49_独白3

 ゴドリカ鉱山の奪還には成功した。

 でも私は喜ぶ気になれなかった。

 鉱山にはロルフの言う通り、強力な個体が居たのだ。


 カトブレパスに襲われた第五騎士団は、甚大な被害を受ける羽目になった。

 私がロルフの進言を受け容れなかった結果、被害は拡大した。

 それでも鉱山を確保できたのは、ロルフが単身カトブレパスを討伐したからだった。


 被害は出したものの、鉱山奪還の功績は大きかった。

 第五騎士団の論功行賞は私が執り行う。

 作戦立案に関わった幹部たちと、戦場で成果を上げた騎士たち、そしてロルフをリストに入れ、ノルデン侯爵に伝えた。

 予想どおりで最早溜め息も出なかったが、ロルフは外された。


「論功行賞にあなたも加えるよう頼んではいたんだけど・・・ごめん」


「気にしないでください」


 ロルフはそう答えた。

 騎士への道を諦めはしないが、結果にいちいち失望したりはしない。

 それがロルフという人なのだ。


 ◆


 鉱山奪還作戦から二年が過ぎた。

 鉱床は予測されていたものより更に大きく、銀の装備は幹部以外の騎士のみならず、従卒にまで行き渡った。

 結果、剣術訓練でもロルフは勝てなくなった。


 そうなるとロルフが剣術訓練に参加する意味は無い。

 だから私はロルフの訓練を免除した。


 でもロルフは訓練に参加し続けた。

 届かない剣を振り続け、毎回打ちのめされた。

 ぼろぼろのその姿に、以前はごく一部の団員の間に見られたロルフへのわずかな敬意も失われていった。


 騎士団で、銀の装備を身に着けていないのはロルフだけだった。

 銀の装備が従卒まで含めたすべての団員に行き渡るのは、私にとって予想外のことだった。

 そして更に予想外だったのは、銀の装備が団員たちの自意識を肥大化させてしまったことだ。


 高い性能に加え、見た目も美しい銀の装備は、騎士にとって大きなステータスのひとつとされてきた。

 それを纏って闊歩するのは、彼らの自尊心を大いに満足させたらしい。

 そして、ただ一人みすぼらしい装備に身を包むロルフへの軽侮を強めさせたのだった。


 そこで私は、ロルフにも銀の装備を与えるよう、装備担当者に命令した。


「銀に魔力を通せない者に与えても意味が無いのではありませんか?」


「騎士団内の足並みを揃えるために、皆の装備を合わせたいの。ひとりだけ装備が別では連帯感が生まれないでしょう?」


 私は嘘を言っているわけではなかったし、理屈として間違ったものではない筈だけど、装備担当者は反論してくる。


「あの者を除いた全員で足並みを揃えれば良い話かと思われますが」


「いいからロルフにも銀の装備を配給して」


 "これ以上あなたが不当に扱われないように、私が団長としてちゃんと取り計らう"

 私はロルフにそう言った。約束を反故にはできない。


「銀の装備はもともと幹部専用であったため、中央が配給量をコントロールしています。それは今でも変わりません。必要な数を中央に伝えて承認を得る必要があります」


「だから、ロルフの分も中央に申請してと言ってるの」


「団長どの、銀は金属としては柔らかく、魔力が通せないのでは装備として脆弱なだけです。皆と合わせたいからなどとという理由で、あえて脆弱な装備を使わせるのですか? ただでさえ能なしの男に」


