第102話 その頃ホタルは

「お母さんただいま」

「あらホタル連絡もしないでいきなり帰ってくるなんて、こっちにも都合があるんだから、連絡くらいしてほしかったわ」


「えー家に帰って来ただけなのにお母さんの都合って何よ?」

「それはまあ……色々よ、今日はゆっくりしていけるんでしょ? お母さんちょっと連絡しなきゃいけない所とかあるから、お茶とか自分で入れて飲んでね」


 母が自分の部屋へと引っ込んで行ったのを確認すると、私はなんだか面倒なことに巻き込まれる予感がプンプンと漂っていたので、いつでも逃亡できるように自分の部屋の荷物を先輩から借りてきたマジックバッグに放り込んでいった。

 家具などは全部新しいものを購入していたので、洋服や下着などの身の回りの物が中心なので時間はかからない。


「うーん、すっきり」


 五分もかけずに片付け終わると、自分の部屋の机の上に封筒を取り出し昨日の出演料から二百万円を入れた。

 母が私を呼ぶ声がした。


「ホタル、何してるの?」

「片付けだよー、今は色々忙しいし東京に家も借りてるから、荷物取りに来ただけだしね」


「そうなのね、ねえホタルはあの小栗さんって方とお付き合いしてるの? あの人ってお金とか大丈夫なのかい? 競馬で勝ったとかテレビで言ってたけど、ただのギャンブル好きな男じゃない、あんな人がホタルのそばに一緒に居ると思うとお母さん心配だわ」

「お母さん? 先輩とはそんな関係じゃないし、ギャンブル依存の人間じゃないからね、今は一緒にカージノとの取り引きを中心に行う会社で働いてるんだし悪くは言わないでね」


「そうは言っても一人娘が、どこに嫁に行くかは大事な話なんだから、心配するなって言う方が無理よ。それにホタルは世界中で唯一カージノの人との通訳ができるって言うじゃないの。お母さんの知り合いの人を通じて是非お嫁に欲しいっていう話をたくさんいただいてるのよ? どの方も企業の跡取り息子や政治家の方であなたの能力があれば大成するような方ばかりだし、一度お話をいただいてる方たちとお会いしてあげて。その中から旦那さんを決めれば、あなたも私も一生安泰なんですから」


 うーん……なんていうか、勝手にいっぱい安請け合いしちゃってるんだろうな。


「お母さん、はっきりと言っておくけど、私は今JLJ以外の会社に協力する気持ちはこれっぽっちも無いからね。政治家さんとかにも興味ないし、もっと言えば私の今の立場は日本政府から凄く行動に制限受けてるの。もし、お母さんが私に紹介してくれた人たちが、ほんの少しでも海外の政府や組織とつながりがあったりしたら、お母さん簡単に国家反逆罪とかで捕まっちゃう可能性だってあるんだからね?」


 私の言葉に母の顔色が少し悪くなった。


「ねぇホタル、それって本当の話なの? お母さんの所にお土産をたくさん持って仲介を頼みに来た人の中に、国外の人も確かにいたけど、それでお母さん捕まったりしちゃうの?」

「やっぱりかー、お母さん。私を紹介しろとかそういう話は全て、何も頂かずに断るようにして。そうでないと本当に捕まっちゃうよ。政府関係のそういうことを専門に対処してくださる人に連絡をするから、お母さんの所に私を紹介しろと言ってきた人たちの連絡先を全部出してちょうだい。いただいたものに関しては、いまさら返せとは言ってこないとは思うけど、それでも言ってきたらすぐ返せるように手を付けないでね」


「どうしよう、ホタル。お金とか包んであった方も多かったから、とっくに使っちゃってるよ」

「お母さん……紹介しろっていうだけならそんなに大金じゃなかったでしょ? ここに二百万円入ってるから、これでなんとかやりくりしてよ」


 先ほど封筒に詰めておいたお金を渡す。

 母に近づいてきた人物たちの出自で問題が起こったらまずいと思ったので、すぐに東雲さんに連絡を入れた。


『東雲さん、ちょっと今時間は大丈夫?』

『はい、小栗さんと会議室で待ってるだけですから』


『うちのお母さんに怪しい所から沢山、私を紹介しろと連絡が入っていたようで、手土産付きの所も結構あったみたいなの。お母さんにはしっかりくぎを刺しておいたけど、連絡先とか預かってるから、一応そっちで調べてほしいんですけど、お願いしていいですか?』

『それは困りましたね。すぐに警備局に連絡を入れて、そちらに向かわせますので連絡先とかをすべて渡すようにしてください。警備局の人間が到着するまではそちらに滞在してもらえますか?』


