16_渡河作戦1

 タリアン団長と第五騎士団の梟鶴きょうかく部隊は、デゼル大橋と渡河ポイントを見下ろす高台に陣取っていた。

 ティセリウス団長はデゼル大橋に位置取っている。

 橋上の戦闘の指揮を執るためだ。第一騎士団の梟鶴部隊もティセリウス団長と共にある。


 橋上にリンデルの姿が見えると、エミリーが一瞬剣呑な目を見せたが、すぐに向き直る。戦場にあって感情の処理は出来ているようだ。


 眼下では、既に四つの渡河ポイントに部隊が配置されている。

 一つは第一騎士団、残り三つは第五騎士団の部隊だ。


 舟では数に限りがあるが、かちなら制限なく兵力を送り込める。

 彼らはこれから百メートルほどもある河を歩いて渡るのだ。


 橋の無い地域では、流れの緩い河を歩いて渡ることは珍しくない。

 舟を持たずに河の渡しを生業とする人夫も居る。客を肩に担いだり、戸板を輿こしにして乗せたりして、河を歩くのだ。


 いま、エルベルデ河はそういった河と同じく、緩やかな流れになっており、水位は最も深いところでも腰ぐらいまでだ。

 こうして見ても、確かに歩いての渡河が可能と思える。


 問題はここが戦場であるということだ。

 当然敵は矢や魔法で妨害してくる。

 こちらは大盾や障壁で防御するが、橋上の戦いに敵の戦力をしっかり吸収して、渡河部隊への手出しを可能な限り抑えることが作戦の肝となる。


 したがって、デゼル大橋の戦いを指揮するティセリウス団長の肩に、作戦の成否がかかっているのだ。

 だが、ここから見えるティセリウス団長の表情に気負いは無い。

 彼女は剣士としても用兵家としても超一流と聞く。このぐらいで顔色を変えたりはしないようだ。


 対して、敵から離れたこの高台に陣取るタリアン団長の表情には緊張が見られる。

 実戦の少ない第五騎士団にとって、敵の眼前で攻撃に晒されながら渡河に及ぶという作戦はハードだ。しかも行軍の疲れもある。

 初めて見る魔族に委縮している者も居るようだ。


 これから河を渡ろうとしている者たちのなかには、ただ叙任を受けるために第五騎士団に入ったのに、何故こんなことをしなければならないんだ、と考えている者も居るだろう。


 だが、第一騎士団が一か月戦って勝ちきれなかった戦いに、請われて加勢し、戦勝をもたらしたとなれば、第五騎士団はかなり大きな評価を得ることになる。

 そういう意味でも、これは重要な戦いなのだ。


 そして、そんな思いを持つ者も、持たない者も、いよいよ河に踏み入っていく。

 渡河作戦が始まった。


 ◆


 ティセリウス団長の指揮は見事だった。

 橋上で間断なく打撃を加え、敵を削っていく。

 魔族側は橋へ随時戦力を投入しなければならず、渡河部隊への攻撃は薄くなっている。王国側の目論見どおりだ。


 ティセリウス団長は、指揮のために橋の中ほどまで行っている。最前線にほど近い場所だ。

 それは指揮官としては常識的とは言えない行動だが、彼女が英雄と言われる所以でもあるのだろう。


 それどころか、彼女は自身が前線に躍り出て、魔法付与エンチャントした剣を振るい、業火を浴びせて敵の戦列に大穴を開けた。


 即座に穴を塞ぎ、負傷者を退げて回復魔法を施す魔族の無駄のない動きには目を見張るが、回復術士は魔族においても絶対数が少なく、重傷者を治せるほどの術士となると、なお居ない。


 結果、魔族側では兵力が不足し、橋上へ追加兵力が投入されていく。

 それにより、渡河部隊への対応はさらに薄くなる。

 矢は散発的にぱらぱらと届くのみとなり、渡河部隊はそれを大盾ではじきつつ、少しずつ前進していく。


 大盾は普通の鉄製だが、それを掲げる前衛部隊がしっかりと魔力を通している。

 矢避けの障壁もあるため、魔法付与エンチャントされた矢を問題なく防げている。


 そして渡河部隊は確実に歩を進め、河の中ほどにまで到達した。

 ここまではかなり順調だ。


「もう勝ちだろこれ。アタシらの出番が無いのは残念だけど」


「ええ。このまま対岸を制圧できますね」


 たしかに優勢だが、俺としてはまだラケルとシーラの意見に賛成できない。


「私たち初陣を勝利で飾れるね、ロルフ!」


「どうでしょう。そう思うのは早いかもしれません」


「えっ、なんで?」


「まず、勝鬨を上げるその瞬間まで、勝ちを確信するべきではありません」


「でくの坊が聞いたようなこと言うじゃねーの。行軍でちょっと貢献して調子に乗ってんのか?」


「ただの一般論です。それと、第五騎士団の渡河のスピードが、おそらくティセリウス団長の想定より遅いです」


 やはり行軍の疲労は抜けきっていないのだろう。第五騎士団の渡河部隊の動きが悪い。


 ティセリウス団長は、橋上の戦いを指揮しながら、四つの渡河部隊の進軍速度を随時確認し、第五が遅れていることが分かると、橋の手前に居るベルマン副団長へ伝令を飛ばしている。

