第82話  ドクター夢幻

 俺達は奴隷商への道を歩きながら、昨日の襲撃の話をしていた。


「と言うことで夢幻さん。俺とホタルに聖属性魔法を使った対象の相手を無力化するツボっていうか、特定箇所を教えていただけますか?」

「そうですね……足と手が動かないようにする事ができれば取り敢えず人間であればほぼ危険はなさそうですね。生命を奪う事無く無力化という事であれば、頚椎と胸椎を麻痺させる事が出来れば四肢を動かなくさせる事が出来ます。治療することをイメージできるのですから、麻痺させる事をイメージすることもできるはずです。単純に脳や心臓の血管を詰まらせる方が簡単にイメージできるところが怖いですね……」


「あくまでも相手が人間だから俺も含めてホタルや夢幻さんに人殺しにはなって欲しく無いんです。俺達が人であり続けるためには、人を殺さない事が大事だと思うので」

「小栗さん。人を殺さないというのは大切な事だと思います。人型のモンスターであるゴブリンなどは骨の数や神経の位置関係は同じだと思いますから、ゴブリンで練習して慣れる必要がありますね」


「明日税関の建物の移築を行えば、その後はポーラ王女の来日まで十日程は、ある程度の自由が利きますので時間を作りましょう」


 そんな話をしながら、奴隷商へと辿り着いた。

 前と同じように店主のホセさんに応接室へ案内され、希望の奴隷の種類を聞かれた。

 夢幻さんに希望の奴隷をたずねる。


「小栗さん。重い病や身体に不具合を持つような人を安く手に入れる事はできないでしょうか? 私や蘭さんの治療魔法の練習も行えるし、そうやって助けた奴隷であれば忠誠心も変わってくると思うので聞いていただけますか?」

「解りました。聞いてみましょう」


 俺がホセさんに、それを伝えると「確かにそう言った者達もいますが、それを理由に扱いが悪かったりすると、奴隷の持ち主に対して罰則がありますがよろしいのですか?」と聞かれた。


 俺は、夢幻さんがお医者さんで魔法治療の研究のために、そんな奴隷達を求めていることを隠さずに伝えた。

 それを聞くとホセさんは笑顔になり「それは素晴らしい事です。そういう事であれば、出来るだけ値段の方は便宜を図らせていただきます。ただし、病が重かったり欠損のある者達は、この部屋に案内することはできませんので、地下室の方へ来て頂けますか?」と言われた。


 夢幻さんに確認を取ると「それで構いません」という事だったので、全員でホセさんに案内されて地下へと向かった。


「臭いが酷いのはご容赦ください。ほぼ売れる見込みのない奴隷たちを最低限の治療を受けさせながら、食事をさせるだけでも私どものような商売を行う者には結構な負担がありますので……」


 地下には男性三人、女性四人の奴隷たちが居て、それぞれ見るからに重病である者や、欠損があり日常生活もままならないような症状の人達がいた。

 ホタルと藤崎さんには少し刺激が強すぎたのか若干、顔色も悪い。


 夢幻さんは、そういった人たちを見て医師の表情になっていた。

 少し見直したぜ。


「この人達を全員購入させていただきます。治せるかどうかは解りませんが、最大限の努力はさせていただきます。他の奴隷商からこの人達のような、症状の重い人を購入することはできますか?」


