51_独白5

 今日は朝から緊張していた。

 参謀長の選考が行われる日だ。


 第五騎士団本部、小会議室に、上位の幹部が集まっている。

 私のほか、副団長と梟鶴部隊の面々、それから総隊長クラスの者たちだ。

 フェリシアも居る。

 これから、募集してきた人たちと一人ずつ面談するのだ。


 やっとこの時が来た。

 数か月ぶりにロルフと会えることに高揚する。


 とは言え、選考はもちろんフェアに行う。

 決して、ロルフに甘い顔はしない。

 ロルフには、実力で参謀長の座を勝ち取ってもらうのだ。


「もう希望者たちが集まってきてます。始めますか?」


 受付を担当してる騎士が声をかけてくる。

 私は心を落ち着けて返答した。


「ええ。始めましょう」


「それでは、一人ずつ入室させます」


 面談が始まる。

 選考する側であるにも関わらず、私の緊張は増すばかりだった。


 ロルフを選ぶことに、幹部たちは必ず抵抗するだろう。

 でも、辺境での彼の実績はこれ以上ない好材料だ。

 そして私が後押しし、彼が心からの反省を示す。

 これらが揃えば大丈夫だ。

 望んだ未来は近くまで来ている。


「失礼します」


 ノックのあと、一人目が入室してきた。

 四十歳ぐらいの男性だった。


「おはよう。それじゃ、こちらに着席して」


「恐れ入ります」


 幹部たちが居並ぶ前にひとつ置かれた椅子へ、着席を促した。


「いちばん最初に来るのがスジでしょうに・・・・・・」


 フェリシアが聞き取れるか聞き取れないかぐらいの声でつぶやいた。

 ロルフのことを言っているのだ。

 正直なところ、私も同感だった。

 最初にドアから入ってくるのはロルフであってほしかった。


 まあ良い。

 団長として、すべての希望者をしっかり見極めなければならない。

 目の前に座る男性に向き合い、面談を開始した。


 ◆


 面談は滞りなく進み、昼前には四人目まで来ていた。


「では、去年の南方の戦線でも指揮を執ったのかしら?」


「執りましたよ。あの時は戦略レベルで劣勢でしたが、補給線を途切れさせずに敵を摩耗させ続け、七日目に押し返したんです」


「あれは貴公だったのか。粘りのある用兵で戦線を維持し続けた手腕が話題になってたぞ」


 幹部の一人が感嘆の声を上げた。


「まあね。あの手の戦闘では俺の右に出る者は居ないと自負してます」


「良く分かったわ。結果は別途連絡します」


「くれぐれもよろしく。 俺はかなりお買い得だと思いますよ?」


「ええ。今日はありがとう」


 そう言って四人目の面談を終える。

 彼は私を見つめて「良い返事を待ってます」と言ってから退室していった。


「ふぅ・・・。皆さん、何と言うか、かなり積極的に売り込んできますね」


「前のめりにぐいぐい来るな。嫌いじゃねーけど」


 シーラとラケルが言うとおり、皆、とても熱心にアピールしてくる。

 序列的に第五騎士団より上位にある他の騎士団からの移籍を望む人も居た。


「エミリー効果だろうな。新しい英雄と共に戦いたいってことだろう」


 イェルドがそう分析する。

 不本意だけど、確かにそういう面はあるようだ。


「まあとにかく、午前はここまでね。一時間の休憩を挟みます」


 そう言って席を立った。

 小会議室を出て、受付役の騎士に声をかける。


「あと何人ぐらい?」


「いま待合室に居るのは十二名です。ただ、まだ断続的に希望者が来てますから、これから更に増えるでしょう」


「そう」


「予想以上の集まりですよ。これは夜までかかりそうですね。それなりに厳しい応募条件だった筈ですが、やはり団長の声望は凄いですよ」


「まあ・・・そうなのかな? それじゃ午後もよろしくね」


 そう言って、待合室の前に移動する。

 そして大きく息を吸って、ゆっくり吐く。

 胸に手をあてて気持ちを落ち着けて、そっと待合室を覗き込んだ。


「・・・・・・・・・」


 様々な年代の人たちが十二人。

 そこにロルフの姿はまだ無かった。


「エミリー姉さん」


「ひゃ!?」


 後ろから声をかけられ、おかしな声が出てしまう。


「あの人は来てますか?」


 あの人。

 フェリシアは、ロルフのことを"兄さま"と呼ばなくなっていた。

 私のことは姉さんと呼ぶのに。

 審問会で謝罪できずに押し黙る兄の姿に、失望を深めてしまったようだった。


「ううん。まだ来てないみたい」


「少しでも早く来ることで謝意を示すべきでしょうに。あの人はそういうことも分からないんでしょうね」


 ため息交じりに言うフェリシア。

 でも、彼女もロルフを許す気でいる。

 今回の参謀長募集の話をした時、彼女はこれがロルフを意識したものであることをすぐ理解し、反対もしなかった。

 許す気でいる、というよりは許したいのだろう。


「まあ、そろそろ来るんじゃないかな」


「エミリー姉さん、あの人を甘やかさないでくださいね。真摯に反省していないようだったら、こちらが寛容になる必要はありません。第一、そうじゃないと他の希望者たちに失礼です」


