47_独白1

 ロルフは子供のころから、みんなのお手本だった。

 何でもできたし、何でも知ってた。


 剣は同年代の誰よりも強く、時には大人にだって勝ってた。

 領地運営に関する難しい本を読んでは、バックマン男爵やお父様たちと議論してた。

 貴族としての立ち振る舞いも完璧で、バックマン家は安泰だと誰もが思った。


 私───エミリー・メルネスは、そんなすごい人の婚約者で、これからずっとずっと先まで、ロルフと人生を共有できる筈だった。

 そのことに深い幸福を感じていたし、誇らしかった。

 ロルフと一緒にいる毎日も、これからロルフと一緒に迎える未来の日々も、全部キラキラして見えた。


 だから神疏しんその秘奥を受けたあの日、ロルフに魔力がないことが分かって私は、足元に暗い穴が開くのを感じた。

 どんなに学に秀でていても、どんなに剣に優れていても、魔族と戦う人類社会においては、魔力の無い者にまともな未来が与えられることは無い。


 ロルフぐらい万事に優れた人なら、多少魔力が劣っていても、立場を守ることはできたと思う。

 でも、ロルフには魔力が "無かった"。

 ゼロだった。


 魔力が無いのでは、魔族と戦えない。

 魔法攻撃を防げるのは魔法防御だけだし、魔法防御を破れるのは魔法攻撃だけだ。

 ロルフには魔法を防ぐことも、破ることも、決して出来ない。


 そもそも魔力っていうのは、すべての人間に与えられる、女神ヨナからの祝福だ。

 聖者ラクリアメレクが天啓を得て人々にもたらした神疏の秘奥は、あらゆる人々に魔力を与えた。秘奥を受けて魔力を得ない人間は居ない。

 父母から血肉を与えられるのが当然であるように、女神から魔力を与えられるのもまた当然なのだ。


 それなのにロルフは違った。

 ロルフは女神から棄てられた男。

 魔力の多寡が人の価値に直結するこの国で、魔力の無いロルフは侮蔑の対象でしかなかった。

 ロルフ・バックマンは人間未満の役立たずであり、とどのつまり"欠陥品"であるというのが、この国における事実だったのだ。


 だからロルフはバックマン家を廃嫡された。

 私との婚約も白紙になった。


 対して私は、第五騎士団で歴代最高の魔力を持つと判定された。

 その結果、私は従卒を経ず、初年度から騎士として団に迎えられ、しかも幹部待遇で梟鶴きょうかく部隊に配属されることになった。


 従卒としてロルフを付けられた時は驚いた。

 私のような例外を除き、新人の団員は従卒となるが、ロルフが私の従卒になったのは偶然じゃなかったと思う。

 たぶんどこかで悪意が働いたのだ。

 "欠陥品"を元婚約者の従卒にさせて嗤おうというのだろう。


 ロルフが大きな背を丸めて私の防具を手入れしたり、私の馬を引いたりする姿を見るのは悲しかった。

 そのうえロルフは私に敬語を使った。

 以前と同じように話すよう言ったけど、ロルフは聞き入れなかった。

 私とロルフの間に、明らかな距離が生まれていた。


 ただ、ロルフと一緒に居られるのは嬉しくもあった。

 婚約は白紙になったがロルフが居る人生を諦めるつもりは私には無かったのだ。

 ロルフと一緒に居るのは当たり前のことだったのだから。


 ◆


 入団の翌年、私は梟鶴部隊の隊長になっていた。

 フェリシアも第五騎士団に入団してきた。

 兄とはまったく違って膨大な魔力を持っており、魔導部隊の幹部候補と言われた。

 フェリシアはロルフの境遇に驚き、そして悲しんでいた。


 ロルフは従卒のままだった。

 でも剣の鍛錬は怠らず、その非凡な腕前は健在だった。

 魔力偏重主義の騎士団では、純粋な剣技は軽視されたが、ロルフは剣技を磨き続けた。


 それにロルフは、体もいちばん大きく、誰にも負けない膂力を持っていた。

 ロルフは、魔族と戦闘になったら役に立てるはずもないと皆に言われていたけど、団員との訓練では存在感を示していた。


 ただ部隊長以上の幹部にはまったく敵わなかった。

 幹部は魔力伝導率に優れた銀の装備を与えられているからだ。

 魔力のないロルフでは、一切の攻撃を通せない。一方的にやられるだけだった。


 銀の装備を脱いで訓練に臨むという考えは幹部たちには無かった。

 実際の戦闘でも常に銀の装備を纏っているのだから、その扱いに習熟するためにも、訓練では常に装備を身に着けるというのが彼らの考えらしかった。


 でもそれだけじゃないってことは、ロルフを嬲る彼らの顔に浮かぶ愉悦を見れば明らかだった。

 団員のなかには、突出した剣技を持つロルフを認める者も居たようだけど、それはごくわずかで、圧倒的多数にとってロルフは変わらず侮蔑の対象だった。


 まだ私が部隊長だったある日、剣術訓練なのに魔法を放ってロルフに大ケガを負わせる者がいた。

 剣でロルフに押され、負けそうになった時に放った魔法だったそうだ。

 "欠陥品"に負けるなんて許せなかったんだろう。


