第86話 税関の移築
翌朝は朝の五時には目が覚めた。
今日は九時から税関の建物の移築を行う予定だ。
とりあえずテレビをつけ朝のニュース番組を視る。
相変わらずカージノ関連のニュースばかりが目立つ。
その中でも今日の御所の移築に関しては事前に発表したこともあって、かなりの時間を割いて報道していた。
(これは野次馬とか多そうだな……)
そう思いながら、移築する位置の確認をしておこうと思いカージノ大使館へと転移で移動した。
エストの執務室へと直接転移するとフローラとフラワーが隣接する彼女たちの部屋から顔を出した。
「「おはようございます、ご主人様」」
「ああおはよう。こんな時間だからまだゆっくりしていてよかったのに」
「大丈夫です。いつもゆっくりさせてもらっていますので」
そう言いながら、早速紅茶の用意をしてくれる。
紅茶を飲みながら色々な問題を思い出していると少し気になったことがあり、オグリーヌと話をしようと王都の神殿へと転移を行った。
いつものように販売カウンターからオグリーヌの空間へと行くと、当然のようにオグリーヌがカウンターに立っていた。
「今日は何の用かしら?」
「ああ、少し質問があってさ。俺のスキルって競争当てた時に倍になるじゃん? それってさ自動的に合成せずに別に持つことは可能なのかな?」
「それは可能ですよ。ただし合成していないスキルは眷属スキルを登録したカードでしか使うことができませんが」
「それは【聖女】カードならOKってことだよね?」
「その通りです」
「それならよかった。どうしたら自動的に合成しないで済むのかな?」
「カードを差し込むときにイメージすれば大丈夫です」
「了解。それともう一つ聞きたいことがあるんだけど」
「なんでしょうか?」
「今、この星で失われている化石燃料や火薬なんかのことなんだけど、当然カージノ大陸っていうかオグリーヌがこの世界にいることが関係してるよね?」
「はい。遠い過去に一度、火薬燃料や放射能による汚染で私の星『ターフスタリオン』は滅亡の危機を迎えました。その際に一度、星の理を変更したのです。エネルギーを魔素に限定することによって星の滅亡を防ぐためです。この星で現在発達している文明はまさしく過去に起こった『ターフスタリオン』での滅亡の道を歩んでいます。今回のカージノ大陸の融合により滅亡から逃れる道筋が立ったのではないでしょうか?」
「でもさ? それってカージノと同じようにモンスターが発生するってことだよね? それにカージノ大陸以外でもオグリーヌの加護って受けられるの?」
「魔素がある以上は魔素と動物が融合してモンスターが誕生することは避けられないでしょう。加護に関してはカージノ大陸以外では私の加護は現れません。この地球の神々の加護が受けれるでしょう」
「でもさ、地球の神々の加護ってぶっちゃけ弱いんでしょ?」
「信仰は信者の数と質によります。本気で信仰をしている信者が五十億人もいる宗教があれば私の加護と変わらぬ効果があるのではないでしょうか」
「そうなんだ、でも地球っていっぱい神様いそうだし当てにはできないかもな。この大陸でカードを取得すれば今まで通りオグリーヌの加護がもらえるんだよね?」
「はい」
「OKとりあえず聞きたいことはそれだけだ。ありがとう」
そう伝えるとカージノ大使館へと戻り、移築場所の確認をした。
(だけど、今日のオグリーヌとの会話を島さんとかには伝えたほうがいいのかな? 宗教が絡むと色々面倒が起こりそうだな……)
確認作業が終わったころに東雲さんから連絡が入った。
『小栗さんどこにいらっしゃるんですか? そろそろ移築現場へ向かう時間ですけど?』
『あーゴメン早く目が覚めちゃったから大使館側の移築場所の確認作業とかしてた』
『おっしゃっていただければ付き合ったのに』
『目が覚めたのが五時だったから悪いと思ってね』
『一人で行動されるほうが色々心配ですから』
『俺は大丈夫だから、ホタルをよろしく頼むよ。でもすぐにそっちに戻るね』
電話を切って自室に転移で戻った。
下の事務所に降りていくとすでに、JLJのメンバーが全員揃っていた。
「おはようございます。俺は今日はエストとして行動しなければならないので大使館のほうで、日本政府の迎えを待つことになります。皆さんは直接御所のほうへ向かってください」
そう伝えると、ホタルが聞いてきた。
