04_嫌悪すべき子
「・・・・・・加護なき男、ロルフ・バックマン」
家に戻り、自室でそんなことを
窓外に見る夕焼け空はいつもより色褪せて見えた。
あのあと、教会からの帰りの馬車では、俺もエミリーもフェリシアも終始無言だった。
沈黙を苦にしない
エミリーとフェリシアが、心配そうな、悲しそうな目をこちらにチラチラと向けていたからだ。
二人は、俺に何と声をかけて良いのか分からないようだった。
魔力なし、というのは明らかに異常なのだ。
それは戦う力がほとんど無いことを示している。
人類は、長く魔族との戦争の最中にあった。
魔族は、肌が褐色であること以外は人間と同じ姿をしており、文明を持っているし、言葉も通じる。
だが個の強さが全く違う。
彼らは人間と違って、生まれた時から魔力を持っているのだ。
強力な魔法を行使する魔族は、人間にとって恐ろしい敵であった。
彼らと戦うには人間も魔力を持たなければならない。
魔法攻撃を防げるのは魔法防御だけだし、魔法防御を破れるのは魔法攻撃だけだ。
魔法が使えなければ、魔族と戦うことはできない。
そして騎士団は、基本的に魔族と戦うための組織だ。
魔力の無い者、つまり魔族と戦えない者に居場所は無い。
魔力の無い者が騎士団でまともな扱いを受けることはないだろう。
"魔力の無い者"などという前例は無いが、それは確かだ。
ずっと騎士になりたいと思っていた。
でも俺には魔力が無い。
騎士に必要とされる、戦う力が無い。
ではどうするべきか。
「・・・まあ、考えるまでもないか」
騎士団には予定通りに入る。
騎士団に入らなければ騎士に叙任されるチャンスは無いのだ。
騎士をあきらめる気が俺に無い以上、どんなに可能性が低くても、ゼロでないのならそれに賭けるしかない。
魔獣の掃討戦など、魔力が無くても通用する戦いだってある。
それに、そもそも領地に残っても、まともな将来は無い。
騎士団でなくても、魔力の多寡が栄達に直結するのは何処でも同じこと。
まして多寡以前に、俺には魔力が"無い"のだ。
このまま男爵家を継ぐことにはならないだろう。
ここに居ても、騎士団に居ても、風当たりが強いであろうことに変わりはない。
「いや、風当たりが強いとか、そういうレベルの話じゃないだろうな・・・」
魔力が無いということは、つまり神から祝福されていないということ。
言ってみれば忌み子だ。
待ち受けるのは侮蔑と嘲笑と差別。
なかなかハードな人生になってしまったな・・・。
だが。
「剣がある」
いつも訓練に使ってきた剣を手に持って言う。
使い込まれて傷だらけだが、常に綺麗に手入れしてある鉄の剣。
そう、俺にはまだ剣がある。
魔力が無くても剣は振れる。
騎士団で剣技を更に磨き、剣を持って俺は戦う。
そして騎士になる。
心にそう誓うのだった。
◆
夕食。
食堂に俺の席は無かった。
席についている父母は俺に目もくれない。
フェリシアは、俺に一瞬だけ目を向けると、すぐさま俯いた。
使用人が近づいてくる。
「こちらへ」
簡潔すぎる言葉に従い付いていくと、向かう先は厨房だった。
調理台のうえに、無造作に置かれた野菜くずのスープと黒パン。
それを無言で指さすと、使用人は去っていった。
調理台の前には木箱が置かれている。
椅子の代わりだろう。
「座って食事ができるとは、至れり尽くせりだな」
だれに聞かせるでもなくそう言って座り、黒パンを手に取った。
かちかちのパンをちぎり、野菜スープに浸して食べる。
悪くない。
冷えて固くなったパンと、殆ど味の無い野菜スープは意外に良く合った。
俺は今後、こういう扱いを受けることになる。
騎士団でも、決して皆と平等には扱われない。
女神に愛される大地に闖入した、女神に愛されない人間。
異物であり欠陥品。
嫌悪すべき"なりそこない"。
それが俺。加護なしのロルフだ。
この扱いに慣れなければならない。
食事も、粗末なものであってもきちんと摂らなければ、強くなれないし、戦えない。
俺は黙々と黒パンを口に運ぶのだった。
◆
「・・・・・・」
食事が終わり、その場で腕を組んで天井を見上げる。
そして、分かたれてしまった家族とのことを思った。
この扱いは予想どおりだが、少し意外に感じていることがあったのだ。
父母に対して怒りや悲しみをあまり感じない。
この状況になって改めて考えてみれば、俺と父母のつながりは元より希薄だったと思う。
父母が俺ではなく、俺の才能を見ているということは何となく分かっていた。
親が子の才能に目を向けるのは当たり前のことだが、彼らの視線に"打算"が含まれていることを俺は何とは無しに理解していたのだ。
必要なのはロルフではなく、有能な次期当主。
そういう思いが何処かに見て取れた。
「いや・・・さすがに穿ちすぎか?」
或いはこの状況になって俺の思考に卑屈さが混ざり、そんなことを考えるようになったのかもしれない。
差別的な境遇は、俺から自我を育てる機会を奪い去るだろう。
人がその自我の生育において、環境の影響を強く受けるのは避けられないことだ。
十五歳は騎士団に入団できる年齢であり、この国においては大人だ。
だが人間的に未成熟な歳であることは間違いなく、これから精神を成熟させていかなければならない。
そのための騎士団でもある。
その歳で周りから害意を向けられる環境に置かれるのは大きなハンデになるに違いない。
傷つけられ続けた人間はやがて傷つけられることを恐れるあまり自我を委縮させる。
他者の言動を気にし、思うように行動できず、誰かと視線を合わせることも厭う。
そういう人間を何度か見たことがある。
そして俺は、そういう人間が作られる環境に身を置くことになるのだ。
そうならないよう、自分というものを堅持しなければならない。
「自己を律せよ、か」
言って、口元に呆れるような笑みが浮かぶ。
聞いたようなことを言う十五歳もいたものだ、と思ってしまったのだ。
首を振って立ち上がり、自室に戻ろうとする。
すると入り口に人影が現れた。
「兄さま・・・」
「フェリシア」
妹は、見たことのない表情をしていた。
悲しくて仕方がないけどどうすることも出来ない時、人はこういう表情をするのだな、と思った。
彼女にこんな顔をさせてしまい、俺も悲しい。
そのフェリシアの後ろから父母が現れる。
「フェリシア、それと関わるな」
「そうですよフェリシア。女神さまを裏切った者に交われば、貴方も穢れに染まってしまいますよ」
フェリシアは目を伏せたまま、何も言わない。
会話は無益だろう。
俺は三人の横を無言で通り過ぎる。
「おい」
俺の背中に父の声がかけられる。
「バックマン家の次期当主はフェリシアだ。分かっているな」
「はい」
それだけ言って、振り返らず自室に向かう。
母の声が続く。
「お前は今後、フェリシアに関わらないように。良いですね?」
「分かっています」
女神に祝福されない者というだけで嫌悪の対象であろうが、加えて俺は貴族家において最も重要なことのひとつである、後継ぎとしての期待を裏切った男だ。
父母の声には失望と敵意が滲んでいた。
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