32_享楽の貴族3
俺たちは予定どおり、窓から屋敷の西側、馬どめの前に降りることができた。
窓の下に馬用のわら山があったため、拘束した父子を投げ落とし、アイナとカロラを俺とフリーダでそれぞれ背負い、雨どいを伝って降りた。
物陰から西側の門の様子を窺う。
やはり屋敷の側面は警備が薄く、衛兵は三人しか居なかった。
「ロルフ、屋敷内の異常に気づかれる前に脱出しなきゃならない。ここは一気に突破しちゃおう」
「そうだな」
ここでまごついているうちに、脱出の成功率はどんどん下がっていく。
恐れずに決断し、すぐに行動しなければならない。
それに入る時はそうも行かないが、出る時は強行突破で構わないのだ。
俺はアイナと、フリーダはカロラと馬に乗り、別の馬の背に父子を縛り付けた。
そしてその馬を俺が引く。
「アイナ、カロラ。しっかり捕まっていてくれ。大丈夫、突破は難しくない。子爵とケネトがこちらに居ては、敵も魔法や矢を放てないからな」
「もうすぐ帰れるからね? よし、行こう!」
響く蹄の音。
三頭の馬が、西の門に突っ込んでいく。
「えっ!?」
「お、おい、子爵様が馬の背に!」
慌てふためく衛兵たちの横を、馬が通り過ぎる。
門の突破は苦も無く成功した。
俺たちは子爵邸からの脱出を果たしたのだった。
西側の馬どめには、もう馬は居ない。
彼らが正面にまわって応援を呼びに行くうちに、俺たちは屋敷から十分に離れることが出来るだろう。
◆
屋敷から数キロ離れた
小川のそばに俺たちは居た。
「感謝するよロルフ。官憲は前から睨んでたんだけど、子爵はまったく尻尾を出さなかったんだ」
「これで告発できそうか?」
「ああ。あたしとこの子たちの証言があれば、屋敷を捜索できる。そうなれば、あの地下室が動かぬ証拠になるね。きっちり身柄も確保したし、もうアールベック親子は逃げられないよ」
「そうか・・・。あの地下室の人骨、しっかり弔ってやってくれ」
「ああ、もちろんだ」
「それと俺のことは伏せてほしい。居あわせた男が協力したが、脱出後に立ち去ったと官憲には伝えてくれ。それ自体は嘘じゃないしな」
「貴族家のこういう事件だから色々あるのは分かるが、仕方ないのかい?」
「ああ」
もともと、エミリーとは無関係に行動することが前提だったのだ。
たとえアールベック家がクロと証明されても、俺が動いたことがバレれば、エミリーが婚約を破棄するために、第五騎士団の人員を使って調査したように見えてしまう。
姻家となる相手を調査しただけ、と言っても貴族社会では通用しないだろう。
エミリーのメルネス家は、結局かなり大きなダメージを受けることになる。
家のために団長の責務に耐え続けているエミリーの努力を、フイにするわけにはいかなかった。
「分かったよ。でも、あたしたちが感謝してることは忘れないでくれよ」
「俺も感謝しているよ。ありがとう」
フリーダと握手を交わす。
戦友というのは良いものだ。
「町で官憲と合流するのか?」
「ああ。この子たちに治療も受けさせないとね」
「フリーダもだぞ」
「ふふ。分かってるよ」
「俺はここでお別れだ。明朝までに帰らなければならないんだ。町まで送ってやれなくて済まない」
「なーに、もう日も落ちたし、追っ手には見つからないよ。大丈夫」
「う・・・む・・・ここは・・・?」
父子とも騒がしいので気絶させていたが、アールベック子爵が目を覚ましたようだ。
「・・・・・・き、貴様ら! どういうつもりだ!」
「見てのとおりだよ。アンタもアールベック家ももうおしまい」
「ふ、ふ、ふざけるな! 貴様らはただ悲鳴をあげていれば良いのだ! そ、それを俺たちに歯向かうとは! 恥を知れ!」
「恥を知るのはアンタだよ」