「分かってる。選考はあくまで公正に行うわ」


 そう言って、もう一度待合室に目をやる。

 そこに居るのは、五年以上の騎士団在籍と、戦闘を指揮した経験ありという条件を満たしている人たちだ。

 いずれも一流の騎士ばかり。


 でもロルフなら大丈夫。

 彼らに見劣りしない。


 迫る再会を、私は待ちきれなく思うのだった。


 ◆


 午後の面談が始まって四時間が過ぎた。


「それでは失礼しますね。連絡をお待ちしていますので」


 そう言って、女性騎士が退室した。


「今の者も良いですな。ロサント砦の防衛に携わっていたという経歴は頼もしい」


「ええ・・・そうね」


 たしかに実績としては申し分ない。

 でもロサント砦は特に厳しい戦況にあったわけではないのだ。

 戦果を積み上げ、死地であったバラステア砦を死地でなくしてしまったロルフの実績には大きく見劣りする。


「あと何人かしら?」


「待合室にはあと四名おります。そろそろ、新たに来る者も打ち止めかと」


「そう。少し休憩にしましょう。二十分後に集合して」


 そう言って席を立った。

 会議室を出て、伸びをする。


「ふう・・・」


 やっぱり人を見定めるのなんて苦手だ。

 どうにも疲れる。


 ・・・いや、疲れてる理由はそれだけじゃない。

 希望者を部屋に招き入れるたびに、ロルフを期待し、見知らぬ顔に落胆するということを何度も繰り返してるからだ。


 気持ちが少しだけ苛立ってきた。

 首を振ってそれを抑え込み、待合室を覗く。


「・・・・・・・・・」


 居ない。

 どうしてだろうか。

 "早く来ることで謝意を示すべき"というフェリシアの言葉を反芻する。


 彼女の言うとおりだ。

 ゆるしを与えてもらう側が待たせるのはおかしい。

 苛立ちが、ほんの少しだけ怒りに転化しつつあった。


 それから、わずかな不安が湧き上がってくる。

 あり得ないことだと思うけど、少しだけイヤな予感がしてきた。

 まさか、来ない・・・ということはないだろうか。


 いや、そんなバカなことは無い。

 ロルフは騎士を夢見てずっと頑張ってきたんだ。

 そしてロルフの居場所はここだ。


 彼は過ちを犯してしまったけど、私はいま、機会を与えた。

 彼は、やり直すチャンスを手に入れることが出来る。

 私の傍で。


 必ず来る。

 それは分かってるけど、でも、一分一秒をひどく長く感じる。

 こんなに疲れるとは思わなかった。


 気を取り直して踵を返し、会議室に向かおうとする。

 そこへイェルドが現れた。


「エミリー」


「どうしたのイェルド。そろそろ休憩は終わりよ」


「加護なしを待っているのか?」


 抑揚の無い声で問うイェルド。

 その表情から感情を読むことは出来なかった。


「あの募集条件、加護なしを意識したものだろう? 僕以外にも、そう考えている幹部は居ると思うぞ」


「・・・選考は公正に行うわ」


「分かってるよ。疑ってない」


 そう言って、イェルドは待合室のなかを見やる。


「だが、まだ来てないようだな」


「そうね」


 簡潔に返しておく。

 何か言質を取られては良くない気がしたのだ。


「エミリー、加護なしが必要か?」


「・・・私はそう思ってる。バラステア砦の戦況を知ってる?」


「ああ。知ってる」


「エルベルデ河でも、ゴドリカ鉱山でも、彼が居なきゃ敗けてた」


「それも知ってる」


「それでも彼を加護なしと呼ぶの?」


 言質を取られては良くない、そう考えた筈なのに、熱を帯びるように言葉が紡がれてしまう。


「事実、加護を与えられていない」


「それは重要なこと?」


「重要だよ。大多数の者がそう考えている」


 そう言って、イェルドは私の横を通り過ぎ、会議室へ戻って行く。


「だが、エミリーの判断にはもちろん従う。皆もそうだろう」


 イェルドは背中ごしにそう言った。

 わずかな困惑を自覚しながら、私も会議室に戻るのだった。

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