12_熱波のなか
「第一騎士団への援軍ですか」
「そう。いまエルベルデ河で戦ってるでしょ? あそこに私たちも行くんだって」
入団から二年が経って、ようやく初陣の機会が来た。
もっとも、実戦への参加機会が少ない第五騎士団では、このぐらいの期間、実戦から遠ざかるのも珍しいことでは無いらしい。
それでも久しぶりの実戦だからか団長らも気合いが入っているらしく、第五騎士団のほぼ全兵力が動員されるそうだ。
現在、王国の東端、エルベルデ河を挟んで第一騎士団と魔族が睨みあっている。
魔族側は河を防衛ラインとして王国最精鋭の第一騎士団を押し返そうとしており、王国側は河を突破して肥沃な流域を抑えたいと考えている。
第五騎士団は、その作戦の援軍に向かうのだ。
「出発はいつですか?」
「三日後よ」
「急ですね。援軍となれば仕方ないですが」
「すでに第一騎士団が優勢らしいんだけどね。でもこれ戦略上かなり重要な作戦だから、援軍を入れて盤石にしたいみたい」
盤石にしたい、か。
勝機をモノにするための援軍ということらしい。
「エルベルデは一か月ぐらい膠着していましたが、良い流れが来ていると?」
「うん。いまチャンスらしいよ」
逆に言えば、ここを逃せばまた膠着状態に入ってしまう可能性があるわけだ。
王国としては何としてもモノにしなければならない。
「ロルフ、頑張ろうね!」
「はい。ところで行軍計画は誰が?」
「団長が兵站部を指揮して作ってるよ。大急ぎでね」
「この作戦、戦いは元より行軍がハードです。真夏のベリサス平原を突っ切って最短を行けば部隊が消耗し過ぎます。涼しいシュウェル大森林に入って行軍する必要があるでしょう。あそこなら水も確保し易いですし」
「そ、そっか。そうだね。そのへん考えるよう言っておくよ」
それから出発までの間、第五騎士団全体が慌ただしい空気に包まれた。
皆高揚しているが、浮足立っているようでもあった。
出発までの間は訓練も休みだが、俺は朝晩の一人稽古をいつも通り行い、平常心を保つよう心掛けた。
出発の前夜、剣を振り終えた俺は東の空を見上げる。
魔力の無い俺に出来ることはあるだろうか。
戦場に役割を見出せるだろうか。
それを探さなければならない。
いま第一騎士団が戦っている遠い地の空に、そんな思いを馳せるのだった。
◆
「ロルフ、ごめん」
出発の日、エミリーが開口一番謝ってきた。
加護なしは留守番せよ、もしくは、行軍計画がこの間話したとおりにならなかった、のどちらかだろう。
前者なら俺が困るだけだが、後者だと・・・。
「行軍ルート、ベリサス平原を突っ切ることになったの。シュウェル大森林のルートを主張したんだけど」
「そうですか。俺の発案だと言ってしまったのでは?」
「うん・・・」
申し訳なさそうに、胸の前で両手の指をこすり合わせるエミリー。
「それは言うべきではありませんでしたね」
「あ、あのね。ベリサス平原を通れば七日で到着できるけど、シュウェル大森林のルートだと九日ぐらいかかっちゃうし、スピードが重要な援軍計画で、わざわざ迂回することは出来ないから」
エミリーは何故か俺に釈明を始める。
そんな必要があるはずも無いのだが。
「そうですね。スピードが重要なのはそのとおりだと思います。第一騎士団が待っていますから」
「うん。まもなく出発だよ。準備できてる?」
「はい。大丈夫です」
第五騎士団は、王国東端、エルベルデ河への行軍を開始した。
だが俺は、意気揚々という気分にはなれなかった。
◆
俺は、その部隊長であるエミリーの馬を引いて黙々と歩く。
朝出発してから、五時間ほど歩き続けていた。
馬上のエミリーが声をかけてくる。
「ロルフ、大丈夫?」
「問題ありません」
周りを見回すと、皆、照りつける太陽に口数が少なくなっていた。
従卒以外にも、兵種によって馬を持たない者はいるが、その誰もが険しい顔で息を荒げている。
「シュウェル大森林のルートを献策したそうだな。涼しい森をのんびり行く方が良かったか? 加護なし」
「はい。イェルド様」
「請われて援軍に行くというのに、涼みながら遠回りとはな」
「急いで戦場に着いても、部隊が疲弊して役に立たないのでは意味が無いと考えました」
ちっ、と大きな舌打ちのあと、イェルドが馬上で声を張り上げる。
「おい、いいか加護なし! 馬を引いて無様に歩くお前がどれだけ疲れても、部隊の戦力には何も影響しない! そんなことも分からないのか?」
「つーか、でくの坊はデカいわりに軟弱だねえ。暑さぐらいで疲れるとか言ってんなよ」
「失礼しました。イェルド様、ラケル様」
それから昼食を経て、陽光が尚もその威を増すなか、俺たちは進む。
陽炎が立ち昇るなか、第五騎士団の足取りは徐々に重くなっていく。
二時間、三時間と経つうち、段々と行軍速度が落ちていくのが分かる。
馬上の者たちも、言葉を発することが少なくなっている。
皆を渇きが襲っているが、大森林と違ってここには小川の類もなく、水を現地調達できない。
よって物資の消費計画に沿って水を飲むしかないが、早くも不足が生じていた。
