33_事件

 夜通し馬を走らせ、夜が明ける前に俺は本部に帰還した。

 部屋に戻り、少しの睡眠をとったのち着替える。

 そして朝の訓練に向かおうとしたところで、部屋のドアが叩かれた。


「ロルフ・バックマン! 居るか!?」


 誰だろうか。

 ドアを開け、返事をする。


「はい」


 そこには幹部が三人、立っていた。

 いずれの男も普段、俺との接点は無い。


「バックマン、昨日と一昨日は何をしていた?」


「昨日と一昨日は休暇でした。一昨日の午後から昨夜遅くまで街に出ていました」


 アールベック子爵領に行っていたことは言えない。

 やむを得ず、ずっと街に出ていたことにした。

 休暇日の行動は自由で、別に外泊制限やら門限やらがあるわけでもない。

 街に居たとしても、特に規律に反しているわけではなかった。


「来い」


 幹部たちは、短く告げた。


 ◆


 彼らに付いていった先は馬舎だった。

 だが、いつもと少し光景が違う。

 馬が一頭居ないのだ。エミリーの馬が。


「見てのとおりだ。団長の馬が居ない。貴様がいつも世話している馬だ」


「一昨日は居ました。昨日は、俺は本部に居なかったため見ていません。俺が居ない日は馬丁が世話をすることになっています」


「馬丁は、昨日の朝に見た時には居なかったと言っている。一昨日、貴様は馬をどこへやった?」


「一昨日の朝はいつも通り俺が手入れをして飼い葉を与え、歩かせました」


「その時、馬房に入れておかなかったのだろうが! 加護なしは馬の世話すらまともに出来んのか!」


「いえ、馬房に戻しました。その後、夜に街へ出る前に馬舎を確認しましたが、その時点では馬は居ました」


「その言葉をどう信用しろと言うのだ! 無能な煤まみれアルガの言葉を!」


 幹部たちはかつてないほどの怒気を発していた。

 理由がある。

 エミリーの馬は、ただ団長の馬というだけじゃない。特別な馬なのだ。


「知っているだろう! あれは陛下から下賜された馬なのだぞ!」


「緊張感を持ち、細心の注意を払って世話するのが当然だろう! まさか逃がすとは!」


「貴様などより遥かに価値のある馬なのだ! それが分からんのか!」


 彼らの言う通り、エミリーの馬は国王から下賜されたものだ。

 ゴドリカ鉱山奪還の功に対して贈られたもので、エミリーにとっても、第五騎士団にとっても、ひとつの名誉の象徴だった。


 そして、当然ながら国王から贈られた馬を逃がす、というのはマズい。

 なぜ無能な煤まみれアルガの杜撰な仕事のせいで、自分たちが国王の不興を買わねばならないのか。彼らはそう考えているのだ。


「とにかく団長と話すぞ! ついて来い!」


 ◆


 団長室。

 俺は執務卓に座るエミリーの前に立っていた。

 横には、さっきの幹部三人がこちらを向いて並んでいる。


「話は分かったわ。でも、ロルフはちゃんと馬を馬房に戻したと言ってるんだよね?」


「メルネス団長。この男の言葉を信じるのですか?」


「ロルフは今までもそんなミスはしなかったし、疑う理由は無いと思うけど」


「戦えもしない加護なしにミスもなにも無いでしょう。鎧を磨いたり掃除をしたりする時にミスをしなかったから何だと言うのです?」


「メルネス団長。同郷の幼馴染みとは言え、貴方は団長なのですよ?」


 私心をもって俺を甘やかすなと彼らは言っている。

 エミリーの俺への扱いが公正さを欠いているのではないか、という疑念は、団内の一部に存在していた。

 俺が見る限りエミリーは公正で、他の者たちが差別的なだけだと思うが、皆はそう思っていない。


 いまのところ、エミリーへの懐疑は表立って言われているわけでは無く、それは彼女のカリスマ性の前に霧散している。

 だがエミリーに近しいところにいる俺への嫉妬もあり、いずれ不満は明確なかたちで噴出するかもしれなかった。


 あるいは幹部たちは、今回の件を利用し、俺の扱い方を改めるようエミリーの意志に掣肘せいちゅうを加えようと考えているのかもしれない。

 彼らは次代の英雄たり得るエミリーを戴きたく、そのためには俺という異物を遠ざける必要があるのだ。


「落ち着いて。それじゃあロルフ、昨日と一昨日の行動を説明して?」


「はい。昨日と一昨日は、団長から従卒の任を休むよう、言われていました」


「そうね。私はたしかにそう言ったわ」


「ですがその話は馬丁に伝わっていませんでしたので、一昨日の朝の馬の世話は俺が行いました」


「たしかに三日前の夜に、急に休むようロルフに伝えたからね。それは私の落ち度だったわ」


「飼い葉を与え、歩かせ、馬房を清掃し、そして馬を戻しました」


「そこで戻さなかったのだろうが!」


 口角に泡を浮かべて叫ぶ幹部たち。


「いえ、何度も言っていますが、確かに戻しました」


「では何故馬が居ないのだ!」


「お願いだから落ち着いて? ロルフ、続きを」


「はい。従卒の任が休みなら、ちょうど良い機会なので訓練も休みにしようと考え、休暇届を出し、一昨日と昨日を休暇日としました。それから夜までは書庫で過ごし、そのあと本部を出て街へ向かいました」


