54_夜の森で2

 あんなことがあった後では眠れないようで、ミアは焚き火を挟んで俺の向かいに座っている。

 と、ミアは羽織っていた毛布を手に取り、俺に近づいてきた。


「・・・ご主人さま・・・これ・・・」


 オオカミとの戦いで切り裂いてしまったため、俺が羽織っていた毛布はもう無い。

 それに気づいたミアが、毛布を俺に差し出してきたのだ。


「それはミアが使ってくれ」


「・・・・・・はい・・・」


 俺の言葉に逆らうことの無いミアは、すごく残念そうな顔をして、とぼとぼと向かいへ戻って行こうとした。


「ミア、こっちへ」


「・・・はい・・・」


 それを呼び寄せ、ミアの手から毛布を受け取る。

 そしてそれを羽織り、ミアを抱き上げた。


「・・・あ・・・・・・」


 そのまま、ミアを俺の体の前に座らせ、背中越しに抱きしめる。

 無駄にデカい俺の体に、ミアはすっぽりと収まった。

 そして、二人で毛布にくるまる。


「今から明け方までが最も冷える。これがいちばん良い」


「・・・はい」


 ミアが俯いて小さく応えた。

 焚き火がぱちりと音を立てる。


「ミア、あの革袋を守ってくれてありがとう。ミアは勇敢だ」


「・・・いえ・・・」


「だけどな、革袋も大事だがミアも大事だ。というかミアの方が大事だ。だから、あまりムチャをしてくれるなよ」


「・・・はい・・・」


「でも、ありがとうな」


 そう言って、ミアの頭をくしゃりと撫でる。


「お互い、大立ち回りを演じてしまったな。どうにも神経が昂って眠れない」


「・・・はい、ねむれません・・・」


「・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・」


 ぱちり、ぱちり。

 焚き火が爆ぜる。

 火の粉が昇り、俺たちを朱く照らす。


「なあ、ミアの契約魔法はどんなものなんだ? やはり俺の名を知ってほしいんだが」


「・・・わたしにも・・・わからないんです。どんな魔法なのか・・・」


 いまだミアは俺の名を知らない。

 契約魔法は、契約相手に何らかの影響を及ぼす魔法だが、その効果は千差万別だ。

 どんな効果が発現するか、ミアにもまだ分かっていないらしい。したがって本人にも制御できないのだろう。


「・・・よくないことが・・・おきてしまうかも、しれません。だから、ご主人さまのなまえを・・・きくことは、できません・・・」


「そうか・・・」


 ぱちり、ぱちり。

 また焚き火が爆ぜる。

 夜の森は静かだ。

 俺たち以外、何も存在しないかのようだった。


「・・・・・・ミア・・・あのな」


「・・・はい」


「・・・俺はこの地方の戦争で、指揮をしたり、ある程度の決断を下す立場にある」


「・・・・・・・・・」


「ミアの父君を殺したのは・・・俺の部下だ。部下には追撃を禁じたが、彼らはそれを無視して戦いに出て、父君を殺した」


「・・・・・・・・・」


「俺が、部下をコントロール出来ていなかったから、そうなった」


「・・・・・・・・・」


「それに俺は、ミアの集落に兵が攻め入ったことの遠因かもしれない。俺がこの地に赴任して来なければ、今とは違った情勢になっていたんだ」


「・・・・・・・・・」


「俺は・・・」


 不意に、手の甲に暖かさを感じる。

 ミアの小さな掌が、そこに重ねられていた。


「ミア・・・?」


「・・・戦争は・・・どちらかが一方的にわるいということは無いって・・・どっちにも・・・まもるものがあるって・・・おとうさんが、いってました・・・」


「・・・そうか、父君が」


「・・・それに・・・あの、攻めてきたひとたちを見て、わかりました。・・・あのひとたちは、どっちみち、いずれわたしたちの集落に来てたと・・・おもいます」


 俺がバラステア砦の戦況を好転させる前から、領軍は魔族領に度々攻め入っていたし、掠奪も横行していた。

 たしかにミアの集落も、いずれは攻撃されていたかもしれない。


 だが、俺はどうしても自分を納得させられずにいた。


 愚か者の極みだと思う。

 そもそも、ミアたちを襲った悲劇について、俺のせいだの、俺のせいじゃないだの、見当はずれの懊悩おうのうだ。


 仮に俺のせいじゃなかったらどうだと言うのだ。

 それで何かの溜飲が下がるのか?

