67_そして剣を手に1

 黒い剣は、腕にずしりと重さを伝えてきた。

 なるほど。かなりの重量だ。

 これが炭化オオカミ鋼の剣か。


 だが、吸い付くように手になじむ。

 いま初めて握った剣とは思えないぐらいだ。

 俺は立ち上がると剣を正眼に構え、その切っ先をエッベ隊に向けた。


「おっ! いっちょまえに剣を振るつもりか? 無能な加護なしが、剣で俺たちとやり合うつもりかよ!」


 カールが嘲る。

 だが俺はその声を遠くに聞いていた。

 剣を手に精神統一に入ったのだ。


 そして全身の痛みを意識から消し去っていく。

 今夜、何度も攻撃を受けてきた俺の体は余すところ無くぼろぼろだが、剣に意識を集中することで痛みを無視するのだ。

 不要な思考と感覚が霧散していくのが分かる。


 視界の中央では、宵闇を更に濃くしたような黒い刀身が佇んでいる。

 深淵が佇んでいる。


「なんだぁ? その真っ黒い剣は! 魔族どもの剣か? 気持ちわりーなぁオイ!」


 俺はそうは思わない。

 この剣は明らかに美しい。

 美と、少しの怒りが、漆黒の中に共存している。

 そして闇の中から使い手を見定めようとするかのように、俺を見つめている。


「来ねえのか? じゃあこっちから行ってやれよお前ら!」


「おらぁ! 死ねよエセ司令官!」


「身の程をわきまえないカスの加護なしが! 力の差を教えてやる!」


 エッベ隊の者たちが、敵が斬りかかってくる。

 さあ、俺の戦いを始めよう。


 左右から躍りかかって来る敵の間を抜け、まず俺は正面に突っ込む。

 正面突破は好きな戦術だ。

 初手で敵の鼻っ面を叩くのに向いている。


「えっ?」


 俺は体の正中を動かさず、足運びだけで四メートルほどの距離を一気に詰めた。

 正面の男は、俺が突然目の前に来たことに驚いている。

 そこへ俺は、まっすぐ剣を振り下ろした。


 銀の装備は、その表面積以上に魔法障壁を展開し、着用した者の全身を覆う。

 俺には決して破れない筈の障壁。

 俺の剣を常に跳ね返してきたその障壁が、今は用を為さなかった。

 黒い剣は障壁を事も無く斬り裂いたのだ。


 ────がしゅっ


 頭蓋が音をたてた。

 真向唐竹まっこうからたけ

 正面から頭部を両断され、男は即死した。


 俺が人を、同じ旗を仰いだ人間を斬り殺した瞬間だった。


 斬った感触が手に残る。

 だが、惑わない。

 戦うと決めて剣を手にした以上、躊躇ためらいはしない。


 骸が地に崩れるより早く、俺はバックステップで跳び、左右二人の敵を視界に収める。

 右側の男が一歩前に出ていた。


 すぐさまその男の方へ踏み込み、右肩から左脇腹へ、逆袈裟に剣を振り下ろす。

 俺は鎧の隙間を縫って黒い刃を走らせた。


 ────ざしゅり


 魔法障壁はやはり無力だった。

 黒い剣は、障壁もろとも男を絶命せしめた。


「貴様ァァァァァ!!」


 左側の男が絶叫しながら斬りかかって来る。

 だが遅い。

 ひどく緩慢な動作だ。


 男が一歩を踏み込む前に、俺は三歩の距離を詰め、懐に入り込む。

 そして中段に構えた剣を、横薙ぎに振り入れた。


 金属がぶつかる鈍い音が響く。


 魔法障壁が無ければ、銀は柔らかい金属でしかない。

 とは言え、この状況は常軌を逸していたかもしれない。


 段違いの硬度と比重を持つ炭化オオカミ鋼の剣に、使い手の膂力と速度と剣技が重なることで、それは可能になった。

 黒い剣が、銀の鎧をし斬ったのだ。


「ぐぶぇ!?」


 左胴から入った剣が右胴へ抜ける。

 上下に分かたれた男は、吐血しながら絶命した。


「なっ・・・!?」


 残った敵たちが後ずさる。

 俺はここに至って理解を確かにした。


 魔法を、生命の営みから外れるいびつな存在と断じた古竜グウェイルオル。

 その炎に焼かれたというこの黒い剣・・・煤の剣は、魔力を拒絶するのだ。

