第108話 要望書

 約五時間もの時間をかけてようやく参加した百六十か国の代表者との挨拶を終えた。

 

「ポーラ王女、お疲れさまでした。よくじっと我慢を付けられましたね」

「エスト伯爵? ポーラを子ども扱いしてないですか? 仕事は仕事でちゃんと割り切ってできますよ。いつもの私はただエスト伯爵に甘えたいだけですから」


 むぅ下から見上げる視線でその言葉は中々強力だな……


「好意を持っていただける事に対しては素直に喜んでおきますが私自身がまだ結婚などは当分考えることが出来ませんので、その辺りはご容赦ください。それよりも最後までお付き合いいただいた藤堂首相にお礼の言葉をお掛けください」

「はい、分かりました」


 やはり仕事に関しては従順だな……

 ポーラが藤堂首相に対してはっきりと日本語でお礼を伝えた。


「藤堂総理、本日は私の大使就任披露パーティの主催をしていただきまして、ありがとうございます」


 イントネーションもほぼ問題なく綺麗な日本語だった。

 藤堂総理も少し驚いたような表情でポーラ王女を見つめられた。


「ポーラ王女、いつの間に日本語を学ばれたのでしょうか?」

「仮にも私は在日本カージノ王国大使です。相手の文化を理解しようともせずに大使という重役を果たせるわけは無いでしょう。この役職に就くにあたり私は日本という国をまず好きになり、理解し日本の良い所をカージノ王国に取り入れようと決めました。これから色々とご教授をお願いしますね。藤堂総理」


「いやぁ感服いたしました。ポーラ王女がそこまで真摯に我が国の大使として取り組んで頂けるとは喜ばしい限りです。私も日本の首相としてその心意気に必ず報いるとお約束します」


 そう言って改めてポーラ王女と握手をする姿を報道記者たちが写真に撮りまくっていた。

 きっと明日の一面はこの写真で埋め尽くされるんだろうな?


 迎賓館の控室に戻るとすぐにカージノ大使館へ転移で移動した。

 ちゃんとアインも一緒に連れてきたよ?


 各国から預かった要望書を早速開封していくことになる。

 シリウス陛下を王宮に見送り行っていたザックとリュシオルも呼び戻す。


「王女、どうやって日本語を学ばれたのですか?」

「リュシオルにお願いして日本のアニメにカージノ語の字幕を付けてもらいました」


「そうだったんですね、リュシオルもいい仕事するな。その吹き替え版アニメ売りに出したらめちゃ売れそうだな。そう言えば元々ラノベの翻訳したいとか言ってたし、まさに夢がかなったのか」

「結構大変でしたけど楽しかったですよ」


「リュシオル、アニメの続きを早く見たいので翻訳もお願いしますね? まだ全部日本語だと分らない部分が多いので」


 俺はホタルが何のアニメを翻訳したのか気になったので聞いてみた。


「ところでどんなアニメを翻訳したんだ?」

「えーと、これですね」


 そう言ってホタルが取り出したのは腐臭漂うカバーの付いたBL物のアニメだった。


「おいホタル……なんでよりによってこれなんだよ」

「えーと……とりあえず手元にあったのがこれだけだったから?」


「まさかホタルってBL物を世界中にはやらせるのが目的だったのか?」

「そ、そんな事は……まあ、結構あったかもしれませんが……」


 ホタルの趣味に結構ドン引きした俺だった。


「ホタル、とりあえずカージノ向けの日本語教材がこれだと言うのはまずいから、ジ〇リアニメとかにしてくれよ」

「でも、この大使館の侍女の方たちから早く続きをって言われてるから」


「って、もう、みんなにこれを見せてるのかよ……大使館の侍女たちが日本はこれが普通だとか思ったらどうすんだよ……」


 そんな話をしてる時にお茶を用意してきた大使館の侍女が俺とザックに目をちらっと向けたのが気になった。


 お茶を出して下がる時に確かにつぶやいた。


「エスト様×ザック様、グフフ」と……

「おいホタル……やっぱりBLは禁止だ……」


「えー」



 気を取り直して要望書を受け取った順番に開封して読み始めた。

 要望書は、各国の母国語と英訳、日本語訳の三通りの文書が入っていたが、違訳が混ざっているといけないので、本国語の文章をリュシオルに読み上げてもらう事になる。


「最初は中国ですね。中国の要望はシリウス国王とカージノ王国での会談を求めるとあります。それ以外の具体的な内容はこの要望書では一切触れていませんね」


 俺はポーラ王女にどう対処するかを確認する。


「中国はこの世界で一番多くの人口を抱える大国だと聞いています。その国の国家元首がカージノ王国の国王である父との面談を求めると書いている以上、同じく国家元首である父上に判断をゆだねるべき問題です」


 ポーラ王女の言葉を聞いて俺もホタルも少し驚いた。


「王女がまともな判断をしてるだと……」

「失礼ですねエスト伯爵……公的な立場でこの仕事を任された以上、判断は中立を保ち相手の立場とこちらの事情を顧みて公平に行います」


「王女、本当に見直しました。その調子でどんどん片付けていきましょう」


 潔く一点だけの要望を書いた国は最初の中国だけだった。

 カージノからみてグレーな空気が消えないロシアは「貴国に対して敵対行動を起こしたとされる潜水艦は、我が国から盗難をされた艦であり、わがロシアがカージノ王国に対して敵対行動を取ることは、あり得ない」と潜水艦からの攻撃に対しての釈明文から始まった。


「これはどうなんだろう? 潜水艦からの攻撃を受けたなんていう事実は、日本、アメリカ、カージノ王国の三か国と攻撃を仕掛けたとされるイスラム原理主義国以外が知っているはずはない情報なのに、この要望書において、その事実に触れているということは、私の所がこの件に関わっていますよ! という情報をわざと知らせてきたようにも思えるな。王女はどう思いますか?」

「私にも、この国の真意は見えません。少なくとも潜水艦の問題がはっきりと決着がつくまでロシアとの対話を行うことはありません。仮にロシアが言うように盗まれたとしても、所有者責任という考え方の中では同罪とみなされるべきでしょう」


「へえ王女。カージノにも所有者責任という考え方はあるのでしょうか?」

「ありますよ。例えば奴隷です。奴隷が犯した犯罪は奴隷の持ち主にも責任があるという考え方はカージノ王国内では当然の考え方です」


「なるほど! それは聞いていて、とても分かりやすい意見ですね」


 他の国の要望書をまとめると大体どこも同じような内容だったが、事前に『海面上昇に関する保証を口にする国家とは一切付き合いを行う予定は無い』と伝えていたにもかかわらず、その現象に関しての責任を問う内容が含まれている国家が全体の四分の三も存在したことにより、カージノ的には少し楽になった。


 その内容を含む要望書を出した国とは一切付き合いを行わないと、王女が断言したからだ。

 今後、JLJとして発電所の魔道動力化を進めるにあたっても、当然後回しにすることになる。

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