 ミアをはじめとする悲劇の当事者たちにしてみれば、そんなことはどうでも良い話だろう。


 それは分かっている。

 分かっているのだ。


 だが、どうしても、胸に刺さった棘が抜けない。

 俺がこの地に来なければ、ミアと家族の人生は違ったものになっていたんじゃないか?

 今も幸せに暮らしていたんじゃないか?


 どうしても。

 どうしても、それを考えてしまうのだ。


「ご主人さま・・・」


 思考の沼に囚われる俺を、ミアの手が引き戻す。

 小さな掌が、しっかりと俺の手の甲を握りこんでいる。

 ミアはこんなに力が強かったのかと、俺はたじろいだ。


「・・・うらんでません。・・・ご主人さまの・・・せいじゃありません。だから、かなしい顔を・・・しないでほしい、です・・・」


「・・・・・・俺は悲しそうな顔をしているか?」


「・・・はい。ずっと・・・」


「そうか・・・」


 加護なしの境遇を悲観したことは無かった。

 騎士団に居るあいだは、悲しみに沈むことなど無かった。


 だが、この地に来て、ミアに会って。

 それからずっと、たしかに俺は悲しい。


 俺は悲しかったんだ。


「ミア・・・」


 涙を堪えた。

 稚拙なプライドが頭をもたげ、涙を零すことを拒否したのだ。

 だが、俺は間違いなく泣いている。

 ロルフ・バックマンが泣いている。


 俺の手の甲に重ねられたミアの手。

 そこへ、俺はもう一方の手を重ねた。

 するとまたその上から、ミアの手が重ねられる。


「・・・やっと・・・ご主人さまのはなしが・・・きけました」


 ミアの声はどこまでも優しい。

 そして暖かかった。


「たしかに俺は、ミアの話ばかり聞きたがって、あまり自分の話をしなかった」


「・・・はい」


「勝手な男だ」


「・・・じゃあ、いまから、もっときかせてください」


「・・・そうだな」


 そう言って、夜空に息を吐く。


「どこから話すかな・・・。まず俺は、騎士になるのが夢だった」


 俺は、焚き火の前で話し始めた。

 幸せな子供時代。加護なしと蔑まれた日々。戦いの数々。

 心のうちを隠すことはしなかった。

 俺は揺れる炎の前で、すべてをミアに吐露していった。


 ◆


「そして俺は、追放されてこの地に来たんだ」


「・・・その、けっこんのやくそくを、してたひととは・・・?」


「その後いちども会ってないよ。もう会うことは無いかもな・・・」


「そう、ですか・・・」


 俺の腕のなかで、ミアがほうと息を吐く。

 悲しんでくれつつも、どこかに安堵があるような、不思議な溜め息だった。


「・・・かぞくの、ひとたちとも・・・?」


「そうだな。道は分かたれてしまったと思う。会えるのに会わないなんて、ミアにしてみれば愚かに見えるかもしれないが・・・」


「・・・そんなことは・・・ないです」


 結局、第五騎士団に入ってから五年間、父母には一度も会っていない。

 バックマン領に帰ること自体無かった。

 フェリシアは時々帰ってたようだが。


 フェリシアと言えば、彼女にも済まないことをしたものだ。

 良い兄であろうとはしたが、結局、期待を裏切るだけだった。

 さぞ呆れてるだろうな。


「思えば、父母には元々たいして愛されてなかったと思う。家族の思い出と言えるものも殆ど無いしな。ミアは、家族でどこかに出かけたりしたか?」


「・・・はい。ヘンセンの町に・・・年に一回、旅行を・・・」


「ほう。良いな」


「・・・ヘンセンでしか売ってない、レモネードっていう飲み物があって・・・家族みんなそれが大好きで・・・・・・」


 家族みんな、か・・・。

 俺はミアを抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。


「それじゃあヘンセンに行ったらそれを買おう」


「・・・はい」


 ミアの集落に生存者が居なければ、隷属契約を解除できる者を求め、ヘンセンの町まで行くことになる。

 ただ、人間である俺がどうやってヘンセンに入るか、そこは考えなければならない。

 なにか上手い方法があれば良いのだが。


 それから俺とミアは色々なことを話した。

 俺の話を聞いてもらって、ミアの話を聞いて。

 いつしか時間を忘れ、気が付けば空が白んでいた。

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