62_慈母1

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 性暴力に関する描写が含まれます。

 ご留意ください。

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 ヴィリ族のベルタは兵からも民からも信望厚い将軍だった。

 快活で笑みを絶やさない気質を持ちながら頭も良く、皆に頼りにされていた。


 非情さや狡猾さには欠けるため、将才豊かとは言えないかもしれない。

 だが先頭に立ち、優れた膂力で戦鎚を振る姿は部下たちを大いに鼓舞した。

 ベルタは間違いなく良い戦士であり、良い将軍だった。


 そして良い母親でもあることを、誰もが知っていた。

 彼女自身は子をしたことは無いが、何人もの孤児たちの母親代わりであったのだ。

 ヘンセンには多くの戦災孤児がおり、その孤児たちの面倒を進んで見たのがベルタだった。


 子供たちも例外なくベルタを慕っていた。

 ベルタは優し気にまなじりを下げ、いつまでも話を聞いてくれた。

 必要な時はきちんと叱り、それから抱きしめてくれた。


 ベルタは体が大きく、子供たちが何人抱き着いてもびくともしなかった。

 その力強い母性は子供たちをいつも安心させた。


 だがそのベルタには、絶やされない笑顔にそぐわぬ過去があった。

 それを知る者は少ない。


 二十歳の時、戦士としてヴィリ族の部隊に参加していたベルタは、あるとき子を授かった。そのため、いっとき任を離れて故郷の村へ戻ることにした。

 夫は同じ部隊の隊長であった。彼はこのとき部隊編成などで忙しかったため、後から合流することとし、ベルタだけが村へ戻ったのだった。


 ベルタが戻った日の翌日、その村が王国兵の襲撃を受けた。

 そこは寒村と言って良い小規模な村で、王国の攻撃対象になるとは予想されていなかった。

 だからベルタは帰省したのだが、見通しが外れてしまった。


 だがアテが外れたのは王国兵にとっても同様だった。

 戦える者など居ない筈の寒村に、戦鎚を持って立ち向かってくる女戦士が居たのだ。


 王国兵たちは狼狽した。

 彼らの剣はベルタの戦鎚に易々と阻まれる。

 そしてその戦鎚にベルタが魔力を乗せて振るうと、兵は紙切れのように吹き飛んだ。

 彼女は頑強な戦士だった。

 何人もの王国兵の頭蓋を砕き、彼らの心胆を寒からしめたのだ。


 だがベルタの進撃は、王国兵の一人が村人の首筋に剣を突き付けることで止まった。

 小さい村だ。住人は皆、昔馴染みで、ベルタにとって人質になり得る者ばかりだった。


 歯噛みして動きを止めたベルタの後頭部を、王国兵が槍の石突でしたたかに打ちつける。

 ベルタは昏倒した。


 目を覚ました時、ベルタは手足を縛られ、そして衣服はすべて剥がれていた。

 王国兵たちは、誰が彼女を犯すか話し合っている。


 彼らの会話は、ベルタの尊厳をこれ以上無く踏みにじるものだった。

 彼らは、今回の襲撃での戦果が低い者数名が、ベルタを犯すと言っていた。

 皆、半笑いを浮かべている。

 彼らはゲームをしており、ベルタを犯すという行為は"罰則"なのだ。


「うえぇ・・・俺かよ」


 何人かの男が頭を抱える。

 何人かの男がげらげらと笑っている。


 そして戦果の低かった者たちがベルタに近づき、乱暴に事に及んだ。


 当然、犯されるに際して、いとわれるよりは好かれたいなどと考える者は居ない。

 だがそれでも、罵声を飛ばし、えずきながら腰を打ちつけてくる男たちに、ベルタは落涙を抑えられなかった。


 ベルタは人より肉付きの良い体質であったが、女性らしいふくよかさを持った肢体は十二分に魅力的だった。

 それに大きな瞳に整った鼻梁、そして暖かい笑顔があり、まず魔族の誰が見ても美しいと感じる女性だったのだ。


 だが魔族を性愛の対象とする人間は少なく、特に兵たちの中にはほぼ居なかった。

 魔族の容姿は、肌の色以外は人間と変わらないが、それでも人間にとっては思想的背景から来る嫌悪が強かった。

