06_梟と鶴

 エミリーの叙任が終わり、壇上に副団長が上がって声を張り上げる。


「これより配属先を発表する!」


 新団員たちにそれぞれの配属先が伝えられていく。

 騎兵部隊、歩兵部隊、魔導部隊、支援部隊、補給部隊・・・。

 各部隊とも第一から第三まであり、それぞれ適性に沿って配属されていく。

 伝えられた結果に、皆が一喜一憂している。


「次、ロルフ・バックマン!」


「はい!」


「貴公は、梟鶴きょうかく部隊だ!」


「はい!」


 周囲がどよめく。

 梟鶴部隊とは、団長直属の部隊のことだ。


 聖者ラクリアメレクが鳥を愛し、特にふくろうと鶴を愛好したという故事から名づけられているその部隊は、第一から第五のいずれの騎士団にも存在し、実力者のみで構成されている。


 魔力が無い者をそんな重要部隊になぜ配属するのか、俺には良くわからない。

 少なくとも、良い予感はしなかった。


 ◆


 新団員たちが、それぞれの配属先の詰所に向かう。


 第五騎士団の各部隊の詰所は、独立した建物ではなく、本部棟内に区画を区切ったものになっている。

 いずれの部隊の詰所も大きかったが、梟鶴部隊には詰所が無かった。


 梟鶴部隊は他の全部隊の上位部隊という位置づけになっている。

 少数精鋭で、所属員は皆幹部待遇であり、私室を与えられている。

 団長はじめ、平素は執務のある者ばかりで、詰所で待機したりはしないのだ。


 詰所が無いのでは、どこへ行けば良いのか分からない。

 それを副団長に伝えると、彼は近くに居た男を手招きして伝えた。


「イェルド、梟鶴部隊も集まってるんだよな?」


「ええ、僕もこれから行くところです」


「この男、そっちに配属だ。連れて行ってもらえるか?」


「ああ彼が。聞いてます」


 イェルドと呼ばれた男がこちらを向く。

 やや伸ばした坊主頭に、長いまつげと高い鼻。伊達男という風情だ。


「ついてこい」


「わかりました」


 返事をし、彼に続いて歩く。

 どうやら彼も梟鶴部隊の所属であるようだ。

 幹部待遇の梟鶴部隊員なので、銀の鎧に身を包んでいる。


「お前さ」


「はい」


「信じられないんだけど、魔力が無いっていうのはどういうことだ?」


 イェルドと呼ばれた男は、その目に帯びる侮蔑の念を隠そうとはしていない。


「神疏の秘奥で、そうなりました」


「無いって言うのは、本当にまったくのゼロってことか?」


「はい。そうです」


 イェルドが歩きながら俺に訊く。

 魔力ゼロという前例の無いケースを信じ難く思っているようだ。


「ヨナ様から何も与えられなかったってことか?」


「そうなります」


「どういうことだよ。なんでそんなのが居るんだ」


「それは俺にもわかりません」


 本来居るはずの無い、加護なき男。

 世界の理から逸脱した男に、イェルドは率直な嫌悪を示した。


「そんな欠陥品がなんで騎士団に来るんだよ?」


「騎士になるためです」


「お前さあ」


 イェルドが振り向いて俺の胸倉をつかむ。


「みんな真剣な気持ちでここに居るんだよ。貴族が叙任を受けるためだけに来る場所だと思ってるか? みんな、ここにいる間は日々全力で務めてるんだよ」


 イェルドの声が怒気を含んで低くなる。

 胸倉をつかむ手には見るからに力が入っていた。


「俺はキャリアのための叙任を求めて来たのではありません。本当に騎士になりたいんです」


「ふざけてるのか? 欠陥品がどうやって騎士になるんだよ? お前は戦えないだろ!」


「戦ってみせます」


 イェルドは舌打ちして手を離すと、振り返ってまた歩き始めた。


「魔力が無いばかりか、身の程を弁える術も知らんらしい。カスはどう転んでもカスってことだな」


 ◆


 イェルドが向かった先は本部棟の三階だった。


「入団時に説明されていると思うが、この階には、普段は許可を取ったうえで入るように」


「はい。分かりました」


 イェルドは、いま俺を招き入れること自体、不快であるようだった。


「本当に大丈夫か? お前に物事を理解する脳があるのか?」


「大丈夫です。必ず許可を取ったうえで入ります」


