52_独白6

 数時間後。

 ここまでで、都合二十名の面談を終えていた。


「あー、さすがに疲れた。こんなに来るとはなあ。引退済みの連中まで来るとは思わなかったわ」


 ラケルが大きく息を吐きながら言う。

 もう夜も更けている。

 他の幹部たちも、だいぶ疲れたようだ。


「あと何人?」


「ふたりです団長。もう一息ですので、頑張ってください」


 ふたり・・・。

 イヤな予感が現実味を帯びつつある。

 フェリシアの顔が、明らかに強張っていた。


 そんな私たちをよそに、受付役が次の希望者を部屋に入れる。


「お久しぶりです。ヴァレニウス団長」


 知ってる顔だった。

 渡河作戦で共闘し、その後も何度か中央で顔を合わせている。

 ひとまず手で促して着席させた。


「エーリク・リンデルか」


 イェルドが口を開く。

 エーリク・リンデル。

 第一騎士団の梟鶴部隊を束ねる騎士だ。


 彼について思い出すのは、渡河作戦でロルフを殴りつけたということだ。

 私はその件でティセリウス団長に抗議した。

 妙に私への執着を見せていたりと、あまり良い印象は無い。


「はい。第一騎士団のエーリク・リンデルです」


 彼が名乗ると、幹部たちが湧きたった。


「なんと! 第一の梟鶴部隊の?」


「ティセリウス団長の懐刀ではないか!」


「ははは、そんな大層なものではないですよ」


 人好きのする笑顔で否定するリンデル。

 幹部たちは褒めそやすが、私はそんな気になれない。

 その気持ちを代弁するように、シーラが口を開いた。


「リンデルさん、お聞きして良いですか?」


「貴女はシーラ・ラルセンさんでしたね。もちろんですよ」


「リンデルさんが第五への入団を希望することに、中央は関わっていますか?」


 シーラの言葉を聞いて、幾人かの幹部が、何かに気づいたような表情を見せる。

 一方のリンデルは表情を変えずに否定した。


「いえ、そのようなことはありませんよ」


 中央とティセリウス団長は、良い関係にあるとは言えない。

 だから中央は、彼女より私を英雄にしたがっているのだ。

 ティセリウス団長の力を削ぎつつ私の力を増やすため、リンデルを第五に入れるというのは、ありそうな話だ。


 リンデルは否定したが、正直疑わしい。

 そしてこちらの警戒に気づいたらしく、リンデルが言葉を続ける。


「しかし、仮にそうだとしても、皆さんに損のある話ではないでしょう」


「でもね、私としては、あまり政治に巻き込まれたくないの」


「お気持ちは分かりますとも」


 私の返答に苦笑して応えるリンデル。

 何をバカなことをと思われたかもしれない。

 今の私の状況で政治に巻き込まれたくないなんて、幼稚なままにしか聞こえないだろう。


 そう言えば、ティセリウス団長は彼を評して"政治が上手い"と言っていた。

 警戒が必要かもしれない。


「まあ良いわ。それじゃ、いくつか質問するけど──」


 そう言って、慎重に面談を続けた。


 ◆


「それでは、よろしくお願いします」


「ええ。結果は別途伝えるわ」


「ティセリウス団長を敬愛していますが、私は新しい時代を作ることにこそ協力したい。良い連絡をお待ちしていますよ」


 そう言ってリンデルが退室する。

 彼は要注意だろう。


 だが、今は正直、どうでも良い。

 それより大事なことがあるのだ。

 私は受付役に訊ねる。


「あと何人?」


「次で最後です」


「これで最後なのね? もう待合室には一人も居ない?」


「はい。次が最後です。長丁場、お疲れさまでした」


 受付役はそう言って、最後の一人を呼びに行く。

 瞬間、私の緊張が一気に高まった。

 音が消えたような錯覚に陥り、そのなかで自分の呼吸音と、心臓が早鐘を打つ音だけが聞こえる。


 大丈夫。

 来ないわけがない。

 あのドアから入ってくるのはロルフだ。

 それ以外にあり得ない。


 今度こそ、ロルフとの未来を作れる。

 ロルフと並んで魔族と戦う。