 私は報せを聞いてすぐに医務室に駆け付けた。


「ロルフ! 大丈夫なの!?」


「・・・問題ありません」


 ベッドに横たわったままロルフは答えた。

 体中に巻かれた包帯には、所々鮮血が浮き上がっている。問題ないようには見えなかった。

 私は焦りのままに軍医に詰め寄って容体を聞いた。


「ケガの具合はどうなんですか?」


「何か所もの裂傷と内出血がありましたが回復魔法が施されました。傷はほぼ塞がっています。後遺症が残るようなこともないでしょう」


 軍医の説明にとりあえずホッとする。

 だけど、続く軍医の言葉が私をイラつかせる。


「ただ、そもそも普通なら問題なく防げた魔法攻撃だったはずですがね」


 私は自分の声が低くなるのを自覚せず、軍医に問い質した。


「・・・彼に非があるということですか?」


「誰に非があるかは医者である私が考えることではありません。ただ治療もタダではないということです」


 腹は立つが、こんなやつと話してる場合じゃない。

 ベッドの上のロルフに声をかける。


「剣術訓練中に魔法攻撃を仕掛けるなんて! すぐに相手の上官に抗議するから!」


 でもロルフは天井を見ながらひとこと言うのみだった。


「不要です」


「どうしてよ!?」


「抗議などしたところで、どうにもなりませんから」


 ロルフは自分の扱いをいつも黙って受け入れている。

 こんな目に遭わされてもまだ不平を言わない。言い返そうとも、やり返そうともしない。

 そんな姿に私はイライラしてしまう。


「いいえ、そんなことはない。とにかく抗議してくるから!」


 医務室を飛び出した私は相手の男が所属する部隊を訪れ、部隊長に激しく抗議した。

 でも、その男はまるで取り合わず、軍医と同じことを言っていた。


「普通の魔力を持っていればケガなど負っていません。問題は彼の方にあるとお考えにはなれませんか?」


「ふざけないで!!」


「・・・メルネス隊長。理解を賜りたい。魔力のない"欠陥品"を基準にものを言われても困るのです」


 同じ部隊長ではあるけど、私は梟鶴部隊の部隊長だ。

 だからか、そいつの態度には私への遠慮があるようだったが、ロルフへの差別意識はまったく隠れていなかった。


「くっ・・・!」


 業を煮やした私はその足で団長のもとを訪れ、同じように抗議を申し入れたけど、同じように取り合われなかった。

 これが騎士団の、というよりこの国の、魔力を持たない者に対する共通認識なのだ。


 ロルフは何も不平を言わない。私も受け入れるしかなかった。

 悔しかった。


 ◆


 部隊長だったころの出来事で、もっと思い出したくないことがある。

 ロルフとの訓練だ。

 自分の従卒をしっかり鍛えるようにと、ロルフとの剣術訓練を団長から命令されたのだ。

 私は銀の装備を脱いだうえでの訓練を主張したけど、受け入れられなかった。


 訓練のあいだ、私は一体どんな表情をしていただろうか。

 魔力を通された銀の鎧は、私の体全体に魔法障壁を発現させている。

 ロルフの剣では、私のどこを狙っても体に届かない。


 それは絶対だ。

 魔力のない者は魔法を破れない。

 一たす一を何万回何億回計算しても二以外ありえないのと同じ。ロルフの振る剣は魔法障壁に必ず止められる。絶対の法則なのだ。


 ロルフの剣は鋭く流麗だった。目で追えないほどに速く、そして的確に私の急所に吸い込まれてくる。

 だけど私の体に触れる直前でぴたりと止まる。


 対して、私の剣は着実にロルフにダメージを蓄積させる。

 躱されても魔力の波がロルフを斬り裂く。

 防がれても魔力の衝撃がロルフを蹂躙する。


 両者が立っている限り、団長は終わりにさせてくれない。

 勝負になっていないのに、戦いは長丁場になってしまう。

 ロルフは恐るべき身体能力でダメージを最小限に抑え、そして信じがたいほどの精神力で立ち続けていた。

 その剣は絶対に私に届かないのに、体が動く限りは戦いをやめようとしない。


 わざと倒れ伏すという選択肢はロルフには無いのだ。

 いつも自分の境遇を受け入れているように見えるのに、剣を握っている時の姿はすべてに抗うようでもあった。


 悲痛な光景だった。

 ロルフはぼろぼろの姿で立っている。

 対して私は傷ひとつ無い美しい銀の装備を纏って立っている。


 いつだって誰よりも強く、頼りになったロルフ。

 私はそんなロルフと肩を並べて魔族と戦うことを夢見ていた。

 私がロルフに追いつけるぐらい力を付ければ、叶うはずの夢だった。


 それなのに、どうしてこんなことになっているのだろう。

 なんでロルフはあんなに哀れな姿になってしまっているのだろう。


 訓練は、ロルフが意識を消失してくずおれるまで続いた。

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