13_到達

 夜間のうちに行軍し、昼間は天幕を張って休憩。

 第五騎士団は、少しずつエルベルデ河に向かう。


 いずれにせよ気温は高く、行軍はいまだ苦難を伴ったが、それでもだいぶマシにはなった。

 団長らは物資の消費計画を見直し、必要最低限を残して荷を破棄。少しでも行軍速度を確保した。


 疲労を蓄積させながらも第五騎士団は歩を進め、行軍開始から七日目、ベリサス平原を抜けた。


 現在は天幕で休息しつつ日没を待っている。まもなく出発だ。

 夜半には、いよいよエルベルデ河に至れるだろう。


 どうにかここまで来ることが出来た。

 だが、やはり団員たちは疲弊している。

 そして到着してからが本番であることは当然誰もが理解しており、それを思ってか、皆の顔には陰が張り付いている。


「それでは出発する。今夜のうちに到着する予定だ。貴公ら、気を引き締めろよ!」


 良くない状況を理解しているのだろう。団長の号令にもどこか張りが無い。

 第一騎士団と魔族が待つエルベルデ河に向け、俺たちは往路最後の行軍を開始した。


 ◆


 闇夜に黙々と馬を引く。


 梟鶴きょうかく部隊は、皆、戦える体力を残している。

 さすがに実力者ぞろいだ。


「エミリー、着いたら第一と作戦会議だよな。アタシらも出席か?」


「うん。みんな出てもらうよ。よろしくね」


「めんどくせーけど了解」


「エミリーさん、どういった作戦になるのでしょうか」


 シーラの問いに、エミリーが困ったような顔で答える。


「そこまでは伝えられてないんだよね。着いてから第一騎士団の指示を仰ぐかたちになるわ」


「エミリー、僕らの部隊の指揮権を第一に移譲するわけではないんだよな?」


「ええ。ほかの部隊は第一の指揮下に入るけど、梟鶴部隊の指揮は私よ」


「ならオーケーだ」


 イェルドは、序列上の上位にある第一騎士団に対して良い印象を持っていないようだ。

 俺としては、王国最精鋭の騎士団の戦いをこの目で見るのが楽しみだが。


「ロルフ、どんな作戦になるかな?」


「渡河作戦でしょう」


 エミリーの問いに答えると、ラケルが疑問を呈する。


「アタシらが向かってるのはデゼル大橋だぞ。橋があるのにどうして渡河なんだよ」


「橋は渡れません。ここ一か月、エルベルデの戦線が膠着しているのは、両軍ともデゼル大橋を制圧できずにいるからです」


 橋を獲った時点で両岸を抑えることができるのだ。

 勝敗が決していないということは、橋は渡れない。

 橋上で両軍が対峙している状況だろう。


「従卒さん、だから援軍を投入して橋を突破するんでしょう?」


「いえ、いくらデゼル大橋が巨大でも、橋上に展開できる兵力には限りがあります。援軍の投入で突破できるというものではありません」


「だからって渡河はねーだろ。エルベルデは大河だぞ」


 本来ならそうだ。

 だが今なら渡れる。


「第一騎士団はチャンスが巡ってきたと言って、援軍を要請しました」


「そうだね。えっと、つまり?」


「おそらくチャンスとはこの日照りのことです。デゼル大橋の周辺は、河幅こそありますが水深は浅いので、そこから更に水位が下がれば、かちによる渡河で大軍を送り込むことが可能です」


