58_敵将への具申

 念のため毛布をフード代わりに目深にかぶり、馬を飛ばす。

 だが森の北西方向に用のある者は居なかったようで、誰ともすれ違わなかった。

 空いた道を飛ばした結果、俺は翌日の昼前にヘンセンへ到着した。


 町へ出入りする門には、兵士が二人立っている。

 恐らく、あまり悠長に時間をかけている余裕は無い。

 ここはいちばん手っ取り早い方法で行く。

 俺はかぶっていた毛布を取り払い、馬から降りた。

 そして剣と胸当てを外し、堂々と門に近づく。


「・・・!? おまえ、人間か!?」


「そこで止まれ!!」


 兵士たちが俺に槍を向けてきた。

 突然の事態にも素早く反応する、良い兵士だ。


「俺はロルフと言う。バラステア砦の司令官代理だ。族長にお会いしたい」


 ◆


「確かにお前の容姿は報告にあった司令官のそれと一致する。だが司令官が一人でここへ来るなど、信じ難い話だ」


 そう言うのは、五十がらみの大柄な男性魔族。

 族長のアルバンだ。


「俺としても信じ難い。いきなり族長に会えるとは」


 族長か、それに近い立場の者にどうにかして会おうと思索を巡らせていたが、こうも簡単に族長に通されるとは思っていなかった。


 族長の屋敷は木造の平屋だった。

 大きいが古めかしい。

 その中庭に俺は通されていた。

 身体検査をされたのみで、特に拘束はされていない。


 中庭は広く、俺から見て左右に壮年の男女が数人、並んでいる。

 幹部たちなのだろう。


 魔族は統一国家を持たず、氏族制をとっている。

 各地に大小さまざまな氏族があり、それぞれが族長を戴いているのだ。

 氏族と言ってもすべて血縁というわけではない。族長は世襲されないし、緩い共同体のような繋がりらしい。


 この地の氏族はヴィリ族と言って、いま目の前に居るのがそのヴィリ族の族長、アルバンだ。


「人間ひとりでここまで来ること自体、初めてのことだ。しかもバラステア砦の司令官だと言う。会ってみたくもなるだろそれは」


 声音は重厚だが口調はくだけていた。

 族長アルバンからは豪放磊落ごうほうらいらくな印象を受ける。


「しかし、本物なのですか? 偽者を送り込み、なにか策謀を巡らせているのでは」


 列の中に居た幹部の一人が疑問を呈する。

 まあ、当然の感想だろう。

 防衛拠点の司令官代理が一人で敵地に現れるなど、まともじゃない。


「勝ってる側がそんな策を用いる理由が無い。そのうえ族長が言った通り、容姿は情報と完全に一致する。瞳の色も髪の色も。それに、ここまで体格の良い者は人間にも極めて珍しい。本物だろう」


