63_慈母2

 ロルフはすぐに、領軍が攻め入ったと見られる西門の方へ向かった。

 フォルカーの部隊と合流し、領軍が町の中心部へ向かうのを食い止めようとしているのだ。


 フォルカーらが領軍に打撃を加えてくれれば、敵兵力を西門付近の戦域に足止めすることが可能だ。

 だがそれでも、いまベルタが居る区画に領軍が入り込んでくることを完全に止めることは出来ない。


 避難が済んでいないこの区画に、間もなく領軍が攻めて来るだろう。

 ベルタは一刻も早く人々を逃がさなければならなかった。


「みんな落ち着くんだよ! あわてないで広場へ! すぐに助けが来るからね!」


 狼狽える人々に声をかけながら誘導するベルタ。


「大丈夫だからね! あたしが付いてるから!」


 喧噪のなか、良く通る声で皆を導く。

 傍らでは、不安そうな目をした五人の子供たちがベルタを見上げていた。


 そして一日千秋の思いで待つ彼女のもとへ、援軍を伴ったリーゼが到着する。


「ベルタ! 皆を呼んできたわ!」


「ベルタさん!」


「ベルタどの!」


 多くの兵が西側の防衛に回っているなか、リーゼ直属とベルタ直属の合わせて約四十騎がこちらへ来てくれたのだ。


「待ってたよみんな! それじゃ、リーゼの部隊は住民を護衛しながら避難を誘導してくれるかい!?」


「ええ、分かったわ!」


 リーゼはそう言って、すぐに避難の誘導を開始する。

 彼女には、父親であるアルバン族長ゆずりの判断力と統率力がある。

 民間人を守りながらの避難誘導は難易度の高い作戦行動だが、彼女なら大丈夫だとベルタは確信していた。


「あたしの部隊は、この区画に残って敵を迎え撃つよ! 気合い入れなァ!!」


「おおおおおぉぉぉぉぉ!」


 ベルタ隊の面々が雄たけびをあげる。

 士気は十分だ。


 そしてリーゼは速やかに部下たちに指示を出し、避難を始めようとしていた。

 ベルタの傍らでは、子供たちの十の瞳が彼女を見上げている。


「みんな、列から離れないようにするんだよ? さあ、お行き」


「ベルタおばさん・・・」


「なんだいテオ?」


「西の集落で、いっぱい殺されたって聞きました。ここもそうなっちゃうんですか?」


「ならないさ。あたしが守るからね」


 ベルタはそう請け負うが、それでも子供たちの目から不安は消えない。

 子供たちは皆、ベルタを信じている。

 だが戦災孤児である彼らは、戦火を何よりも恐れているのだ。

 それが分かっているベルタは、顔にいつもの笑顔を浮かべて語り掛けた。


「大丈夫! あんたたちには指一本触れさせやしないよ! あたしは強いんだからね! ぜーんぶやっつけてやるさ!」


「ベルタおばちゃん・・・ケガしない?」


 熊のぬいぐるみを抱いた少女が上目遣いに問いかける。

 ベルタは笑顔のままに答えた。


「ケガはするかもねえ! でもどうってことないよアルマ! あたしはすっごく我慢強いんだ! 痛いのなんか平気だよ!」


「ベルタおばちゃんも一緒に逃げよう?」


「そうだよ! おばちゃんも来ればいいじゃん!」


「ベルタおばちゃん・・・」


「ロミー! クルト! ノーラ! そんな心配そうな顔しなくて良いんだよ! 敵なんかぱぱっとやっつけて、すぐに追いつくからね!」


 そう言って、子供たちの頭をぐりぐりと撫でるベルタ。

 くすぐったそうに目を細める子供たち。

 そしてベルタはリーゼに向き合って言った。


「リーゼ、皆を頼んだよ」


「必ず無事に避難させるわ。ベルタも気をつけて」


 言葉を交わし、そしてリーゼたちは出発した。

 ベルタが西の方を見ると、火の手がかなり近づいていた。

 そして蹄の音。

 領軍は近くまで来ている。


 避難民の列のなかから、子供たちは何度も振り向いてベルタを見やる。

 ベルタはそれを笑顔で見送り、そして子供たちが見えなくなると振り返った。

 表情から笑顔は消え去り、その真剣な眼差しは領軍が間もなく現れるであろう道を見据えている。

 そして大音声だいおんじょうで指示を出すのだった。


「来るよ! 防御陣形組んで! ひとりも通すんじゃないよ!」


「おう!!」


 ベルタ隊はかなり練度が高く、一糸乱れぬ動きで防御陣を組む。

 そして数分ののち、ベルタたちが待ち構えるそこへ領軍が現れた。


 ◆


「うおおおお!」


 ベルタの部下たちが槍を鋭く振る。

 剛腕でなるベルタ隊の槍は、一振りで馬上の王国兵を吹き飛ばす。


「ぐあっ!」


「邪悪な魔族などを恐れるな! 突っ込め!」


 個人の戦力はベルタ隊に軍配が上がるが、領軍は数で勝る。

 次々にベルタ隊に襲いかかり、馬上から剣や槍を振り下ろしていく。


「させるか! ここは通さんぞ!」


「ぐわあぁっ!」


 ベルタ部隊は一歩も退かず、王国兵を打ち倒していく。

 一目で歴戦と分かる強者たちが、全身に闘志を漲らせて立ちはだかる。

 その姿からは、これ以上、無辜の民を殺させないという強い決意が見て取れた。


