48_独白2
入団から三年が経ち、私は団長になっていた。
副団長と団長が相次いで領地に戻って家を継いだことと、渡河作戦での私の戦功が大きかったことが主な理由だ。
本当はロルフの戦功の方がずっと大きいのだけど、それは誰も認めなかった。
幹部職の入れ替わりが激しい第五騎士団にあっても、三年で団長になるのは異例だった。
そして、三年も従卒のままというのも異例だった。
そう、ロルフはずっと私の従卒だった。
ずっと私の馬を引かされていた。
フェリシアは魔導部隊の総隊長になっていた。
これも異例のスピードだった。
フェリシアの視線には、段々とロルフへの失望が混ざるようになっていた。
フェリシアにとって、ロルフは子供のころから絶対的な憧れの対象だった。
だからロルフの今の有様は、とても認められるものではなかったのだろう。
悲しいけれど、私にどうにか出来ることではなかった。
騎士への叙任の候補者は、半年に一度、ノルデン侯爵へ挙げられる。
私は団長になって以降、毎回リストにロルフを入れていたが、ロルフだけが叙任されなかった。
だからロルフはずっと私の従卒だった。
叙任は出来なくても、第五騎士団の人事権は私にあったので、せめてロルフを私以外の誰かの従卒にするという選択肢はあった。
でも、このころになると、私の馬を引くロルフの姿を見たくない、元婚約者の馬を引くロルフが可哀想、などという考えは抑えられるようになっていた。
団長として、私心で人事権を使うことなど許されなかったし、騎士団内の上下関係を蔑ろにするわけにもいかなかったのだ。
◆
ある日、団長室で私は哨戒部隊が持ち帰った報告書に目を通していた。
第五騎士団では、哨戒対象地域をいくつかのエリアに分け、それぞれで魔族や、その他魔獣などの敵性生物の発見数を観測していた。
そしてそのエリアの過去の観測密度を元にした係数をそれにかけ、地域ごとの脅威度を算出したうえで、その推移を記録するのだ。
これにより適切な部隊配置が出来るようになっていた。
一年前にロルフの進言を私が当時の団長に上げて用いられたものだ。
ロルフの立案であるという私の主張は無視されたが。
報告書の一部分に目が留まる。
ゴドリカ鉱山の脅威度が、ここ数か月で大きく下がっていたのだ。
巨大な銀鉱床が存在する山だ。
昔は王国が確保していたが、今は跋扈する魔獣に占拠されている。
その地の脅威度が劇的に下がっていた。
魔獣は移動や異種間の争いが多く、数の増減が激しい。
ゴドリカ鉱山の魔獣の数は、一時的なことではあるだろうが、掃討可能なレベルにまで落ちていた。
いまのうちに掃討してしまえば、ゴドリカ鉱山を確保できる。
そうすればロンドシウス王国は大量の銀を獲得できるのだ。
これは動くべきだと思った。
私はすぐに各部隊長ら幹部を招集し、ゴドリカ鉱山の奪還計画について話した。
鉱山の脅威度が低下し、現実的に奪還が可能であることを説明すると、彼らは一様に沸き立った。
もしゴドリカ鉱山が獲れたら、たいへんな功績になる。
ロンドシウス王国の騎士団は第一から第五まであって、数字はそのまま序列だ。
第一騎士団が最も強く、その団長は王国最強の存在だ。
第五騎士団は、最も下位の戦力。
事実上、貴族の子女の腰かけなのだから当然ではある。
でも、その第五騎士団が、ここ数年のほかの騎士団の、どの功績よりもずっと大きな功績を挙げられるかもしれない。
皆、熱に浮かされたように作戦計画の立案に入るのだった。
それから数週間、幹部たちと何度も協議を重ねた。
改めてゴドリカ鉱山を偵察させ、魔獣の戦力を更に詳しく確認した。
それから部隊を編制して指揮系統を整備した。
そして何日も徹夜し、補給計画の作成、進軍ルートと野営ポイントの選定、その他諸々を数週間に及んで詰めた。
作戦計画が出来あがった時、私は疲労の極致にあった。
でもその甲斐あって、完璧に満足のいく計画になっていた。
私は久々に強い充実感を味わっていた。
幹部たちも皆、疲れた顔に喜びを浮かべていた。
◆
私は団長室に居た。
手元の作戦計画書を改めて見返す。頬が緩むのを感じる。
そして、傍で掃除をするロルフに声をかけた。
「ロルフ、見て。今度の作戦計画よ」
「それは俺が見て良いものなんですか?」
「構わないわ」
本当は発表前の作戦を従卒に知らせて良いわけがないけど、ロルフには見せたかったのだ。
私が団長になって初めて立てた作戦計画。
ものすごく苦労して作った、そして類を見ないほど大規模な作戦計画。
久々にロルフが驚く顔が見られるかもしれない。
ロルフが計画書のページをめくって目を通す間、私はドキドキしていた。
だからロルフから返ってきた言葉が予想外のものであった時、自分の顔が強張るのを感じた。
「団長、この作戦は再考すべきです」
「・・・再考って、どこを?」
「どこというよりは、作戦実施の是非そのものをです」
「何を言い出すの!?」
さすがにそれは差し出口と言うほかなかった。
「あのねロルフ、ゴドリカ鉱山を獲ったらどれぐらい王国に恩恵があるか分かってる?」
