14_対岸への誘い

 両騎士団の幹部たちを見まわし、ティセリウス団長が改めて口を開く。


「知ってのとおり、エルベルデ河流域は、四十五年前に王国が魔族から奪取した。そしてこの地にデゼル大橋を建設したが、二十年前に対岸を魔族に奪い返され、今に至る。この肥沃な流域を押さえることは王国にとって極めて重要であり、すなわちこの作戦は失敗できない」


 幹部たちは真剣な面持ちで傾聴している。

 エミリーとフェリシアも、緊張した表情で背筋をぴんと伸ばしていた。


「現在、我々はデゼル大橋から対岸への到達を試みている。デゼルは幅二十五メートル、長さ百二十メートルの巨大な橋だが、それでも戦域としては狭く、大きな兵力を投入することは出来ない。攻めあぐねている状況だ」


 一拍おいて、ティセリウス団長は告げる。


「そこで、第五騎士団を援軍に得て、我々は渡河による対岸到達を図る」


 第五騎士団の面々がざわつく。

 総隊長のひとりが挙手して質問した。


「どのような方法で河を渡るのでしょうか?」


「詳しい作戦内容は、副団長のフランシス・ベルマンから説明する。フランシス、頼む」


 はい、と答えて五十代とおぼしき白髪の男が起立した。


「渡河方法はかちです。河を歩いて対岸に乗り込みます」


「徒? この大きなエルベルデ河で、そんなことが可能なんですか?」


「可能です。かねてよりの日照りで、この周辺の水位は大きく下がっています。推定では、もっとも深いポイントでも八十から百センチ程度です。流れも緩く、徒による渡河が十分可能な状況です」


 ベルマン副団長が総隊長に説明すると、今度はシーラが発言を求めた。


「河を渡る場所は決まっているのですか?」


「こちらの地図をご覧ください。渡河ポイントは四点。同時に渡ります。こことここ、それからこっち、そしてここです」


 副団長が地図に赤丸で指し示すと、第五騎士団からどよめきが上がった。

 イェルドが顔色を変えて問う。


「よ、四点ともデゼル大橋から百メートルと離れていません。つまり対岸に展開する魔族軍からも丸見えです。敵の眼前で堂々と渡河に及ぶのですか?」


「そうです。渡河可能なポイントが限られているうえ、そもそも流域は常に哨戒されており、ポイントを敵本陣から離したところで確実に捕捉されます。だったらデゼルの戦力と連動して動いた方が良い」


「いや・・・しかし・・・エミリー、どう思う?」


「ええっと、こちらは援軍を得て数で勝るのだから、デゼル大橋から離れた場所へ兵力を分散させたりはせず、物量を活かして突破した方が良くって・・・」


 そう。その辺の考え方は、さっき丁度エミリーと話したのだ。


「具体的にはデゼル大橋に間断なく戦力を投入して敵を釘づけにしつつ、渡河部隊が四点同時に敵の防衛ラインへ穴を開けに行って、敵の対応能力が限界に達するまで押し込む・・・ということだよね?」


 エミリーがこちらを振り返る。

 俺は無言で小さく頷いた。


「理解が早いですな。そのとおりです」


「ベルマン副団長、物量が必要だから舟による渡河ではなく、要員を直接徒で送り込むということですか?」


「ご推察のとおりです、タリアン団長。負傷者の収容用に小舟も曳かせますが」


「ふむ・・・担務は?」


「デゼルは引き続き第一騎士団が担当します。ここの指揮系統を変えるのは危険なので。渡河ポイントのうち一つは同じく第一が。残り三ポイントは第五騎士団にお願いしたく」


 第五騎士団の面々が顔を見合わせるなか、フェリシアが挙手した。


「渡河部隊の防御策はどのようにお考えですか?」


「水に浸かりますので、出発前に全員に雷撃耐性の支援魔法を施します。そのうえで隊列内五メートルごとに魔導士が入り、障壁を張り続けます。加えて先頭集団には大盾を持たせます」


