25_坑道にて2

 坑道を進む。

 場所によって道幅はまちまちだが、やはり全体的に広い。

 いま通っているところは、六メートルほどの幅がある。


 だが、それでもグレートホーンに出会ったら、ここでは逃げ場が無い。

 坑道内には、ひらけた空間も点在している。

 できればそういう場所での戦闘に持ち込みたいところだ。


「ちっ・・・」


 先頭を行くラケルが、立ち止まって悔しげに舌打ちする。

 彼女が見つめる先には、何体もの騎士の遺体が横たわっていた。


 ここは四つの分隊の退却路がバッティングした地点だ。

 ある者は背骨が折れまがり、後頭部と踵がくっついている。

 ある者は腹が破れ、腸がはみ出している。

 どの遺体も、無造作に轢殺されたことが窺える。


「・・・・・・」


 自分の指揮下で死んだ部下を前にし、エミリーが唇を噛んでいる。

 握りしめた両手は震えていた。


「それにしても、なぜ坑道にグレートホーンが居るのでしょう」


「シーラ、さっき幹部たちも言っていたが、餌場なんだよ。ここにはグレートホーンにとって良質な餌がたくさん居たのだからな」


 人が近づけないほどに魔獣がひしめき合っていたこの坑道は、グレートホーンにとってはうってつけの餌場だっただろう。

 そして食卓に上げられるのは魔獣だけではない。


「俺たちも捕食対象です」


「黙ってろ加護なし。そんなの見れば分かる。こっちの遺体は脇腹のところをごっそり食われてるしな」


「くそ、牛のくせに肉食かよ」


「ラケルさん、グレートホーンは牛じゃなくて魔獣ですよ」


 シーラの指摘と同時に、坑道の奥から光が迸った。

 魔法の行使による発光だろう。


「今のは『雷招』ライトニングの光だわ! この先で誰かが戦ってる! 急ぐわよ!」


 エミリーの声を受けて走り出す俺たち。


 大丈夫。フェリシアはきっと無事だ。

 なにせ彼女は強い。魔導部隊の総隊長なんだから。

 グレートホーンなんかにやられたりしない。


 そう自分に言い聞かせながら坑道を走る。

 ほどなく、少し広い空間に出た。

 果たしてそこでは、フェリシアが巨大な牛型の魔獣と戦っていた。


 杖を前に突き出し、肩で息をするフェリシア。

 服の胸元が血で赤く染まっている。

 表情には絶望が差していた。


 精魂尽き果てたのか、がくりと片膝をつくフェリシア。

 そこに牛型の魔獣が突進してくる。


「フェリシア!!」


 俺は叫びながら突撃する。

 そしてフェリシアを腕に抱いて前に跳んだ。

 間一髪、巨大な角が俺の足をかすめていった。


「兄さま!?」


 その時、断続的な破裂音が俺の耳を打った。

 ばしばし、ばしばしと音が爆ぜる。

 エミリーの剣が雷を纏った音だ。


 エミリーは身を低くして走り出し、牛型の魔獣に正面から突っ込んだ。


「ダメだエミリー!」


『雷迅剣』フィアースヴォルト!!」


 俺は咄嗟に叫んだが、エミリーは止まれない。

 彼女の剣が横薙ぎに振るわれる。

 そして斬撃と雷光が牛型の魔獣に襲いかかった。


 剣が振り抜かれたあとを、ばちばちと迸る雷光。

 その雷光の向こうから、牛型の魔獣が現れる。

 エミリーの魔法剣を喰らって無傷だった。


「えっ!?」


 敵の眼前で隙を見せてしまったエミリー。

 そこへ襲い掛かる牛型の魔獣。


『聖帳』グリームカーテン!」


 シーラの声が響き、エミリーの前方に光の幕が出来上がる。

 それが一瞬だけ魔獣の角を止めた。

 エミリーがその場から退避すると同時に、光の幕がぱきんと音を立てて霧散する。


「ど、どういうこと!? グレートホーンに雷撃耐性は無いはず! しかも剣が通らないなんて!」


 体勢を立て直しながら、疑問を口にするエミリー。

 だが、雷撃も斬撃も効かないのは当然だ。


「エミリー様、グレートホーンじゃありません! カトブレパスです!」


「えっ?」


 皆の顔に緊張が浮かぶ。


「ッガァァァァァァァァァ!!」


 カトブレパスは、咆哮をあげて俺とフェリシアに襲いかかる。

 フェリシアを抱いたまま躱すが、肩口を角にざくりと斬り裂かれてしまった。


「ぐっ!」


「に、兄さま!」


「みんなこっち!下に降りるわ!」


 エミリーが声をあげる。

 坑道は上下に多層的な構造になっており、彼女が指さす先は下層への坂になっていた。

 高低差二十メートルほどのその坂は極めて勾配が激しく、坂というより崖だった。


 フェリシアを腕から降ろし、二人でその崖へ駆け寄る。


「仕方ない!行くぞ!」


 イェルドが言って、落ちるように滑り降りる。

 続いて全員が飛び込む。


『風障』シールドブレス!」


 滑り降りながらシーラが唱える。

 矢避けなどに使う風の障壁を逆方向に発現させたのだ。

 さすがに凄い魔法の腕前だった。

 俺たちは着地寸前で下から強風にあおられ、無傷で下層に着地した。


