23_すれ違う兄妹
ゴドリカ鉱山。
ノルデン侯爵領の南部に位置するこの鉱山は、広大な銀鉱脈を持つことで知られている。
四十年ほど前の調査で鉱脈が見つかり、坑道が通されて採掘が始まった。
だがこの山には魔獣が多く、王国はこの鉱山を維持できなかった。
坑道内を魔獣に占拠されてしまったのだ。
結局一年足らずで採掘は中止となった。
鉱山の奪還は困難だった。
坑道の外はムリなく確保できるが、坑道内に強力な魔獣が多数跋扈していたのだ。
場所が坑道では、大きな兵力を投入することも出来ず、結果王国は、巨大な鉱脈を放置するハメになるのだった。
だが、ここ数か月の間に魔獣が減り、脅威レベルが落ちたのだ。
エミリーはこれをチャンスと見た。
第五騎士団は鉱山の奪還作戦に踏み切ったのだった。
今回は、第五騎士団の本部があるノルデン侯爵領内での作戦となる。
エルベルデ河の時より目的地が近く、行軍計画も十全だったため、俺たちは問題なく鉱山に辿り着いた。
「改めて見るとうんざりするな。なんでこんなに入り組んでんだよ」
そう感想を漏らしたのはラケルだ。
第五騎士団の幹部たちは今、鉱山の麓に天幕を張り、坑道のマップを見ながら作戦を確認している。
「四十年前の坑道の展開はあまり計画的なものではなかったようだな」
イェルドが言う。
たしかに、ゴールドラッシュ──この場合はシルバーラッシュだが──に湧くまま、無計画につるはしを入れるケースは珍しくなかったと聞く。
この鉱山もその一つなのだろう。
「そのせいで崩落の危険性もあるんだろ?勘弁してほしいよまったく」
「崩落の可能性があるのはここ、ここ、あとここよ。これらのポイントでの戦闘行為は厳禁。特に南側の第三区画は危険度きわめて大と報告されてるから気をつけて。各部隊ともしっかり周知してね」
エミリーの声に、部隊長たちが頷く。
「午後から、編制どおりに各隊が順次坑道へ突入。それぞれ既定のルートを掃討し終えたらすぐ帰還すること。明後日の日没までに全ルートのクリアリングを行うわ」
そう結んで、皆を見まわすエミリー。
そして、不意に俺の方を向いて聞いてきた。
「ロルフ、この作戦にはまだ反対?」
エミリーは普段、団長の従卒だからと言って、俺を特別扱いはしない。ほかの従卒と同じように扱わなければ、団長としての公平性を疑われるからだ。
だから、軍議の場でこのように発言を求めてくることは、いつもならあり得ない。当然だが俺はこの軍議の出席者ではないのだ。
俺が反対したままなのが、彼女の胸中のどこかに引っかかっているのかもしれない。
「いえ、反対しません」
そう答えた。
これから突入しようというこの段になって反対しても、なんの益も無い。
「賛成、とは言ってくれないんだね」
「・・・作戦成功のために微力を尽くします。ですが」
「なに?」
「各部隊の突入時間の間隔を、もう少し広げられませんか?」
「おい、加護なし!」
イェルドが怒鳴るが、エミリーがそれを手で制する。
「ロルフ、どうして?」
「坑道内で部隊同士がかち合い、お互いの動きを阻害してしまう可能性があるからです」
部隊を坑道へ順次投入するプランでは、そこが心配だ。
「大丈夫。そうならないように計画してあるんだよ」
「いや、不測の事態に対する備えが十分ではありません。たとえば坑道から撤退することになった場合、各部隊の撤退ルートが重なって混乱が生じるかもしれません」
「可能性の話ばかりしてたら、いつまで経っても戦えないよ」
「考えうる全ての可能性を
「・・・・・・」
エミリーが目を細める。
俺の態度はおよそ従卒のそれではない。
だが騎士団が被害を被る可能性がある以上、具申しないわけにはいかないのだ。
「そもそも、複数の部隊を同時に坑道に入れる必要があるのでしょうか? 坑道内をエリアで区切り、交代で各部隊を突入させながら、各エリアを一つずつクリアリングして確保すれば良いのではないですか?」
「あのねロルフ。そうすると全体の作戦時間が伸びてしまうでしょ? この地に駐留できる期間には限りがあるんだよ? 同じ理由で、部隊の突入の間隔を広げることも出来ないわ」
駐留期間が延びれば、そのぶん金がかかる。
駐留費用は、エミリーが何度も精査し、予算を握るノルデン侯爵と折衝を重ねた末、決定しているのだ。
それを、従卒に易々と「もっと時間をかけましょう」などと言われてはたまらないだろう。
それは分かっている。
「ですが人的被害が出れば、それは駐留費用よりはるかに大きな損害となります」
