05_眩しい光景

 翌日。出立の日。


 バックマン家から出る馬車に、エミリーも同乗する。

 エミリーの両親と、使用人たちが見送りに来ている。


 エミリーは人柄から、使用人たちとも仲が良かった。沢山の人たちが彼女の出立を祝っている。

 エミリーに可愛がられていた幼い侍女のマリアが、彼女の手をとってしきりに声をかけていた。


 それからエミリーの両親が目を赤くしながら娘を抱擁した。

 彼女が最大級の魔力を得たということは周知のこととなっており、彼女の両親も当然知っている。

 その目には、娘を誇らしく思う感情が溢れていた。


 そしてここには俺の父母もいる。

 だが俺に声をかけることは無い。冷え切った目で俺を見ている。

 見送りではなく、俺が確かに家から出て行くかを確認するために来たのだろう。


 馬車に乗ろうとして、一瞬立ち止まる。


 恐らくここに戻ってくることは無いだろう。

 こういう出立になってしまったが、それまでの十五年間はずっと幸福だった。

 エミリーとフェリシアが居た子供時代は、良い思い出ばかりだ。


 複雑な感情に支配されながら屋敷を見上げると、窓のひとつから人影がこちらを見ていた。

 フェリシアだ。

 自分の部屋からこちらを見つめている。


 すまない。その思いを込めて視線を返す。

 彼女には、次期当主の変更で苦労をかけることになってしまった。

 でもきっと大丈夫だろう。妹は優秀だ。


 ぱしっ、と乾いた音が響いた。

 母の平手が俺の頬を打った音だった。


「フェリシアを見るんじゃありません。神を持たぬ者の汚らわしい視線を当家の次期当主に向けるなど! 恥を知りなさい!」


「・・・申し訳ありませんでした」


「お前という子は・・・! どうして・・・・・・!」


 母は目尻に涙を浮かべ、声を震わせている。

 息子を慈しみ、愛した。息子の輝かしい未来を信じた。それなのに息子は裏切った。

 少なくとも父母はそう感じている。いや、この国の常識に沿えば誰もがそう感じるのだ。


 震える母の肩を抱きとめ、父が告げる。


「来年はフェリシアも騎士団へ行く。だがお前は関わるんじゃないぞ」


「分かりました。ではお元気で」


 そう言って馬車に乗り込む。

 父母は当然言葉を返さなかった。


 そして俺とエミリーを乗せた馬車は、第五騎士団本部へ向けて走り出した。


 ◆


「廃嫡!?」


「ああ」


 馬車の中、俺たちはしばらくの間無言だった。

 だが、やがて沈黙に耐えられなくなったのか、おずおずとエミリーが話しかけてきた。

 その中で俺たちは訥々とつとつと会話し、話は旅立ち前夜のことに及んだ。


 俺は家督の相続権を失った。つまり廃嫡だ。

 それを伝えると、エミリーはショックを受けた様子を見せた。


「た、確かなの?」


「はっきり言われたよ。次期当主はフェリシアだって」


 エミリーは狼狽している。


「ごめん、エミリー」


「どうして謝るの?」


「婚約破棄に関してだよ。君の人生を振り回すかたちになってしまった」


 エミリーは、一瞬自失の表情をみせ、それから叫ぶように訊いてきた。


「婚約破棄って・・・なんで!?」


「認めたくないけど、そういうことになるんだよ」


 それは考えるまでもないことだったが、エミリーは狼狽えるばかりで、冷静な考え方が出来なくなっている。


「エミリーはバックマン家の次期当主に輿入れする予定だった。そして俺は次期当主じゃなくなった。だから婚約も無くなる」


「で、でも! だって! 私はロルフと・・・!」


「ごめん。俺が魔力を得られなかったから・・・」


「ロルフ・・・」


 エミリーの目がみるみる涙で濡れる。

 俺は驚いていた。

 彼女も強い信仰心を持っているはずだ。それなのに神の裏切り者たる俺を嫌悪しようとはしない。


 それをこの上なくありがたく感じた。

 そして、彼女の涙にとても申し訳ない気持ちになった。両親の期待に背いたことよりもずっと。


 ◆


 第五騎士団本部。

 馬車が正門をくぐると、そこは大きな訓練広場になっていた。

 この広場には団員全員が集結することもあるらしく、かなりの広さになっている。


 その訓練広場を塀が大きくぐるりと囲んでおり、そして正面に煉瓦造りの大きな建物があった。

 王国を護る五つの騎士団のうち、序列では最も下位の第五騎士団だが、その本部の建物は立派だった。


 三十代前半ぐらいの男が入団者たちの前の壇上に上がる。


「若獅子たちよ、ようこそ参られた。第五騎士団団長、バート・タリアンが貴公らを歓迎する」


 団長にしては若い。