「そのあとは?」


「昨日の夜半に本部に帰るまで街に居ました」


「外泊か。つまり女を買ったか」


「え、そんなことないでしょロルフ」


「・・・・・・」


「戦場に赴く者たちが女を買うことはある。騎士とは言え、命のやり取りを前に一時のやすらぎを求めたくなることもあろう。だが戦えもしない貴様が何を思い女を抱く? 恥を知ったらどうだ」


「ロ、ロルフ? 本当は何をしてたの?」


 街での行動など、店の人間に聞くなどすれば簡単に裏付けがとれてしまう。

 俺が本当は街に居なかったことを知られるわけにはいかない。


「ひどく酔っていたもので、良く憶えていません」


「ふざけてるのか貴様ァ!」


「騎士団の面汚しめが!!」


「待って待って! みんな冷静に! ロルフ、明日また詳しい話を聞かせてもらうわ。だから今日は謹慎して、頭を整理しなさい。明日本当の話を聞かせて?」


 こうして、俺への糾弾は翌日へ持ち越された。

 幹部たちは射殺さんばかりに俺を睨みつけている。

 そしてエミリーは不安そうな、そして問いかけるような目を俺に向けていた。


 ◆


 翌日。大会議場。

 コの字の会議卓にすべての幹部が着席し、その前に俺が立っていた。

 かなり大事になっているようだ。


 全幹部を招集したのは、昨日の幹部たちの意向だろう。

 フェリシアの姿も見える。

 中央に座すエミリーの表情は沈んでいた。


「これより、ロルフ・バックマンが犯した過誤に関する精査を開始する」


 幹部のひとりが朗々と告げる。

 まるで裁判だ。仰々しいことだな。


「国王陛下より下賜され、メルネス団長所有となっているロイシャー種の軍馬が、一昨日、馬舎から消えるという事態が起きた。これに際し、同軍馬を管理しているロルフ・バックマンの責を本会議にて問う」


 そう告げる幹部の顔が、どこか恍惚としている。

 加護なしの罪を読み上げるのが快感なのかもしれない。


 俺はといえば、何を主張するかを全て決めたうえでこの場に臨んでいる。


 まず、馬の件は完全に冤罪だ。

 自身の記憶違いを疑って何度も思い出したが、俺は朝たしかに馬を馬房に戻したし、夜に本部を出る前も、馬が居ることをこの目で見ている。


 それと、アールベック子爵領に行っていたことは、やはり言わない。

 それを公にすれば、エミリーのメルネス家はとても看過できない痛手を負う。


 ゴドリカ鉱山を奪還した日の夜、エミリーは悔いて涙した。

 そして、団長を辞したいと吐露した。

 それでも家のために、そうするわけには行かなかったのだ。


 あの時のエミリーの姿を忘れられない。

 彼女の心はまさに慟哭していた。


 そんな思いをしながら、数年に渡ってエミリーは苦心してきたのだ。

 それを水泡に帰すような真似はできない。


 だが、アールベック子爵の件は伏せても、馬を逃がしたことを認めて謝罪すれば、まず騎士団の籍を失うことにまではならないはずだ。

 そこはエミリーも寛恕かんじょをくれるだろう。


 騎士になるために騎士団にしがみつくと決めて今日までやってきた。

 騎士が子供の頃からの夢だった。

 騎士物語に出てくる騎士が憧れだった。


 だから今日は、認めて謝罪するのが正しい。

 反省の念を見せ、改めてチャンスをもらうのが正しい。

 騎士になるために。


 ・・・だが、犯してもいない過誤を認めて頭を垂れ、騎士になったとして、それは本当に騎士なのか?


 幾つかの出会い、幾つかの戦いが、俺にささやかな変化をもたらした。


 ティセリウス団長は、俺の行動を評してたとうべきと言った。

 彼女は、俺のなかの何を認めてくれた?


 坑道で戦った恐るべき魔獣。

 最期まで向かってくるヤツに圧倒され、俺は何を思った?


 アールベック領で出会ったあの三人。

 あんな目に遭っても明日へ踏み出したあの女性たちの瞳に、俺は何を見た?


 ────俺は何になりたかったんだ?


 そんな自問を一日中繰り返した末、俺はここに立っている。

 はらは決まっていた。

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