「おい待て加護なし。出任せを言うな。なぜ水深など分かるんだ」


「デゼル大橋建設時に王国地理院が測量しています。本部の書庫に資料がありました」


 四十年前の資料だが、それを元にデゼル大橋は無事建設されている。信頼できるデータだ。

 話を聞いていた四人が押し黙る。


「加護なし。そんなものまで読んでいたと言うのか? 三日しかなかったのに」


「はい。できる備えはしておきたかったので」


「・・・戦えもしないのにご苦労なことだ」


 イェルドが小さく言った。


 見上げると、月が中天を過ぎている。

 そろそろだろうか、と思っていると、先頭を行く団員たちから歓声が上がった。

 どうやら着いたようだ。


 しばらく進むと、ぽつぽつと灯が見えてきた。

 第一騎士団の駐屯地のものだろう。

 その方向から蹄の音が近づいてくる。三騎いるようだ。


 やがて銀の鎧に身を包んだ騎士たちが闇夜から出てくる。

 旗を見て団長の所在を確認したのだろう。こちらに近づいてきた。


「馬上から失礼します。第一騎士団梟鶴部隊隊長、エーリク・リンデルです。遠路お疲れ様でした。援軍に感謝します。ティセリウス団長の元へお連れしますゆえ、タリアン団長にお目通り願えますでしょうか」


 三十歳手前ぐらいだろうか。三人のなかでは一番若い、先頭に居た男が名乗った。

 濃い茶色の髪と精悍な顔立ちの美丈夫だ。


「出迎え恐れ入ります。第五騎士団梟鶴部隊隊長、エミリー・メルネスです。面会の必要には及びません。このまま駐屯地に入らせて頂けますでしょうか」


「いや、大丈夫だよエミリー。エーリクとは面識がある」


「失礼いたしました。リンデル殿にもご無礼を」


「いえ、お気になさらず」


 後ろからタリアン団長が出てくる。


「久しいな、エーリク。壮健そうだ」


「おかげさまで。それで、着いた早々申し訳ないのですが、軍議への出席をお願いしたく」


「心得ているよ。では行こう」


「はっ」


 第五騎士団は、エーリク・リンデルの先導で、第一騎士団の駐屯地に入っていく。

 俺たちはようやく戦場にたどり着いた。


 ◆


 これから軍議だが、両騎士団の幹部全員となると、もっとも大きい天幕でも入りきらない。

 そのため、第一騎士団の従卒たちが、露天に椅子と机を並べて会議場を設営する。

 タリアン団長に命じられて俺も手伝った。


 行軍で疲れているだろうから力仕事は任せろと第一騎士団側に言われたが、これぐらい問題ない。

 疲れているのは、戦っている第一騎士団もお互い様だ。


 設営が済み、幹部たちを迎える。

 団長、副団長、梟鶴部隊、それぞれ複数の部隊を束ねる総隊長たちに、各部隊長たち。

 第一騎士団側は、いま戦闘にあたっている部隊長は欠席。それと団長席がまだ空席だった。


「申し訳ありません。ティセリウス団長は間もなく来られます」


「承知した」


 リンデルの言葉にタリアン団長が答えてから数分後、二十代半ばの女性が現れた。

 全員が起立して迎える。


 軽いパーマのかかった長いピンクブロンド。百七十センチほどの体に銀の鎧と赤いマントを纏っている。


 ほぅ、と第五騎士団側の誰かから熱を帯びた溜め息が上がった。

 筆舌にし難い美女を見たからか、それとも国中に名を知られる英雄を目の当たりにしたからか。


 王国最強の騎士。第一騎士団団長、エステル・ティセリウスだ。


「遅れてすまない。団長のティセリウスだ。遠路踏み越えての援軍に感謝する」


「ティセリウス団長、ご無沙汰しています」


「ご無沙汰しております、タリアン団長。この度のご助力、まことに痛み入ります」


 ティセリウス団長に促されて全員着席する。

 従卒は座席の後ろに立つ。

 ここに居る第一騎士団の従卒は三名、第五騎士団は俺だけだ。


 俺は、第五騎士団側、第一魔導部隊の部隊長席に目をやった。

 そこにはフェリシアの姿があった。


 大きな魔力を得て将来を嘱望された彼女は、期待に応えて才能を開花させ、入団から一年で部隊長になったのだ。

 当然叙任も受けて騎士になっている。


 魔導部隊は馬を用いないが、幹部である彼女には行軍用の馬が与えられている。

 そのためか、見る限り行軍の疲労は深刻ではないようだ。

 フェリシアは、一瞬こちらをちらりと見て、すぐに視線を戻した。

 そこへ、ティセリウス団長の凛とした声が響く。


「それでは軍議をはじめる」


 俺やエミリーやフェリシアにとって初めての戦場。初めての戦い。

 それが幕を開ける。

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