「つーかさ、でくの坊は怖がりすぎだろ。最初から撤退だの被害だの考えてどうすんだよ」
「ラケルの言うとおりよ。慎重と臆病を取り違えてはいけないわ」
どうやらムリか。
これ以上主張しても、どうにもならないな。
「わかりました、団長」
「本当に分かってくれてる?」
「はい」
引き下がるしかない。
具申を受けたうえで団長がそれを退けたのなら、その団長の決断を支持するのみだ。
「それでは軍議は以上とします。各部隊、予定通りにお願いね」
「はっ!」
部隊長らが返事をし、突入前の軍議が終わった。
皆、ばらばらと自分の部隊に戻っていく。
多くの者が俺を睨みつけていた。
「ごめんロルフ、先に梟鶴部隊の天幕に戻って、私の装備を準備してくれる?」
「わかりました」
そう言って、その場を後にする。
そして部隊の天幕に戻ろうとしたところ、ひとりの幹部に話しかけられた。
「兄さま」
「フェリシア様」
魔導部隊総隊長、フェリシア・バックマン。俺の妹だ。
ロンドシウス王国には騎士爵は無い。
騎士は職業であり、称号でもあるが、地位ではない。
だが従卒にとっては騎士は皆上位者であり、敬意を払わねばならない。
特に俺だけは、騎士に対して常に"様"を付けて話すことになっていた。前団長の方針だ。
エミリーはこのルールを撤廃した。
だが慣例上、幹部に対しては、従卒は"様"を用いる。
フェリシアは初年度を終えた時点で叙任されており、かつ部隊長だった。すでにその時点から、「フェリシア様」と呼ぶべき上位者になっているのだ。
「さきほどの発言」
「はい」
「いささか、分を弁えない発言ではなかったでしょうか」
「そうかもしれません」
訓練のたびに地に転がされ、雑用ばかりをやらされ、いまだ従卒から抜け出せないでいる兄に、フェリシアは大いに失望していた。
「兄さまは、慎重論を唱えれば賢そうに見えるとお考えなのでは? 戦えもしない者が、戦う者を差し置いて臆病風に吹かれている。幹部の皆さんの目にはそう映ったと思います」
もちろん私の目にも。
フェリシアは言外にそう伝えているようだ。
「浅慮でした」
「それに、こうも言っていましたね。"作戦成功のために微力を尽くします"。いったい何をやれると言うのですか?」
「この騎士団のために出来ることをです」
「つまり、鎧を磨いたり馬を引いたりですか?」
「それらも含めて、俺にやれることの全てをです」
「・・・・・・」
表情に悲憤を浮かべるフェリシア。
「どうしてこんな・・・昔はもっと・・・・・・」
彼女はそう呟き、俯いて唇を引き絞ると、そのまま立ち去って行った。
俺の有様は、フェリシアにとって裏切り以外の何物でもないのだろう。
「随分と嫌われていますね」
代わりに現れたのはシーラだ。
「従卒さん。加護なしというのは本当に罪深いですね。周りすべてを失望させてしまう」
「悲しいことにそのようです」
聖女のような笑みを浮かべるシーラ・ラルセン。
彼女が俺に向ける同情は本物だ。
それは、女神に棄てられながらも、その事実を正しく受け止められない哀れな男に対する憐憫なのだ。
「魔獣が相手なら、魔力が無くても戦えることはあるでしょう? 物理攻撃だけで倒せる魔獣だっているのですから。魔獣を討伐するって言ってあげれば良かったんじゃありませんか?」
「俺はそもそも戦闘に参加しませんので」
「ふふふ。参加しません、なんて偽った言い方をするべきではありませんよ。参加させてもらえません、でしょう?」
「失礼しました」
辛辣なことを言いながら、典雅な所作でころころと笑うシーラ。
「従卒さん。女神ヨナに棄てられていなかったら、貴方はどんな人生を歩んでいたんでしょうね?」
「さあ。考えたことがありません」
「本当に? 美しい婚約者が居て、可愛らしい妹が慕ってくれて、騎士として讃えられて、家を継いで領主になって。そんな、あったはずの人生を想わないのですか?」
「ええ。まったく」
辿らなかった人生についてあれこれ考えるなど、まるで無意味だ。
そんな時間があったら、未来のために出来ることをした方が良い。
剣の素振りとかな。
「つまらないですね」
「つまらないですか?」
「ええ。人間らしくないです」
そう言って、シーラは立ち去ってしまった。
俺こそが誰よりも人間らしいと思うんだけどな。
シーラの背中を見ながら、そんな思いに囚われるのだった。
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