36_辺境の砦1

 まず俺は部隊に引き合わせてもらい、その戦力を確認した。


「代理どの、感想は?」


 ニヤつきながらエッベが尋ねる。


「装備は貧弱だが、それぞれの練度は悪くない。だが連携に課題が多い」


「ははは! 連携に課題! なるほどなるほど。それらしい言葉を言ってみたかったんですか?」


「そもそも部隊の編制がおかしいんだ。部隊間の戦力に差があり過ぎる」


 戦力の偏りが激しい。

 強い者を強い者同士でまとめるという意図が見える編制だ。

 もう少し部隊間の戦力を平滑化させないと、連携が上手くいかない。


「はあ。そうですかねぇ?」


「それと、向こうの一団は何だ?」


 三十人ほど、銀の装備に身を包んだ者たちが居る。

 見た感じ、特に強い者の集まりのようだ。


「副司令官である私の直属部隊です。何か問題でも?」


 部隊間の戦力の平滑化とは別に、選抜した強い者たちを指揮官の傍に置くことは誤りではない。

 梟鶴きょうかく部隊の例もある。

 だが人数が少しばかり多すぎる。


「あんなに必要か?」


「要るでしょう。貴方には分からないかもしれませんが」


 エッベが大仰なしぐさで答える。

 まあ良い。

 防衛戦が主体となる砦では、攻め込まれている箇所へ投入する予備戦力としても使える。

 後ろに三十人置いてあっても、別に戦術的過誤とは言えないだろう。


 ただ、この部隊の編制に口出ししないことを条件に、それ以外の部隊の再編制については認めさせてしまおう。


「直属部隊としてエッベが統制しているならそれで良い。ただし、それ以外の部隊については俺が再編成させてもらうぞ」


「まあ良いんじゃないですか? ご自由に」


 エッベは自分のもの以外は二の次と考えるフシがあるようだ。

 エッベ直属以外の部隊については、俺が再編成することが決まった。


「では再編成後の部隊については追って指示する」


「はいはい」


 手をひらひらさせながら応えるエッベ。

 薄く笑った顔には、軽侮の念が常に貼りついていた。


「エッベ、先ほども言ったが、お前の個人的な好悪はお前の自由だ。お前たちが命がけで守る砦の司令官の座を、左遷先のポストに利用されて憤る気持ちもあるだろう。だが───」


「おやおや、私を慮ってくれるんで?」


 エッベは笑顔を貼りつかせたまま言う。


「でも砦は所詮、騎士団から見れば下部組織ですからねえ。落ち延びてきた貴族サマが要職に就くことは、まあ無くは無いですよ」


「・・・・・・」


「しかしね、この砦は要衝なんですよ。しかもアナタは騎士になれなかった人だ。尊敬しろったってね・・・」


「ああ、誰にも敬意を払う相手を選ぶ自由がある。だが上官の命令を蔑ろにすることは許さない」


「分かってますって。そう凄まないでください。怖いじゃないですかぁ」


 笑顔のまま自分の肩を抱き、震えるしぐさをするエッベ。

 前途多難だ。

 だが極端に死傷者が多い状況を変えなければならない。

 俺は砦の改革を決意するのだった。


 ◆


 翌朝。

 砦の前に各部隊が整列している。

 そして彼らを、銀の鎧を着たエッベ直属部隊が叱責していた。


「第四部隊は哨戒が遅延! 第五部隊は命じた外壁の補修が未完了! どういうことか!」


「それは、哨戒地域の変更を直前に申し渡されたからで・・・」


「と、当部隊は人員が補充されておらず、作業にあたれない旨を報告しましたが」


「貴様ら! 口答えするか!」


「い、いえ。申し訳ありませんでした」


 エッベ隊の者たちが皆を糾弾し、謝罪させるというやりとりが延々と続いている。


「エッベ、これは何をやっているんだ?」


「何って朝礼ですよ。見て分かりませんか? 前日の皆の働きについて、反省点を指摘し、改善するための場です」


 エッベは得々として語る。

 恐らく彼が考えた施策なのだろう。


「いいかエッベ、朝礼は廃止だ」


「は? 仰る意味が良く分からないのですが?」


「そのままの意味だ。朝礼は明日からやらない。彼らの指摘の内容は建設的ではない。この朝礼は、上位者が何かをあげつらい、下位の者が謝罪して、それぞれの立場を再認識するという場にしかなっていない。不毛だ」


