34_征くべき道

「ロルフ・バックマン。当日の行動を説明せよ」


 進行役を務める幹部が俺に問う。


「その日と前日は休暇でした。俺は前日の夜から街へ出ており、一昨日の夜半まで不在でした」


「街で外泊ね・・・」


「加護なしが女を買うか」


「ずいぶんと良い身分だな」


 吐き捨てるような台詞がそこかしこから聞こえる。

 俺を囲む幹部たちの表情が、いっそうの侮蔑に染まっていた。

 フェリシアの目が驚きに見開かれ、次いでそこに軽蔑の念が浮かぶ。


「ロルフ・バックマン。お前は前日、馬は居たと主張している。その点を詳しく述べよ」


「その日の朝、平素の通りにくだんの馬の世話を行いました。この際、たしかに馬を馬房に戻しています。その日の夜、本部を出る前に馬舎を見た際は、この馬はまだ馬房に居ました」


「その後、街ではどこに居たか。街で証言を得て裏付けを取ることもできる。正直に述べよ」


「痛飲していたため、記憶がありません」


 会議場が、呆れと疑念と罵倒をはらんだ喧噪で満たされる。

 エミリーとフェリシアは失望の表情を浮かべていた。


「そのような言葉を信じろと言うのか」


「俺が馬を逃がしたかどうかが論点であって、俺の街での行動は関係ないと思いますが」


「貴様の証言の正当性を判断するため、前後の行動を聞いているのだ! 酩酊して記憶を失くす男が、自分に過誤は無かったと言ったところで、誰が信じると思うのか!」


「それは論点のすり替えです」


「貴様! なんだその言いぐさは!」


「加護なしが! 団長の信に溺れて増長しおったか!!」


 幹部たちは立ち上がり、俺を指さして激しく非難した。

 会議場が怒号で包まれる。


「落ち着いて! 皆、落ち着きなさい!」


 エミリーが声を張り上げ、場を鎮める。

 それから俺を見て、ゆっくりと問いただした。


「ロルフ、お酒を飲んでたから何も憶えてないなんて、やっぱり信じられない。本当は、その・・・何をしてたの?」


「憶えていません」


「ロルフ・・・本当はどうなの?」


「本当に憶えていません」


 エミリーが眉尻を下げる。

 苛立ちと悲しみが彼女の表情に去来していた。


「団員が女性を買うことを私は禁じてないわ。ただ、貴方がそれをするとは思えない。でも、酔って全て忘れたなんて話も貴方に限って信じ難いの。私は何を信じれば良い?」


「先ほども言いましたが、俺の街での行動は本件と関係ありません。俺は馬を逃がしていないし、逃がした証拠も無い。それだけです」


「でも、馬を馬房に戻したことは憶えてるのに、その後の街での行動は憶えてないというのは、都合が良い話だよね?」


「そうは思いません」


「ロルフ・・・」


 悲しそうに顔を歪めるエミリー。

 そんな彼女に、幹部たちが言い募る。


「団長。バックマンがそれをするとは思えない、バックマンに限ってあり得ないと貴方は仰いますが、我々の考えはそれとは正反対です」


「同感です。幼少期の彼は、貴方にとって信頼に足る人間だったのかもしれませんが、今は加護なき男なのです。能の無い煤まみれアルガなのです」


「そんなこと──」


 エミリーが語気を強めて反論しようとする。

 そうすれば、俺との個人的な友誼ゆうぎを優先しているのではないかという疑念は更に強まるだろう。

 そうなる前に、俺が割って入る。


「そもそも馬が居なくなった日、俺は休暇中で従卒の任にありません。当日の馬の管理責任は俺には無く、俺を糾弾すること自体不当です」


 再び会議場が怒号で満たされる。

 俺の責任じゃないという言葉により、幹部たちの怒りはさらに燃え上がった。


「言うに事欠いて、何様のつもりだ!!」


「認めも謝罪もしないばかりか、逆に我々を指弾するとは!」


「落ち着きなさい! 騒がないで!」


 エミリーが再度声を張り上げた。

 俺に対する幹部たちの怒りと敵意は、限界に達しつつある。


「エミリー、でくの坊は馬を戻し忘れて逃がしたのさ。だがそれを認めたくはない。かといって行動を説明すれば嘘がバレる。だから記憶を無かったことにしてるんだろ」


「そう考えるのが妥当でしょうね」


 そう言ったのはラケルとシーラだ。

 イェルドは黙っていた。


「団長。バックマンが認めも謝罪もしないのなら、騎士団を去ってもらうよりほか無いでしょう。さすがに示しがつきません」


 別の幹部がそう言うと、周りが口々に同調する。


「・・・・・・」


 目を伏せて黙り込むエミリー。

 それから俺に顔を向け、静かに言った。


「お願いロルフ。ちゃんと話して」


「・・・・・・」


 俺が沈黙で答えると、フェリシアが呆れるようにかぶりを振った。

 だがエミリーは辛抱強く、諭すように言う。


「ロルフ。私たちは何も、逃げた馬を探し出して捕まえてこいと言ってるわけじゃないの。ただ、何が起きたかをきちんと知りたいし、そして、然るべき言葉を貴方の口から聞きたい。ただそれだけなんだよ?」