 そう聞かれたので、ホセさんに伝えた。


「購入することは可能ですが、症状の酷い奴隷たちを移動させる事は、本人達の負担にもなります。他の奴隷商は紹介させて頂きますので、尋ねて見てください」


 と伝えられた。

 俺は了解の返事をした。


 早速ここに居る七人全員を連れて帰る事にして契約を行う。

 基本は借金奴隷なのだが、ここに居るだけで不良債権でもあるので、奴隷紋の書き換え作業費込みで一人五十万ゴルという値段を提示された。


 今までにかかった食費や医療費の事もあるのでそれで納得して七人分で三百五十万ゴルを支払い連れて帰る事にする。


 連れて帰る場所は、とりあえずギャンブリーの屋敷だ。

 部屋数は余裕があるので、女性と男性でそれぞれ分けて入って貰った。


 俺は一度日本のカージノ大使館へと転移し、フローラとフラワーを連れてきた。


「フローラ、フラワー。済まないがこの人達の世話を暫く頼む。病気の治療は行うが体力が戻るまではある程度の時間が掛かると思うのでよろしくな」

「ご主人様かしこまりました」


 俺とホタルが外傷と欠損の治療を担当し、夢幻さんが病気の治療を担当することにして、早速取り掛かった。


 欠損に関しては、ホタルでは魔力の量が足りなくて無理だった。

 俺の三段階目のレベル十の魔力をもってしてようやく欠損治療は行える。


 問題は病気の奴隷たちのほうだ。


「夢幻さん、治療は可能ですか?」

「触診だけでは、病気の特定ができませんね。診断だけでも病院で行わないと治療する場所が解らないです」


 日本の病院で診察を受けるというわけにもいかないので、ギャンブリーの教会で行われている診療所の診察を受けることにする。

 俺に医療の知識があれば、きっと病気の特定は【透視】スキルを使えばできるんだろうけど、流石に知識が足らない。


 とりあえずは危篤状態というわけでも無いので、一人ずつ教会に連れて行き診察を受けることにした。


 最初に連れて行ったのは兎獣人でラビールという名前の十七歳の女性だ。

 健康なら相当な美人だと思うが、今は長い闘病生活でやせ細り、顔色も青黒く見える程だ。

 このままでは長くはもたないだろう。


 教会での診療は診察だけなら千ゴルの献金で行ってもらえる。


(金額決まってるのに献金って……)とは思ったが、保険無しで日本の病院に掛かる事を思えば十分に安いから素直に払う。


 診断の結果は癌だった。

 この国では癌はほぼ不治の病のようだ。


 魔力の多い人達であれば重病にはならないのが普通であるこの国では、癌などの治療は出来ないのが当たり前ということだった。


「残念ですがラビールの治療は教会では行えません。既に病気は全身を蝕んでいます。残り僅かな日々を信心深く過ごせば来世では必ず幸せな人生を送れることでしょう」


 そう伝えられた……

 俺達は、教会の使徒である医師にお礼を言ってラビールを連れて帰った。


「全身を癌で侵されている事が解ればそれを取り除くイメージを持つ事で治療できるはずです」


 そう言った夢幻さんがラビールの全身から癌の病巣を無くすイメージをして、聖魔法のヒールにたっぷりのMPを注ぎ込み発動する。

 柔らかな光に包み込まれたラビールが目を閉じ、安らかに寝込んだ。

 これはきっと無事に治療が出来たんだろう。


 その横で夢幻さんがバタンと大きな音を立てて倒れた。


「「「夢幻さん!」」」


 思わず俺とホタルと藤崎さんが叫んで駆け付けた。


「あー、これ魔力が空になった時の症状だな」


 俺は魔力回復ポーションを取り出して夢幻さんに飲ませた。


「ん、んー……びっくりしたよ、急に目の前が真っ暗になった」


「大量に魔力を使ったからですよ。このレベルの治療を行うのでは一段階目のレベル十の魔力では足らないようですね」


「そうか……これ以上魔力を増やすのはお金が足らないな。何かいい方法はあるのだろうか?」

「魔道具で魔力の増幅を出来る指輪があったと思います。安くはないですが二段階目のレベル十を目指すよりも現実的な値段で手に入るはずです。当面は重病の治療の時は俺の魔力を貸し出しますから、それで行ってください」


「うん解った。それじゃぁ次の子の診察に行こうか」


(夢幻さんがんばるなぁ)と思いながら犬獣人のチーワを連れて再び教会に向かった。


 藤崎さんとホタルは留守番と他の二人の問診を頼んでおいた。

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