 そしてベルマン副団長の指揮のもと、第一騎士団の渡河部隊が進軍速度を下げ、足並みをそろえる。


「・・・遅いのは疲れているからだと言いたそうだな」


 タリアン団長が声に怒気を乗せて問う。

 行軍ルートの選択ミスを非難されているように聞こえたのだろう。

 はいそうですと答えてみたい衝動に駆られるが、さすがに止めておく。


「疲れもあるでしょうが、魔族との接敵が初めてという者も多い状況です。第一が望むとおりのパフォーマンスを出せるわけでも無かったのでしょう」


 まあ嘘は言っていない。


「ふん・・・」


 タリアン団長はつまらなそうに鼻を鳴らした。

 俺はエミリーに向き直って話を続ける。


「そして何より、魔族軍は第一騎士団を相手に、橋を突破させず一か月以上、戦線を支えているんです。このまま簡単に行くとは思えません」


 俺が言い終わるのを待っていたかのように、橋上から、どん、と轟音が上がった。

 今度は第一の戦列に穴が開く。


 魔族側の魔法部隊が前に出て、一斉に『灼槍』ヒートランスを放ったのだ。

 ティセリウス団長が退がり、前線の圧力が弱まったタイミングを狙ったらしい。


 そして第一騎士団が前進を止めると同時に、魔族軍も隊列を組みなおす。

 魔族たちは、橋上の戦力をすぐさま整頓し、渡河部隊への対応要員を供給する。


 それに加え、渡河部隊は河の中ほどを過ぎたあたりで魔法の射程距離に入っていた。

 彼らに向けて、矢だけではなく、強力な魔法攻撃が放たれる。


「くっ!」


 タリアン団長の呻く声が聞こえた。

 彼の視線の先では、渡河部隊のひとりが水中に崩れ落ちている。


 魔法障壁の隙間をぬって『氷礫』フロストグラベルが腹に突き刺さったのだ。

 第五騎士団の隊列だった。


 周囲の者たちが慌てて負傷者を小舟に乗せた。

 障壁を張りつつ退がらせていくが、あれは助からないかもしれない。


 さらに別の渡河部隊。こちらも第五騎士団の隊列だ。

 『水蛇』スラムウィップが横薙ぎに襲い掛かる。

 三人が直撃をくらった。

 うち一人は首がざっくりと裂けている。即死だろう。


「ティセリウス団長は何をしているのだ! 渡河部隊に攻撃させるな!!」


 タリアン団長が憤る。

 だがティセリウス団長の動きはとんでもなくハイレベルなものに見える。

 自身も攻撃に参加して味方の損害を最小限に抑えながら、橋上の戦力を完全にコントロールし、本来防衛側が有利な橋上の戦いを優勢以上に進めていた。


 橋上では、また第一騎士団が徐々に前線を押し上げる。

 と同時に、対岸の魔族のうち三人が風に切り刻まれて倒れた。

 渡河部隊から放たれた『風刃』ブリーズグリントを受けて絶命したのだ。


 放ったのはフェリシアだった。


「フェリシア! やった!」


 喜ぶエミリー。

 渡河部隊のなかでは一番槍だ。さすがは第一魔導部隊の隊長だな。


 フェリシアはすかさず二の矢を撃つ。

 腰まで河に浸かった不安定な体勢にも関わらず、魔力の奔流をコントロールしきって風の刃を放っている。


 これはギリギリで躱されたが、牽制にはなった。

 敵は退がって障壁を張りなおす。

 攻撃が薄くなった間に、渡河部隊はまた前進する。


 フェリシアの表情はここからは見えないが、動きには淀みがない。

 相手が魔族だからか、命を奪うことに対する忌避感は無いようだ。


「いいよフェリシア! これは行ける!」


「ふん。加護なし、訳知り顔で講釈を垂れてみたは良いが、ただの杞憂だったな」


「従卒さん。あれは妹さんでしたよね? 優秀な妹さんが貴方の心配を払拭してくれて良かったですね」


「・・・・・・」


 何か違和感を覚える。

 いま、おかしな光景を見ているような気がする。


「従卒さん、何かおっしゃいなさい」


 ────!!


「エミリー様! 団長! 今すぐ渡河部隊を退がらせてください!」


「な、なに言ってるのロルフ?」


「河の水位が上がっています!」

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