 だからこそ、魔法障壁を斬ることが出来る。

 原理は想像も出来ないが、間違いない。

 分かるのだ。


 そして誰であれ、魔力を拒絶する剣を手にすることは出来なかった。

 誰にも握れない剣なのだ。魔力を一切持たない者を除いて。


『炎壁』フレイムウォール!」


 エッベ隊が魔法を行使し、燃え盛る炎の壁が出現した。

 そして壁は唸りを上げながらこちらへ迫って来る。


 俺はその場から動かず、煤の剣を上段に構えた。

 分かる。これも斬れる。

 息を一つ吐き、剣を振り下ろした。


 ────どひゅっ


 鋭い風切り音が耳朶を打つ。

 次の瞬間、炎の壁は俺の目の前で縦に両断され、それから霧散した。


「・・・・・・・・・!!」


 エッベ隊の顔が驚愕に歪む。

 そのうちのひとつが、首ごと宙を舞った。

 壁が消えた次の瞬間、俺は既に彼らの中に踏み込み、剣を振るっていたのだ。

 切断された首から鮮血を吹き出しながら、骸が膝をつく。

 その骸は、いま魔法を行使した魔導士のものだった。


「こ、こいつ! 無能のくせに!」


 いちばん近くに居た男が剣を振り上げる。

 なおもセリフに軽侮の念を込めるその徹底ぶりにどこか感心しながら、俺は半歩退がって間合いを調節した。


「あ・・・く!」


 剣を振り下ろす直前、当て込んでいた間合いを失って、咄嗟に次の行動を選択できなくなった男に、俺は一瞬で接近する。


「あがっ!」


 正面から喉に剣先を突き入れた。

 男は末期まつごの叫びを空気と共に吐き出す。

 そして俺が剣を抜くと同時に崩れ落ちた。


「なっ!?」


 その瞬間、背面から剣が振り下ろされてきた。

 その剣を半身になって躱すと、背後の男が驚愕に声をあげる。

 驚くようなことじゃない。

 音と、周りの者たちの視線でバレバレだったのだから。


 男は、振り抜いた剣を即座に戻して構え直すという基本は出来ていたが、その速度はあまりに遅かった。

 男が剣を戻す前に、俺は剣を振り上げ、上段の構えをとり、丹田に力を込め、そして振り下ろした。


 ────ごしゃり


 俺は、男の胸に正面から斬りこんだ。

 漆黒の剣により、銀の鎧はひしゃげ、断ち斬られた。

 同時に胸骨と心臓も断ち斬られ、男は胸と口から血を噴き上げながら倒れた。


「ふ、ふ、ふざけるなぁ! クソがぁぁー!!」


 血の噴水の向こうから、次の敵が斬りかかってくる。

 彼は剣を片手で持っていた。


 片手剣でもないのに、剣を片手で振る者を王国においてはしばしば見かけた。

 たしかに魔力によって威力を増幅できるので、両手で持たなくとも敵を斬れる。

 片手で持つ方が格好が良いとする向きすらあったほどだ。


 だが、剣は両手で操らなければ、正しい刃筋を辿らせることが出来ない。

 それではいつまで経っても、技が身に付かない。

 この男もそうだ。

 その剣は、未熟というほかない代物だった。


 ────がきん


 男が振るってきた剣は、俺の一振りで簡単に跳ね返される。

 剣の軌道が見え見えだし、力も無い。

 そして剣に込められた魔力も、煤の剣が消し去ってしまった。


「ひっ?」


 絶望に短い悲鳴をあげる男の眼前、俺は思い切り踏み込み、剣を下段に構えた。

 そして両腕に力を込め、全身と全霊でもって下から斬り上げる。


ィィアァァァァ!!」


 ────がしゅん!


 股下から入った煤の剣が、半円を描いて脳天へ出る。

 鎧も肉も骨も両断され、男が左右に割れた。

 どちゃりと転がる分かたれた骸に、残る敵が息を呑む。


 俺はその敵に視線を向けた。

 残った敵は二人だ。

 彼らは、青い顔で立ち尽くしていた。


「エッベ。カール。決着をつけよう」


 二人は、びくりと肩を震わせた。

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