「だまれ! だまれ! 当家は王国でも指折りの歴史を持つ名家だぞ! この地には聖者ラクリアメレクが逗留したこともあるのだ! その地を陛下から任せられているこの俺が! 貴様らのような下賤の輩に!」
「へえ、そりゃすごいね」
「くっ!」
子爵は顔中に焦燥を浮かべ、必死に周囲を見まわす。
そしてアイナとカロラに目をつけ、二人に怒鳴り散らした。
「そこの二人! この拘束を解け!」
「ひっ・・・!」
「何をしている! 早くせんか! 切り刻まれるしか能の無いカスどもが!!」
「あっ・・・! あっ・・・!」
「だまれ」
聞くに堪えない。
俺は近づいて、子爵に猿轡を噛ませた。
「・・・・・・! ・・・・・・!」
「あああぁぁ! ああ! いやああああぁぁぁああ!」
「ひぃ! いや! いやぁ! あああああ!!」
静かになった子爵とは対照的に、叫び声をあげるアイナとカロラ。
「落ち着いて! 二人とも! もう大丈夫だから!」
二人を抱き寄せ、必死に声をかけるフリーダ。
それでも二人は静まらない。
「アイナ、カロラ。俺を見ろ」
「あっ! あっ・・・!」
「俺を見ろ」
精一杯の感情を声にこめて語り掛ける。
「あ・・・ああ・・・・・・」
「貴女たちが味わった恐怖と苦痛は、俺が理解できるようなものではないのだろう。気持ちは分かる、などと言えないのが悔しい」
「あ・・・う・・・」
「恐怖はそうそう消えてくれない。これからも何かの拍子に、恐ろしい記憶が蘇ってしまうことがあるだろう」
「・・・・・・」
「その時は一緒に思い出してほしい。今日、立ち向かったことを。貴女たちは、刃を振り上げるケネトに飛び掛かったじゃないか。戦ったじゃないか」
「・・・・・・」
「貴女たちの勇気が無ければ、俺たちは負けていたかもしれないんだ」
「・・・・・・」
「貴女たちは、貴女たちに恐怖を与えてきた相手に、たしかに立ち向かった」
「う・・・ぅ・・・」
「戦えるんだ。人は恐怖と」
「うぅ・・・ロルフさん・・・」
「わたし・・・わたし・・・」
「人間の勇気を見せてくれてありがとう。貴女たちに会えたのは俺の誇りだ」
「う・・・うぅ・・・」
「ぐす・・・ロルフさぁん・・・」
夜の山間に、しばらく嗚咽が響いた。
どうか彼女たちの今後の人生が幸福であるようにと、夜空に願わずにはいられなかった。
◆
「じゃ、もう行くね」
「ああ。・・・・・・フリーダ、きみは大丈夫か?」
「まあロクな目に遭わなかったけど、でも大丈夫だよ。人は恐怖と戦えるからね」
「はは・・・そうだな」
「あとさ」
「ああ」
「あたし終始一貫ハダカなんだけど。もうここ完全に野外なんだけど。あんたがいつ服をかけてくれるか待ってたんだけど」
「えっ? あ、すまない」
言われてみれば、フリーダは地下室からここまで、ずっと全裸だ。
アイナとカロラには布を纏わせたのに。
「なんか、こう、フリーダは別に良いような気がして」
「わりとショックだな」
「も、申し訳なかった。え、ええと」
胸当てを外し、もたもたとシャツを脱ぐ。
そしてそれをフリーダに手渡そうとする。
「いや、かけろと言ってんの」
「あ、ああ」
フリーダの後ろにまわり、その肩にシャツをかけた。
「ふふ・・・デカいシャツだね。あたしの体がすっぽり収まるよ」
「そ、そうだな」
胸の前でシャツを握りしめ、赤い顔で微笑むフリーダ。
アイナとカロラもくすくすと笑っていた。
◆
それじゃあ、また、きっと何処かで。
そう言って三人と別れ、本部への帰路につく。
俺は馬を走らせながら、月に向かって
「終わったよ。・・・どうか安らかに」
犠牲となった者たちに向けた言葉だった。
アールベック子爵家が起こしていた悲劇は、この日終わりを告げた。
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