 見上げると、カトブレパスが崖上から爛々と輝く目でこちらを見つめている。

 あきらめる気は無いようだ。


「牛ヤローが!見下ろしてんじゃねえぞ!」


「落ち着いてラケル。シーラ、フェリシアの回復をお願い。ロルフの肩も」


「わかりました。フェリシアさん、負傷の状況は?」


「多分右足が折れてます・・・。出血は軽微です」


「バックマン総隊長、胸元のその血は?」


 イェルドの問いに、フェリシアが俯いてしまう。


「・・・隊員の血です」


「第十六分隊はどうなったの?」


「私以外、全滅です・・・」


「そう・・・わかったわ」


 この坑道で生存している人間は、ここに居る六人のみとなった。

 そして相手はカトブレパス。マズい状況だ。


 シーラがフェリシアに回復魔法を施す横で、エミリーが問う。


「ロルフ。本当にカトブレパスなの?」


「はい。グレートホーンによく似ていますが、体表の色や角の形状から間違いありません」


 カトブレパスは幻獣種に分類される牛型の魔獣だ。

 全身に魔力が満ちており、ほとんどの属性の魔法に対して耐性がある。

 青黒い体表は鉄のように硬く、刃を通さない。


 その突進を止める術はなく、通ったあとには人や魔獣の死体が積み上げられる。

 一体で騎士団の砦をひとつ壊滅させたという報告もある。

 グレートホーンとは別格の魔獣だ。


「エミリー、どうする?」


「グレートホーンじゃなかった以上、戦術の練り直しが必要ね」


 イェルドの問いに、エミリーが即答した。


「あの、エミリー姉さん。坑道を封鎖して餓死を待つのはどうでしょう?」


「皆、どう思う?」


「アタシとしちゃ直接ブッ殺したいけどな」


「でも、十分な兵力を展開できない坑道内で戦える相手ではないように思います。フェリシアさんの言う通り、兵糧攻めが良いのではありませんか?」


「つってもよ、餓死までどれぐらいかかるんだよ?」


 そう。人間相手ではないのだ。

 かなりの期間が必要になってしまう。


「あれは高位の幻獣種です。その身に蓄積した魔力で数か月、場合によっては一年以上生きます」


「それじゃあ駄目ね・・・」


 封鎖を維持するにも要員を置かなければならない。

 駐留費用を抑えるために作戦遂行を急がなければならない状況で、数か月の封鎖は現実的ではないだろう。


「とにかく生存者と合流できたことだし、いったん退却しましょう。シーラ、フェリシアの回復は済んだ?」


「ええ。終わりました。フェリシアさん、大丈夫ですか?」


「はい、動けます。ありがとうございました」


 回復魔法は普通、傷を塞いで出血を止めたり、体力を多少回復させたりが関の山だ。

 フェリシアは骨折を負っていたようだが、それをこの短時間で治してしまうとは。シーラの力は図抜けている。


「じゃあロルフの肩の傷もお願いね、シーラ」


「いえ、俺は大丈夫です。ヤツが追ってくる前に出発しましょう」


「牛ヤロー、崖上から居なくなってら。アイツ追ってくんのかね?」


「カトブレパスはかなり執念深いことで知られており、敗走する討伐部隊を三昼夜追い回したケースも報告されています。追ってくると思っておいた方が良いでしょう」


 俺がそう言うと、皆、苦い顔をする。

 この下層からだと、出口まではかなり大回りになる。

 途中で、追ってきたカトブレパスに出くわす可能性は低くないだろう。


「わかったわ。出発しましょう」


 皆、出口を目指して歩き出した。


 それにしても、と思う。

 気づくべきだった。


 グレートホーンであっても、分隊四つを蹴散らしたという報告はさすがに不自然だった。

 だというのに、それがグレートホーンではないという可能性に思い至らなかったとは。


 渡河作戦を思い出す。

 あの時も、河が増水してから初めて支流を封鎖されていることに気づいた。

 地図に支流が載っているにも関わらずだ。


 こんなことを、作戦に何の権限も持たない従卒が考えるのは思い上がりか?


 いや、違う。それは関係ない。

 作戦に関わる当事者のひとりである以上、気づかなければならなかった。


 いくつか具申して、エミリーにそれを退けられた時点で、俺は自分の役目を果たしたと思ってしまったのだ。

 その先の判断は団長の仕事で、自分はもう、やることをやったと考えてしまった。


 それは間違っている。

 自分にできるすべてのことをやる。軍議のあと、フェリシアにそう言ったのに。


 そんな思いとともにフェリシアを見やる。

 視線に気づいたフェリシアが口を開いた。


「あの、兄さま・・・ええと・・・」


「?」


「さ、先ほどは助けて頂いてありがとうございました」


「いえ、気になさらないでください。フェリシア様」


「・・・・・・」


 フェリシアが悲しそうな顔で俯く。

 それを横目に、エミリーも悲しそうな顔をしていた。

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