 だが第五騎士団は、貴族の子女が騎士の叙任を受けてキャリアを作るために来る場所という側面が強い。

 平民も居るし、長く在籍する者も居るが、この騎士団を腰かけとする者も多い。

 だから幹部の交代も早く、ああいう若い団長も珍しくはないのだ。


「今日ここに貴公らを迎え、これより共に王国の剣として並び立つは望外の喜びである」


 あのタリアン団長も貴族とのことだ。口調も貴族がかっている。

 そして見事な銀の鎧が目を引いた。


 銀は最も優れた魔力の導体であり、銀製の剣や鎧は、魔力を通すことで極めて有用な装備になるのだ。

 騎士団では、部隊長以上の幹部に銀の装備が与えられる。

 性能もさることながら、その美しさは団員たちの憧れになっているそうだ。


 もっとも、魔力を持たない俺には関係の無いことだが。


「王のため、民のため! 家族のため、隣人のため! 身命を賭して魔族と戦う! それが我らの責務だ! そのことを今日より死する時まで忘れないでほしい!」


 そう結び、タリアン団長の挨拶は終わった。


 その後、本部施設の説明が為された。

 本部一階には複数の訓練場や各部隊の詰所があり、平素はここで過ごすことが多くなるようだ。食堂や浴場も一階にある。

 二階には資料室や会議室のほか、団員が寝泊まりする大部屋があり、三階には部隊長以上の個室がある。


 一般団員は、許しがない限り三階に立ち入ることは許されないとのことだった。

 ほか、別棟には鍛冶施設や簡単な商店もあるらしい。

 街に出ずとも、本部内に居たまま生活できそうだ。


 明朝、この訓練広場に集合するよう言い渡され、初日は解散となった。

 明日、入団式を行うらしい。


「えっと・・・。じゃあロルフ。あとで食堂で」


「わかった」


 夕食を共にすることを約束し、エミリーは女子団員の大部屋に向かっていた。

 だがその夜、食堂でエミリーの姿を目にすることは無かった。


 ◆


 翌朝。

 訓練広場に並ぶ新団員たち。

 その中にエミリーの姿は見えない。


 これから入団式が行われ、その中で各部隊への配属が伝えられる。

 もっとも配属先で騎士になるわけではない。

 新団員は皆、従卒として先輩騎士に付き従い、騎士のイロハを学ぶのだ。


 式が始まり、壇上へ恰幅の良い男性貴族が上がる。

 ノルデン侯爵だ。


 この第五騎士団本部は彼の領内にある。

 王国から第五騎士団運営の任と、その予算を与えられているのは彼だ。年に何回かは騎士団本部を訪れるらしい。

 今日はそのうちの一回で、入団式の日は毎年来て訓示を述べるそうだ。


 幸いなことに、侯爵は話の長いタイプではなかったらしく、訓示は簡潔に終わった。

 この後、配属先が伝えられる筈だったが、入団式を進行する副団長の口から、皆が予想していなかった言葉が発せられる。


「引き続き、叙任式を行う」


 その宣言に続き、壇上の侯爵が高らかに言う。


「陛下より預かった騎士団に属する貴公らを、私は正当に遇する。優れた者にはそれに相応しい待遇を必ず与える。そのことを、貴公らには知ってほしい」


 騎士たちに促され、少女が壇上に上がる。

 エミリーだった。


「新団員のひとり、エミリー・メルネスは、神疏の秘奥を受け、第五騎士団における歴代最高の魔力量を示した。その力に敬意を表し、本日、彼女を騎士に叙する」


 新団員たちがざわめく。

 従卒を経ず、初年度から騎士に叙任されるのは異例だった。


「そうか、それで」


 俺はと言えば、昨夜からエミリーの姿が見えない理由が分かり得心していた。

 彼女は叙任を伝えられ、その準備をしていたのだ。


 騎士の叙任を受ける者は、前夜、入浴して身を清めてから、剣を両手に持ったまま夜を徹する。

 それが王国騎士団の慣わしだった。


 エミリーの表情は硬い。かなり緊張しているようだ。

 跪いて、手に持った剣を侯爵に差し出す。


 剣を受け取った侯爵は、それを鞘から抜き、垂直に捧げ持った。

 そしてその剣の腹でエミリーの肩を三度叩く。


 剣で肩を叩く様式の叙任は、かつては戦場で略式の叙任を行う際に用いられたものだったが、騎士団は常より魔族との戦いに身を置いているという信条のもと、平時の叙任もこの形になったのだ。


 そんなことを思い出しながら俺は、侯爵から剣を受け取って立ち上がるエミリーを見ていた。

 彼女は不安そうな面持ちで、誰かを探すように新団員の列を見渡し、そして一度俯いてから、剣を腰にいた。


 エミリーは騎士になった。

 俺が憧れたものに、あっさりとなって見せた。

 彼女が少し遠くに感じられた。

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