「私はどうしましょう? エスト伯爵が一人で出歩くわけにはいかないので、護衛のザックたちは連れていくでしょ? そうなるとリュシオルも必要じゃないですか?」
「もう時間がないからリュシオルに変身するのに時間が間に合わないよ。今日はホタルで参加ってことで」
「はーい」
俺はカージノ大使館へと転移するとザックとアインを従えて門の前で待つことにした。
五分も経たずに電話に着信があり島長官たちの車列が到着したことを知らせる。
門を開けると十台以上の車列が並んでいた。
島長官や関係省庁の関連で三台、後はマスコミ関係だ。
先導用の白バイも二台いた。
(何をするにも大げさだな)
とは思ったが立場上しょうがないんだろうなと思い、島長官の乗っているリムジンに座る。
そのまま移築予定の御所へと向かうとそこで藤堂総理も合流し、移築前の記念撮影など行い、いよいよ本番の移築だ。
御所に付属する日本庭園部分を含めて五十メートル四方での指示が出ていたので指示通りに深さ五メートルの基礎部分から丸ごと収納を行った。
事前にインフラ部分の切り離しは行われていたので問題なく収納を行い、残された深さ五メートル五十メートル四方の空間にどよめきが起こった。
日本全国や海外メディアにも生放送で移築の様子が放送されていたようで、世界中がこの話題で持ちきりになったようだ。
そのまま車列はカージノ大使館へと向かい、今度は移築予定地を深さ五メートル五十メートル四方に掘り下げ、先ほど収納した御所と皇宮警察の詰め所を取り出す。
問題なくその場に収まると、事前に手配をしていたインフラ業者が繋ぎ込み作業へと取り掛かった。
その様子もライブで世界中へと放送されている。勿論現場であるこの近辺は大勢の野次馬でごった返しており、真正面にあるJLJの事務所辺りも人だかりで埋まっていた。
その時俺は少し嫌な予感がした。
(今ってJLJの人間も全員外に出てるし、この人だかりの中で事務所に何か仕掛けたりするならもってこいの状態じゃないか?)
そう思った直後にJLJの事務所辺りで喧騒が起きていた。
俺が駆けつけるわけにもいかないので、状況を島長官に尋ねる。
すぐに警備にあたっていた警察官からの返答があったようで俺にも伝えてくれた。
「エスト伯爵。JLJ社に侵入をしようとしていたアラブ系の人が三名取り押さえられたようです」
「誰が取り押さえたんですか? 東雲さんも含めて全員で払っていたはずですけど」
「詳しくはまだ聞いていませんが、取り押さえたのは欧米系の人間のようです五名ほどのグループだったようですね」
その報告を聞いて事務所方面を向くと、タイラーさんが居た。
(あーすでに警備についててくれたんだ。仕事早!)
安心して移築に集中する。
斎藤社長たちは、事務所での騒ぎのせいで、事務所へと戻って行っていた。
報道陣の質問を受けながら、魔法の凄さを少し大げさに吹聴しておいた。
報道陣たちも目の前で起こった奇跡を、理論的に質問することなど出来るわけないので、ただ頷くばかりのインタビューだ。
御所の日本庭園とカージノ大使館のカージノ風庭園が見事なコントラストを醸し出し、中々他では見られない景観に仕上がったのではないかと思う。
ここまでで報道陣には退出してもらって総理と島長官と三人でカージノ大使館でティータイムを取る。
「掘り下げるときに出た土砂は、元の御所があった場所を埋めるのに使っても構いませんか?」
「そのまま持ってたんじゃ邪魔でしょうから、それで構いません」
その返事をもらって今は誰もいなくなっている御所のあった場所へ転移して埋めておいた。
作業時間は五分ほどだったから、総理たちにはそのままお茶をしてもらっていた。
「このカージノ大使館の采配を振るってもらう執事のセバスチャンです」
御所の跡地から戻ると、一応、今後も会うことがあるだろうと思い、セバスチャンを紹介しておく。
「一度カージノ王国の料理を食べてみたいもんですね」
と藤堂総理が言うと「王女殿下が着任されてからなら機会はあると思いますので楽しみにしておいてください。一流の料理人と一緒にお待ちしております」
と、そつのない返事をしていた。
(でもカージノ料理って味気があまりないんだよなぁ……)
と思いつつも、ここでは黙っておくくらいのTPOはわきまえてるぜ。
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