20_交戦
「ロルフ! 大丈夫なの!?」
「はい。大丈夫です、エミリー様」
「そうは見えないぞ」
ティセリウス団長の指摘は的を射ている。
血まみれで骨が折れている男は大丈夫じゃない。
だが、そんなことより重要な話があるのだ。
「問題ありません。それよりティセリウス団長、左翼の部隊を下げてください」
「なに?」
「おい! 突然現れて用兵に口を挟むな!」
怒声をあげたのは第一騎士団の
彼も対岸に来ていたのか。
「ここに来る前に奥の高台から地形を確認しました。敵の退路は、左翼側から高台に上がり、奥から駐屯地を出るルートしかありません」
「ならば尚更左翼は下げられないだろうが!」
「いえ、敵の退路を塞いで彼らを窮鼠としてしまえば、こちらの損害も増大します。敵を退却させるべきです」
「わかった。ボリス! 左翼を下がらせろ! 第二分隊は中央にまわし、残りは後方で再編だ!」
「はっ!」
ボリスと呼ばれた臨時の副官と思しき男が左翼へ伝令を走らせる。
これには驚かされた。
ティセリウス団長はあっさり俺の進言を受け容れたのだ。
エミリーとリンデルも、目をしばたたかせている。
「団長! この男の言葉を聞いてはいけません! この男は
「エーリク。敵は練度が高いうえ、地の利もある。殲滅戦などしていては、こちらの損耗が許容範囲を超えてしまう。我々は敵を退却に追い込んで勝つ。これは決定事項だ」
「・・・っ! 承知しました」
リンデルを納得させると、ティセリウス団長は剣を振り上げて号令をかける。
「中央の全部隊で、このまま敵を押し込む! ゆけ!」
「おおおおおぉぉぉぉ!」
部隊を前に出すと、ティセリウス団長がエミリーに向き直る。
「左翼の部隊も中央に回るから、前線の兵力は十分だ。私は駐屯地入口付近まで
「わかりました。ロルフ、退がろう。回復班のところへ行こう?」
「はい、エミリー様」
回復魔法というものは、傷を塞いで出血を止めたり、体力をある程度回復したりは出来るが、余程の術士でなければ、骨折などの重傷を治せるものではない。
正直、今の俺にとっては焼け石に水でしかない気がするが、ここは素直に従っておこう。
「ボリス、ここの指揮を頼む。敵を消耗させて左翼の撤退路へ追い立てろ」
「はっ!」
「それとロルフ・バックマン。戦いが終わったら、キミには色々聞きたいことがある」
「わかりました」
ティセリウス団長は、自らの
俺とエミリーもそれに従った。
◆
俺は後退の道すがら、エミリーに訊ねた。
「エミリー様、何故こちら側に居るのですか?」
「ロルフが急に走り出すから、私も付いてきたんだよ」
「え?」
あの時。
エルベルデ河の増水に気付き、橋へ向かって走り出した俺の後ろに、エミリーも付いてきていたらしい。
そして爆発の際、俺やティセリウス団長と同様に、エミリーも対岸に飛び込んだとのことだ。
「私はロルフの上官だからね!」
そう言って誇らしげに胸を張るエミリー。
「エミリーさんが対岸に来ていなかったら、渡河部隊を守り切れなかったかもしれません。それにあの美しい魔法剣。戦場で肩を並べることが出来て、本当に幸運ですよ」
「・・・ありがとうございます、エーリクさん」
エミリーを見つめる目に熱をこめるエーリク・リンデル。
エミリーの返答は素っ気ないが。
ティセリウス団長に追随して彼も対岸に走りこんでいたらしい。
そしてティセリウス団長とエミリーとリンデルで、渡河部隊を攻撃する敵を抑え、部隊を守ったのだ。
普通、たった三人で出来ることではないが、王国最強のティセリウス団長と、第五騎士団で随一の火力を持つエミリーが居れば、支流解放によって河の流れが収まるまでの短い時間を護りきることは可能だったようだ。
敵の指揮系統の乱れなど、爆破後に見られた戦場の混乱も上手く作用したのだろう。
おかげでフェリシアたちが無事だった。
結果、渡河部隊は損害を出しながらも河を渡り切った。
そして物量を活かして敵を押し込み、駐屯地まで攻め入ったとのことだ。
