07_銀に輝く剣と鎧

 訓練場への移動中、エミリーは何度もこちらを振り返り、何かを言いたげな目を向けてきた。

 だが言葉を交わすわけにもいかない。

 黙って歩き続け、訓練場へ向かった。


 訓練場に着くと、イェルドが壁際のソードラックから剣を取り出し、エミリーに渡した。


「訓練場には刃を潰した剣が用意されているから、好きに使って良い。こっちにある本数が少ないのが銀の剣だよ。さあ手に取って」


「あの、私は普通の鉄のやつでも・・・」


「エミリー、君は梟鶴きょうかく部隊の隊員で、幹部待遇だ。幹部は銀の装備を使うのが決まりなんだよ」


 逡巡するエミリーをラケルとシーラが諭す。


「あのなエミリー、そういうところで遠慮するのは美徳じゃねーんだわ。幹部が良い武器を使うのは当然だろ? ほら、アタシの戦槌も銀モノだよ」


「エミリーさん、戦力として期待される幹部が優れた装備を使うのは、理にかなった話なんです。その方が騎士団の戦力向上に繋がることは分かりますよね?」


「えっと・・・わ、分かりました。ラケルさん、シーラさん」


 エミリーが返事をすると、ラケルは続けて言う。


「あと、それな」


「え?」


「"さん"要らねーから。敬語も。だよなイェルド」


「要らないな。我々は対等の立場の部隊員だ。まあシーラは性分でどうしても敬語が抜けなかったが、エミリーは僕とラケルに合わせてくれ。良いよね?」


「分かり・・・わ、分かったよ」


 エミリーの言葉に満足するように頷くと、イェルドがレクチャーを始める。


「よし、それじゃあ、すべての基本となる、銀への魔力の通し方を教えるよ」


「分かった。よろしく、えっと・・・イェルド」


「ふふ・・・承った。と言っても、魔力を与えられた時点で、魔力の基本的な扱い方はすでに頭に入っているよね?」


「うん。そのへんの知識は魔力と一緒にヨナ様から頂いたよ」


 魔力を得ると同時に、その使い方も頭に入ってくるらしい。


「すぐにでも銀に魔力を通せるようになる。そして今後の訓練で様々な魔法を使えるようになる。"白光"を出したエミリーがどこまで行けるか、楽しみだね」


「が、がんばるよ」


 その後、二時間ほどの訓練で、エミリーは銀に魔力を通せるようになった。

 纏った銀の鎧に魔力を通し、同じく魔力が通った銀の剣を掲げるエミリー。

 感慨深げな目で剣を見つめている。


「イェルド、これで出来てる?」


「出来てるよエミリー。剣にも鎧にもしっかり魔力が通っている。剣の力が格段に上がったのが分かるかい?」


「う、うん。魔力が通ったとたん、剣が別物になった感じ」


 エミリーの声が、彼女の高揚を示している。


「やはりエミリーさんは、イェルドさんと同じ、魔法剣士タイプですね」


「それもとびきり優秀な魔法剣士だな。アタシとしては戦士仲間が欲しかったけど」


「長く剣術もやってきたようだし、妥当だろう。エミリー、鎧の方はどうかな? 自分の体が魔法障壁で覆われているのを感じるかい?」


 確かめるように胸に手をあてると、エミリーは答える。


「う、うん。全身が守られてる感じがする」


「銀の鎧から発せられる魔法障壁が体全体を包んでいるんだよ。エミリーは今、魔力を帯びていない攻撃に対しては、百パーセント無敵になったわけだ」


 イェルドがエミリーにそう言ってから俺の方を向く。


「お前、剣を持ってこっちに来い」


「分かりました」


 訓練場に来て数時間、時おりエミリーが視線を向けてくるのみで、他は誰も俺を見ることは無かったが、ここへきてイェルドから指示が飛んできた。

 彼らにも、ちゃんと俺の姿が見えていたようで何よりだ。

 俺は刃が潰された鉄の剣をソードラックから取り出し、エミリーとイェルドに近づく。


「お前はその剣でエミリーに打ち込め。エミリーは防がず、そのままで居るように。いいね?」


「は、はい。よろしくね、ロルフ」


「ああ、分かったよエミリー」


「おい!」


 団長が気色ばむ。


「"エミリー様"だろう! 彼女は正規の騎士で、しかも幹部待遇だぞ! 弁えろ!」


「失礼しました。よろしくお願いします、エミリー様」


「えっ・・・・・・」


 エミリーが愕然としている。

 まあ、こういう展開になるよな。


 同じ部隊にエミリーが居た時点で大体予想はついていた。

 新入団員の情報は幹部たちには行き渡っているはずだ。

 俺を、元婚約者のエミリーに服従させることに意味があるのだろう。

 加護なき男を苛むのは彼らにとって正当な行いなのだから。


 後ろに居るラケルとシーラの表情は分からないが、タリアン団長の口角がわずかに上がっている。

 イェルドは憤怒から一転、顔に侮蔑を浮かべて告げる。


「ふん、それでは打ち込め。打ち込む先はどこでも構わん」


「分かりました。行きます」


 踏み込んでエミリーの肩口へ、袈裟斬りに剣を振り下ろす。

 すると、剣はエミリーの2センチほど手前で止まった。


 なるほど、これが魔法障壁か。

 障壁といっても壁にあたったような感じではなく、柔らかい何かに包まれるように剣が止まっている。

 剣を通して不可視の力を感じ、これは確かに破れそうもないと理解した。


 と同時に、俺の体が後ろに吹き飛ぶ。


「がっ・・・!?」


 ごろごろと転がって倒れる俺にエミリーが叫ぶ。


