輝ける場所

夢綺羅めるへん

輝ける場所

「すごいよ、氷見」

「うん……あかりん」

 今でも思い出す、十年前の記憶。売れっ子アイドルコンビの路上ライブを幼馴染の氷見と見たあの日、当時八歳だった私たちは大きなステージで歌って踊る二人の少女に目を奪われていた。いや、私たちだけではない。その場にいた誰もが真っ直ぐステージを見つめていたのだ。そして会場全員の視線を浴びて最高のパフォーマンスを披露する彼女たちはどんな宝石よりも、どんな星よりも……

「キラキラしてる……!」



「きゃあっ!」

 早いステップに追い付かなかった足が絡まって盛大にコケた。ここは壁が一面鏡張りになったレッスンルーム、蛙のような姿で横たわる自分と目が合って情けなくなる。

 明るい茶髪の前下がりボブ、そこから覗くぱっちりとした大きい目と薄いくちびる。昔から丸顔を気にしていたが低身長と合わさって『愛され系で可愛い』と褒められてからはそこそこ気に入っている。

立川 灯凛、十八歳。十年前からキラキラ輝くアイドルになると夢を追い続け、最近は小さなライブハウスを借りて小規模だが地下アイドルのような活動をしている。

動画サイトやSNSに歌の動画を投稿すればそれなりにバズるくらいには歌唱力に自信があるのだが、現実は甘くない。ファンも二桁いるか怪しいくらいでキラキラ輝くアイドルとは程遠い状態だ。

なぜなら……

「よそ見するから転ぶのよ……全く。相変わらずダンスはダメダメね」

 後ろから聞こえた冷徹な声に反応して目線を上げると鏡ごしでも凍てつきそうなほど冷たく鋭い視線とぶつかって心臓が止まりそうになる。

艶のある黒髪ロング、眉のあたりで揃えたぱっつん前髪のせいで刺すような眼光を放つ目がさらに強調されている。私よりひとまわり背が高く、スタイルは抜群。

鈴鳴 氷見、同じく地下アイドルとして活動している幼馴染兼親友兼ライバルだ。しかし氷見は私とは違い歌もダンスも両方上手い。

アイドルでありながら誰にも媚びないクールなキャラと持ち前の目力から【氷の女王】の異名で呼ばれ熱狂的なファンもいる。有名な会社から何度かメジャーデビューの話を持ちかけられたこともある、ちょっとした有名人だ。

「いたた……まだまだ! もっかい最初から!」

「さっきのステップ、もっとキビキビ動きなさい。そこ! もっと腰入れて!」

 態度や言動にはやや棘があるが、氷見はダンスが全くできない私のレッスンにいつも付き合ってくれる。ライブになればファンを取り合うライバルなのにも関わらず……とは言っても観客はほぼ全員私ではなく氷見を見に来ているのだが。

氷見のスパルタ教育はかなり厳しいが、それでも私は食らい付いている。全ては夢を叶えるため、輝くアイドルになるため……!