それらのことを話しながら、俺たちは駐屯地の入り口付近まで退がってきた。
そして後方に詰めていた部隊と合流する。
「第五の梟鶴部隊隊長、メルネスです。部下のバックマンの治療をお願いします」
「これは・・・重傷ですな。すぐにこちらへ」
回復班の騎士がそう言うのと同時。
横合いから燃え盛る魔法の槍が飛来した。
団長麾下の魔導士が、とっさに障壁を張る。
ずどん、と爆音をあげ、炎の槍が壁に爆ぜた。
「敵襲!!」
リンデルが声を張り上げ、剣を抜く。
剣を向けた先に、魔族たちが居た。
「・・・私としたことが、伏兵に気づかないとは」
ティセリウス団長が歯噛みする。
「団長、仕方ありません。ここは敵の駐屯地内です。先ほど団長が仰ったように、地の利は完全に向こうにあります」
「理由にならんよ」
リンデルの慰めは一蹴された。
なにせこちらは後詰めの部隊と合わせて三十人ほど。対して敵は約六十人。
マズい状況だ。
だが伏兵は、王国軍が陣地の深くまで攻め入ったタイミングで、前線との挟撃に持ち込むつもりだった筈だ。
目論見通りに行かなかったのは向こうも同じだろう。
本当に、戦場ではそうそう計算どおりになど行かないものらしい。
俺は今日それを何度も思い知らされている。
「回復班、退がれ。私が前に───」
「!!」
凄まじい気配を感じた。
殺気とも違うなにか。
暴力的で本能的で、むき出しの攻撃衝動が向かってくる。
適切な言葉を探すなら"獣性"だろうか。
折れてない右手で剣を抜き、目の前に向けて斬りつける。
獣性を察知してからコンマ数秒。
抜いた刃の先に魔族が現れた。
「なっ!?」
瞬きするほどの間に目の前まで踏み込んできた獣性の主は、首筋を襲う剣に驚愕の声をあげる。
だが加護なしの剣は、魔族の体に届かない。首の数センチ手前で刃がぴたりと止まった。
さらにコンマ数秒ののち、ティセリウス団長が事態を把握する。
「せいっ!」
「ちっ!」
ティセリウス団長の剣が閃いた。
獣性の主は、その剣を間一髪で躱す。
そして一瞬で後ろに跳んで魔族の隊列に戻っていった。
「今のはどういうこと・・・?」
その魔族は女だった。
疑問の声をあげ、俺を睨んでいる。
十七歳の俺より更に年若く見える。
子供と言って差し支えない外見だ。
両手に持つ短剣が似つかわしくない。
だが、いまの攻撃はとんでもないスピードだった。
「ロルフ! 大丈夫!?」
エミリーが俺に駆け寄る。
「ええ。あれは魔力による身体強化でしょうか」
「そうだ。外見に惑わされるな。危険な相手だぞ」
そう言って、ティセリウス団長が剣に炎を纏わせる。
轟々と音を立て、剣の周りを炎が渦巻く。
「
ティセリウス団長が剣を突き出すと、業火が一直線に迸り、敵の隊列に穴が開く。
「ぐわぁっ!」
「散開してティセリウスを討て! 固まってるとアレにやられるぞ!」
魔族も動きが速い。
すかさず左右からティセリウス団長に襲いかかる。
「させるか!」
リンデルほか団長麾下の騎士たちが抗戦する。
両軍が斬り結び、剣戟の音が響き渡る。
「くぅっ!」
だが、数に劣る騎士たちはたちまち押し込まれる。
「エーリクさん! 下がって!」
リンデルが下がり、そこへエミリーが踏み込んで、剣を横に薙ぐ。
「
雷撃が扇状に広がり、魔族たちに襲いかかった。
「がああぁぁぁ!」
数人の敵がまとめて沈む。
その一方で、敵の魔導士が魔法を放とうとする。
だがティセリウス団長の剣がそれを妨げた。
「せっ!」
「ぐあ!!」
彼女は、エミリーやリンデルが敵前衛の攻撃に対応できると瞬時に判断し、自らは既に敵の隊列深くへ斬りこんでいた。
そして流麗としか言いようのない剣さばきで、次々に敵を斬り伏せていく。
「囲め! 同時にかかるんだ!」
焦燥に満ちた声で、敵から号令があがる。
それに合わせ、魔族たちはティセリウス団長を囲んで一斉に斬りかかった。
ティセリウス団長は少しの動揺も見せず、静謐さすら感じさせる、無駄も淀みも無い動きで、周囲に円を描くように剣を振り抜いた。