「いやぁ、司令官一人でここまで来るとは。見上げた度胸だねえ」


 アルバンの左右に控える二人が口々に言う。

 将軍クラスなのだろう。

 落ち着いて分析している男はフォルカーと言うらしい。

 三十代半ばと思われる。

 怜悧なまなざしを持った細身の男だ。

 軍略家を思わせる風貌だが、剣も得意なことが佇まいから分かる。


 あけすけな態度で感想を述べている女性はベルタと呼ばれていた。

 四十歳ぐらいだろうか。

 肥満とも言える体形をゆさゆさ揺らして笑っている。

 優し気な顔だが肝は太そうで、経験豊かな母親を思わせる風貌だ。


「族長。この司令官が着任してから、バラステア砦は突然精強になりました。目下、この男は我々にとって最も厄介な存在と言えます」


 フォルカーが眼光鋭く言った。

 俺の評価は思ったより高いようだ。


「俺は正確には司令官代理だ」


「どちらでも良い。とにかく危険な存在だと言うことだ。そして当然、危険は排除すべきだろう」


「フォルカー殿の仰るとおりかと」


 フォルカーの指摘に、居並ぶ幹部たちが首肯する。


「まあ待ちなって。その最も厄介な存在の用件を聞きたいじゃないか」


 それをベルタが諫めた。

 この組織のなかのフォルカーとベルタの役割が分かる光景だ。

 それを受け、族長アルバンが頷いて言う。


「そうだな。で、何しに来たんだお前」


「まず、五か月前に襲撃を受けた森の北西側の集落に、生存者が居る。大人が二人、子供が十六人だ。養護院の地下に居るから救助してくれ」


 一瞬の静寂を置いて、幹部たちが騒ぎ出す。


「何を言ってるんだ? 何故そんなことを知っている?」


「バカバカしい! 罠に決まってる!」


「攻め入っておいて何のつもりだ!」


「そもそもお前らが皆殺しにしたんだろうが!!」


 最後の台詞が、彼らの気持ちを最も良く代弁したものだったのだろう。

 ある者は歯噛みし、ある者は拳を握りしめ、一様に俺を睨みつけている。


「戦闘行為の結果について謝罪するつもりは無い。だが、非戦闘員に剣を向けるのは間違っている。その点は申し訳なかった」


 俺がそう言うと、幹部たちのトーンが落ちる。

 俺の真意が分からず、当惑しているように見えた。

 アルバンが、心のうちを覗き込むように俺を睨む。

 そして明瞭な声で問い質してきた。


「お前らは、魔族に対しては民間人相手でも殺しや掠奪を是としてる筈だが?」


「ああ。だからこれは王国としてではなく、俺個人の謝罪に過ぎない」


「人間の国では魔族から奪うのは正当で、常識だ。何故お前は考えが違う?」


「たぶん世界にからくりがある」


「世界? からくり?」


 以前から感じていたことだが、おそらく世界には"作為"が働いている。

 俺はそのことを初めて口にした。


「何だそれは? わけが分からんぞ」


「俺なりに根拠のある話だが・・・まあそれは良い。それより、生存者を救っても、このヘンセンが落ちては意味が無い。防備を固めろ」


 そして俺は、集落を襲う領軍がヘンセンへの攻撃をほのめかしていたことと、司令官代理としての戦略的見地からもその可能性が濃厚であることを伝えた。

 魔族たちは、俺が話すあいだ、その言葉を黙って聞いていた。

 そもそも聞く耳を持ってもらえないのではないかと思っていたので意外だった。


 俺に対して無心でいられないことは彼らの表情から分かる。

 だが、何事かを伝えるために敵地にひとり現れた者に対し、一定の礼節を持とうという意志も見て取れた。


「恐らく領軍の兵数は二千ほどだ」


 幹部たちがざわつく。

 砦の司令官代理の言であれば信憑性はあると考えているようだ。

 そして二千というのは十分脅威となる数だった。

 ヘンセンの防衛戦力より多いだろう。


 侵攻するには森を行軍するしかないこの地では、大兵力を運用しづらい。

 今までの王国からの侵攻は、小競り合いの域を出ないものだったのだ。


 だがヘンセンの周囲に展開する魔族側の兵力が減っている今、領軍は森を行軍可能な範囲で最大規模の兵を差し向けて来るだろう。

 それが約二千と予測されるのだ。


 幹部たちのうち、何人かの表情には焦燥の念が浮かんでいる。


「・・・お前のしていることは国に対する裏切りだぞ。それはどう思う?」


 アルバンが低い声音を更に低くして問う。

 目を細めて俺をめ付ける様からは怒りが感じられた。


「祖国に弓を引きたいわけじゃない。あんな国でもな。だが、ここに来ずにはいられなかった」


「何故だ?」


「無辜の人々が奪われ、殺され、家族と引き裂かれるのはもう見たくないからだ」


「・・・・・・ "もう" 見たくない、か」


 アルバンが得心したように頷く。

 そしてその表情から険が薄れる。


「だが、ヘンセンへの攻撃は俺たちも警戒してる。まあ、兵数の情報はありがたいが」


「警戒が不十分だ。まず、森ではなく西の平野側を固めろ。領軍は森を真北に抜け、西からヘンセンを突く。連中は森での戦いは不得手だからな」


「ふむ・・・」


「ヘンセンに十分な兵力があれば森のなかで仕掛けて領軍に消耗を強いるべきだが、兵が足りない。西を固めて防衛線を展開するべきだろう」


「お前が減らした兵だがな」


「言った通り、戦闘行為の結果について謝罪するつもりは無い。それと住民の避難だ。西側の居住区を最優先としろ。ただ、家財や金品は置いていけ。領軍は戦闘中でも掠奪に血道をあげる。目を逸らさせてやれ」