「わかりました。タリアン団長、第五騎士団の隊列については少し調整させてください。魔導士によって有効範囲が違いますので、安全マージンを考えつつ最適なものに組みなおします」


 フェリシアの提言は理に適ったものだった。

 タリアン団長がティセリウス団長に訊く。


「ティセリウス団長、構わないかな?」


「ええ。もちろんです」


「ではバックマン部隊長、そのように頼む」


「はい」


 フェリシアが頷くと、続けて幾つかの質疑が為された。

 そして、ひととおりの確認が終わり、タリアン団長が作戦内容に異議が無いことを伝えると、ティセリウス団長が皆を見まわして告げた。


「明日の正午、作戦を開始する。第五騎士団諸君は十分に休息をとって欲しい。以上、解散」


 皆、席を立ち、それぞれの天幕に戻っていく。

 第五騎士団の天幕も、すでに張られている。

 皆がガヤガヤと歩き去るなか、ティセリウス団長がタリアン団長に近づいて話しかける。


「タリアン団長、重ねてよろしく頼みます」


「ええ。微力を尽くします」


「見たところ皆かなり疲労の色が濃いようです。予想よりお早いお着きでしたし、シュウェル大森林をよほどの強行軍で来られたご様子。今夜はゆっくりと休んでください」


「ああ、いや・・・」


 言いよどむタリアン団長。


「我々はベリサス平原を来たのですよ」


「ベリサスを? それでよくご無事で・・・」


「ま、まあ、首尾良くいきました」


「そうですか」


 ティセリウス団長の声には呆れが含まれているようだ。

 両団長のやりとりを見ていると、背後からエミリーが近づいてきた。


「ロルフ、ご苦労さま」


「お疲れさまです、エミリー様」


「今日はもう休んで良いわ。七日間、歩きどおしで疲れたでしょう? ゆっくり休んでね」


「いえ、まだ休めないかと」


 エミリーが「え?」と言うと同時に、タリアン団長から声がかけられる。


「エミリー、貴公の従卒に、この会場の撤収をさせてくれ」


「あ、は、はい。分かりました」


 エミリーが申し訳なさそうにこちらを見る。

 仕方ない。こういう雑用を第一だけに任せてしまっては色々と良くないしな。


「では、第一の従卒の皆さんと共に会場を撤収します」


「うん。ごめんね」


 では失礼します、と言いかけたところに、今度は別の方向からエミリーに声がかかる。


「エミリー・メルネスどの」


「リンデル隊長。軍議、お疲れさまでした」


「お疲れさまでした。私のことはエーリクで」


「わかりましたエーリクさん。私もエミリーでお願いします」


「ありがとう、エミリーさん」


 この駐屯地に入ってから、エミリーにはちらちらと第一騎士団からの視線が向けられていたが、リンデルは堂々と正面から切り込むことにしたようだ。


「"白光"の梟鶴きょうかく部隊隊長の噂は聞いていましたが、こんなに美しい方だったとは。それに、さきほどの軍議での素早く的確な戦術理解もお見事でした」


「あはは・・・」


 彼女には婚約者が居ると知ってそうなものだけどな。

 そういうことを気にしないタイプの男なのだろうか。


 そんなことを考えながらその場を離れ、会場の撤収を行う。

 第一騎士団の従卒たちと協力して、机と椅子を片付けた。


 第一の従卒たちと少し話したが、皆、半年前に入団したばかりだそうだ。

 俺が二年半従卒をやっていると知った彼らは、「そうなんですか」と応え、その後話しかけてくることは無かった。


 黙々と机と椅子を片付ける様を、離れたところからフェリシアが見ている。

 俺が訓練でぼろぼろにされるところや、煤まみれで掃除をするところ、そしてエミリーに従属しているところを見るたび、彼女の目を失望が覆っていくことに、俺は気づいていた。


 悲しませるよりは失望させる方がマシだろうか、などと情けないことを考えながら、会場の撤収を終えるのだった。

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