24_坑道にて1
「つぎ。第十五分隊、突入させて」
坑道の入り口付近に本陣を置き、そこからエミリーが指示を出す。
歩兵部隊や魔導部隊、支援部隊から兵員を混成し、今回の作戦用に組んだ分隊を、順次坑道に突入させている。
「第二分隊帰還しました! ドロールハウンドを五体討伐! こちらの損害は無し!」
既定のルートの光源設置と魔獣掃討を終え、帰還する部隊が出始めている。
作戦は順調だ。
「第十六分隊の準備は?」
「バックマン総隊長以下、準備完了しています」
「入口で待機させて。二十分後に突入よ」
「はっ!」
伝令が走る。
バックマン総隊長。つまりフェリシアだ。
次に突入する部隊は彼女が率いる。
少人数で火力を出すため、一部の幹部が実動部隊に入っているのだ。
「第三分隊帰還しました! ロック鳥一体、ドロールハウンド三体、ズラトロク四体討伐! 一名負傷するも軽傷! 損害軽微です!」
「了解。装備の損傷を再チェックさせて」
報告を聞いて、本陣の幹部たちが少しざわめく。
「ロック鳥が出たか」
「やはりゴドリカ鉱山は油断できん」
「だが数は思ったより少ないな」
三人目に賛成だ。
魔獣の数が不自然に少ない。
やはり先日危惧したように、強力な個体が居て、他の魔獣が減っているのではないだろうか。
そんな心配が頭をよぎる。
だが俺の不安をよそに、作戦は粛々と進む。
「つぎ。第十六分隊、突入させて」
「はっ!」
「第五分隊帰還しました! ヤクルス三体、アシッドリザード二体討伐! 一名負傷するも軽傷! 損害軽微です!」
「第五分隊が先に帰還したの? 第四は?」
「いまだ帰還しておりません!」
「・・・了解」
嫌な報告だ。
作戦がほころび始めたかもしれない。
◆
「第十四分隊帰還しました!」
「十二と十三は?」
「いまだ帰還しておりません!」
報告を受け、エミリーの顔に苦渋の色が滲む。
すでに六つの分隊の帰還が遅れている。
不測の事態だ。
「団長・・・」
幹部のひとりが不安げに声をかける。
魔獣が徘徊する坑道から、僚友が帰ってこないのだ。
焦燥に駆られるのも無理からぬ話だろう。
エミリーが口を開こうとしたその時。
坑道の入り口で部隊の帰還を待つ者たちの間から、ざわりと声が上がった。
新たに部隊が帰還したのか?
だが様子がおかしい。
指揮卓から立ち上がり、坑道の方へつかつかと歩いていくエミリー。
俺もそれに続く。
「どうしたの?」
「だ、団長。第十五分隊が・・・帰還しました」
言い淀む騎士。
無理もないだろう。分隊が帰還したとは言えない。
帰還したのはひとりだった。
坑道から出てきた男は、片腕がひしゃげていた。
口から血を零しながら、ひゅーひゅーと必死に息をしている。
「担架こっち! すぐに彼を天幕に運んで! 医療班急いで!」
怒声とも悲鳴とも取れるエミリーの叫び声が鉱山に響いた。
◆
いちばん大きな天幕にベッドを運び込み、帰還した男を横たえる。
彼は治療と回復魔法により、なんとか話せるまでには持ち直した。
いや、本来は安静にしていなければならないが、非常事態だ。
坑道のなかで何があったのか、今すぐ報告してもらわなければならない。
集まった幹部たちは、一様に顔を強張らせている。
嫌な報告になることは皆わかっていた。
そして男が掠れた声で言った言葉は、まさに聞きたくもないものだった。
「グレートホーンです」
幹部たちがどよめく。
グレートホーンは、体長四メートルほどにもなる牛型の魔獣だ。
凄まじい攻撃力を持っており、一度の突進で何人もの人間を紙切れのように吹き飛ばす。
名前の由来になっている巨大な角は、強い魔力を帯びているうえに極めて硬く、鎧ごと兵士を刺し貫いてしまう。
さらに物理防御力にも優れており、そのうえ炎熱耐性と氷結耐性が非常に高い。
牛型であるにも関わらず肉食で、魔獣や人間を喰らう。
「そんなものが、どうして坑道に居るんだ?」
「普段は山間部に居て、坑道はねぐらなんだろう。いや、餌場か?」
「それで事前の偵察でも見つからなかったのか。最悪だ・・・」