じりじりと照り付ける太陽が、容赦なく皆の体力を奪っていく。
そこかしこから、ぜえぜえと荒い呼吸が聞こえる。
目が焦点を失っている者も出てきた。
「・・・おい、加護なし」
「はい」
「休みたいだろ?」
「いえ、大丈夫です」
「さすが背信の徒は嘘が得意と見える。はん、だが残念だったな。まだまだ休憩は無しだ」
そのとおり。陽光を遮るものがどこにもない平原の真ん中では休憩にならない。
休憩のためにいちいち天幕を張るわけにもいかないしな。
「心得ています」
「ふん」
「でも大丈夫ということは無いでしょう。従卒さんもだいぶ汗をかいていますよ。格好をつけたいのは分かりますが、騎士になりたいのなら嘘を吐くのはおやめなさい」
「いえ、大丈夫ですシーラ様。このぐらいの発汗は問題ありません。ただ塩分の不足には警戒する必要がありますが」
「塩分?」
炭鉱夫などは、夏場は塩をなめたりするのだが、ここに居る貴族たちにそんな知識は無いようだった。
「ロルフ、だから昼食の時、塩をなめろって言ってたの?」
「はい」
「アホらしい、のど渇いてんのに塩なめてどうすんだよ」
そんなことを話しながら東進する俺たち。
夕方を迎えてもなお気温は高かった。
隊列は乱れに乱れ、馬上の者たちは、馬の背に目を落としたまま何も話さなくなっていた。
それでも第五騎士団は、何とか一日目の予定地点まで辿り着いた。
しかし、もはや
団長の周りに幹部たちが集まり、野営の予定を話し合っている。
「では手筈通りで頼む。エミリー、見張りは要員計画通りだ。各部隊長と再確認してくれ」
「分かりました団長」
「エミリー様、発言してもよろしいですか?」
「えっ? う、うん、いいわよロルフ」
エミリーの側仕えとして幹部会議の場に居るだけの一従卒が、しかも加護なしが発言することに皆が気色ばむが、それを気にしてもいられない。
言わなければマズい。
「天幕を張らずに夕食を摂り、小休止ののち再出発して夜間に行軍するべきです」
「太陽が出ていないうちに距離を稼ぐべきだと?」
「はい。そのとおりです団長」
「加護なし、弁えろ。夜間の行軍など訓練していない。そんなことをぶっつけ本番でやって良いはずも無いだろう」
イェルドが声を低くして凄むように言う。
「イェルド様、夏季の夜間行軍は戦史にしばしば見られる話で、さして非常識な作戦ではありません。まして自領内、しかも勾配も遮蔽物も無い平原です。危険は少ないかと思われます」
「少ないだけで、無いとは言えんだろう!」
「予定より二割多く水を消費しています。しかも使用をかなり抑えてです。このままでは、到着前に脱水症状で多くの団員が離脱します」
「黙れ! 出来損ないの分際で分かったような口をきくな!」
どうにも良くないな。
イェルドは、俺から出る言葉すべてを感情で否定している。
午前中、シュウェル大森林のルートを採るべきという俺の献策を馬鹿にしていたが、そのことを思い出しているんだろう。
羞恥心を、俺への怒りに転化している。
だがこのままでは、この行軍は本当に詰みかねない。
「団長、ロルフが進言した行軍ルートを選んでいれば、この事態にはなっていませんでした。ここはロルフの策を用いるべきです」
「くっ・・・!」
エミリーが火に油を注ぐようなことを言う。
俺への信頼は嬉しいが、行軍ルートの件に触れたことでイェルドが爆発寸前だ。
彼を諫めるのではなく、団長に直接進言したのも良くなかった。
そう考えていたところに、別の援軍が現れる。
「落ち着けよイェルド。確かにお前の言うとおり危険はあるだろうけど、アタシらならきっと大丈夫さ。正直水が無くなっちまうのはキツい。ここは星でも見つつ、夕涼みの行軍と洒落こもうぜ」
「イェルドさん、私もエミリーさんとラケルさんに賛成です」
ラケルとシーラには理性が残っていたようだ。
どうにも子供をあやすような雰囲気だが、付き合いが長い分、イェルドの扱いに慣れているのだろうか。
"エミリーとラケルに賛成"というシーラの台詞は、狙ったものではなく自然に出たものだろうが、有効だ。俺ではなく二人に賛成という体で行けば良い。
「イェルドみたいな重要な戦力が、万全な状態で戦場に着くことが第一だよ。そうでしょ?」
エミリーの笑顔が上手く駄目押しになってくれたようだ。
イェルドは嘆息ののち首肯する。
「・・・そうだな」
各部隊の上位に位置づけられる梟鶴部隊の意志が統一された。
これで行けるだろう。
団長が部隊長たちを見まわして問う。
「反対意見のあるものは?」
誰からも声は上がらない。
「では、今夜のうちに再出発だ。貴公らは夕食を終えたら、部隊員に休憩を命じたうえで、私のもとへ再度集まってくれ。以上」
団長を含め、多くの者は苦々しい顔をしていたが、背に腹はかえられないようだ。
こうして夜間の行軍が決定された。
依然ピンチは続くが、エミリーが妙にニコニコしていた。
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