「皮肉の利いた策だが・・・財を奪わせろと? 民も裕福ではないんだ。理解は得られまい。そもそもお前は掠奪を止めに来たんだろうが?」


「あくまで防衛線を破られて町に入られてしまった時の保険だ」


 そう前置きして俺は説明する。


「西側の区域については家屋が焼かれてしまうだろうが、それは公費で補償しろ。金品の類は、勝てば奪い返せる。そもそも民の命こそ最大の財なのだから、そこはあんたの器で納得させろ」


「む・・・」


 兵力で劣る以上、そしてヘンセンがこの地の魔族にとって絶対に守らねばならない本丸である以上、犠牲を織り込んだ戦術も必要になる。

 その犠牲が無辜の民の命であるというなら、そんな策は採るべきではないが、回復可能な犠牲であるなら考慮に加えるべきなのだ。


 それから俺は、領軍の構成や陣形について知る限りの情報を提示し、この町の人々が一人でも生き残れるよう話し合った。

 兵士としてとんでもない裏切り行為をしていることを自覚しながらも、これが正しい行為だと自分に信じさせたのだ。


 ◆


 族長の家を辞した俺は、来た時に入った西門へ向かって歩いていた。

 既に日は暮れつつある。

 隣にはフォルカーが居た。


「拘束もされずに帰れるとは思わなかった」


「お前が戻った方が、講和なりの可能性が生まれると族長は思ったのだろう」


「講和か・・・」


「ほぼあり得ぬことは族長にも我々にも分かっている。だがそれでも、やれることはやらねばならない」


 王国が、魔族との講和を選ぶ可能性はまず無い。

 魔族の殲滅は国是だ。

 だが、魔族側としては講和の可能性を完全に否定することは出来ない。

 当然だろう。本来は、どちらかが滅びるまで殺し合うことを望む方がおかしいのだ。


「本音を言えば、俺としてはお前をこの場で殺しておきたい」


「剣を置いてきて正解だった。多分だが、あんたは丸腰の男を斬れない」


「・・・ふん」


 フォルカーは最初の印象通り機知に富んだ男だ。

 言うことは、いちいち正鵠せいこくを失わない。

 だが纏う雰囲気から戦士であることも見て取れる。

 帯剣していない者を斬ることに嫌悪感を持つタイプだ。


「何にせよ話を聞いてもらえて良かった。皆、ことのほか冷静だったな。俺は人間なのに」


「人間だから信じるに値せず、とは誰も言わん。種族は関係ないからな」


「そうか・・・」


「着いたぞ」


 フォルカーが立ち止まって言った。

 まだここは西門ではないようだが。


「ここからは門までひとりで行ってくれ。この先は人間がひとりで歩いていても、誰も気にしない」


「そうなのか?」


「ここの者は皆、自分たちのことに必死で、お前のことを気にかける余裕は無いからな」


 そう言って、少し悲しげな目をするフォルカー。


「特に貧しい者たちに住居を与えて支援している区画だ。と言えば聞こえは良いが、ヴィリ族自体、豊かではない。ここには我々の現状がある」


「アルバン殿は俺にここを見せたいんだな」


「そう言うことだ。族長はお前に何かを期待している。俺は同調できんが」


 そしてフォルカーは、「ではな」と言い残し立ち去って行った。

 この地の魔族が、この共同体がどういう状況にあるか、お前らが追い詰めた者たちがどうなっているか、その目で見よとアルバンは言っている。

 それはとても苛烈な要求だ。


 俺は、居住まいを正してその区画に踏み入った。

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