37_辺境の砦2
予想どおり、敵の本隊は西から来た。
これに対し、あらかじめ西側の防衛戦力を厚くし、備えを十分にして迎え撃つ。
「数的優位の確保を忘れるな」
「はっ!」
俺は改革のひとつとして、彼我の戦力差をリアルタイムに観測して報告する部隊を新設し、物見塔に配置していた。
そこから各部隊長に情報を伝達し、それに応じて部隊を運用させている。
各地点の状況に応じて、流動的に部隊を投入できるようにしたのだ。
それには部隊間の連携強化が必須だったため、組織の風通しを良くしたうえで部隊を再編成し、連携力を高めることに腐心した。
結果、いずれの地点の戦闘においても数的優位が確保できるようになっていた。
これまでは柔軟で即時的な戦力投入が出来ておらず、砦内に遊兵が生まれていたのだ。
今では、現有戦力のすべてを効率的に運用出来ている。
段々と危なげない戦闘が出来るようになってきており、俺はこの日の戦闘も優勢と分析していた。
◆
三時間後。
大勢は決した。
部隊長が状況を報告してくる。
「司令官、敵が撤退していきます。追撃しますか」
「いや、放っておけ」
「なに言ってんだよあんた!」
突っかかってきたのはエッベ隊のカールだった。
「敵は減らせるうちに減らさないと、後々困ることになりかねないだろうが!」
「追撃なんかしても大して減らせない。それより、被害状況の確認と報告が重要だ」
「ちっ! 惰弱な!」
そう言って、カールほかエッベ隊の面々はその場を立ち去るのだった。
それを尻目に、俺は被害状況の確認を急がせた。
あとで分かったことだが、この日の戦闘は戦死者ゼロを達成していた。
◆
バラステア砦から馬を飛ばして一時間。
俺は領都アーベルに来ていた。
酒場のドアを開けて入る。
すぐさま、若い男の張り上げる声が聞こえてきた。
「そんで俺は、逃げる魔族をぶった斬ってやったわけよ!」
カールだ。
片手にエールを掲げて機嫌よく武勇伝を語っている。
「大斧担いだ一番デカいヤツを殺ってやったぜ! 仲間を逃がそうとしてやがったからよ! 背中からバッサリだぜ!」
「ははははは! 背中からとは卑怯だなカール!」
「バカ言え! 戦争なんだぜ! 卑怯とか言ってるヤツから死ぬんだよ!」
「ああ、そいつは違いねえ!」
「まったく非情だねえ戦争は! だはははははは!」
砦の兵員のひとりが、エッベ隊は戦闘後いつもこの店で飲むと言っていた。
その言葉のとおり、彼らがくだを巻いている。
彼らを問い
俺はその騒がしいテーブルに近づき、そこに居たひとりに話しかけた。
「エッベ、どういうことだ」
「・・・・・・どう、とは?」
カールの話を黙って聞いていたエッベに、怒気を隠さない言葉をぶつける。
「追撃は禁じたはずだ」
「私の部隊の動き方を決めるのは私です」
「お前の部隊を再編成の対象外とはしたが、それだけだ。戦闘中の指示を無視して良い筈がないだろう」
俺の言葉を聞き、エッベが面倒くさそうに溜息を吐いた。
その横でカールがいきり立つ。
「あのよお、あんたよお! こっちはしっかり敵を殺してきたんだぜえ!? 戦えもしない加護なしのあんたに変わってよお!」
「エッベ、命令違反だ。明朝俺の部屋に来い」
ここで話していても埒が明かない。
エッベに指示し、俺はその場を後にした。
エッベは舌打ちしていた。
「おいおい何処へ行くんだ司令官さんよ! 飲もうじゃねえか! 剣の使い方をレクチャーしてやるぜ?」
背にぶつかるカールの声を無視し、俺は立ち去った。
◆
翌朝。
領都アーベルから砦へ来客があった。
この地の領主であるアーロン・ストレーム辺境伯だった。
「初めましてだな、バックマン」
「こちらからご挨拶に伺うべきところ、不義理の極みにて申し訳ありません。砦の戦力を立て直すことが急務でしたので」
「構わんさ。私としても、加護なしなんぞに挨拶に来られても困る。暇じゃないのでね」
辺境伯は、口ひげをたくわえた顔に笑みを浮かべてそう言った。
王国貴族として、ごく標準的な価値観を持った男のようだ。