 途中まではロルフを慮ったものに聞こえなくもない台詞だったけど、最後のひとことに、隠そうともしない彼の本音が表れていた。

 この男は、強く美しい銀の装備がロルフに相応しくないと言ってるのだ。


「・・・・とにかくロルフの分も申請して」


 そう言って会話を切り上げ、苛立ちに足音を強めながら団長室へ帰った。


 でも中央の承認は下りなかった。

 私は耐え難かった。

 ひとりだけみすぼらしい格好をした体の大きな男が、馬を引いている。

 まるで下男だ。


 実際、下男のようにロルフを扱う者も出始め、それはもう"不当な扱い"などというものではなく、明確な迫害だった。


 私は王都に赴いた際、ロルフ用の銀の装備を配給するよう求めたけど、第五騎士団の装備担当者と同じことを言われ、却下された。

 ロルフは体格がかなり大きいため、専用のものを作製しなければならないと、もっともらしいことも言われたけど、根底にロルフへの軽侮があるのは明白だった。


 ◆


 ロルフへの風当たりは強まるばかりだった。

 私は、装備や能力を理由に団員間で差別意識を持たないよう下知を出したけど、効果は無かった。


 ある日、事件が起こった。

 私の馬が厩舎から逃げてしまったのだ。


 陛下から下賜された馬だったため、幹部たちは慌てふためいた。

 そして私の馬をいつも厩舎に繋いでいるロルフの責任を声高に追求し、ここぞとばかりに彼を排除しようとした。

 私は事態を収めようとしたけれど、マズいことにロルフが過失を認めなかった。


 さすがにそこまでは考えたくなかったけど、誰かがロルフを追い出すために馬を逃がした可能性も少しだけ疑った。

 でもロルフは嫌疑は否定したものの、馬が逃げた時は街へ出ており、街での行動について憶えてないなどと言った。

 問い質されても、ただ口を引き結ぶのみ。

 怒られている子供が、謝るのがイヤで黙り込む様を見るようだった。


 かつてのロルフなら、過失を毅然と受け止めて謝罪することが出来ただろう。

 だけど、長きに渡る差別的な境遇はロルフをすっかり変えてしまっていた。

 もちろん同情した。ロルフの境遇はあまりに不当だったと思う。

 だけど、彼がこうも変わってしまうとは思わなかった私は、とてもがっかりした。


 実際のところ、逃げたのはたかが馬だ。

 陛下の不興を買うことにはなるだろうけど、私や騎士団が何かの罪に問われるわけでもない。

 ロルフにしてみても、馬を逃がしたのはあくまで過失であって、そこに悪意や背信がある筈もない。


 だから穏便に済ませることは可能だった。

 ロルフが謝罪さえすれば、私はそれで収めるつもりだったのだ。

 たった一言で良かった。

 たった一言謝罪があれば、それで終わる話だった。

 でも、ロルフは頑なに謝罪を拒んだ。


 加えてこの時、私とアールベック子爵家長男の結婚の話が進んでおり、私はいよいよ未来を信じることに疲れ始めていた。


 そしてもつれた糸をほぐすことは遂に叶わず、私はロルフの追放を選ぶに至った。


 どうしてこんなことになったの?

 どうしてロルフはたった一言謝ることが出来ないの?

 ロルフの追放を決定する時、私は胸のなかでそんな問いを何度も繰り返していた。


 ロルフが第五騎士団から出ていく日、私はそれに立ち会った。

 ロルフから何か言葉があるのではないか。ひょっとしたら謝罪があるのではないか。

 私は最後まで諦めず、そう期待したのだ。


 誠心誠意の謝罪があれば、ロルフの処断を撤回しても良い。

 この土壇場で撤回すれば、各所から不満が噴出するに違いないけど、構わない。

 どうせ子爵家長男と結婚すれば、私は騎士団を離れるのだ。


 私との別離という現実に直面したら、自分のミスと向き合って謝罪してくれるのではないか。

 かつてのロルフはいつも正しいことをした。だからロルフならそうしてくれるのではないか。

 私はそう考え、本部から出て行こうとするロルフを見つめた。


「それでは」


 でもロルフは、それだけ言って遂に去ってしまった。

 私は愕然とした。馬から降りて近づくことすらせず、ただ馬上からロルフを見送った。

 それは、あまりにもあっさりした別れだった。


 ロルフが頭を下げればそれで済んだ話なのに、どうして?

 私は何度も胸のなかで問いかけた。

 当然、どこからも答えは聞こえてこない。


 子供の頃からずっと、ロルフは傍に居て当然だった。


 嬉しいことがあったら一緒に喜んでくれた。

 初めてパーティードレスを与えられ、部屋のなか大喜びで知りもしないダンスのステップを踏む私に手を取られ、私が疲れて座り込むまで一緒に踊ってくれた。


 悲しいことがあったら一緒に悲しんでくれた。

 飼っていたカナリアのティボーが死んだ時、ずっと泣いてる私に肩を寄せて、黙って一日中となりに居てくれた。


 ロルフが居なくなるなんて考えもしなかった。

 ロルフは居るのが当たり前で、ずっとそうだと思ってた。

 でも、そうではなかったのだ。


 ◆


 騎士が追放される先は辺境と決まっている。

 明文化されているわけではないけど、慣例上そうなっているのだ。

 慣例を無視してロルフの行き先を近場にすることは出来なかった。

 ロルフの行き先はストレーム辺境伯領のバラステア砦に決まった。


 ストレーム辺境伯領に騎士団は配置されておらず、辺境伯の兵がその地を守っている。

 ロルフが向かったバラステア砦も同様だ。

 したがってバラステア砦とその兵は、騎士団と直接は関係ない。

 でも事実上の下部組織で、空いているポストがあれば、そこに私の裁量でロルフをねじ込むことは出来る。


 また、騎士団から籍を失った以上、当然ロルフは従卒でもなくなった。

 それは私には却って好都合だった。

 ロルフは"従軍経験のある貴族"としてバラステア砦に配属されるのだ。


 もっとも従軍経験と言っても終始従卒で、貴族と言っても廃嫡済み。その事実を隠すことはできないだろう。

 でも"従軍経験のある貴族"という一事をもって、ロルフにポストを与えることは可能だ。


 ロルフを戦わせるわけにはいかない。

 魔族領と隣接する辺境で、守ってあげられる私がいないのに前線に出れば、ロルフはすぐに死んでしまうだろう。


 ロルフは弱い。もうそれは私にも否定しようのない事実だ。

 魔力が無いというだけではない。

 いつも訓練でぼろぼろにされているというだけではない。

 自分の過誤を正面から認めることが出来なかったということは、戦う者に絶対に必要な、立ち向かう気質を持っていないということを示している。

 戦場に出れば、逃げまどった末に死ぬだろう。


 それは嫌だ。

 私心を捨て、ロルフを優遇するようなことは無いよう、自分を戒めてきた。

 でもロルフを死なせることは出来ない。

 ロルフへの失望はあるけど、ロルフがこの世から消えるのは到底許容できなかった。


 幸い、バラステア砦の司令官が持病で休職中であったため、ロルフを司令官代理にすることが出来た。

 中央は強固に反対したが、ムリを言ってどうにかねじ込んだのだ。


 中央としては、どうせすぐにロルフがボロを出すと考えてこの人事を受け容れたようだが、私はそうは思わなかった。

 戦えなくても戦術には長けるロルフのことだ。

 きっとこなせるだろう。


 そして司令官代理なら、前線に出ることもない。

 私はひとまず安心するのだった。

 それで心に空いた大穴が埋まる筈も無いけれど。

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