 ロルフと一緒に家族を作る。

 そしてロルフと未来を作る。

 私の傍にロルフが帰って来る。


 時間が圧縮され、すべてがゆっくり動いているような感覚に陥った。

 そしてそのなかで、誰かが部屋に入ってくる。


 半白頭の、四十代ぐらいの男性だった。

 ロルフじゃなかった。


 ◆


 その男性の経歴も立派だった。

 第四騎士団に六年在籍し、部隊の指揮も経験したのち、中央へ移ったとのことだった。

 態度も理知的で、紳士然としていた。

 理想的な人材と言える。


「ヴァレニウス団長、並びに幹部の皆様。是非とも良い連絡をお待ち申し上げます」


 そう言って、男性は退室した。

 入れ替わりに受付役が入ってくる。


「お疲れさまでした。終了です」


 皆が息を吐いた。

 そして口々にお疲れさまと言っている。


「どうし・・・て・・・?」


 フェリシアが小さく呟いた。

 険しい表情だが、目は虚ろだ。

 どういう感情を宿しているか、その表情から窺い知るのは難しいだろう。


 でも私には手に取るように分かった。

 今起きている現実を信じられないのだ。

 私と同じように。


「これでもう、最後? 希望者はもう居ない?」


「はい、団長」


「こ、このあとまだ来る可能性は? もう少し待ってみても・・・」


「刻限を過ぎていますので、もう来ないかと」


「こ、今回は王国中から募ってるわけだし、遠方から来る人も居るでしょう。ひょっとしたら刻限に間に合わない人も居るかもしれないし、少し待つのも良いかもしれないわ」


 人は、信じたくない現実の前では思考力を失うらしい。

 私は理屈に合わないことを言っていた。


「エミリー、遠方から来るなら前日入りして宿を取るなりするのが普通だし、実際そうしている者も居るだろう。そもそも刻限は曲げられない。それが公正な選考じゃないのか?」


 イェルドが言うことは完全に正論だった。

 それでも、どうしても認めたくない。

 ロルフが来ないわけが無い。


「で、でも・・・」


 反論しようとして、言葉が出てこなかった。

 しばしの沈黙。

 皆、こちらを見ている。


 助けを求めるように周囲を見まわす私の姿は、英雄のそれではなかった。

 誰も何も言わない。

 何かを言わなければならないのは私だからだ。


 しばらくの沈黙を経て、私は。

 望んだものが手に入らなかったことを理解した。


「・・・・・・そうね。面談はこれで終了とします」


 今日の内容を踏まえ、改めて幹部たちと協議することになる。

 そして近日中に、第五騎士団の参謀長が決まる。

 今日面談した候補者たちの中から選定されるのだ。

 ロルフの居ない候補者たちの中から。


 ◆


 幹部たちが帰り去ったあと。

 私は、誰も居ない待合室を眺めていた。

 何度見まわしても、誰も居ない。


 もう夜遅い。

 もう誰も来ない。

 あの入り口からロルフが入ってくることは無い。

 それはもう、理解できてしまう。


 どうしてだろう。

 私はゆるしを与えることを決心した。

 そして私は手を差し伸べた。

 その手をロルフが取ってくれると思ってた。


 遠い辺境からロルフが駆けつけるって。

 反省して、謝って、そして私と居たいと言ってくれるって。

 そう信じて疑わなかった。


 ヴァレニウス家へのロルフの婿入りについて、色々とプランを考えていた。

 やっと、未来が始まる筈だった。


 でも今、ロルフはここに居ない。

 ロルフはここに来なかった。


 ひょっとして私は、どこかで選択を間違ってしまったのだろうか?

 どこかで、ロルフの居ない世界を選んでしまったのだろうか?


 私は誰も居ない待合室で立ち尽くしていた。

 その姿は、とても英雄のものには見えなかっただろう。


 新時代の英雄、エミリー・ヴァレニウス。

 ・・・お笑いぐさだ。

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