「ロルフ!?」


 立ち上がろうとするが、呼吸が定まらない。


「はっ・・・はっ・・・が、あぐ・・・」


 全身の神経を無理やり剥き出しにされたかのような熱と痛みが襲い来る。

 俺はうつぶせに倒れ伏したまま、胸を押さえて呼吸を整えようとする。


 揺れる視界をどうにか前に向け、何を食らったのか確認すると、半身をこちらに向けたイェルドが、左手にだらりと剣を持っていた。

 構えることもなく、直立のまま片手で剣を振り抜いたのだ。

 それだけで俺は吹き飛ばされたらしい。


「エミリー、見たかい?」


「イェルド! ロルフが!」


「聞くんだ。説明の途中だよ」


 そうだエミリー、説明を聞け。俺も知りたい。俺は戦う力を得て騎士になるためにここへ来たんだ。


「いま、あの男の剣は、エミリーの体に触れることなく止まった。エミリーの体を魔法障壁が覆っていたからだ。銀の鎧は、その表面積以上の障壁を展開できるから、鎧で守られていない部分も障壁が守ってくれる。きっちり君の全身を障壁が覆うよう、鎧は設計されているんだ」


 剣を肩に担ぎ、若干芝居がかった口調でイェルドは続ける。


「逆に、魔力を通した剣で、魔法障壁を張っていない相手を攻撃した場合、あのような結果になる。いま僕は片手で軽く振り抜いただけだが、あの男は豪快に転がっただろう?」


 そう、イェルドが行ったのは、ほとんど攻撃と呼べないものだったはずだ。

 それでも凄い力で俺は吹っ飛ばされた。

 刃が潰された剣でなければ、確実に死んでいただろう。


「ではエミリー、問題だ。魔力を通した剣と、魔力を通した鎧がぶつかった場合はどうなる?」


「えっ・・・? えっ・・・?」


 エミリーは泣きそうな顔をして、俺とイェルドの間で視線を往復させている。

 優しい彼女のことだ、それよりロルフに治療を、と言いたいんだろう。

 だが自分の訓練に集中するべきだ。俺を顧みることは彼女にとってマイナスになる。


 それに治療は要らない。幸い骨折はなく、打撲と裂傷で済んでいる。こんなものはかすり傷だ。


「エミリー、あのぐらいで死にはしない。それより僕の質問に答えるんだ」


「あの・・・わ、分からない」


 両者の魔力とその練度による、ということだろう。


「魔力の強い方が勝つ。だが、魔力の強弱だけですべてが決まるわけじゃない。訓練次第で、より強力な魔法攻撃、魔法防御が出来るようになる。分かるね?」


「う、うん」


「とは言え、やはり魔力の大きさが最も重要なんだ。だからこそ、強大な魔力を持つエミリーは騎士団にとって貴重な存在ということになるんだよ」


 多少の練度の差は魔力量で押し切れるというわけだ。

 魔力量は神疏しんその秘奥で得たのち、増減することは無いから、そういう意味では、大きな魔力を得るということは、やはり極めて大きなアドバンテージになるのだろう。


「まあ、その辺もおいおい覚えていこう。ひとまず今日はこんなところか。初日で装備に魔力を通せるところまで来れたのは上出来だよエミリー。やはり優秀だ」


「あ、ありがとうイェルド」


「期待してるぞエミリー。頑張ってくれ」


「はい、団長。ありがとうございます」


「それと・・・」


 タリアン団長がこちらを向く。


「ロルフだったよな? お前はこれからエミリーの従卒として働くように」


「分かりました」


 どうにか立ち上がり、息を整えて答える。

 予想通りだ。


「えっ!? ど、どうしてロルフを? それに、私に従卒なんて」


 新入団員は、エミリーのような例外を除き、従卒となって先輩騎士に学ぶ。

 だが、数からいって当然だが、すべての騎士に従卒が付くわけではない。

 新任騎士のエミリーに従卒が付くのは理屈に合わないだろう。


 狼狽えるエミリーにタリアン団長が答える。


「騎士は、従卒に騎士の在り方を教えてやる必要がある。だがエミリーは騎士になったばかりなのだから、在り方など教えられないだろう? だから芽の出ようのない者をあてがったんだよ」


 なかなかに身も蓋もない言いようだ。

 じゃあそもそもエミリーに従卒を付けなければ良いということになるが、それを言っても無益だ。

 でもエミリーは言うだろうな。


「じゃ、じゃあ私に従卒を付ける必要は無いじゃないですか? ロルフだって、他の先輩騎士の方に付けば教えを受けられて・・・」


 そこまで言って黙るエミリー。

 他の誰に付いても俺は虐げられるということに思い至ったようだ。

 エミリーの心に負荷をかけるぐらいなら、俺としてはその方がよほどマシなのだが、これはどうにもならない。


「いえ・・・わかりました」


「知らぬ仲ではないのだろう? 面倒を見てやってくれ。で、お前も良いな? 聞いてのとおりだ。出来損ないなりに理解したか?」


「はい、団長」


 否やはない。俺は即答する。


「装備の手入れ、馬の世話、私室の掃除、やることは沢山ある。誠心誠意エミリーに仕えるように」


「わかりました」


「ロルフ・・・」


 悲しそうな顔をするエミリー。

 すまない。でも、俺には他に行くところなんて無いんだ。

 ここで剣に縋るしか無いんだ。


 こうして俺はエミリーの従卒として梟鶴部隊に配属された。

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