「ふん・・・」


 そのまま付いていくと、イェルドはひとつの扉をノックして入った。

 扉には"団長室"と書かれたプレートが貼ってある。

 俺も続いて入室した。


 室内には四人の騎士が居た。

 そのうちのひとり、第五騎士団団長、バート・タリアンに、イェルドが声をかける。


「イェルド・クランツ、参りました」


「来たか。これで四人揃ったな」


 今この部屋には六人いる。

 タリアン団長は自分をカウントしていないのだろう。そして俺も。


「エミリー、これが私の直属部隊。貴公の配属先だ」


 そう言って、タリアン団長はそこに居た少女、エミリーに声をかける。

 彼女は真新しい銀の装備に身を包んでいた。

 そして悲しそうな、申し訳なさそうな目で俺を見つめている。


「まず彼がイェルド・クランツ。魔法剣士だ。この梟鶴部隊では一番の年長になる。と言っても見ての通り若いが。何歳だった?」


「二十歳です。よろしく、エミリー。僕はイェルドだ。君を部隊に迎えられて光栄だよ」


「こちらこそ、この部隊に入れて光栄です。よろしくお願いします」


 イェルドがエミリーと握手を交わす。


 二十歳で最年長か。人の入れ替わりの激しい第五騎士団のなかでも、この梟鶴部隊は特に新陳代謝が激しいようだ。

 もっとも、二十歳ならもう入団六年目ということになる。若輩と呼べる年齢でもないだろう。


「それからこっちが、ラケル・ニーホルムとシーラ・ラルセン。ラケルは魔法戦士で、シーラは回復術士だ」


「ラケルだ。聞いてるよ。アンタ"白光"だったって?」


「は、はい。良く分からないんですがそうだったみたいで」


「また凄いのが来たもんだよ。期待してるからね」


 エミリーが握手を交わすと、替わってもう一人が手を差し出す。


「エミリーさん、シーラです。あなたとの出会いを女神ヨナに感謝します。これからよろしくお願いしますね」


「はい。お二人ともよろしくお願いします」


 二人とも、イェルドより少し年若いぐらい。十八歳か十九歳ぐらいだろうか。


 ラケルは赤い髪の背が高い女性。

 引き締まった、しなやかな筋肉が服の上からも窺える。

 魔法剣士ではなく魔法戦士だ。

 たしかに腰には銀の戦槌がぶら下げられている。


 シーラは青みがかった長い黒髪の女性。

 回復術士らしい。

 回復魔法を使える時点でかなり貴重な戦力だが、さらに幹部たりうる魔力の持ち主のようだ。

 銀の杖を胸の前に両手で持っている。


「いずれも強者ばかりだ。それに皆、貴公と同じく貴族出身だよ。仲良くやってくれ」


 タリアン団長がそうエミリーに言って、それから部隊について説明する。


「この部隊は要するに私を守る部隊だ。だが、私が直接戦闘に及ぶような事態になったとしたら、それは戦術的過誤の結果でしかない。つまり戦場でこの部隊が戦うようなことになってはならないんだ。分かるな、エミリー?」


「えっと・・・はい」


「だが、指揮官である私を守る部隊は最高の戦力でなければならない。それがこの部隊だ。常に技量を高め、連携も訓練する必要がある。志をもってしっかり責務を全うしてほしい」


「わ、わかりました!」


 緊張した面持ちでエミリーが答える。


「配属初日なので今日のところはゆっくりしてくれ、などとは言わない。貴公の力を確かめたいし、これからさっそく訓練場へ行く。ついてきたまえ」


「は、はい!」


 貴族子女の叙任のための場所とも言われる第五騎士団も、魔族との戦争が恒常化するなか、単なる腰かけとしての騎士団でいられる筈はない。

 彼らは真剣な表情で訓練場へ向かう。

 俺には目もくれなかった。


「あの・・・」


 退室の際、エミリーがチラチラと俺を見ながら、タリアン団長に声をかける。


「ん? ああ・・・」


 初めて団長と目が合う。

 だがそれは一瞬のことで、団長はすぐに視線を外し、一片の興味も含まない声音で言った。


「来い」


「分かりました」


 さすが騎士団だ。命令が簡潔で分りやすい。

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