「おーい、ちょっといいか?」

 突然入り口から響いた声に私と氷見は動きを止めて振り向く。声の主はライブハウスの経営をしている加茂さんだった。

一年ほど前、突然設備を貸して欲しいと押しかけた私たちに気前よく部屋を用意してくれた優しいおっちゃんだ。今はイベントの企画なども手伝ってくれている。

「明日のライブなんだが、対バンやってみねえか?」

「対バン⁉︎」

 驚く私に加茂さんはニヤリと笑った。

「おう、地下アイドルの醍醐味だしな。それに……」

 言いながら氷見の方へ視線を向ける。

「何かイベントをやれば二人の人気がさらに上がるきっかけになると思ってな」

 二人の人気、と加茂さんは言ったが氷見を意識した企画なのは明らかだった。

「まあそういうことだからよろしく頼むよ!」

 大きく手を振りながら加茂さんは行ってしまった。私は所詮氷見の盛り上げ役としか見られていないのだろうか、沸々と湧いてくる悔しさに両手をぎゅっと握りしめた。

そんな私に真顔で話を聞いていた氷見が口を開く。

「私たちはライバルだ! なんて良く言っていたけれど、実際に対バンをやるのは初めてね」

 氷見は凍てつく視線で真っ直ぐ私の目を見て続けた。

「明日のライブ楽しみにしているわよ、灯凛」

 そう言い残すと氷見も出口へ向かう。その後ろ姿を黙って見ていられず、私は咄嗟に言い放った。

「絶対負けないから! お客さん全員の前で輝いて見せるから!」

 氷見は一瞬止まるとこちらをじっと見つめたが、何も言わずにそのまま振り返って出て行ってしまった。

氷見の姿が見えなくなると同時にどっと脱力感に襲われる。氷見とは幼稚園からの付き合いだが、あの迫力ある目に見つめられるのはどうしても慣れない。それに……

「勢いに任せてすごいこと言っちゃったなあ」

 突然の対バン開催、さらに圧倒的人気の氷見に向かってあの宣言。しかし今の私に後悔は微塵もない、むしろ最強のライバルとの対決にワクワクしているくらいだ。

「氷見も知らない私の新曲聞かせてやる! きっとみんな私のファンに……ん?」

 独り言に合わせて物音が聞こえたような気がしたが、誰かが来る様子は無い。聞き間違いか風の仕業だろう、頬を叩いて気合を入れると明日のために“アレ”の用意を始めた。



 突発的なイベントにも関わらず、ライブハウスは大盛況だった。学生から社会人まで幅広い年齢層の人たちが集まっていたが目当ては皆同じだ。

「おい、氷の女王の対バン楽しみだな!」

「何歌うのか気になるぜ」

「相手誰?」

「あかりちゃん、ここでいつも氷見ちゃんと一緒にライブやってる子だよ」 

 舞台袖まで聞こえてきた会話にまた悔しさが湧いてくる。想像はしていたけれど、やはり誰もが氷見を見に来ているのだと思い知らされる。

「おっ、始まるぞ」

 観客席の照明が暗くなるのと同時に反対側の舞台袖からステージに上がってきた氷見に歓声が沸いた。

黒のゴシック風ワンピースに身を包んだ氷見はいつもに増して雰囲気があり、凛とした立ち振る舞いに圧倒される。

「いくわよ」

 その一言で会場のボルテージが上がった。全員の視線を一身に受け、会場の空気を支配するその姿は紛れもなくアイドルだ。

 そうして始まった氷見のパフォーマンスは……圧巻だった。

選曲は流行りのKPOP、無難だがカッコイイ曲調は氷見のイメージとマッチしている。サビでしっかり盛り上げる歌唱力と指先や髪の動きまで計算されたダンスは呼吸を忘れるほど美しい。見惚れているうちに曲は終わり、拍手の音で我に帰った。

「すっご……」 

 氷見は私の方を見て挑発的な笑みを浮かべると舞台袖に戻っていった。「お前の力を見せてみろ」言葉はなくても不思議とそう言われているように感じた。

「やってやるわよ」

 胸を張ってゆっくりとステージの上を歩いていく。今日の衣装はピンクと白のフリル付きワンピース、自分の武器である『愛され系可愛い』を全面に押し出したチョイスだ。

「へえ、結構可愛いじゃん」

「え、めっちゃタイプかも」

「いかにも地下アイドルって感じでいいなあ」

 氷見ほどではないが多少は歓声が上がった。どんな形であれやはりステージで注目を浴びるのは心地がいい。

「でもさあ、ただ歌って踊るだけで氷の女王に勝てるか? しかもここに来てるのは氷の女王みたいなカッコイイ系が好きな奴らばかりだぜ」

 どこからか聞こえてくる野次。その通りだ、ただ私がいつも通りのパフォーマンスをしただけでは勝ち目など到底ないだろう。

しかし一つだけあるのだ。今日だけ、いや今日だからこそ私が勝つ方法が。

 不敵な笑みを浮かべながらステージの中央まで行き……通り過ぎた。そのままステージの隅に用意しておいた例の物を運ぶ。

「おいおい、どうしたんだ?」

「なんか長い棒が……ってあれマイクスタンドか?」

「いやいや普通口元にマイクつけるだろ、踊るんだから」

「そうだよな……って今度はギター出てきたぞ」

「ギター弾けるんだな、ってかギターってことは本当に……」

 そう、私はダンスが苦手だ。それに踊りながらだと得意の歌声もお粗末になってしまう。なぜなら……

「踊らない、のか?」

 私の本領は『弾き語り』だから!