頭を抱える幹部たち。
帰還した男は、目を天井に向けたまま報告を続ける。
「第四分隊と第六分隊が全滅しているのを発見した私たちは、帰還しようとしました。ですがその途中で・・・グレートホーンに出くわしたのです」
話すうちに男の顔が歪んでいく。
ケガよりも、記憶が彼に痛みをもたらすのだろう。
「急ぎ退却したのですが・・・他の分隊も同じく退却中でした。退却路に、四つの分隊が殺到してしまい・・・そこにグレートホーンが突進してきたのです」
ベッド脇に座るエミリーが、ちらりと俺を振り返る。
それにしても、地獄のような体験だっただろう。
ゴドリカ鉱山の坑道は全体的に広い道幅を持っている。体長四メートルのグレートホーンが徘徊できるほどだ。
だが、部隊を運用するに十分な広さがあるとは言えない。
そんな場所で、ろくに身動きもとれないまま、巨大な魔獣に曳き潰されていくなんて。
「なんとか、南側の第三区画まで逃げて広い空間に出たのですが・・・その時点で数名しか生き残っておりませんでした。そしてその数名も、追ってきたグレートホーンに・・・」
男の声が震える。
「私は大盾を持っており、退却中も手放しませんでした。それを構えて奴の突進を防ごうとしたのですが・・・敢えなく大盾ごと吹き飛ばされてしまい、その時に負傷しました。それから・・・どうにか命からがら逃げてきたのです」
恐怖と無力さを感じているのだろう。
騎士が"退却"や"撤退"ではなく、"逃げた"と報告するのは余程のことだ。
だがエミリーはその言葉を非難したりはしない。
「よく戻ってきてくれたわ。貴方のおかげで状況が分かった」
「団長・・・申し訳ありません。隊友すべて喪い、剣も盾も打ち捨てて逃げてきました。あの大盾、エルベルデ河でも相棒だったのですが・・・」
「魔族の矢を防いだ大盾も、グレートホーンの突進は厳しかったわね。でも貴方の命は守ってくれたわ」
男の頬に掌を這わせながらエミリーが言う。
男の喉から嗚咽が漏れる。
エミリーは立ち上がり、幹部たちの方へ向き直った。
「私が出るわ」
「団長!?」
幹部たちが泡を食って反対する。
当然の反応だ。
「グレートホーンなら雷撃系の魔法剣で倒せる。逐次の戦力投入で解決できない状況である以上、最大戦力を叩きつけて片付けるしかないわ」
決意を告げるエミリーに、幹部たちがたじろぐ。
だがエミリーのこの気迫は、後悔と羞恥心に後押しされたものだ。
退却路で分隊がバッティングする可能性は、作戦開始前に俺が具申していた。
そしてエミリーがそれを退けた結果、大きな被害が出てしまった。
また、そもそも坑道に強力な個体が居る可能性も以前に指摘していたのだ。
エミリーの胸中では暴風雨が荒れ狂っているだろう。
自分の判断の結果、多数の死人が出たという事実を易々と受け止められる
だが指揮官である以上、後悔する前に対応策を考えなければならない。
責任を持って事態を収拾しなければならない。
自らが突入するという、ある面で自罰的な判断は、そういった考えに基づくものでもあるのだろう。
「突入するのは私とイェルド、ラケル、シーラ! それと私の従卒も同行させます! 副団長はここに残って私の代理を務めて! 六時間経って私たちが戻らなければ、戦死扱いとして本部へ帰還! 改めて調査団を出すこと! 何か質問は?」
幹部たちが強張った表情のまま、沈黙で答える。
「団長」
俺が声をかけると、エミリーは頷いて、横たわる男に声をかけた。
「第四分隊と第六分隊は全滅していたと言ったわね。そのあと、退却中にやられた四つの分隊は分かる?」
「第九と第十・・・それに第十二と第十三分隊です」
振り向いて、再度俺に頷くエミリー。
全滅した六つの分隊の者たちにも当然家族はおり、間違ってもこの報告を歓迎することなどできない。
だが俺の胸には希望が灯る。
第十六分隊の全滅だけは唯一確認されていない。
あの坑道のなかに、フェリシアはまだ居る。
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