15_降り注ぐ暴力
天幕に入って眠る前に、駐屯地を少し歩き、高台に上がった。
デゼル大橋の戦況を見るためだ。
高台からやや遠くを見下ろすと、エルベルデ河に架かる橋が見えた。
幅二十五メートル、長さ百二十メートルの巨大な橋、デゼル大橋。
いくつもの篝火に照らされたその橋の上で、両軍の兵士がにらみ合っている。
戦場をしばらく観察する。
魔族を初めて見るが、その外見は話に聞くとおり、肌が褐色であること以外は人間と何ら変わらない。
戦い方も人間と同じように、武器と魔法を駆使して、確立された指揮系統のもとに戦っている。
良い動きだ。見るべきところがあると思う。
だが第一騎士団の動きはそれを上回っている。
俺はその用兵の妙に驚かされた。
今回、対岸を押さえたいのは王国側であり、魔族側の作戦目的は防衛だ。
したがって彼らとしては、橋を爆破してしまえば良い。
実際、それを意図した動きが見て取れる。
だが、それを第一騎士団が巧みな用兵で阻止しているのだ。
橋上に魔族軍の兵が残った状態では橋を爆破することなどできない。
そのため第一騎士団は、橋上から魔族軍が去ることを許容しない戦いをしていた。
魔族軍が
魔族軍が前に出てくると、第一は防御しつつ
これを、橋上の部隊を交代させ、軍の回復力を効かせながら、集中力を切らすことなく行っていた。
時おり、橋の突破を狙った大火力の攻撃も行っているが、この攻撃は魔族軍が退がりきったベストなタイミングで為されており、これによって敵にプレッシャーをかけ続けている。
あの戦いぶりを見る限り、第一騎士団は部隊長らの中級指揮官もかなり優秀なようだ。
魔族軍は、戦いは退く時が一番難しいという事実を再認識しているだろう。
「あれ、でくの坊じゃん。こんなところで何してんの?」
戦いに見入っていると、声をかけてくる者がいた。
ラケルだ。横にイェルドとシーラもいる。
「デゼル大橋を見ていました」
「戦況を自分の目で確認しておこうと思ったのですね。従卒さんが見たところで何も分かりはしないでしょうが、その心がけは大事ですよ」
「ありがとうございます。皆さんも橋を確認しに?」
「当然だ。僕たちはお前と違って常に状況を把握していなければならないからな」
そこへ人影がもうひとつ近づく。
「おや、皆さんおそろいで」
第一騎士団
「行軍でお疲れでしょうから、もうお休みになった方が良いのでは?」
「ええ、そうさせてもらいます。私たちは少し戦場を見ておきたかっただけですから。リンデル隊長も今夜はよく休まれますよう」
「そのつもりです。ただその前に、彼と話してみたかったんですよ」
リンデルは俺に目を向ける。
「エミリーさんが君をしきりに褒めていてね。ベリサス平原を渡りきれたのも、君の功績が大きいとか。従卒なのにすごいじゃないか」
「恐縮です」
「軍略に明るいようだが、どこで習ったんだい?」
「独学です。もともと書物が好きなので」
「ほう、それは立派なものだ!」
リンデルは驚きの表情を浮かべる。
「しかし、入団から間もないのにこんな遠くまで戦いに来る羽目になるとは、ツイてないね」
「いえ、俺は入団三年目です」
「え?」
「非才のうえ祝福なき身ですので、今日まで不甲斐なく従卒を続けています」
顔に疑問符を浮かべるリンデルに、シーラが説明する。
「この者は
「た、たしかに第五にそういう者が居ると噂には聞きましたが、本当だったのですか。そうか、この男が」
リンデルの顔が驚きと困惑を経て、怒りに染まる。
そしてその怒りを込めた声で言った。
「
俺に詰め寄り、胸ぐらを掴み上げるリンデル。
「なぜ貴様のような男が戦場に居る! 遊びではないのだぞ!」
「遊びでやっているつもりはありません」
「これは聖と邪の戦いだ! 神に見限られた男の出る幕はない!」
「俺はそうとは思っていません」
「・・・ッ! 貴様!」
地面へ仰向けに倒されてしまう。
一線級の騎士だけあり、相当な膂力だ。
馬乗りになったリンデルは、両手で俺の胸ぐらを掴み、顔を近づけて叫ぶ。
「良いはずがない! 彼女の傍に貴様のような者が居て良いはずが!」
なるほど。
彼の怒りの背景には、加護なしへの感情に加え、エミリーへの執心があるようだ。
軍議後の態度からも見て取れたが、"白光"に美しい容姿、そのうえ同じ梟鶴部隊隊長とあって、彼はエミリーに並々ならぬ関心を抱いていたのだ。
そのエミリーの口から俺の名前が出たから、見極めようと思って近づいてきたのだろう。
にも関わらず、その男はよりにもよって加護なしだった。