「きみ、エッベ君の行動を命令違反だなどと言ってるそうだな? あれは有能な男だぞ。ああいう男にしっかり学ぶべきだよ、きみは」
「・・・・・・」
「彼を処分するようなことは無いように。良いな?」
俺は騎士団から追放され、今はストレーム辺境伯領に所属する兵士だ。伯の命令に逆らうことは出来ない。
「・・・分かりました。今日はそのことを言いに?」
「あれを送り出すついでにな」
辺境伯が外を指さす。
この司令官室からは、魔族領側へ通じる門が見える。
そこに、領都から来た部隊が二百名ほど並んでいた。
「攻撃に出るのですか? 聞いておりませんが」
バラステア砦の役割は防衛のみだ。
砦から打って出て魔族領に攻撃を加えるのは、辺境伯直属の領軍だった。
「予定を早めたんだよ。このところ砦の防衛が上手くいってるし、敵戦力も減っているだろう。昨日も、エッベ君たちがしっかり追撃して、敵を減らしてるしな」
「お聞きしても?」
「なんだ」
「なぜ
「そんなもの決まってるだろう」
「掠奪が目的ですか?」
俺が言うと、辺境伯は怪訝な顔をし、次いで憐れむような目を見せた。
「加護なしというのは、そこまでズレてるのか。女神ヨナに棄てられたというのは、伊達ではないのだな」
「仰る意味を分かりかねます」
「あのなあバックマン・・・。魔族相手に掠奪という概念は無い。本当にイカれてるのかきみは?」
辺境伯の言うことは、一般的に正しい。
王国の、ひいては人類の常識として、魔族との戦争に、掠奪に類されるような咎められるべき行動は無い。
なにせ、この戦いは魔族の殲滅を目的としたものなのだ。
居住区であろうが、そこに居る非戦闘員であろうが、奪い、攻撃する対象となる。
人類国家同士であれば、そんなことは許されない。
人道に反する行為だ。
しかし"悪辣な怨敵"である魔族が相手ならば話は別だと言う。
それが人類共通の、ごく当たり前の考え方なのだ。
だが俺には、これがどうしても理解出来なかった。
なぜ戦えない者から奪うのだろう?
非戦闘員を捕虜にして連行することもあるのだ。
それが人類にとって正しい行いだと、広く認識されている。
領軍が、あの馬車の荷台に魔族たちの財産や、ひょっとしたら奴隷として労働力にするための者たちを乗せて帰ってくるのも、人類のための正当な行いということになる。
それを認めることが出来ない俺は、異議を唱えずにいられなかった。
「辺境伯様。戦って平和を勝ち取っても、その平和が汚れていては意味がありません。掠奪など、俺たちを貶める行為でしかない。相手が魔族であってもです」
「魔族から奪うのは掠奪ではない。そう言ってるだろう」
「戦えない者から奪うという行為に変わりはないのに、相手が違えば許されるというのは筋が通らないとお思いになりませんか?」
「おい、魔族だぞ? 聖者ラクリアメレクの時代より人類の仇敵である、けだもの共だ」
辺境伯の声に怒気が混ざる。
それでも俺は食い下がらずにはいられなかった。
「聞いてください辺境伯様。奪うことに慣れれば、精神が堕ちます。命のやり取りを生業とする我々だからこそ、清廉であろうとしなければならないのです」
「魔族から奪うことは我々の清廉さを損なわせるものではない! 貴様いいかげんにしろ!」
「そもそも奪わずとも勝てます!」
「財や労働力を奪い、我が方のものとすることで、敵の力を削ぎつつこちらの国力を上げられるであろうが! その結果、死なずに済む人間も出てくるであろうが! なぜこんな常識を論ぜねばならんのだ!」
「しかし辺境伯様!」
「くどい!!」
・・・駄目だ。伝わらない。
俺が間違っているとは思えない。どうしても思えない。
だが、俺が言っていることは異端で、きわめて非常識なのだ。
だから俺の言葉は決して届かない。
俺は両手を握りしめ、歯噛みするのだった。
◆
その後、辺境伯は領都アーベルに戻り、領軍は魔族領へ向けて進発した。
俺は前進する空の馬車を見ながら、孤独と無力感を感じていた。
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