46_悲劇の地へ

 俺はバラステア砦でエッベと向き合っていた。


「エッベ、俺は来月、少しまとまった休暇を取る」


「ほう、良いご身分で」


「その間、砦を任せる。このところは攻撃は無いが、戦闘になった場合は各部隊長の意を汲みながら指揮をすること」


「ふむ。まあ指揮の方はお任せ頂いて大丈夫ですよ」


「部隊の編制は組み替えないように。それから追撃含め、砦から出て戦闘に及ぶことは厳禁だ」


「ふん・・・その話は分かってますよ。何度も言わなくて結構です」


「その他、詳しいことは別途指示する」


 俺はミアを連れて魔族領へ出向き、彼女の姉を捜す。

 今はそのための準備をしていた。

 そこへ兵士がひとり、入室してくる。


「司令官、中央から書簡です」


「ああ、ありがとう」


 彼の手から書簡を受け取り、中身を確認する。

 そこには、あまり予想していないことが書かれていた。


「代理どの、何が書かれてるんですか?」


 エッベが探るような目つきで訊いてくる。

 中央からのものとあって、権力志向の強い彼としては中身が気になるようだ。


「第五騎士団の参謀長を募るものだ」


 ゴドリカ鉱山の奪還によって軍拡が為されて以降、各騎士団では体制の見直しを行っている。

 その中で、新たに参謀長を迎え入れた団もある。

 第五騎士団にはまだ居なかったが、今般、その役職を設けることにしたようだ。

 それ自体は意外なことではないが、募集要項がかなり特徴的だった。

 条件にこうある。


 "騎士団に五年以上在籍したことがあり、かつ戦闘を指揮した経験があること"

 "望むなら前線に出ることも可"

 "過去に受けた賞罰はその一切を問わない"