それは到底許せることではなかったのだ。
「俺はただの従卒です。エミリー様にとってそれ以外の何者でもありません」
「当然だ! 分かり切ったことを抜かすなァ!!」
リンデルの怒りは限界を超えてしまったようだ。
馬乗りになったまま、俺の顔に両手の拳を何度も叩きつけてくる。
その拳には殺意すら感じる。
俺は両腕で防御するが防ぎきれず、リンデルの拳が俺の血で染まっていく。
「貴様が! 貴様のような者が!」
エミリーへのアプローチもそうだったが、リンデルという男は万事に情熱的であるようだ。
俺としてはまったく嬉しくない状況だが。
「お、おい! よせ! 殺す気か!?」
イェルドが割って入る。
「このような男は存在するべきではない! ここで殺したところで何も問題ない!」
「無茶を言うな! うちの団員だぞ! とにかく離れろ!」
イェルドに引き剥がされるリンデル。
荒い息を吐いてこちらを睨んでいる。
「貴様のような男が・・・居て良いはずがない・・・!!」
そう言われても、はいすみませんと消えるわけにもいかないしな。
切れた唇から流れる血を手の甲で拭いながら立ち上がる。
やがて少しは落ち着いたのか、リンデルの目から激情が薄れる。
それから俺たちを見まわして言う。
「・・・お騒がせして申し訳ない。失礼する」
俺以外の三人に向けた言葉だった。
踵を返して立ち去るリンデル。
俺たちはその背中を無言で見送った。
「イェルド様。ありがとうございました」
素直に礼を言っておく。
俺が抗戦していたら、リンデルは更に激昂し、収拾がつかなくなっていただろう。
「お前のために止めたわけではない」
そう言ってイェルドも立ち去った。
「なんだか凄い奴だったなあ。まあいいや。じゃ、アタシも寝るから」
「従卒さん、明日に支障が出ないよう、顔のケガには薬を塗るなりしておきなさい」
ラケルとシーラも天幕に戻る。
シーラは加護なしに回復魔法を使うという発想には至らなかったが、ケガの治療に言及するぐらいの気遣いは見せた。
たしかに傷を洗って薬を塗っておいた方が良いな。
目が腫れたりしたら厄介だ。
俺はもう一度橋を見やってから、医療班の天幕に向かった。
◆
「そ、その顔はどうしたのロルフ!?」
翌朝。
エミリーの反応は予想どおりだった。
「転びました」
「転んだだけでそんな風になるわけないじゃない!」
だよな。
俺もそう思う。
エミリーの反応を予想していたにも関わらず、それへの返答を考えていなかった。
作戦前のこのタイミングで、第一騎士団への不信に繋がりかねない情報をエミリーに伝えたくはないが、俺が言わなくてもイェルド達に訊けば分かってしまう。
仕方ない。隠す意味は無さそうだ。
「第一騎士団のリンデル隊長の不興を買いました」
「エーリクさんの? どうして?」
「加護なしだからでしょう」
「だからと言って!」
そこに貴女への慕情が加わった結果、彼が感情を制御できなくなり、こんなことになりました、とは言わないでおく。
言えばエミリーは自分に原因の一端があると考えてしまうからだ。
しかし、リンデルの行動からエミリーへの恋情を読み取ったり、嫉妬による感情の化学反応に気づいたりと、俺にも色恋に関する機微というものが解ってきたようだ。人は成長するということだな。
もう少し早く成長していたら、婚約者であるうちに、エミリーに美しい言葉を贈ることなども出来ていたのだろうか。
どのみち別離に至るとしても、婚約者らしいことを何も出来ていなかったので、そこには俺なりに忸怩たる思いがあるのだ。
まあそれはともかく。
第一騎士団に抗議しようと息巻くエミリーを止めなければならない。
「エミリー様。いま第一との間に事を構えるのは良くありません。我々は彼らと連携して勝たなければならないのです」
「分かってるけど、こんなの黙ってられないよ!」
「すべてが終わった後にしましょう。今は戦いのことだけを考えてください」
「・・・・・・」
「エミリー様」
「・・・わかった」
渋々了承するエミリー。
戦の勝敗を決める作戦に、まさにこれから騎士たちが命を賭けようという時だ。殴った殴られたの諍いなどしている場合ではない。
そのことはエミリーにも十分わかっているのだ。
駐屯地の中央で、ティセリウス団長が皆に渡河作戦について説明している。
一か月以上続いたエルベルデ河流域の戦いに、終止符を打つ作戦が始まろうとしていた。
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