「怯むな! ここを抜けば大した防衛戦力は無い! 生意気にも逃げ出した魔族どもを、女神ヨナの名のもとに必ず誅するのだ!」


 領軍の指揮官が味方を鼓舞する。

 魔族の殲滅が目的である彼らにとって、この区画から避難している民間人はすべて攻撃目標だ。


 逃がすという選択肢は無い。

 なんとしてもベルタ隊を破り、逃げる者たちの背中に槍を突き立てる。

 それが彼らの正義だった。


「敵はせいぜい三十だ! 休ませるな! 波状攻撃ですり潰せ!」


 領軍は数にものを言わせ、ベルタ隊の隊列に殺到していく。

 指揮官は、間断ない攻撃でベルタ隊を消耗させようとしていた。


 それに対してベルタ隊は、引き退がることなく戦い続ける。

 彼らは隊列に穴を開けることなく、領軍の攻撃の尽くを跳ね返していった。


 だが正義の御旗みはたの元で戦う領軍の勢いも衰えない。

 数的劣勢による負荷は、ベルタ隊にし掛かり続けた。


「ぐっ!」


「トビアス!」


 ついに押し切られ、ベルタ隊の一人が肩に槍を受けた。

 すぐにベルタがフォローに入り、槍を突き立てた王国兵を戦鎚で弾き飛ばす。


「大丈夫ですベルタさん! まだ戦えます!」


「分かった! だが場所をウッツと変わんな! ハイノは左をカバー!」


「了解!」


 ベルタはすぐさま指示を出し、隊列を組み替える。

 彼女の指揮は的確で、隊列は強度を落とすことなく領軍に相対あいたいし続けた。


 だが、そこでベルタが不自然さに気づく。

 王国兵の数が減り過ぎている。ベルタ隊が倒した数よりも減っている。


「ちっ! 勝てないと見て隊を分けたか!」


 部隊が進軍可能な道はベルタ隊が塞いでいるが、馬を捨てて建物の間を縫って行けば、何人かはベルタ隊を迂回して避難民の方へ向かえてしまうだろう。

 そうまでしてでも、彼らは逃げる魔族を殺したいのだ。


「皆、良く聞きな! 敵の一部が区画を迂回しようとしてる! 全員で追いかけて見つけるんだ!」


「ここはどうするんです!?」


「あたしが受け持つ!」


「しかし!」


 目の前に居る王国兵は、指揮官のほか数人を残すのみだ。

 ベルタは、自分なら対処できると踏んだ。

 それよりここを離れた王国兵を最大兵力で追わなければマズい。


 リーゼ隊は十人に満たない。

 ベルタ隊によって守られていると想定される後背側から突かれたら、避難中の民間人に被害が出る可能性が高い。

 避難の列の後背側に居る子供たちの姿が、ベルタの脳裏に浮かぶ。


「急ぎな! 一人たりとも避難民に近づけさせちゃダメだ! 区画内に隠れてる敵をすべて探し出して倒すんだ! 絶対に討ち漏らすな!」


「わかりました!」


「ご武運を!」


 ベルタの部下たちの理解は早かった。

 彼らはすぐに場を離れ、建物が入り組む区画の中心部へ向けて走り出す。

 そして王国兵の捜索にかかっていった。


「貴様だけで我らの相手をするつもりか!」


 王国兵の内のひとりが、プライドを傷つけられたのか、剣を振り上げながら馬で突っ込んでくる。

 ベルタはそれに対し、正面から踏み込んでいった。


「っ!?」


 まっすぐ突っ込んでくるという予想外の動きに面食らったのか、王国兵の剣は頼りない軌道を描いて空を切った。

 それと同時に、ベルタの戦鎚が馬上の王国兵の胸へ叩きつけられる。


「がっ・・・はっ!」


 胸骨を叩き割られた王国兵は、そのまま地面に後頭部を打ちつけると、動かなくなった。

 それを見た残りの王国兵は、怒り狂ってベルタに襲いかかる。


「貴様ァァァ!!」


「死ね! 邪の住人めが!」


 それに対し、ベルタは冷静さを失わぬまま戦鎚を振る。

 剣を弾き、槍を折り、馬を倒し、そして脳天を砕いた。


「ぐぎゃっ!」


「うわぁっ!!」


 すべての部下が骸に変わったことを理解して自失から立ち直った指揮官が見たのは、眼前に迫る戦鎚だった。


「ごぅっ・・・!」


 くぐもった声をあげ、指揮官は絶命した。


「はっ・・・はっ・・・はっ・・・」


 敵を殲滅したベルタ。

 さすがに疲労はピークに達し、片膝をついてしまう。


「ふぅ・・・はぁ・・・。どうにか・・・なったね」


 傷こそ受けていないが、体力は限界に近い。

 そして魔力も、もうあまり残っていなかった。

 当然だ。魔力を込めた戦鎚を何十回と振り続けたのだから。


 そのベルタの目に、新手の姿が映る。


「はぁ・・・やれやれ、またお客さんかい」


 嘆息する彼女の前に別の王国兵たちが現れた。

 二十人ほどの一団だ。

 銀の装備に身を包んでいるところを見ると、いま倒した連中より高位の部隊であるようだった。


「エッベ隊長、敵は一人です」


 エッベと呼ばれた痩せぎすの男が、酷薄な笑みを浮かべていた。

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