 だからベルタを犯すのは、彼らにとって罰だったのだ。


 ベルタは代わる代わる罵倒されながら犯され続けた。

 気持ち悪い気持ち悪いと言われながら何度も犯された。

 獣と交わった方がマシだと言われながら凌辱された。


 永遠にも思える時が過ぎた後、ベルタは兵たちの体液にまみれて倒れていた。

 涙は枯れ果てており、虚ろな目で中空を眺めていた。


「うあー! やっと終わりか! ホント最悪だよ!」


「もう殺して良いんだろ?」


「ああ。それじゃ帰るか」


 そう言って、道具を処分するように、王国兵はベルタの腹に槍を突き立てた。


「・・・・・・っ!」


 ベルタはびくりと痙攣し、それから動かなくなった。

 それを見届け、王国兵たちは立ち去って行った。


 ◆


 しばらく後、村に王国兵が向かったという知らせを受け、ヴィリ族の部隊が駆けつけた。

 その結果、彼らによる治療を受けたベルタは奇跡的に一命をとりとめた。

 ベルタを犯した王国兵が気怠げに刺した槍は、どうやら浅かったらしい。


 だがベルタ以外の村民は皆、殺されていた。

 ベルタへの人質とされた者も殺された。


 そしてベルタの腹の赤ん坊も、形作ろうとしていた生命を蹴散らされた。


「ごめんね・・・ごめんね・・・」


 産んであげることが出来なかった我が子に、ベルタは何度も謝っていた。


 更に悲劇は終わらなかった。

 夫が戦死したのだ。

 どうやら村を襲った者たちの本隊と交戦したらしかった。


 ベルタは家族を失った。


 ◆


 仲間たちは皆、ベルタはもう戦えないと思った。

 だが、ベルタは高潔だった。

 彼女は憎しみに囚われなかったのだ。

 あれだけのことがあったにも関わらず、心を闇に絡めとられはしなかった。


 ただ守るべきものを守るために戦士の生を全うしようと決めたのだ。

 彼女の胸には常に夫と我が子が居た。

 夫のためにも、彼が愛してくれた妻のままでいようと思った。

 そして子が愛してくれる筈だった母でいようと思った。

 ベルタはこの上なく強い女性だった。


 親を失った子たちの面倒を見たのは、彼らを我が子の代わりと見做みなしていたからでは、決してない。

 子供たちが、自分の心を埋めるための代替手段などである筈はなかった。

 ただベルタは強く優しい女性であり、つまりは母だったのだ。


 その後、ベルタは二十年近くもの間、何人もの子供たちに慕われながら、戦士として戦い続けてきた。

 その間、ベルタの顔から笑顔が消えることは無かった。

 人間に対して無為に攻撃的になることも無かった。


 かと言って、むろん人間が好きな訳ではなかった。

 ただ相手が誰であれ曇らぬ目で見定めることを心掛けていたのだ。


 見定めた結果として人間を好ましく思うことは今まで無かったが、ヘンセンに一人で乗り込んできた人間には興味をおぼえた。

 信じ難いことに、バラステア砦の司令官代理だと言う。

 そんな人間が何故、とベルタは思った。

 するとロルフと名乗ったその男は言ったのだ。


 ────無辜の人々が奪われ、殺され、家族と引き裂かれるのはもう見たくない


 ベルタは驚いた。

 そしてその後、子供たちの家でリーゼを交え、ロルフと話す機会を得ることで、彼が信ずるに値する者だと理解したのだった。


 ────ああ、やっぱりこういう人間もちゃんと居るんだねえ


 ────誰も彼もが非道い人間なわけないもんねえ


 そう考え、嬉しくなるベルタ。

 長年の友を得た思いだった。

 その時、ロルフが何かに気づき、家の外に飛び出した。

 ベルタとリーゼもそれに続く。


 ロルフが見上げる先で空が赤く燃えていた。

 領軍が攻めてきたのだ。

 ロルフとは違う種類の人間たちが。


 絶対に、子供たちへ槍を向けさせるわけには行かない。

 ベルタは即座に決意を固める。

 腰の戦鎚に手を触れると、表情は自然と戦士のそれになるのだった。

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