「確かに恩恵はもたらされますが、弊害の方が大きいでしょう。ゴドリカで採れるのは銀だけです。ほかには何もありません」
「分かってるよ。その銀の量が膨大なの!」
「銀は第一類軍需品です。輸出できません。すべて内需に回されることになります。そしてそれの意味するところは大幅な軍拡です」
それはその通りだ。
大量の銀の獲得によって、各騎士団の末端にまで銀の装備が行き渡ることになるだろう。
でもそれは悪いことではない。
「ねえロルフ、誰もが銀の装備を与えられれば、魔族との戦いをより優位に進められることなるのよ」
それはあまりにも当たり前のことで、それがロルフに分からないということに少し苛立つ。
確かに従卒には大局を考えて物事を決める責任なんて無い。でも私は違う。
こんなに苦労しているのだ。
「そうなれば戦死者も減る。親しい人を亡くす人も減る。そして何より魔族を滅ぼす日が近づくの」
「いや、戦死者は増えます」
「なんでよ!?」
「現在戦場の数には事欠かず、中央はいずれの戦場においても戦線の押し上げを望んでいるからです。装備が拡充されて戦力が増せば、中央はそれより多くの負担を現場に課すでしょう」
「中央がそう判断するという根拠はあるの!?」
「ありません」
「だったら!」
いつの間にか声を荒げてしまう。
たぶんずっと前から、フェリシアと同じように、私もロルフに苛立ちを感じていた。
ただ自ら気づかないようにしていたのだ。
押し込めていたそれが、表に噴き出してくるのを感じる。
なのに、それを気にもしない表情でロルフは続ける。
「それに魔族を滅ぼす必要なんてありません」
「ロルフ!?」
信じられない台詞だった。
私たちが、ロンドシウス王国が、日々戦っているのは何のためなのか。
すべての人々の平穏のため、未来のためだ。
魔族を滅ぼさない限りそれは訪れない。
それを否定するなんてあり得ない。
望まぬ日々を送り、卑屈な考えに支配されるうち、人とは違う方向を向いてしまったのだろうか。
「団長、ひとつの種を滅亡させることなんて現実的に出来ません」
「それを目指すのが私たちの使命でしょ!? それに戦争は私たちに優位に進んでる! 魔族を滅ぼす日は来る! 私たちがすべてを賭けてそれに向かえば!!」
「それを修羅道と言うんです」
「バカなことを!!」
私は我を忘れて激昂してしまう。
まさか私たちの戦う理由を否定されるなんて思わなかった。
確かにロルフは、女神ヨナからの祝福を与えられなかった。
魔力を得られなかった。
でも、だからと言って、神の名のもとに邪と戦う責任を放棄して良いわけがない。
どうせ神に愛されなかったから、などと考えていじけてどうするというのだろう。
この世界に人として生まれたからには、人のために、世界のために、大切なもののために戦わなければならないのだ。
どうしてそれが分からないのだろう?
「それと、作戦の前提にしている鉱山の脅威度の低下は疑わしいと考えます」
「脅威度の算定はロルフが考えた仕組みでしょ!?」
「魔獣の減少が急速すぎます。強力な個体が出現した結果、魔獣たちが逃げ去っている可能性を疑うべきです」
「強力な個体ってなに? 発想が突飛すぎるよ!」
「居ないかもしれません。しかし見つかってないだけかもしれない」
ロルフは、とにかく作戦を否定したいようだった。
私は深く息を吐いて心を落ち着かせる。
「ロルフ、銀の装備が行き渡れば、あなたの立場は更に悪くなるかもしれない。でも、これ以上あなたが不当に扱われないように、私が団長としてちゃんと取り計らうから」
ロルフの目をまっすぐ見て言う。
「私は絶対にロルフの味方だから」
私の切実な思いが伝わってほしいと願って。
「でも、私がそうするためには、あなたにももっと考えて貰わなきゃならない。騎士とはどういうものなのか。私たちはなぜ戦うのか。それをもう一度よく考えて?」
銀の装備が下級団員までを含めて全員に行き渡れば、いよいよロルフは剣でも誰にも勝てなくなる。
そのことは私も気にかかっていた。
でもロルフの立場を守るために作戦を取りやめることなんて当然出来ない。
その代わり、私はロルフが不当に扱われないよう、全力を尽くすつもりだ。
でも、そんな私の思いを無視するように、ロルフは言う。
「団長、それでも俺はこの作戦には反対です」
血が冷えるような感覚を覚えた。
もう一度、深く息を吐いて、感情を取り払った声音で告げる。
「ロルフ、これは騎士団としての決定なの。戦略レベルの決定に、従卒が口を出すことなんて許されないわ」
「・・・申し訳ありませんでした」
そう言ってロルフは掃除に戻る。
それを見届けて私は自分のデスクの椅子に深く体を預けた。
無駄に豪華なマホガニーのデスクと革張りの椅子。
革がなんだかとても肌に冷たい。
ロルフはすぐ傍で掃除をしているけれど、ロルフとの間に遠い距離を感じる。
私は、世界から逃げるように目を閉じた。
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