって敵を挟撃し、そのうえで味方と合流する手筈なのだ。


「せっ!」


「うわあぁっ!?」


 俺は敵の隊列に肉薄し、煤の剣を振るう。

 剣を受けた一人は胸をざくりと割かれて倒れ、周りの者たちは蜘蛛の子を散らすように離れていく。

 敵の隊列に穴が開いた。

 ここを突破するまで、あと少しだ。


 そう思った瞬間。

 敵陣の後方から、一気に近づいてくる者が居た。


「オラァァァァァ!」


「むっ!?」


 衝撃。

 ガードする剣の上から叩きつけられた敵の剣は、俺を二メートルほども押し返す力を持っていた。

 両腕にびりびりと痺れが走る。


 そこへ横合いから槍が突き込まれてきた。

 俺は退がってその槍を回避する。


 いや、槍じゃない。


 突き込まれた攻撃は、そのまま敵の手元に戻ることなく、俺の方へ半円の軌道を描いて斬り込まれてきた。

 槍に見えたその武器は、横に斧の刃を持っていたのだ。


「ふっ!」


 俺は後転して刃を躱し、敵から大きく距離をとる。

 そして立ち上がり、襲いかかってきた二人を見据えた。


斧槍ハルバードか……」


 一人は剣を、もう一人は斧槍ハルバードを持っている。

 槍に斧の刃が、そして斧の反対側に鎌の刃が備わっている、珍しい武器だ。


 そして二人とも、明らかに領軍の者ではない。

 傭兵だろう。


「はっは! やたら暴れてるヤツが居ると思ったら! 黒髪、黒目! でけえ体! ひょっとしてお前がロルフ・何たらか?」


 剣を持っている男が、犬歯を剥き出しにして問いかけてきた。

 背丈は俺より少し低いが、それでも大きい部類に入る。

 緑がかった黒髪は、適当に伸ばされてぼさぼさだった。

 野性味を感じさせる男だ。

 どういう剣を使うか、風体から想像がつく。


「ああ。俺がロルフだ」


 名乗ったのは、騎士道精神に乗っ取ったからじゃない。

 この二人を俺に引き付けるためだ。

 いま、この戦場に居る者のうち、目の前の二人は突出して危険な存在と言えた。

 俺が受け持たなければ、戦線を維持できない。


「戦えないと聞いてたが、話が違うみたいだな。まあどっちみち殺すだけだが」


 斧槍ハルバードを持った男が言う。

 背丈は剣の男と同じぐらい。

 くすんだ金髪を短く刈り込んでいた。

 太い首や腕から、剛力の持ち主であることが分かる。

 だが技巧にも優れることは、さっきの攻撃で証明されていた。


「よぉーし。それじゃ仲良くしよう……ぜっ!」


 言いながら、剣の男が踏み込んできた。

 速い。

 そして勢いを利用し、剣に体重をたっぷり乗せて打ち込んでくる。


 がきり。

 激しい金属音と共に、剣で受ける。

 だが衝撃を殺しきれない。

 強い体幹を持つ筈の俺が、一瞬体勢を崩してしまう。


 そこへ二撃目、三撃目が襲い来る。

 がつりがつりと打ち付けられる、圧力に満ちた剣。


 剣からの衝撃が、爪先にまで伝わっていく。

 一振りごとの威力が恐ろしく強い。

 だが、そのぶん隙もある。そこを突くことは可能だ。

 一対一であったならだが。


 ごう、と響く風切り音。


 斧槍ハルバードが立てた音だった。

 刺突ではなく、斧の部分を用いた横薙ぎだ。


 この男、やはり巧い。

 足元を狙って来たのだ。

 俺は高威力の剣をガードするため、下半身に力を込め、地を強く踏みしめていた。

 そこへ斧の刃が迫ったため、回避行動に移るのがコンマ何秒か遅れてしまう。


 びしりと音を立て、俺の足に傷が刻まれる。


 俺は、すんでのところで跳び退すさり、刃を躱した。

 だが、刃に纏われた魔力が脛を抉っていったのだ。

 浅い傷で済んだが、回避があと少しでも遅ければ足を失っていただろう。


「マジかこいつ。今のを捌き切るのかよ」


「完全に足を捉えたと思ったんだがな」


 二人の顔に警戒の色が浮かぶ。

 俺は剣を中段に構え、二人が視界に収まる位置をキープした。


「失礼な奴らだな。俺には名乗らせて自分たちは名乗らないのか」


「はっ! 騎士じゃねえんだよ! 戦いに名前なんか関係あるか!」


「知りたいなら聞き出してみたらどうだ?」


 剣の男は俺の言葉を一笑に付し、斧槍ハルバードの男は挑発的な表情を作る。

 二人とも厄介な敵だ。

 だが斧槍ハルバードは懐に入ってしまえば攻略の目もあるだろう。

 そう考え、俺は踏み込むタイミングをうかがう。


 しかし、先にその斧槍ハルバードが突き込まれてきた。

 纏われた魔力も避けつつ躱すが、これでは終わらない。

 斧槍ハルバードによる攻撃は、ここから変化してくるのだ。


 横薙ぎに軌道を変えた攻撃が、斧の刃で俺の首筋を狙ってくる。

 この斧槍ハルバードはかなり大型だ。

 斧の刃が大きく、重心が先端に集中しているため、扱いはかなり難しいだろう。

 この男はそれを見事に使いこなしていた。


 だがこちらの武器も重量級だ。

 俺は今度は躱さず、剣で斧の刃を受け止める。

 重々しい音が、がきりと響いた。


「うっ!?」


 男は驚きに声を上げる。

 この攻撃を剣で受け止められたのは初めてなのだろう。

 俺はそのまま反撃に転じようとする。

 だが剣の男がそれを許してはくれなかった。


「おらぁっ!!」


 上段から振り下ろされてくる剣。

 俺はそれを大きく躱して横へ跳ぶ。

 そして斧槍ハルバードの男から距離をとり、今度は剣の男に目を向けた。


「はっ! どうしたよ? 防ぐ躱すだけじゃ勝てねえぜ?」


「そうなのか。ご教授、痛み入るよ」


 この男の言うとおりだ。攻撃しなければ勝ちようが無い。

 しかし慎重にならざるを得ない相手なのだ。

 このレベルの敵を二人同時に相手取り、不用意に踏み込むわけには行かない。


 俺は息を整えながら、二人を観察して隙を探す。

 そこへ味方の声がかかった。


「ロルフさん! 北側第一門、突破しました!」


 その声を聞いて、剣の男が舌打ちする。


「ちっ! 向こうは抜かれたのかよ。ダセェな」


「たぶん挟撃しに来るぞ」


 斧槍ハルバードの男は状況を洞察出来ていた。

 リーゼ隊はたしかにこちらへ向かっている。


「じゃあ急いで片付けねえとな」


「そうしよう」


「挟撃が分かっているなら退けば良いものを……どいつもこいつも、戦うのが好きなことだな」


 俺がそう言うと、剣の男が獰猛な笑顔を見せる。


「あはははははははは! テメェも同じ穴のムジナだろうが!」


 言うや否や、斬りかかってくる。

 男の言い様を些か不本意に感じながら、俺は剣を構え直した。

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