「
瞬間、ティセリウス団長の周囲に火柱が吹きあがり、敵を炎の中に葬り去っていく。
「ぐわあああぁぁ!」
彼女だけで三十人近く倒している。
凄まじい強さだ。
デゼル大橋の戦いでは、橋を壊さないよう力をセーブしていたのだ。
王国最強の騎士、エステル・ティセリウス。
その美しく破壊的な剣は、まさに別次元のものだった。
エミリーらと少人数で渡河部隊を守りきったという事実にも頷ける。
そんなティセリウス団長の表情が、一瞬で険しいものに変わった。
同時に、俺も察知していた。
俺は再び剣を振る。
その剣は、俺に飛びかかっていたあの魔族の女の、またもや首筋の数センチ手前で止まっていた。
「くっ!!」
魔族の女は即座にバックステップで距離をとる。
「・・・なんで反応できるの?」
「なんとなく」
「・・・そう。あと、なんで剣を止めるの?」
「別に止めたいわけじゃないんだけどな」
「なんのつもりか知らないけど!」
女が躍りかかり、さらに攻撃してきた。
両手の短剣を巧みに操り、間断なく斬りかかってくる。
やはり凄いスピードだ。
だが見えている。
そして躱せる。
だが。
「ぐぅっ!!」
魔力を通した短剣に対し、俺にはまったく防御手段が無い。
刃を躱しても、刀身に纏われた魔力が俺を捕える。
俺は胸を横一文字に斬り裂かれた。
「ロルフ!!」
エミリーが叫んだ。
骨までは達していないが、派手に血が噴き出る。
まだこんなに血が残っていたのか。
視界が覚束なくなってきた。
いよいよヤバい。
「えっ? これは・・・」
一方、魔族の女は訝しんでいる。
魔力を一切持たない人間になど会ったことが無いだろうからな。
その時。
────駐屯地の奥の方から、銅鑼の音が三度響いた。
「・・・っ!」
魔族の女が顔をゆがめる。
「これ、撤退の合図だろ?」
「そうね」
「じゃあ行ってくれないかな」
「また会えるかしら?」
「さあ、どうだろうな」
「・・・・・・」
次の瞬間、魔族の女は目の前から消えた。
同時に俺は膝をつく。
さすがに限界だった。
もう一歩も動けない。
あの女以外の魔族も退いていく。
駐屯地の奥を見やると、魔族軍が高台に抜けて撤退していく姿が見える。
終わったようだ。
「ロルフ! 血が・・・! こっち、回復班の方! お願いします!」
叫びながらエミリーが駆け寄ってくる。
少し離れた場所に居たティセリウス団長がこちらを振り返る。
そこへ火矢が飛んできた。
撤退中の敵が放ったものだろう。
文字どおり一矢報いることを狙ったそれは、ティセリウス団長には当たらず、その背後の天幕に当たった。
騎士たちは安堵の息を吐く。
敵の最後の矢が狙いを外したと思ったのだ。
だが、そうじゃない。
火矢一本でティセリウス団長を害することなど出来ないと、敵も知っている。
火矢は初めから、あの天幕を狙って放たれたのだ。
天幕の隙間から、もう見たくもなかったあの木箱が見える。
ひとつやふたつではない。うず高く積まれている。
「ティセリウスゥーー!!」
俺は叫びながら彼女の方へ走り出す。
その剣幕に只ならぬ気配を感じ取ったのだろう。
彼女は目を見開き、それから俺の視線の先にある、背後の天幕を見た。
そして状況を理解し、こちらへ全力で走り出す。
銀の鎧の魔力障壁があっても、爆風と熱波は防げない。
あの量の火薬が至近で爆発すれば、ひとたまりもないだろう。
こちらへ駆けてくるティセリウス団長。
駆け寄る俺。
天幕のなか、木箱に火が燃え移る様が俺の目に映った。
爆発が次の瞬間に起こることを理解した俺は、すれ違いざまにティセリウス団長を背後から
この人けっこう小さいな、と場違いな思考が湧くと同時。
けたたましい轟音が駐屯地中に響き渡った。
巨人に背中を踏みつけられたかのような衝撃を感じ、俺の意識はそこで途切れた。
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