「・・・・・・」


「ロルフ、分かるよね?」


「・・・・・・」


「兄さま」


 フェリシアが、小さな、しかし意志が込められた声で俺を呼んだ。

 謝罪しろと言っているのだ。


 だが俺は応えない。


「ねえロルフ、騎士になるんだよね? 騎士だってミスを犯さないわけじゃない。ただ、ミスを犯した時、それを毅然と受け止めて反省できるのが騎士だと私は思う」


「団長の仰るとおりだ!」


「加護なし! 団長のお言葉を良く聞け!」


「無能なりに一片でも誇りを持ったらどうだ!」


 幹部たちが口々に追従ついしょうする。

 今度は、エミリーも静かにしろとは言わなかった。

 ひとしきり彼らに叫ばせ、場が静まってから彼女は告げた。


「ロルフ、謝罪しなさい」


 エミリーは、俺の目を正面から見据えながら言った。

 穏やかで、しかしはっきりとした声音だった。

 幹部たちに言葉を差し挟ませない、騎士団長の威厳に満ちた態度だった。


 ────俺が馬を逃がしました。申し訳ありませんでした。


 ここでそう言えば、すべてが収まる。そう確信できる。

 幹部たちに不満は残るだろうが、エミリーは万難ばんなんを排して俺の立場を守ろうとするだろう。


 そして俺は、エミリーの傍で騎士を目指す日々に戻るのだ。

 エミリーと共にある日々に。


 だが俺はもう決めていた。

 ここで言うべき言葉を。

 示すべき決意を。






「お断りします」






 沈黙が霜のように会議場に降りる。

 エミリーは明らかに自失していた。

 俺の口から出てきたのは、彼女がまったく予想していない言葉だったのだ。


「ロルフ・・・?」


「・・・・・・」


「は、話が分からなかった? 認めて謝罪しないと、ロルフは騎士団を・・・」


「不利益を被るのが嫌なら謝罪せよというのは、筋の通らない話だと思いますが」


「ね、ねえロルフ。騎士になるんじゃなかったの?」


「・・・・・・」


「夢なんじゃなかったの?」


「・・・・・・」


「どうして、どうして認められないの!? きちんと謝罪さえしてくれれば!」


「団長! 決まりです! この男は騎士団に相応しくない!」


「ご決断を!」


「ロルフ! 謝罪すれば、私は貴方を許す! 謝罪して!」


「この男は差し伸べられた手を払ったのです! 団長!」


 別離が来ることは分かっていたのだ。

 俺が加護なしと分かった日から、俺とエミリーの未来は分かたれていた。


 今日まで一緒に居られただけでも幸福だった。

 彼女を害そうとするアールベック家も排除できた。

 もう俺は必要あるまい。

 あとは名望のもと、彼女はあるべき人生を掴めるはずだ。


「ロルフ・・・」


「団長、この男にこれ以上の審問は必要ありません。結論は出ました」


「ねえロルフ、だって・・・こんなの・・・」


「団長!」


 事ここに至って、まごついていても良いことは無い。

 俺はもう決断したのだ。


「団長、俺に謝罪の意思はありません」


「そ・・・でも・・・ロルフ、そんなの・・・」


 エミリーが狼狽している。

 フェリシアは、目の前の光景が信じられないという表情をしていた。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 沈黙して向き合う俺とエミリー。

 会議場に再び静寂が訪れる。

 幹部たちは皆エミリーの方を向き、その言葉を待つ。


 エミリーの目。

 物心ついた頃からずっと見てきた、あの青く大きな目が悲しみに揺れている。

 どうして? と問いかけている。


 俺は応えない。

 出来ることなら、今日までの美しい日々をありがとうと言いたかった。

 だが怒りにはやる幹部たちの前でそんなことを言っても火種になるだけだ。


 それに言葉で何かを伝えるべき時はとうに過ぎ去ったのだ。

 だから、ただ見つめた。

 彼女の目を。

 最早そんなことで伝わることは何も無いかもしれない。

 だが見つめずにはいられなかった。


「ロルフ・・・・・・」


「・・・・・・」


 俺は応えない。

 応えるべき言葉を、もう持っていない。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 静寂。

 遠き昔日に別れを告げる静寂。

 俺たちはただ向き合っていた。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 俺の決心は鈍らなかった。

 エミリーの元を去ることはもちろん悲しい。

 だが、自ら決断したことだ。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 俺はもう、考え直すつもりは無かった。

 振り返るつもりは無かった。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 長い静寂のすえに、エミリーが瞼を閉じた。

 そして数秒ののち、ゆっくりと瞼を開く。

 そこにあった青い目からは、さっきまであった悲憤や困惑が消えていた。

 "白光"の騎士団長、エミリー・メルネスの目だった。


「・・・・・・ロルフ・バックマン」


 エミリーがゆっくりと口を開く。

 俺の目を見て、抑揚のない言葉で告げた。


「貴方を除籍処分とし、第五騎士団から追放します」





────────────────────────────────────

第一部完です。

今夜から第二部を、引き続き一日二話にて投稿して参ります。

返礼出来ておりませんが、頂戴している感想はすべて有難く拝見しております。

今後とも本作を宜しくお願い致します。

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