「おい! あんた何様のつもりだ!」


 激昂したのは、エッベ隊で最年少と思しき男だった。

 幼さの残る顔を怒りで赤くして俺に詰め寄ってくる。


「司令官つったって代理だろ? 左遷されてきた無能者って話じゃねえか! この砦はエッベさんと俺たちで回ってるんだよ! あんたは黙ってろ!」


「カール、あまり苛めないでやれ」


 エッベが男を諫める。

 男はカールと言うらしい。


「でもエッベさん!」


「代理どのは加護なしなんだ。戦のことなんか何も分からない可哀想な人なんだよ」


「加護なし? なんですかそれ?」


「女神ヨナから魔力を貰えなかった者だ。彼は魔力をまったく持ってないのさ」


 カールほかエッベ隊の面々が唖然とした表情を見せる。

 それから爆ぜるように笑い出した。


「あはは! あははははは! なんだよそれ! そんなヤツが居るのか!」


「マジかよ! それで最前線に来ちゃったのかよ! 気の毒すぎるだろ!」


 そしてカールが剣を抜いて俺に向けてきた。

 それをエッベ隊の者たちがはやし立てる。


「司令官! ひとつ俺に稽古をつけてもらえませんか!?」


「ぶはははは! さすがカール! 熱心だな!」


「やめてやれよカール! 司令官泣いちゃうぞ!」


「あははははははは!」


 腹を抱えて笑い続けるエッベ隊。

 責任上、叱責しなければならない場面だが、それが無駄であることは分かっている。

 やはり責任は成果を挙げることで全うするしかない。


「この朝礼は本日をもって中止とする。また、第五部隊は人員が補充されていないとのことだったが、その点も含め、部隊は一両日中に再編成する。以上、解散」


 俺は改めて告げ、立ち去る。

 その間も、エッベ隊の笑い声は響き続けていた。


 ◆


 数日後。


「エッベ、この報告では、予測された被害と実際の被害の差が分からないぞ」


「いや、実際の被害が分かれば良いでしょう。何を言ってるんです?」


「駄目だ。予実管理は徹底させろ」


「は? ヨジツ?」


「報告には必ず予測と実績を入れさせろ。そして差異の理由を報告に含めるよう、各部隊長に伝えるように」


 報告書を見ながらエッベと会話する。

 最前線だけあって、この数日の間にも散発的に戦闘が発生していたが、死傷者は減っている。

 部隊を再編制し、指揮系統を整理し、配置やローテーションを見直すことで、砦の状況は明らかに好転した。


 だが俺に対するエッベの態度には変化が無かった。


「そんなにしっかり報告書を書いてどうするんですかねえ? 我々の本分は戦うことなんですが」


「その本分を全うするために言っているんだ。命令に従え」


「・・・ふん。加護なしが何を」


 そのエッベの言葉をかき消すように、警笛が鳴った。

 敵襲を知らせる合図だ。

 ややあって、部隊長のひとりが駆けてきた。


「司令官! 敵襲です! 東門に多数の魔族!」


「数は?」


「まだ観測中ですが、昨日と同程度と見込まれます」


「第一部隊は負傷者が復帰していない。第二と第三に西を守らせ、東門には第六を行かせろ」


 それを聞いたエッベが、呆れるように言った。


「代理どの、報告を聞いてましたか? 敵は東門から来てるんです。西を厚くしてどうするんです?」


「昨日、敵が東門を破ろうとしたのは、明らかにポーズだった。あれは東門に意識を集中させるための布石で、今日の攻撃はその続き、つまり陽動だ。本命は西に来る」


 それを聞いても鼻で笑うエッベをよそに、俺は部隊長に指示をだした。


「とにかく、命令どおりに」


「はっ!」


 そう応え、部隊長は部屋を出ていった。

 俺も準備をしてすぐに部屋を出る。

 指揮を直接執るのだ。


 これまで戦いのたびに多くの死傷者を出していたバラステア砦。

 だがこれからは違う。

 まずはひとりも死なせず今日を乗り切ることを、俺は自らに課すのだった。





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すみません。

本作は少し長いスパンで展開するお話でして、ごらんのとおり、主人公の追放後すぐに状況が好転したり追放した奴らを見返したり、という形にはなりません。


ゆっくり進行で申し訳ないです。

ただ話自体は進むよう、当面は一日二話投稿をサボらず行って参りますので、フラストレーション溜まるなーという方は、少し期間をおいてまとめてお読み頂くのもオススメです。


この第二部の間に主人公サイドから一定の反撃(のつもりで私は書きます)があることはお約束しますが、さしあたり本作には長い目でのんびりお付き合い頂けると幸いです。


昨日からPVがハネ上がっており、ビビッて急遽このような文を付け加えました。それでもランキングに載るような名作に比べれば泡沫作品も良いところなんですが・・・それだけに見に来てくださっている方たちにご不快な思いはさせたくないと思った次第です。


以上、宜しくお願い致します。

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