「なんかカッコイイな! ギャップっていうの?」

 会場の期待値が徐々に高まってきているのを感じる。だがまだ足りない、まだ輝けない。

 ジャン、と軽くエレキを鳴らして注目を集めると口を開く。

「聞いてください……【GLAMOROUS SKY】」

 曲名を聞いた会場がざわつく。

「おお、懐かしいな」

「あれ、なんか聞いたことあるぞ!」

 曲自体は少し古いヒット曲だが、数年前にあの人気アイドルコンビがカバーしたことで再び注目を浴びた。十年前に氷見と見たあのライブがフラッシュバックする、あの時もこの曲が歌われていた。

あの感動をそのまま声に乗せるイメージで歌い出す。

「お、おお! 上手いぞ!」

「下手したら氷見ちゃんより……すげえ」

サビに近づくにつれて、ギターを弾く指に力がこもっていく。それだけじゃない、全身動かして力強く歌い続ける。

衣装や髪のセットが崩れるのを感じるがお構いなしだ、むしろそれでいい。

「迫力やべえぞ!」

「これ、カッコイイな!」

 気がつけば会場の誰もが私のことを見ていた。皆が目を輝かせている、そしてその輝きを全身で浴びている感覚。私、いま……

 最ッ高に、キラキラしてる!

 最後のサビの余韻が消えるよりも先に爆発みたいな拍手が起こった。

「なんでこんな逸材がいるのに目立ってなかったんだよ!」

「俺、推し変するわ!」

「俺も俺も!」

 次々と飛び交う賞賛の声に目頭が熱くなるがグッと堪える。

「ありがとう! みんな、本当にありがとう!」

 そう叫ぶと、涙腺のダムが決壊してしまった。泣き笑いでぐしゃぐしゃになりながら私は達成感で満たされていくのを感じた。

なれたよ、キラキラ輝くアイドルに。だからさ、あの約束も……



カッコよくて、明るくて、歌が上手くて、ギターも弾けるあかりんは、読書ばかりしていて勉強しか取り柄のない自分にとって憧れの存在だった。

アイドルのライブに連れて行ってくれた時はとても感動したが、あかりんはあのアイドルよりも身近で輝いているように感じた。だから私の夢は……

「私、いつかキラキラ輝くアイドルになる!」

「じゃあひみは……それに負けないくらいカッコイイアイドルになりたいな」

「ほんと? なら二人ともアイドルになれたらさ、コンビ組もうよ!最高に輝く最強コンビ!」

 思い出す、遠い昔の記憶。あかりんは今も覚えてくれているだろうか。

「ちっ、俺は氷見ちゃんを勝たせたかったのに」

 不機嫌そうな加茂の声で現実に引き戻される。

対バンの結果は聞くまでもなく惨敗だろう。当然自分も全力で挑んだが、不思議と悔しさは全く感じなかった。

私も知らない新曲と聞いた時は驚いて危うく転びそうになったが、まさかあの曲を出してくるとは。

「あかりはもう出禁だな、引き立て役もできないクズはいらねえ。そもそも俺は氷見ちゃんが好きだからここ貸してやってんだよ」

 舞台裏のパイプ椅子を蹴りながら加茂は続けた。

「なあ氷見ちゃん、俺新しい企画思いついたんだ。もっと有名になれるような……」

「残念ながらその必要はないわよ」

「えっ?」

 話を遮られた加茂が間抜けな声を出す。

「あかりんも私も、もうここには来ないもの」

「は、はあ?」

 どこからか湧いてきた笑みを隠さずに上を指さした。天井の上の部屋のさらに上の、もっともっと上の高いところ。

「私たちは、もっと輝ける場所へ行く!」

 何年も待った。ようやく二人の夢が叶ったのだ。もう我慢なんてしなくていいのだ。さあ行こう、二人ならなれる。

最高に輝く最強コンビに。

 

(終)























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