「ふん、騎士団への在籍経験ですか。では私はお呼びではありませんね」


 エッベがつまらなさそうに言う。

 それにしても、この条件は・・・。


「しかし賞罰は問わない、とはね。まさに代理どのにぴったりじゃないですか。第五騎士団に出戻ってみては?」


「そうして欲しいのか?」


「さてねえ」


 中央からの書簡ではあるが、内容は第五騎士団によるものだろう。

 この募集要項を決めたのは第五騎士団の団長、つまりエミリーだ。

 俺の婚約者だったひとだ。


 この辺境でも彼女の噂は度々耳にした。

 その声望は、いや増すばかりのようだ。

 雷を操る戦乙女は、騎士たちのみならず、民衆からも人気を集めている。


 驚いたことに、彼女は封土を与えられ、実家のメルネス家はそのままに、新たに貴族家を興すに至ったらしい。

 ヴァレニウス家だったか。


 つまり、今の彼女はエミリー・ヴァレニウスという名になっている。

 中央での覚えも良く、いまや飛ぶ鳥を落とす勢いの英雄だ。


 そんな彼女が、第五騎士団に人材を募っている。

 明らかに特徴的な条件でだ。


 一つ目は普通の条件だが、二つ目の一文は異例だ。

 "望むなら前線に出ることも可" とある。


 いつかの夜を思い出す。

 あの時、毎夜剣を振る俺に、エミリーは軍略の道を志すよう勧めたのだ。

 剣を置くべきだと。

 魔力が無くては、剣を取って魔族と戦うことは出来ないからと。


 しかし、剣を拠り所とする俺は、それを拒否した。

 そして今も剣を振り続けている。


 エミリーはあの夜のことを憶えているのだ。

 そして、参謀長になっても、自身が剣を取ることを認めると言っている。

 恐らく自意識過剰ではないと思うが、エミリーは俺を呼んでいるのだと思う。


 そして三つ目の一文。

 "過去に受けた賞罰はその一切を問わない" 。

 これも明らかに異例だ。

 追放された者でも構わないということだ。


 もっとも、本当に一切を問わないのかは疑問だ。

 名誉を重んじる騎士団で、やはり追放という不名誉の意味は大きい。

 謝罪は求められているのだろうな。


 それでも追放された者が要職を得て返り咲くなど、軋轢の元にしかならないと思うが、今のエミリーにはそれをどうにかできるほどの権勢があるのだろう。


 目を閉じると、瞼の裏にエミリーの顔が浮かぶ。


「第五騎士団か・・・」


 あそこでエミリーと共に五年間過ごした。

 フェリシアも居た。

 皆には加護なしとして疎まれ、蔑まれもしたが、俺にとって無価値な日々だったとは思わない。


 そして戻れば、参謀長という要職に迎え入れられるかもしれない。

 そうなれば今度こそ騎士の叙任もあり得る。


「・・・・・・・・・」


 だが俺は、自ら選択して進んだ道を後戻りするつもりはない。

 それに俺にはもう、守るべき約束があるのだ。


「で? 募集に応じるんですか?」


「・・・いや、その気はない」


 そう言って、書簡を卓上に置くのだった。

 すまない、と胸のなかで呟いて。


 ◆


 数日かけて砦の指揮に関する申し送りを済ませた俺は、旅支度を始めた。

 ミアの集落は、森を北西に抜けた先にある。

 そう遠くはない。

 さして大きい森ではないため、急げば一日以内に抜けられる。


 ただ、魔族との会敵を避けるルートを行くため、どうしても森のなかで一晩を過ごす必要があるのだ。

 ミアを連れて野営することになる。


 また魔獣に関しては、魔力を持つ高位のものは居ないことが分かった。

 まあ、砦攻めの際は魔族が行軍している森だからな。


 そして目的地である集落跡地には、領軍の駐屯は無い。

 森の向こうに駐屯することは現状難しいからだ。

 従って、かの地は掠奪の後、完全に放棄されている。


 今のところ魔族がかの地を取り返そうとする気配も無いようだ。

 今後も同様である保証は無く、現地で魔族と鉢合わせする可能性はあるが、ミアの姉を捜すには、そこへ行くよりほか無い。


 この段になって気づいたが、俺は集団での行軍の経験はあるが、旅は初めてだった。

 砦へ赴任する時、ノルデン領から移動して来たのが旅と言えば旅だが、あれは乗合馬車を乗り継いだだけだしな。


 一人ならどうとでもするが、ミアを連れて野営までするとなると、どうも旅支度の加減が分からなくなってしまう。

 ミアのための食料やら毛布やらをあれもこれもと用意しているうち、大荷物になってしまった。


 森ではたった一泊するだけだ。

 むしろ身軽に移動できるよう、荷物の量を抑えなければ。

 可能な限り早く森を抜けて、集落跡地へ至りたい。


 俺は千々ちぢに乱れる思考と荷物の整理に苦労するのだった。


 ◆


 出発の朝。

 官舎を出て準備する。

 食料、野営の道具、それと昔から使ってる飲み水用の革袋を馬に積んだ。


「行くぞミア。準備は良いか?」


「・・・はい」


 ミアはこくりと頷く。

 彼女にはフードを目深まぶかにかぶせていた。

 俺は馬にまたがって前にミアを乗せる。


 ミアの胸中は分からない。

 悲劇のあったその地へ行こうと俺が言った時、ミアはただ頷いた。

 元々、俺の言葉を拒絶することは無いのだ。

 だから彼女が本当はどう思っているのかを、俺は掴めずにいる。


 姉君を捜そう。

 結果、悲しい事実が分かったとしても、生死をはっきりさせるべきだ。

 そうしてこそ、明日へ進める。


 俺は濁さずそう伝えた。

 そしてそれに対しても、ミアはただ頷いた。

 俺の独り善がりである可能性はある。

 だが、彼女が進むためにはこうする必要があると俺は信じたのだ。


 しかしそれ以前に、とにかく。

 生きていてほしい。


 エーファ。

 それがミアの上の姉の名だそうだ。


 行こう。エーファを捜しに。


 俺は手綱を強く握りしめ、馬を出発させた。


 ◆


 領都を出て、ほどなくバラステア砦に至る。

 砦に入り、魔族領側の門へまっすぐ向かった。


「司令官、お疲れ様です」


 門には兵士がふたり居た。

 胸の前で拳を握り、敬礼して俺を迎える。


「ご苦労。俺が魔族領側へ視察に出る旨、伝えてある筈だが」


「聞いています。休暇中だというのに、さすが司令官は熱心なことでいらっしゃいますな!」


 兵士のひとりがそう言う。

 モルテンという男で、やたらと俺を持ち上げる発言が多い男だ。

 だが目元には、常に侮蔑の念が揺蕩たゆたっている。


「ああ、ありがとう」


 俺が適当に応えると、もうひとりの兵士がニヤニヤしながら門を開ける。

 眼前に平野が広がり、その向こうに森が見えた。


「従者はひとりだけですか?」


 モルテンがミアについて問う。

 ミアはフードの下、無言で俯いていた。


「ああ。ごく近い地域を見て回るだけだ。心配いらない」


「たしかに司令官ほどの方ならば、従者などひとりで十分でしょうな! 貴方の姿が見えれば、魔族など裸足で逃げ出しますから!」


「ぶふっ!」


 モルテンが笑顔で言うと、もうひとりの兵士が吹き出してしまった。

 楽しそうなことだ。


「そうかもな。では行ってくる」


 そう言って俺は門を出た。

 そして馬を走らせる。

 蹄の音が魔族領に響いた。

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