『はい、それは大丈夫です。では連絡をお願いします』


 東雲さんに連絡が終わってすぐに、玄関の呼び鈴が鳴った。

 お母さんが少し困った顔をした。


「お母さん、出ないの?」

「ホタル、どうしよう。ホタルが帰ってきたら連絡が欲しいと言っていた人に、さっき連絡入れちゃったんだけど」


「えっ、それはとても困ったかも……」


 何度か呼び鈴が鳴って、出ずにいると扉をたたき出した。


「蘭さん、いらっしゃるんでしょ? 芳村です」


 このままにしておいても居るのは分かってるんだから、しょうがないと思い母に出るように伝える。


「どうしよう、大丈夫なの?」

「すぐに襲われるようなことも無いし、少し話を長引かせれば私が頼んだところから人も来るから大丈夫だよ」


 母が玄関に行き、扉を開けると男が二人立っていた。


「ホタルさんはまだいらっしゃるんですよね?」

「はい……」


「少しお話をさせていただいても」

「どうぞ……」


 男性二人がリビングに通される。


「蘭蛍さんですか? 私は芳村と申します。もう一人の方は私が懇意にしている企業の方で、是非ホタルさんにお会いしたいと言う希望をいただいていましたので、一緒に来ました」

「そうなんですね。私としては色々と今は制約を受けていることが多いので、迂闊に初対面の方とお話をするわけにもいかないのです。特にそれがカージノ王国の事に関わる問題であれば、一切のお話をお聞きする事は出来ません」


 そう返事をすると芳村さんでない方の男が少し苦虫をかみつぶしたような表情をした。

 母がコーヒーを用意して、私たちの前に出すとさっさと自分の部屋へと引きこもって行った。


(お母さん……それは無いでしょ?)とは思ったが、あきらめてソファーへ座る。


「一応お伺いしても? そちらの名乗られてない男性の方は、国外の方とかではないですか?」


 そう尋ねると、もう一人の男が返事をした。


「いえ、私は韓国ハングクの財閥系大手企業で発電関連の部署を担当していますチェと申します。はっきりと言わせていただけますが、当社に協力いただければ年棒百億ウオンを保証します。ただしその場合、日本や日本企業への協力は出来ませんが、勿論韓国での市民権や生活環境はお母様も含めてご用意させていただきます。更にもう一方、小栗東さんを勧誘していただけるのであれば、年棒は倍額にさせていただきます。小栗さんにも同等の待遇を約束します。いかがですか?」


 少し考えるそぶりをして返事をする。


「それは、とても素敵なお話ですね。でもどうなんでしょう。私には年間百億ウオンも頂けるような価値はとても無いと思いますよ? 勿論小栗であればそれだけの価値はあると思いますが」

「それは、ホタルさんには無い能力を小栗さんは持たれていると言うことですか? しかし当面わが国が求めるのは、燃料としての魔石の輸入と魔道具の輸入の橋渡しをしていただければそれで十分なのです。既にわが国は工業製品の開発力においては日本国を大きく上回っていると自負しています。今日アレク電機が発表する物よりも優れた製品を世界標準として作り上げるだけの技術はあります。ホタルさんもお母さんやホタルさん自身が身の危険を感じながら生活する事は望まれないでしょう?」


「ずいぶんと物騒ですね。私には今の言葉に脅しの要素があったとするならば、金輪際あなた方とお話をすることも、あなた方の国のプロジェクトに協力することもありません。」


 そう返事をすると、芳村と名乗った男がなだめてくる。


「まあまあホタルさん。そうムキにならずに話を聞かれるほうがいいと思いますよ。話を聞き入れれば今を時めく韓流スターと付き合ったりすることも出来ますよ。勿論何人でも用意します。夢のような生活ではありませんか?」

「私は別にそういう事に困ってはいませんので!」


 そう言った後で、まさかお母さんって、それで言いくるめられた?

 と思いながら、リビングの壁に貼られた韓流スターのポスターに目がいった。


「それと、私でも計算は普通にできますので、百億ウオン程度のはした金では話になりません。JLJは持ち株会社になりますが、そのうちの十パーセントは私が保有しています。もし上場を迎えれば資産総額は五十兆円を超える規模になると試算できます。私に引き抜きの話を持ち掛けるなら、五兆円、いえ五十兆ウオンが最低スタートラインですね」


 さすがに、その額の話をチェと名乗る男の判断で動かせるわけもないので、黙り込んだ。


「それと、日本の警察庁警備局の人がうちの母に近寄った人や、団体について調査をするために動き始めていますから、痛くない腹を探られたくないなら二度とここに近寄らない方がいいと思いますよ?」


 その言葉を聞くと二人の男が慌てたように立ち上がる。

 だが、少し遅かったようだ。

 玄関の呼び鈴が鳴る。


 私が扉を開けると、警備局の人間が四人来ていた。

 芳村さんとチェさんは折角立ち上がったのに、あきらめたようにソファーに腰を下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る